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ロリータっていいですよね。  作者: くれふじ
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自称、女神アリスティア

 男が目を覚ますと、1面が白で統一された上下左右に何もない空間が広がっており、辺りを見回してみても、奥行などは把握できない、4畳半にも、4方数キロにも見えそうな場所であった。

 つい先程までは、会社に向かうべく、些末事を考えながら歩いていたが、突然にこんな場所に飛ばされていた事に、驚きを見せた男であったが、思い当たる事でもあったのか、鬱陶し気な納得顔を浮かべると、つけている腕時計を確認して、現状把握に動いていた。

 得体のしれぬ場所に飛ばされた彼は、慌てる素振りなど見せずに、スマートフォンと腕時計で、時間のズレがない事を確認すると、腕組みをして、考えにふけり始めた。

 スマートフォンの電波が、圏外になっていた事には、若干苦々しい表情を男は浮かべていたが、1つため息をついて、気持ちを切り替えていた。

 大抵の人間であれば、慌てて動き回るか、状況を飲み込めずに呆けてしまうだろうが、男は違った。

 彼は、しばらくの間、どう動くか考えていたが、改めて周囲を見回し、変化がない事を確認すると、足元に目印代わりのかばんを置いて、手を前に突き出しながら動き始めた。



 男が1歩目を踏み出した所で、どこからか、あまりにも綺麗過ぎる女性の声が響いて来た。


 「あなたの魂は私に似ています。」

 「あなたは神に選ばれたのです。」

 「あなたは私と謁見する機会を得たのです。」


 途切れ途切れに響いてくる女性の声は、不自然な程に綺麗で、どこか機械的な雰囲気も纏っており、何かの妄執を感じさせる粘つきも含んだ、警戒心を抱かずにはいられない声音であった。

 訴えて来る内容も、かなり高い所から、モノを言って来ているため、新種の宗教の勧誘のように、男には聞こえていた。

 普段の生活から、ここまでの、手の込んだ舞台設定や、宗教じみたサムシングに絡まれる心当たりなんてなかった男は、表情から、隠しきれない喜びをこぼしながら、次のアクションを待った。

 このようなシチュエーションは、俗に言う、異世界転移的な何かで、神様に近い存在に呼ばれたのではないかと類推していたからである。

 この空間や男の記憶の整合性から考えると、このような頂上的な現象は、愛してやまないファンタジーとしか思えず、期待すら抱いてしまっていた。


 歩みを止めた男が、声のした方角を探すべく視線を動かしていると、数メートル先に目をくらませんばかりの光の柱が立ち上がった。

 光の柱は、さも何かしら神々しいものが天から舞い降りますよと言わんばかりに、輝きを増していっていたが、白過ぎる空間に、眩しい柱を立てても、エフェクトとしても映えず、男が体を動かしながら全貌を追っている間に、いつの間にか、光の柱は消えていた。

 格好良さの欠片もなく消えた柱に、気まずい表情を隠せない男が、次のアクションを探すべく体の向きを変えながら辺りを見回していると、小さな咳払いが聞こえて来た。


 音のした方に男が視線を向けると、状況的には合っているが、現代的な慣性からすると、見事に奇妙な格好をした女性が忽然と表れていた。

 その女性の姿は、古代ギリシアで着られていた、1枚布を肩のあたりで縫い合わせた、ヒマティオンのようなモノだけを纏っており、装飾品の類は付けておらず、靴すら履いていなかった。

 何かのこだわりなのか、布の丈は、膝上までしかなく、煌めくような、肉付きの良い太腿や、愛らしい膝小僧も惜し気もなく外気にさらされている。

 彼女は、自身の美貌に、よほどの自信でもあるのか、素材の味をそのまま味わってくれとばかりな、清々しい装いであった。

 そんな女性の肌は透き通るように白いものの、病的な感じは一切なく、晴れ渡った青空のような瞳と相まって神秘さと清楚さをかもしている。

 髪は腰まで伸びたプラチナブロンドのストレートで、思わずほおずりしたくなるような輝きを放っている。

 鼻や唇は主張しすぎることはなく、顔のバランスを崩さないためにあつらえられたようであり、作り物めいた印象を抱かせる。

 その見た目は、神によって創られたかのような近づき難い神秘性を放っているものの、浮かべる表情は柔らかい微笑みを称えて、垂れた目じりや微かに持ち上がった口角からは、創り物ではなく、しっかりとした感情を持っている事が伺える。

 男の前で、両手を組み合わせて、祈りを捧げるような体制を取っている彼女の体系は、165センチ程度でゆったりとした服装のため分かりずらいが、胸部は自己主張が激しく見える。

 両腕によって、押し上げられた巨峰は、ふんわりと形を変えて、彼女自体に柔らかさがある事を如実に訴えて来る。

 一見すると女神かそのお使いにも見えそうな風貌だが、先程聞かされた、下手くそな宗教の勧誘をした人物と同じであるならば、一応、警戒が必要にも想える。

 見た目の清純そうな印章に引っ張られる事なく、しっかりと観察をすると、彼女の瞳の色は、見惚れてしまいそうな澄み渡る空色に見えるが、その奥では、煮詰めて練り込まれた情欲が、妖しい光を灯しながら、ドロドロとうごめいているため、彼女の風貌から受け取れる神聖さを損なっている。


 外見だけは女神と言っても、過言ではないだろうが、彼女の台詞選びや、男に向けた演出を加味すると、見た目とは正反対の、残念な雰囲気が漂っている。

 その様は、普段からだらしなく、自閥さを親のお腹の中に忘れて来たかのような同僚が、時々見せる、会社のお偉いさんや気になる異性への、アピールの時だけ張り切って、到底繕えなかった内面を露呈している光景を想起させた。

 複雑な表情で、女性を見つめて動かない男の反応に、焦れた彼女は、あごを上向け、瞳を閉じると、厳かに、何事もなかったかのように声を響かせた。


「あなたの魂は私に似ています。」

「あなたは神…。」


「はい。  そこは存じております。」

「差支えなければ、現状の説明と、あなたの事を教えてもらえないでしょうか?」


 明らかに登場シーンからぬかった彼女であったが、どうしても神々しい空気を出したいのか、失敗などなかったかのように振る舞っていた。

 布1枚だけの、露出狂1歩手前の危ない格好の女性の声は、姿を現す前よりは、明瞭に響いていたが、同情心の欠片も湧かなかった男は、うんざりとした態度を隠す事なく、こりずに同じ下りをし始めた彼女の声を遮っていた。

 女性の話に割り込んだ男は、瞳を眇めながら、うさんくさい者でも見るような視線を送っており、いくら言葉遣いを丁寧にしていても、男の言葉は彼女を煽っている風にしか響かず、女性の頬は朱に染まった。


 「私の言葉を遮るとは、度胸が据わっていますね。」

 「まだ1回目ですので、見逃しますが、態度には気を付けた方がいいですよ。」

 「とりあえず、話がしたいので、近くに寄ってはもらえませんか?」


 「攻撃とかはしないですよね?」


 「して欲しいですか?」


 必死に怒りを堪えている女性に対して、男は躊躇がなかった。

 柔らかい微笑の中に、ほんのりとした怒りをにじませていた彼女であったが、失礼な態度を続ける男の疑わし気な言葉に、更なる燃料を投下されたためか、顔面の筋肉だけで繕っていた笑みを無表情に変えると、凍える声音を返していた。

 殺気とは無縁の生活を送っていた男であったが、思わず肩を震わせる程の怒りをぶつけられたためか、ぎこちない笑みを浮かべると、これ以上機嫌を損ねないよう、足早に指示に従った。


 もし、美貌の女性から、「して欲しいですか?」と甘えた声で聞かれれば、大抵の男共は、歓喜の声を上げるだろうが、ここまで聞きたくない「して欲しいですか?」もなかった。



 「殺さないで下さいっ!!」


 「そこまで怯えなくてもいいですよ…。」

 「殺そうと思えば、もう殺してますから…。」


 申し訳ッ、ありませんでしたッ!!!」


 女性の数メートル前まで近づいた男は、勢いよく跪くと、すぐさま命乞いを始め、当たり前みたいに返される彼女の返答を聞くと、全力で謝っていた。

 虚構の主人公達を意識して、異世界の神に近しい存在に、上からな交渉をしようと企んでいた男であったが、どうしようもない暴力装置の前に、あっさりと心を折られていた。

 あくまで、彼らはフィクションであって、実際に超常を眼前にすると、どうしようもなく心がすくんでしまう。

 真顔のまま、殺気を漲らせる彼女に対して、儚い知識でマウントを取ろうとした男の目論見は、あっけなく捻じ伏せられていた。



 「少しは落ち着きましたか?」

 「よろしければ、私の自己紹介を聞いてもらえると嬉しいのですが?」


 何の感情も見せずに、男の謝罪を受け取った彼女は、先程まで、羽虫でも見るようにしていた表情を、温かい笑顔に変えると、ウルウルとした、小動物が、媚びを売るような、あざとい態度をし始めた。

 どうみても、不自然な切り替えに、色んな意味で心臓が跳ねた男であったが、突っ込んだら負けとばかりに、こくりと頷いて話を促していた。

 コロコロと豹変する彼女の態度は、人間がしているとは思えないモノで、1場面だけを切り取れば、美麗に写ったり、愛らしく思えたりもしただろうが、次にどんな態度を示すか読めない上に、超級の暴力まで兼ね備えている彼女の存在は、もう恐怖しか湧いて来なかった。


 「落ち着かせるためとはいえ、脅してしまい、申し訳ありません。」

 「あそこまで、舐められた態度を取られたのが、久しぶり過ぎて、いつの間にか、殺意が漏れてしまってました。」


 にこりと、木漏れ日のような、穏やかな笑顔を浮かべる彼女は、物騒な言葉を止める気はなさそうであった。

 笑顔も笑顔で、言葉と表情が合っておらず、落ち着かせようとしているのか、更なるプレッシャーをかけようとしているのかすら分からない。

 そんな、違和感しかない彼女の説明は続いた。


 「私は、地球とは別の次元の惑星で、女神をさせてもらっているアリスティアと申します。」

 「あなたには、お願いがあって、この場所に来てもらいました。」

 「それと、勘違いしないで欲しいんですが、さっきの演出とかは、他の神々の悪ノリですので、真に受けないで下さい…。」


 アリスティアの自己紹介と弁明に対し、こくこくと頷いていた男は、本格的な話に入ると察し、膝立ちから正座に移行して、彼女の足元を見つめながら「続きを聞かせてもらえますか?」と聞きの姿勢に入っていた。

 弁明している時は、拗ねた幼女のように、軽く頬を膨らませたりと、垣間見える表情は豊かで、当初の印章とは大いに違って見える


 そんな風に、くるくると多彩な顔を魅力的に見せている彼女の顔を、男はろくに向けていなかった。

 一般的には、会話をするならば、顔辺りに視線を向けるのがマナーであるが、男はとある事情で視線を純白の床材に固定していた。

 膝立ちでは顔を見れていた男であったが、正座になって、見上げようとすると、彼女の双丘に視線が吸い込まれてしまうため、思わず下を向いてしまっていたのである。

 厚い布で織られた服であるため、下着が存在するかは確認できなかったが、今は後ろ手を組んでいる彼女の胸部は、若々しい張りを見せつけている。

 さらに、色めく童女のように、体を左右に揺らしながら話し続けるものだから、、破壊力が半端ではない。

 彼女が立つ床材の上でも、形が良く、浮き出る血管がチャーミングな足の甲や、毛1本ない滑らかな脛が無造作に、誘って来て来るため、視線もろくに動かせない。

 姿勢を保つために、くるんと力が入った指先は、綺麗に整えられた爪と相まって可愛らしく、雑過ぎる格好とは真逆の几帳面な面が垣間見えて、ゼロ距離で眺めたくなる魅了を放っている。


 いくらロリータへの偏愛をこじらせている男であっても、本質はただの男であったのだ。



 アリスティアが、呼び出した経緯を告げている間も、男は微かに頷くだけで、ひたすらに下を向いていた。

 やましい理由で下を向いている男を見かねたのか、彼女は「では、私も座らせてもらいますね。」と明るい調子で告げると、男と視線が合うように、冷たい床材に、躊躇なく正座していた。

 男を立たせるとの選択肢もあっただろうが、彼女の微笑みはそのままで、男は思わず見とれていた。

 その人形じみた美貌の中に見える慈母のような、包み込んでくる優しさは、やっぱり違和感しかなく、そのちぐはぐな行動から、男にはアリスティアの思考が分からなかった。

 途切れる事なく、彼女の感情が変化を見せているため、大がかりな装置と話しているのか、人格を持った生命と話しているのか、判別がつかなくなっていた。

 一貫して冷たかった理すれば、割り切れたりもしたであろうが、こんな温かな気遣いをされては、戸惑ってしまう。

 わずかな動揺をにじませた男は、正面で、微笑みを浮かべる彼女に、ビクビクと話しかけた。


 「ありがとうございます。」

 「お話しを聞かせていただく前に、1つお願いがあるのですが、聞いてはもらえないでしょうか?」


 初対面から、失礼を繰り返した男を、寛大に許した上に、触覚や温覚があるかは分からないが、対等に話ができるよう、床に正座してくれた女神への、彼の態度は軟化していた。

 怯えながらも、まっすぐに瞳を見つめて来る男の願いに、彼女はこてりと首を傾けながら続きを促していた。


 ロリータの首こてりに、並々ならぬ愛情を抱いている男は、その仕草だけは、似合わないだろっと叫びたかったが、、大きく深呼吸をすると、ゆっくりと話しかけた。


 「失礼な態度をしている私に対しても、丁寧な言葉遣いをありがとうございます。」

 「ですが、私みたいな者に、丁寧な言葉遣いは不要ですので、女神さまの普段の言葉使いで話していただけると、リラックスして話が聞けるとおもいますので、厚かましい願とは思いますが、聞いてはもらえないでしょうか?」


 「私の失礼にも関わらず、丁寧な態度で接していただいてありがとうございます。」

 「私もフランクに話したいのですが、これが今できる限界なので、もっと仲良くなれたなら口調も、軽くなると思います。」

 「あと…、女神様なんて、他人行儀な呼び方ではなくて、アリスティアと呼んでもらえると嬉しいのですが…。」


 男の態度が、舐め腐ったままで、敬意などを見せなければ、見切りをつける選択肢もあっただろうが、心を折られ、遜った態度を続ける男に、調子付いてでも来たのか、アリスティアは朗らかな態度に変わっていた。

 表情も、微笑みから、明らかな笑顔に変わって、男を見つめていた。

 名前呼びも、頬をほのかに染めながら許しており、微かな緊張の中に、男への気遣いも現れていた。


 実にちょろインである。



 アリスティアの愛らしい変貌に、1mも離れず向かい合っている男は、思わず赤面していた。

 日常生活では、女性と接する経験はあったものの、それはビジネスライクに終わる関係で、有象無象の異性では、男の心に刺さる異性はおらず、ストライクゾーンたるロリータは、近づく事を自ら律していたため、彼の女性に対する経験値は皆無であった。

 そんな、耐性のない男に対して、力づくのマッチポンプで引き起こした吊り橋効果を存分に生かしたアリスティアが、あざとい仕草や、好感を満面に見せれば、照れるのも仕方がないであろう。

 さらに、美しさの中に、わずかに顔を覗かせる天谷加奈幼さを含んだ声音を、至近から恥じらい混じりに聞かされては、本能が幸せを訴え、耳元で永久に話し続けて欲しくなってしまう。


 どうやら、こちらもちょろインのようである。



 胸を押さえ、暴れる鼓動を沈めた男はどぎまぎとした態度を隠すように、唇の端を引くつかせながらも微笑みを返し、会話を続けた。


 「では、アリスティア様と呼ばせていただいてよろしいでしょうか?」

 「私もあなた様のような神々しい方と話すのは緊張してしまうので、このような話し方で話させてください。」

 「ある程度の状況も把握できて、心も落ち着いたので先ほど仰っていた話を聞かせていただけますか?」


 「わかりました。  私みたいに美しいと、殿方も困ってしまいますよね。」

 「それでは、あなたを呼んだ理由を話していきますね。」


 アリスティアは男の硬い口調や表情は私の女神力が多角、男が照れて委縮していると勘違いし、以前にもまして饒舌に話していた。

 ただ単に、女性的な魅力を、防御力皆無な男にぶつけているだけで、決して彼女の女子力が高いわけではない。

 チョロイン属性にポンコツ属性までとは欲張りである。


 加えて、アリスティアの口調は仲良くなれたら軽くなるかもとほのめかしていたが、もはや軽くなっていた。

 さらに、ドヤ顔で自画自賛まで入れ始めたものだから、男ののぼせも落ち着き、いらだちを覚えたのか、拳は固く握りしめられた。



 「私の世界であるハートフィールドには、愛する子供達がたくさんいます。」

 「私は、この愛しい子供たちを見守ることを生きがいとしています。」

 「ですが、ここ百年くらいの間に、子供達の輝きが弱まったように思えるのです。」


 「その時期に、事件とか、情勢が乱れる事はあったのですか?」


 「戦争などは、数十年に1度程度は起きていましたが、その時だけ、落ち込んでしまうものの、その五は皆の笑顔は戻っていました。」

 「ここ数百年以上、ちょくちょく下界に声を届けて、道を示して来たのですが、行き詰ってしまったのです。」


 彼女の世界を見ていない男には、原因は見当がつかなかったが、未来溢れる子供達の笑顔が曇るとの言葉は聞き逃せなかった。

 憂いを浮かべる彼女に、男は険しい顔をすると、詳しく話を聞き始めた。



 しばらくの間、話を聞いた男であったが、アリスティア自体が、状況を明確に把握していなかったため、対処法は決められなかった。

 大抵の時間は、神界で、作業に勤しんでいるか、ロリータ&ショタ、ウォッチングを愉しんでいるとの事で、彼女の話自体が不明瞭であったのだ。

 そんなふんわりした不安を投げかけられた男も、必死に歴史を思い出しては、思い当たる事を尋ねていたが、該当する事はなかった。

 男が尋ねた内容の1つとして、生きていく糧が足りず、農作業などで子供達の時間が奪われているのかと聞いても、彼女からは、技術力でカバーしているので、子供達の時間は、充分に確保されているらしい。

 家事に関しても、現代日本と変わらない水準を保っているらしく、子供の時間を削ってまで、手伝いをする必要もないらしい。

 むしろ、教会が信仰されているエリアでは、子供達には、ある年齢までは、遊ぶ事を推奨しているようで、一定の自由を保障するようにしているそうだ。

 他にも、男が思いついた事を尋ねても、芳しい結果には至らなかった。

 向かい合った2人が、考えあぐねて、沈黙していると、アリスティアがすまなそうに要望を伝えて来た。


 「あなたには、私の世界を直接見てもらって、気付いた事を伝えて欲しいのです。」

 「ですので、私の世界に移住してもらって、愛する子供達の、笑顔を取り戻す手伝いをしてくれませんか?」


 彼女の表情には、追い込まれた人間特有の焦燥がにじんでおり、自身の欲だけで動いている様子は見えず、深い憂慮も伺えた。

 子供達の未来のために、手間を惜しまない事は、理解ができる男であったが、大した取り柄もない自身が、何故ここまで、期待されているかが分からなかった。

 どこまでも必死な態度のアリスティアに、自信を持てない男は、申し訳なさそうに、断りを入れた。


 「アリスティア様、申し訳ありません…。」

 「私のような、非才な人間が、あなたの愛する世界の役に立てるとは思えません…。」

 「私程度の者よりも、地球にはもっと、あなたの世界を輝かせられる人材はいるはずです…。」

 「だから…。」


 「あなたでなければならないのですっ!!!」

 「いえ…、あなたしかいないのです…。」


 切実に願いを告げて来る彼女に、男は泣きそうな顔で、別の人材を探すように提案をしようとしていた。

 現世では、必要とされる事がほとんどなくなり、惰性で生きているようなモノであった男に対して、ここまで必要としてくれた、彼女の申し出は、ただただ嬉しかった。

 だからこそ、彼女には、自分みたいな半端な人材ではなく、最善を選んで欲しかったのだ。


 そんな悲痛な男の決意に、アリスティアの反応は劇的であった。

 今までは、怒らせても、感情に大した起伏は起こさなかった彼女であったが、正座の姿勢から、勢いよく膝立ちになって、男の肩に手を添えながら、声を荒らげていた。

 かと思えば、弱弱しくスーツの端を摘まむと、消え入りそうな声で引き留めていた。


 「何か、私でなければならない理由があるのですか?」


 お互いの鼻が触れそうな程近づいていた2人であったが、男の問いかけにこくりと頷いた彼女は、元の姿勢に戻ると、俯きながら説明をした。

 彼女の説明は、途切れ途切れで、要領を得ない部分が多かったため、男との問答を挟みながら会話が続いた。



 その内容をまとめると、アリスティアが自らの世界に招ける人材は、自身と魂が近い存在でなければならないそうだ。

 事態を把握してから、ここ数10年程度の間、探し続けて、やっと見つけたのが男であるらしい。

 さらに、子供達に害を与えるような思考や、自らの欲を追求する人材であっても適さないため、男のような平凡な人材を求めていたようである。

 彼女いわく、「性癖だけはかなりズレていたとしても、ある程度の教養と、優しい心根を備えたあなたのような、人間を、もう見つけられる自信がないです。」との事であった。



 男が改めて話をまとめ終わると、潤んだ瞳でまっすぐに男を見つめたアリスティアは、右手を差し出しながら、最後の言葉を紡いだ。


 「私達のために、ハートフィールドに来てはもらえませんか?」

 「もう…、あなたにしか頼る事が出来ないのです。」

 「私と同じ、魂の濁りを抱えたあなたが欲しいのです。」

 「ロリータ達を心の底から愛しているあなたならば、子供達の輝きを取り戻すきっかけを掴めると思うのです。」

 「どうか、どうか、私の愛する子供達のために、力を貸してはくれませんか?」


 何か、本音と建て前が混在する文言であったが、振るえを隠せない彼女が差し出した手を、男は力強く握り返していた。

 掌から返って来る確かな感触と、決意を称えた男の表情を見たアリスティアは、俯くと「ありがとうございます…。」との感謝の言葉をしばらくの間、繰り返し続けた


 こうして、元宮もとみや 夜交やこうは異世界へと旅立つ事となった。



 平静を取り戻したアリスティアは、涙声で、「少し待っていて下さい。」と告げると、瞬く間に姿を消した。

 そして、その数瞬五には、男から3m程離れた場所に、ぐしゃぐしゃになった顔面を、現れた時のような、無機質で美しいモノに戻していた。

 ただ、頬には微かな赤みが残っており、照れを隠せてはいなかった。

 出会ってから今までで、最も人間らしい反応を見せたアリスティアに思わず笑みがこぼれた男は、にこやかに彼女に近づくと、今後の話を詰め始めた。


 その後は、異世界の大まかな説明や、どのような条件で移住ができるかの話が、されるはずだったのだが、ジャパニメーションから、ライトノベルや漫画や文学まで、日本文化に浸っていたアリスティアから話を振られた男は、キラキラの笑顔で会話に華を咲かせていた。

 ここまで趣味に時間を費やせるのなら、自分で解決できたのではと頭をよぎった男であったが、彼女も輝く笑顔で趣味を語っていたため、話に乗ってしまっていた。

 男も男で、ここまで趣味の合う人間と話した事がなく、充実した時間を過ごしていた。

 この際は、あまりにも、身も蓋もない話や、理想のロリータや愛するキャラクターの話など、少々の差異はあったものの、2人の趣味は合致していたため、2人ともとても仲良くなれた。

 これによって、女神が俗物的であることは明らかとなったため、男の尊敬はなくなったが、親近感や信頼感は大いに増した。


 趣味の話の中では、イチオシのロリータや、理想のロリータなど、多少趣味が噛みあわない部分もあったが、お互いの笑顔が曇る事はなかった。

 多様化を見せるロリータ界隈の中でも、男とアリスティアの中で、意見が割れたのが、ロリババアに関する話であった。

 子供らしさを、心根に見出しているアリスティアは、老成しているロリババアを、ロリータと見止めず、外見がロリータならば貴賎がない男との意見の相違があった。

 その他には、ロリ巨乳はお互いに肯定派であり、ボクっ娘やTSも好物であるようだった。


 濃い話が続く中でも、男が最も主張していた事は、ロリータは貧乳低身長銀髪に限るとの言葉であった。

 コンプレックスを恥じらいながらも、女性としての魅力があるのかどうか気になる、揺れ動く感情が心を掴んで離さないそうである。

 その談には、アリスティアも激しく同意しており、より仲良くなっていた。



その後は、あんまりにも長い間雑談していた事に気付いたアリスティアが、転移先の説明をしようとしたが、話を振る度に、どちらかが、ネタを放り込んでしまうため、ほとんどが雑談で終わっていた。

 そんな友人同士みたいな、気軽な会話の中で、おおまかに決まった事が次の内容であった。


 男の移住先は、アリスティアを信仰する国々が多い、ハートフィールド大陸にあるラッシュウッド王国のウェルシュという街である。

 この町に決まった1番の理由は、男とアリスティアのロリータの趣味がどはまりした少女が住んでいる街であるためである。

 男にはこの少女が暮らす家に、ホームステイしながら、世界を見て欲しいそうである。

 いきなり、見知らぬ男を受け入れるなど不可能ではないかと男が心配を漏らすと、ドヤ顔のアリスティアが、「もう、承諾はもらってますよ。」との返答をしていた。

 しっかりと話しを聞くと、どうやら、彼女が夢に赴いて、説得をしていたらしい。

 ハートフィールド大陸のほとんどは、アリスティア教が信奉されており、特にラッシュウッド王国は、信仰心が高い人間が多く住んでいるため、すんなりと受け入れてくれたそうだ。


 その他には、男が1つの事を望み、ホームステイ先の人達や、教会の関係者達に、男が特別な存在ではない事を念押ししてもらった事がある。

 男地震は神の使途でも特別な存在でもないことを周知してもらって、彼が普通に暮らせる根回しを行っていた。

 男が半端に敬われたり、進行されたりすると、身動きが取り辛くなり、本来の目的に支障が出るとの意見があったためである。

 しかし、本音としてはあまりにも敬われてしまうと、ロリータ本来の愛らしさやあどけなさが損なわれるとの水面下での合意もあった。

 識字と会話はができないと困るだろうとの事で、アリスティアが男の脳を軽くいじったりもしていたが、これといってチートのようなチートは、男には授けられなかった。

 一応、アリスティアとの念話ができるらしいが、条件がシビアで、よほどの事がない限りは、使わないらしい。


 こうして、ポンコツ女神とイエス・ロリータ・ノータッチを信念とする男のファーストコンタクトはつつがなく終了した。

 2人が打ち解けてから、終始笑顔ではしゃぐように話していたため、結構色んな重要事をアリスティアが教え忘れたりしていたが、ハイテンションな2人は気付いてはいなかった。



 彼女は、男を送り出す直前に、「ちょいちょいここから見てるんで、あの子達を極度に悲しませるようなことをするようであれば塵にしますよ。」との物騒な特大の釘を、冗談の欠片もない声音で刺すと、凍えるように怜悧な無表情から、見惚れるほど愛らしい満面の笑顔にころりと表情を一変させて、、「荷物とかは、部屋に贈っておきますねー。」との要件を、胸の前で小さく手を振りながら、、ふわふわと告げていた。

 一方的に話を進めていく女神の態度に、、仕方ないなと言わんばかりの笑顔を浮かべた男は、柔らかな光に包まれると、情緒の欠片もなく流れるように、異世界へと送られて行った。

 王道な異世界転移らしい、決然とした意志を表明したり、麗しい女神からの激励を受けたりなどの、それっぽい演出などなく、近所のスーパーに、買い物を頼まれた知人みたいに、男は旅立っていた。



読んで下さって、ありがとうございます。

毎日1話、頑張っていきますので、よろしくお願いします。

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