ドキドキメモリアル
その時、中村武志は屋上へ居た。
行ったのではなく、強制的に連行されてしまったのだ。
あの掃除用具入れのロッカーから、物理的にありえない方法で、無理矢理。
でも、あの妹の行動に比べれば、大したことは無い。
鼻血出たけど。
「良かったね、助かって」
確かに助かったけど、何か違う。
長い紺色の髪の女性から差し出されるティッシュペーパーを受け取りながら思った。
その助けてもらった相手は……
「もう、幼馴染なんだから、こういう時はすぐに言ってほしかったかな」
前髪をかきあげながら答えるのは、幼馴染である、お隣の黒瀬さん家の沙織という。
武志と同じ3年生。
黒瀬沙織と妹は、思春期を迎えた直後から険悪、ただし、妹に限る。
「でさぁ、何がどうなっているの? あ、言わなくても分かってるし。全部」
何でさ、家の周りにはストーキングガールしか居ないんだよ! 怖いよ。
「あ、あのさぁ、確か俺、ロッカーに居たのに、気が付いたら屋上に居るんだけど。何を言っているのか自分でもわからないけど、俺にもわからなかった」
余りのショックで、自分の一人称が変わってしまった。だって、恐ろしい片鱗を味わったから。
「あーそれならね」
ゴクンと、唾を飲む。これから一体、何をされたのか解らなかった事態を解説されるのかな? と思うと……ドキドキする。ドキメキメモリアルになりそう。
「あの教室、体育の時間に女子更衣室と化すじゃない?」
はい、そうですが。ですから何か?
「で、覗き対策の一つとして、ロッカーの一つにあらかじめ細工をしといたのよ」
誰だよ! そんなことするヤツ……は、いるかもしれないけど、そもそも誰が仕掛けたんだ?
「はい、私」
貴様かー!!
「一瞬で屋上に逝けるようにしておいたの。施設科の力を借りてね。そんな素敵な仕様にするのには、ちょっと手こずったけど」
しなくていいよ! ……今回は助かったけど。
「でもさ、これ結構お金かかってない? どっから予算降りたの?」
忘れていたが、この黒瀬、生徒会長なんだ。
「え? 防犯対策の為って言ったら、校長や教頭が予算出してくれたよ? ポン! ……てな感じで」
……この学校、違う意味で腐ってやがる。
「で、俺はこれからどうなるの? 妹に引き渡す? それとも……」
「あ、その辺は全く考えてなかったのよー」
うわ、天然脳みそ最高っと。
「俺はもう戻れない、から、とっとと帰らせてよ、つーか強制RTB(元の基地に戻る)させてよ!!」
「何を言っているの? あ、そういえば確か、普通科にアルセイデスとかいう女子生徒が今日転校してきてたよねぇ」
「だから何だよ!!」
「放課後、彼女に学園の案内をするように、と言われてたの。あ、彼女からのご指名らしいよ」
「誰が?」
「武志と私とでよ。あと美緒ちゃんも」
はぁっ?!
「俺に拒否権は?」
「ございません」
「理由は何で? そもそも今日逢ったばかりなんだけど」
「それは知らない。とりあえず、あんたは普通科、私は航空科、美緒ちゃんは特科。顔なじみだし、案内するには丁度いいじゃない」
そういうことでしたか。
「あと、先程から"フシュー! フシュー!"という音を立てている、あー我が妹らしきクリーチャーが、屋上ドアから見え隠れしてるのですけど」
目が血走ってるし、口から白い吐息……ではなく、紫色しているような気がするのは俺だけ?
「知らないわ、あとは任せた」
「黒瀬! 貴様は俺のぉー」
やめてー、僕……じゃない、俺の命はあと何秒!?
「どっちにしても、ここで死ぬ定めではないから、良いんじゃないの」
良くない!!
その頃の赤城さん。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。あ、3度言いましたので許されますよね?」
許さないよ!!
赤城さん:妹の同級生。苦労人。普通科。
黒瀬沙織:武志同級生、生徒会長。
アルセイデス:転校生、武士の同級生。頭にアホ毛がアレは実は……
メルセイデス:パイロット、大尉。アホ毛はヘルメット被る際邪魔で外した。
普通科:普通に学校へ行って暮らしたい人向け。
航空科:戦車を破壊したり、弾幕を避けたい人向け。
特科:ドンパチしたい人向け。
施設科:なんでもやりたい人向け。