シルヴィア・フォーチュン
愚かな男共が、睨み合う硬直した時間に、最初に切り込んだのは、凜とした表情が印象的な、20代後半に見える女性であった。
リリムと同じ色の艶艶な黒髪を、腰まで伸ばした彼女は、露出のほとんどないシルク地の黒のドレスを纏い、次女が勢いよく開いた扉を通り、夜交の横に立っていた。
女性の表情は、エドガーを咎めるよう、眇められて、威圧感を放っている。
その黒曜石を思わせる煌めく黒の瞳から、見つめられるだけで、思わず、射すくめられてしまう。
夜交に対して、特に他意はないようであるが、隣に立つ彼女の凄絶な横顔は、男を、震えさせるには充分であった。
そんな彼女の顔の造作は、ノエルの大人になった姿と言えばしっくりくるような、表現としてはチープであるが、美しいとの1言に尽きるモノであった。
ノエルには、幼さと、美麗さの境界で彷徨う、愛らしくも、麗しい印象があるが、彼女は、ただ美しかった。
その様は、華美な大輪の華のような、派手な印象などはなく、気高くも凛然とした、野に咲く百合を想起させる、芯の通った魅力があった。
光沢感のある、艶めかしさと、貞淑さを両立させた飾り気のないロングドレスは、純白な彼女の肌と、若々しい髪を引き立て、視線を奪ってくる。
淫靡な首元や、肉付きの良いであろう脚は、ドレスによって隠されているが、その中身を思わず妄想してしまう色気が漂っている。
閥が悪そうに視線を逸らすエドガーを、彼女はじっくりと見つめており、その瞳には、見透かすような避難の色も混ざっていた。
しかし、瞳を細めていても、その瞳は大きく、微笑んだ際の表情が楽しみに思える。
このように、叱責してくれる姿を好む人種ならば、これもこれでイケるのかも知れない。
無言で夫を見つめる彼女は、胸の下で腕を組んでおり、その巨峰を無意識に協調している。
現在の服装から、清楚な姿を好んでいる風に思えるが、そのモデルもかくやと言わんばかりのプロポーションは、何気ない動作1つでも、長女を鼻で笑うような、破壊力があった。
緩やかに、誘うように、身体を隠している漆黒のドレスからは、彼女の曲線の細部までは拝めないが、見える部分だけで存分に伝わるメリハリのあるボディラインは、どうも2児の母とは思えなかった。
彼女を見る限り、発展途上?なノエルには、今の処、母親のグラマラスな遺伝子の片鱗もない。
女性は、男同市が、ギスギスした空気を出している事には気付いており、透き通るように白く長い指にはめた白銀の指輪を撫でながら、やんわりと夫を叱り始めた。
「あなた…、私が席を外している間に、ずいぶんと仲良くなったみたいですね。」
「リリムが、今日はやけに頑張ろうとしたり、わざとらしいミスばかりをするものですから、不安には思っていたのです。」
「加えて、あなたからの、時間を引き延ばそうとする言葉もあったので、急いだんですけど、遅かったみたいですね。」
彼女は、エドガーへの叱責を笑顔で始めていた。
その微笑みは、夜交には待ちわびていた笑みであったが、恐かった
なんか、怖かった。
そんな女性の怒りを自覚した男共と小悪魔は、ばつが悪そうな顔をして、表情を硬くした。
一方、ノエルは、大好きな父親が先ほどに仲良くなった男性を威圧している様を見て、今にも泣き出しそうな顔をしている。
部屋を出るまでは、怒りを覚えていた彼女であったが、初めから失礼を承知で対応しようとしていた父親の事を思うと、刹那の怒りなど消え、失望だけが残っていたのだ。
父親が初めから、男を持て成す気がなかった事を、薄々ながら感じていたピュアガールは、剣呑な態度を、見せる父親に、ただただ悲しみを感じていた。
女性たちの反応は三者三様であり、各々の性格が見えるようだった。
夜交の隣で、夫を詰問していた彼女は、男に一例をすると、前を横切って、エドガーの立つテーブルの傍まで近づいて行った。
そして夫の瞳の奥を覗き込ように顔を合わせると、じわじわと、さらに距離を詰めた。
この追い込み方は、リリムが先ほどおこなったモノと似ていた。
小悪魔は、、こういった小細工を覚えるのが上手いようである。
そのまま、顔同市の距離を数センチ程まで詰めた彼女は、「詳しく、話を聞かせてもらえますか?」と微笑みかけていた。
夫婦が仲良くしているさなか、夜交は、彼女の迫力にオロオロしており、リリムは壁の隅で気配を消しつつ、笑いを堪えている。
そんな光景を見たノエルは、焼き菓子がこんもりと盛られた大皿と、並々と鮮やかな紅茶が注がれたサーバーを、ローテーブルに置くと、ホッとした笑みをこぼしていた。
どうやら、父親が母親によって、咎められる様子は、鳴れているらしく、憂いを帯びた表情から、無表情に近い笑みに変化させると、、彼女は安堵の息をついていた。
配膳されたおもてなしグッズを見る限り、今回分は、エドガーのカップは無いようである。
凄絶な笑みを浮かべる妻を、眼前にしたエドガーは、なけなしの勇気を振り絞ると、顔を引きつらせ、声の調子を外しながらも、大声でまくし立て始めた。
つい先程、部屋で仁王立ちしながら、威圧感を発散していた美丈夫とは思えない程の、追い込まれた様子であった。
「これは何かの誤解なんだっ!」
「私は、決して失礼などしていないのだ。」
エドガーは、典型的な言い訳パターンをかましていた。
どう聞いても、言い逃れにしか聞こえない夫の言動に、女性の笑顔は深くなった。
その笑みにたじろいだエドガーが、彼女から後退りながら、言い訳を続けようとすると、柔らかい声音が差し込まれた。
それは、表面だけ聞き取ると、穏やかで、惚れ惚れしそうな声質であったが、現在彼女が浮かべる表情と、その裏にある底冷えしそうな硬質な音を鑑みると、明らかに怒りが満ち満ちていた。
「もういいですよ。 大腿は把握しましたので…。」
女性は、情けない男に冷たい一瞥をくれると、夜交の方へと振り向いた。
彼女から発散されていたすごみは、夫を叱りつけた事で、ある程度治まっていたが、まだ充分に恐ろしかった。
諦めないエドガーは、「私は、私は悪くないんだ。」と小さな声でぼそぼそ呟いているが、威圧感満載の妻の背中を直視できないのか、視線を窓とローテーブルの間を交互に彷徨わせている。
フォーチュン1家の力関係が、1発でわかるやりとりであった。
往生際の悪い夫に見切りをつけた女性は、部屋の隅でニヤニヤしている次女に満面の笑顔を向けると、男の方を振り向いて、深々と頭を下げていた。
リリムの顔は、この世の愉しみがいっぺんになくなりましたよと言わんばかりに凍り付いた。
「元宮様、夫がまことに申し訳ありませんでした。」
「ノエルやリリムの楽しそうな様子を見るに、夫が邪推しているような事がなかった事は理解しています。」
「夫の失礼な態度を、改めて謝らせていただきます。」
艶やかな黒髪が、勢いよく舞い上がる程、頭を下げた彼女は、今1度、エドガーに顔だけを向けると、再び男に頭を下げていた。
一体何を見たかは分からないが、エドガーは、恐怖におののいた表情を浮かべながら、「申し訳なかった。 私が悪かった。」と繰り返すだけのゴミと成り果てていた。
女性の謝罪は、その気品さと立ち振る舞いもあってか、見とれるほど美しかった。
どこぞの、女神もどきとは格が違っていた。
こんな様子をノエルは、柔らかい微笑で眺めており、リリムは、絶望を張り付けてまだ固まっている。
両親が頭を下げる状況であれば、ノエルも少しは慌てるように思えるのだが、落ち着き払っているため、この流れ自体が日常の1コマのように思える。
女性は、頭を上げると、すまなそうな顔で自己紹介を始めた。
「夫の無礼で遅くなってしまいましたが、妻のシルヴィア・フォーチュンと申します。」
「夫は、娘たちに男の人が近づこうとするだけで過剰反応するのに、ある程度の時間待たされたので、こんな様になったようです。」
「私が目を離したせいで、不快な思いをさせてしまいました。」
自己紹介と軽い説明を終えると、シルヴィアは、眉尻を下げつつ、罪悪感を表情に、にじませながら、「元宮様からも話を伺えますか?」と促してきた。
この気まず過ぎる状況に耐えかねていたのか、夜交は、急き立てられるように、慌てて話始めた。
「こちらこそ、誠に申し訳ありませんでした。」
「ご両親方の憂慮も考えず、売り言葉に買い言葉で、言葉を返してしまっていました。」
「特に、娘様達を、心の底から愛してらっしゃるエドガー様には、多大に失礼な態度を取っ手しまいました。」
夜交の声は誠実で、先ほどのエドガーを、侮るような気配は微塵も感じられなかった。
男は、ローテーブルに頭がぶつからんばかりに、深く頭を下げて、誠心誠意の謝罪をしていた。
そして、ゆっくりと顔を持ちあえげると、言葉を続けた。
「玄関ホールの思わず見入ってしまう素晴らしい絵や、エドガー様の娘さんたちに対する態度は、深い愛情が見えました。」
「ノエルさんや、リリムさんと接した時も、心の温かさが感じられて、本当に良い家庭で育てられているのだと思えました。」
「こんなにも、愛情深い家庭は、私の人生の中でも、初めて出会いました。」
エドガーも、夜交も、元を正せば、ロリータ達をこよなく愛しているだけだったのである。
それが、見事にすれ違い、不毛な争いを生んでいた。
そもそも、こんな低レベルの喧嘩を、良い年齢の成人男性同士がおこなっている事すら残念であるが、そこはスルーしよう。
夜交が、あたかも色んな家庭を見て来たみたいにほざいているが、現世で生きる理由がおぼつかなかった男が、良い人間関係を築けている訳もないのも、スルーしよう。
何か、良い事を言っている雰囲気をかもす男は、そのまま語り続けた。
「こんなに素晴らしい家庭ならば、娘さんたちが戻られないことに、深く心配されるのも仕方ないと思います。」
「心配されているエドガー様の事を考えず、失礼を働き、申し訳ありませんでした。」
「無思慮かつ失礼な態度をどうか許していただけないでしょうか?」
夜交の話は、状況説明というよりは、全てが謝罪であった。
シルヴィアから見れば、夫が悪いのは明らかで、それに乗ってしまった夜交にも問題はあるだろうが、ここまで謝られるのは不自然に感じていた。
ノエルもノエルで、いつもと違う流れなのか、不思議そうな瞳を浮かべている。
いつもの流れならば、軽い受け答えの後に、仲直りをしていた記憶があったが、今は夜交も必死に謝っているため、理由を掴めずにいる。
一方、リリムの顔面からは絶望は去っており、今は試案にふけっているようであった。
話の中心のエドガーは、心ここにあらずと言った風で、声は発さなくなっていたが、体をもぞもぞと動かしていた。
当事者をそっちのけで、シルヴィアと夜交は、いつの間にか、不毛な謝罪ループを形成していた。
両者、止め時が分からなくなっているのか、ひたすらに謝罪の文言を並べている。
時々、シルヴィアが、夫に刺すような鋭い視線を送っていたが、当人は必至な形相を浮かべるだけで、瞳で何か訴えている。
日本人の堅気なのかはわからないが、時間が進んでも夜交の罪悪感に満ちた顔には変化はなかった。
もう、ティーサーバーから立ち上っていた湯気は消え、適温を逃してしまっている。
だらだらと続く謝り合戦に、ノエルは困った笑顔を浮かべて眺めており、エドガーは、相変わらず、シルヴィアに無言の訴えを繰り返している。
そんな中、先程同じ経験をしていたリリムが、天啓を受けたかのような表情を浮かべると、割って入った。
このループを切れれば、もしかしたら、母の怒りも減るかもしれないと…。
実にこざかしいメスガキである。
「お母さんにお兄ちゃんも、ずっと立ったままだと疲れない?」
リリムは、一世一代の賭けをするような瞳を浮かべてはいたものの、声音と口調は、あどけなく繕っていた。
タイミングを逃してしまえば、さらに怒りを買うかもしれないと…。
だが、彼女の割り込む瞬間は鮮やかで、小悪魔が実に小悪魔していた。
次女からの、絶妙のアシストにシルヴィアは、安堵の笑みを浮かべると、瞳でリリムに礼を告げ、夜交に椅子を薦めた。
夜交も夜交で、ノエル、リリム、エドガー、シルヴィアと気まずい連鎖を繰り返していたため、促されるままに腰かけていた。
彼女は、男が椅子に腰かけたのを確認すると、姉妹に座るよう声をかけ、「お茶を淹れ直して来ますね。」と笑顔を向けていた
ノエルは。手伝うべく立ち上がろうとしていたが、シルヴィアが、微笑んで、優しく「休んでていいのよ。」と制し、エドガーに視線を向けていた。
当のエドガーは、もぞもぞから、プルプルへと体の反応を変えており、顔色は何かに耐えるかのように、真っ青になっていた。
そんな夫を、冷たい目で見たシルヴィアは、仕方ないなぁと聞こえて来そうな、ため息をこぼすと、「夫も手伝いで連れていきますので」と告げて、ティーサーバーをもって部屋から出ていった。
こうして、再び応接室には癒しが帰ってきた。
読んで下さって誠にありがとうございます。
今回のリリムって、めちゃくちゃ可愛くなかったですか?
さて、また「なろうラジオ大賞2」の投稿作品を、2つ書いちゃいました。
なんとですね、「文学少女」と「牛乳」にポイントが入ってたんです。
すんごい、嬉しかったんですけど、よくよく考えたら、この作品よりも先に、ポイントが入ってるんです。
不思議ですね?
これが、読みづらいのは知っるんです。
なろうのあとがきに、レビューやポイントの話がよく書いてあるのが、少しわかった気がします。
あとがきまで読んで下さった、奇特な皆さま、「必殺技」と「森の」のも読んでみて下さい。