月と手のひら
弱々しい風が時たま流れては頬を優しく撫で上げ、頭上に有る木々から伸びた梢が風のせせらぎを運ぶようにしなり、柔らかい音で眠りから覚ますように呼びかけてくる。
徐々に開かれた目に飛び込んできたのは、煌々と黄色い光を放つまんまるいお月様と、さっきまでお月様を覆い隠していたであろう入道雲が、逃げるように去っていく瞬間。
真夏の昼下がり、久しぶりの地元に帰ってきて見たら、昔懐かしい公園を見つけてしまったものだから、休憩がてらふらりと立ち寄ってみてしまった。今では遊ぶ人をほとんど見かけない、寂れてしまった物哀しい場所に。
誰もいなくて静かだからか、気がついたらベンチで眠りこけてしまったみたい。
まだ、寝起きだから頭はぼんやりとしているけど、なぜか心地いい。
熱気とは違う何かが心の奥底をじんわりと温めているように感じる。
なんか懐かしい夢でも見ていたのかもしれないな。
ベンチに寝そべったままお月様に向かって、握りこぶしの両手を突き出して、親指と人差し指を広げて四角い枠を形づくる。指だけで縁取られた、ちいさな空間。その枠内にまんまるいお月様を収めて、心のシャッターでこの空間を切り取ってみる。深く沈んださめざめとした群青色に映えるように、燦爛とした眩い光をまとう黄金色のお月様。
いびつなフレーム越しから眺め見る夜空の情景。
昔も今もこの光景はあまり変わってないように感じるけど、実際は全く違う位に変化している。
誰にも干渉することができない、あまりにも遠い、遠く行ってしまった場所。
確かにこの瞳には、焼きつくぐらいにこの艶やかなまんまるいお月様を納めてきたはずなのに。
ふと目を閉じれば、数分と経たないうちに色はくすんで形は崩れてぼやけていく。
何事もなかったかのように、記憶は曖昧になってお月様は色あせる。
見ている間だけ、意識し続けているだけ確かに感じることのできるこの温もり。
今日もいつかは過去のものになるんだろうね。
と、感傷に浸りそうになった時、とうの昔に置き忘れてきた感情が芽吹き始めてきたのを感じた。
得体の知れない何かが体内を駆け巡り、こころを軽くノックした。
『帰ろう。お家に帰ろう』
凪いでいた世界を一瞬で引き裂いた、どこかで聞いたことのある声。
声の方に上体を起こしてみると、いびつなフレームに年端もいかぬ子供の微笑む姿をおさめた。無邪気に笑い、小さくてごつごつしていない愛らしい手をそっとこちらに差し出している。
吸い寄せられるように、その子供の手に向かって手を差し出した。ひんやりと冷たい感触に驚いて、とっさに手を引っ込めようとしたけど、引き離さないようにぎゅっと力を込めて握り返してきた。満面の笑みと共に。火照った体の熱を冷ましていくように、じわじわと冷たい感触が流れてきては中和されていく。
まんまるいお月様の光に彩られて浮き出ている影。
手を繋ぐ二人の姿を映し出す、やわらかい明かり。
影を落としているのはたった一人だけ。
影を纏わない子供は、急かし立てるように青年の手を引っ張っていく。
繋いだ手を離さないように、しっかりと握りしめて。
昔から変わらない、勝手知ったる道を先導するかのように歩を進める。
今も変わらない温かく出迎えてくれる人が居る、懐かしい自宅へと。




