悲しみの向こうへ
何かヤバイ音が、下から聞こえてきた。
今授業中だけど、それをすっぽかしてやって来る人は、一人知ってる。
さて、俺は逃げるべきか? 大人しくするべきか?
「ねぇ、武志。この教科書、私よく読めないんだけど、教えてくれない?」
あ、空気を読めない(そもそも読める人は、クラスメイトの一部しか居ない)ご婦人、アルセイデスが話しかけてくる。
ヤバイ、あと5秒後には"デストロイゼムオール"という声と共に、教室が血だまりスケッチになってしまう。
「めんご、また今度!!」
と言い残し、俺は逃げた。時間的に余裕が無いので、掃除用具入れのロッカーに。
ガチャリッ! と戸を閉めた途端、ヤツはやってきた。キット来るー、じゃなくて来た。
「フーッ! フーッ!!」
扉をスライドして開けるどころか、明後日の方向に飛ばした、とてもデンジャラスな妹がやってきた。
口から水蒸気出しながら。お前は鬼かなんなん?
「あー美緒ちゃん? ちゃんと弁償してよね?」
「たやすいことではない」
えー、スパルタン的な事言ってません? 誰かツッコんでよ!」
「で、お兄ちゃんはどこ!?」
予想通り、俺が第一目標っぽいです。
「え? 武志君なら……そうね、屋上でお昼寝するって言ってたわー」
先生のフォロー、ありがとうございます。
「え? でもさっきまでここに居たような気が……」
アルセイデス! なんちゅーこと言うの!?
「そう、ここがあの女のハウスね……」
美緒、危険なセリフを言うんじゃない。そして、アルセイデスの事を敵と認識してないことに、ちょっとだけ安堵する。
「そう、わかった。屋上行ってくる」
あっさりと別ルートで殲滅する気だよ、この妹。
「あ、でも屋上は立ち入り禁止だし、施錠もされてるし、無理なんじゃないかなぁ?」
先生、いらんこと言わないでください。
「は? ヤツが行けるんなら、私も行けるでしょ? 特科だし。閉まってれば壊せばいいの」
物騒過ぎるだろ!
「あの、それより授業は?」
「知るか!」
ああ、美緒が不良化していく……もう手遅れっぽいけど。
「授業中失礼しましたッ!」
バンッ! と扉が閉まる音。そして、数十秒間の沈黙。
「ふぅ……あ、中村武志さん、出てきても良いですよ?」
先生の問いかけに、誰も何も答えなかった。
「あ、あの、中村さん?」
掃除用具入れのロッカーを、先生は恐る恐る開いたところ……
「きゃぁ!!」
先生の悲鳴が聞こえてきた。
生徒の多くが何事かと見に来た時……
中に、誰も居ませんよ。
妙な血だまりが残っていた。
中村武志、どこ行った!?
そして、誰もが気がついていること、それは……
「あら? そういえばアルセイデスさんは?」
アルセイデスも消えていた。