中央線
いつもの帰り道。
何も変わらない景色。
平和な歩道。
自転車を漕ぐ。
何もかもいつも通り。
ただ一つ、違ったのは、自分の気分。
なぜかどうしようもなく空しかった。
塾からの帰り道で、遅い時間である。
周りが静かなせいなのかもしれない。
でも、それならいつも空しいはずだ。
今日は、いつもとは違った感覚だった。
走りながらそんなことを考えていた。
そうしていると、周りの景色が「揺れて」見えてきた。
別に地震が起きてるわけではない。
でも周りの景色は「揺れて」いた。
これも今の心の状態のせいだろうか。
いつもと変わらぬ帰路。何が僕をこんな気分にしているのか。
・・・ふと車道を見た。
車の通りは少ない。
・・・大丈夫だろう。
そう思って、ハンドルを右に切った。
車道の左側、白線の内側。
少しでこぼこしている。
車体がガタガタ揺れる。
景色も確かに揺れ始めた。
今のところ自動車は見当たらない。
自転車の車輪を白線の上に走らせた。
線を外れないように、確実に、走った。
まだ自動車は見当たらない。
彼は自転車のハンドルを今度は思いっきり右に切って、次の白線へと移動した。
つまり、その車体は、道路の中央の白線上へと移動した。
うわあ・・・・・・
すべてが透き通るような感触。
歩道からは見えなかった、「景色」が見えた。
景色はもう「揺れて」はいなかった。
昼間なら絶対にない光景だった。
自転車が車道の中央を走っている。
彼はペダルを思いっきり漕いでいた。
その姿には半ば鬼気迫るものがあった。
なんだろう。なんだろう。
こんな感覚初めてだ。
周りの物がこうも違って見えるのか。
もう空しい気持ちは、消えていた。
しかしさらに奇妙な気分だった。
危険なことをしているのに、何も怖くない。
むしろずっとこうしていたかった。
不意に、後方から光が差した気がした。
車が来ていた。
・・・走り続けよう。
どうしてだろうか、歩道に戻ろうなんて考えはなかった。
エンジン音が近づいてきた。
車が横を通り過ぎた。
そして前方へ進んで行った。
何も起こらなかった。
通り過ぎただけだった。
こんなものか。
そうだったのか。
当たり前だが、初めての経験だ。
自転車で車道の真ん中を走るなんて。
こんなものなのか。
いつまでも漕ぎ続けたい。 そんな気分だった。
そんなうちにカーブに差し掛かった。
白線の上を、ずれないように。ずれないように・・・
それだけに意識を集中させていた。
だが、
・・・不意に、視界が歪んだ。
大きな音を立てて、車体は倒れた。
もちろん自分も。
思いきり車体に投げ出された。
起き上がれなかった。
いや。起き上がりたくなかった。
視界には少ないながらも星が輝いていた。
白い息を吐いた。
寒かった。
このまま車が来たらと考えたが、
来ない気がした。
来るはずがないと思った。
自分がこの道路を占領している以上、車が通れるはずはないと思った。
僕は道路に寝そべった。
何も起こらない。
遠くからエンジン音が聞こえるかと思ったが、
何も聞こえない。
・・・僕は目をつむった。
とてつもなく眠かった。
翌朝、僕は目覚めた。
昨日と同じ場所にいた。
自転車が倒れた時と全く同じように不意に、気がついた。
自分はなんてことをしていたのだろうと。
すぐに歩道に戻って、自転車を漕ぎ始めた。
昨日の夜のことはとてつもなくぼんやりしていた。
・・・親は自分より早く眠りにつく。
きっと、まだ自分がいないのには、気付いていないだろう。
さらに、幸い、まだ早朝である。誰も起きていないだろう。
何もなかったことにして家に帰ろう。
そんなことを考えつつ、帰路に就いた。
昔書いたものを改稿したものです。