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episode09









「……少し、父と喧嘩をしてしまって。まあ、私が一方的に騒いだだけなのですが……」


 ぽつぽつとした言葉を、レジェス医師は真剣に聞いてくれた。フィロメナはそれに後押しされるように言葉を重ねる。

 母が病で臥せりがちになり、それにかまけて父が職務放棄をしていること。このままでは、マリベルたちが親の愛情を知らぬまま大きくなってしまうこと。それらを責めたてた。

 たぶん、正しいことを言っているのはフィロメナの方だ。だが、やり方は正しくない。


「自分は何もしないくせに、私の話を聞いてくれない、と癇癪を起してしまって……。こんな自分が嫌いです」


 ため息をつくフィロメナの頭を、レジェス医師が撫でた。


「反省できるだけ、フィロメナさんは偉いですよ。それに、あなたが自分を嫌いでも、僕はフィロメナさんのことが好きです。きっと、妹さんたちも同じように思っていますよ」


 一人で頑張らなくてもいい。カリナにも言われたことだが、家族ではない人から言われると、本当に自分は一人でやろうとしていたのだな、とわかる。

「……私、私が一番年上だから、妹たちを守らなければと思って」

「うん」

「でも……本当は、あの子たち、もう、私が護ってあげるほど子供じゃないんですよ」

「うん」

 本当に聞いているのか怪しい相槌を打ちながら、レジェス医師はフィロメナの話を聞いていた。穏やかな相槌にフィロメナは言葉を続ける。

「あの子たちはみんな私を助けてくれるんです。わかってるんです。あの子たちを、今の伯爵家から解放してあげたい……でも、勇気が出なくて」

 カリナたちを現状から解放するということは、フィロメナが父を追い落として伯爵位を継ぐということだ。なまじ彼女には、両親に愛された記憶がある。だから、踏ん切りがつかない。


 このままではいけないのだと思う。妹たちに苦労をかけている。けれど、自分が防波堤になれば、妹たちは多少不自由でもしあわせでいられるのでは? フィロメナが爵位を継いだからと言って、改善するとは限らないのだ。


 日傘を握りしめるフィロメナに、ハンカチが差し出された。それを見て、フィロメナは自分が泣いていることに気が付いた。ありがたく受け取って涙をぬぐう。涙は止まったが赤い目のままフィロメナはレジェス医師を見上げた。

「ありがとうございます」

「部外者の僕には涙をぬぐうことくらいしかできませんが、でも」

 レジェス医師は微笑んでフィロメナの涙の痕が残る頬を指でなでた。

「あなたは妹さんたちを愛しているし、妹さんたちもあなたのことを愛している。きっと、彼女たちはあなたが選んだ道なら、一緒についてきてくれますよ」

 優しい言葉に、フィロメナは思わず微笑んだ。レジェス医師も答えるようににっこりと笑う。

「たまにはそうやってたまっているもの、吐き出した方がいいですよ。僕で良ければ聞きますし」

「……忙しいのでは?」

「まあ、暇ではないですけど、フィロメナさんがまた倒れる方が困ります」

 医師的な回答をされて、ちょっと自覚のあるフィロメナは押し黙った。レジェス医師は声をあげて笑い、よしよしとフィロメナの頭を撫でる。妹にするようなしぐさだ。長女であるフィロメナには珍しく、少し恥ずかしい。


 少し落ち着くと、マリベルが駄々をこねる声が聞こえてきた。カリナが「めっ」と叱っている声も聞こえる。何やらもめているようだ。フィロメナは目が赤い自覚はあったが、日傘を差したまま妹たちに近づいた。

「どうしたの」

「お姉様」

「フィル姉様、抱っこ~!」

 マリベルが手を伸ばして訴える。どうやら、母親に抱っこされている小さな子がうらやましかったらしい。とはいえ、五歳の女児を抱っこするのは、女性にはそろそろ厳しい。


「お、おお……お姉様たちはちょっと無理かな……」


 たぶん抱き上げられるが、危険度が高い気がする。フィロメナがこけるだけならいいが、マリベルも巻き添えになるだろう。


「ね? だから危ないのよ」


 カリナがマリベルに言い聞かせる。そこに、離れて様子を見ていたレジェス医師が近寄ってきた。彼はフィロメナと同じようにマリベルの前にしゃがみ込む。

「こんにちは。僕はレジェス。君は?」

「マ、マリベル……」

「いくつ?」

「ご、ごしゃい」

 しゃくりあげているので舌足らずだ。普段からそうだけど。可愛い。

「五歳か。お姉さんだね」

「うん」

 マリベルがうなずいた。双子たちが口々に言う。

「お姉さんなら抱っこをねだったりしない」

「つまり、マリベルはまだ子供」

「……二人とも、余計なこと言わないの……」

 フィロメナが呆れて言った。マリベルがますますむくれ、泣きそうになる。レジェス医師が笑ってマリベルの頭を撫でた。


「仲良しだね。マリベルちゃん。ちょっとごめんね」


 よいしょ、とばかりにレジェス医師がマリベルを抱き上げた。現金なもので、泣きそうだったマリベルはきゃっきゃと嬉しそうな笑い声をあげている。フィロメナは驚いたが、すぐに微笑んだ。

「すみません。ありがとうございます」

「ああ、いえ、気にしないでください。僕が気になっただけなんで。たまに不審者と間違われますけど……」

 フィロメナは自分が変わっている自覚があるが、レジェス医師も確かに変わっているかもしれない。

「おじさん、フィルねえさまのともだち?」

「おじ……まあ、そうだね」

 『おじさん』と呼ばれたのが引っかかったらしいが、レジェス医師はさすがに五歳児にツッコミを入れたりしなかった。マリベルは初めて、使用人以外のまともな成人男性に遭遇している。


 レジェス医師は気にした様子もないが、フィロメナははらはらしながら見守っていた。そんな彼女の服を、双子が両側から引っ張る。

「ねえ、フィル姉様」

「おなかすいた」

「え? ああ、うん、そうだね」

 そう言えば、教会の鐘も鳴った気がする。正午の鐘だ。フィロメナが侍女を呼ぶ。

「ブランカ、お昼にしよう。レジェス先生も一緒にいかがですか。マリベルが喜びます」

 嬉しそうにレジェス医師にしがみついているマリベルを見て、フィロメナはそう提案した。カリナも「いいわね!」と同意する。双子も反対しないし、マリベルはレジェス医師から離れる様子がない。ので、彼は苦笑した。

「……じゃあ、お邪魔させてもらいます」

 芝生に敷いたシートの上に、腰を下ろす。マリベルが楽しがって離れないので、レジェス医師は胡坐をかいて膝の上にマリベルを座らせた。


「……なんかすみません」


 マリベルを引き取ろうとして失敗したフィロメナは、あきらめて謝罪した。膝にサンドイッチをほおばるマリベルを乗せたレジェス医師は気にしていなさそうに笑う。

「大丈夫ですよ、可愛いですし。まあ、誘拐されないかちょっと心配ですけど」

「確かに、そうですね……」

 マリベルの人懐っこさは誘拐を心配するレベルだ。自分から誘拐犯について行ってしまうタイプ。双子なら毒舌で撃退するだろうし、カリナなら物理的に殴るだろう。そういう意味では、この三人は心配なかったのだが。


「うち、女ばっかりだから、男の人が珍しいのかもしれないわね」


 カリナがそう言ってフィロメナとレジェス医師に紅茶を渡した。本当に気の利く子だ。マリベルにはジュースを渡す。

「……伯爵は、こうしたことをしないんですね」

「私もされた記憶はありませんね。それなりに遊んでもらったとは思いますが」

 マリベルの汚れた口元をぬぐい、頭を撫でてやる。うれしげに笑う彼女に目を細めた。

「親子みたい」

「やっぱり恋人?」

 双子ちゃんである。レジェス医師が笑って否定し、フィロメナは呆れた表情で双子を見た。

「エリカ、モニカ。あまり大人をからかわない」

「照れてる」

 言い切った双子のうち一人をみて、フィロメナはため息をついた。


「えーっと、モニカちゃん。お姉さん、呆れてるよ」


 レジェス医師が仲裁に入る。しかし、果たしてこれは仲裁なのか。


「私はエリカ」


 先ほど発言した双子の片割れが言った。もう一人も言う。


「私がモニカ」


「え、ええっと、ごめんね?」


 レジェス医師が謝った。自称モニカはまったくもう、と言う表情になったが、カリナがツッコミを入れる。

「何言ってるの。あんたはエリカでしょ」

「カリナ姉様、ひどい」

「面白くない」

 唇を尖らせる双子に、カリナがお叱りを与える前に、フィロメナが二人に言った。

「あんまりからかわないの。すみません、先生。左に泣きぼくろがあるのがエリカで、右にあるのがモニカです」

「ああ、うん。僕もおかしいなぁとは思ったんです」

 さすがにちゃんと記憶していた。姿がそっくりなので見間違われることが多い双子だ。それぞれの特徴を覚えようとするのは当然である。

「あと、エリカは引っ掻き回すような発言をするし、モニカは容赦なく人の心をえぐってきます」

「カリナ、それは言いすぎだと思うよ」

 カリナの言うことは間違ってはいないが、ちょっと厳しすぎる。まあ、これくらいでへこたれる双子ではないが。


 話が分からないようで置いてけぼりだったマリベルが、行動を起こした。一番上の姉を呼ぶ。

「フィルねえさま」

「うん。何?」

 優しく聞き返すと、末っ子は満面の笑みでこう言った。

「お船乗りたい!」

「……」

 ちょーっと無理かな、と思った。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


初見者を混乱させる双子。しかし、作者も書いているうちに混乱してくる。どっちがどっちだったっけ? 一応、性格に多少の差はあるのですけど。


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