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episode07










 今日も今日とて部下を連れて宮殿内を歩き回るフィロメナである。治安管理局は必要とあれば街にまで視察に出かける。治安管理が仕事なので。

「やっぱり南の方の治安が悪いね」

「まあ、海の男は荒っぽいって言いますし」

 部下がのんびりと言った。部下と言っても、フィロメナと大して年が変わらないので、わりと気楽な関係だ。


「っていうか、フィロメナさん、また痩せました? フィロメナさんが痩せるとカリナ嬢に怒られるんですけど」


 俺が、と部下。カリナの影響力はこんなところにまで浸透しているのか、とちょっと怖くなるフィロメナであった。

「フィロメナ・アルレオラ女史?」

「……ああ、どうもこんにちは」

 少し間の抜けた挨拶をしたフィロメナである。声をかけてきたのは、白い近衛隊の制服を着た男性だった。レジェス医師の兄、カミロ。マルチェナ副隊長だ。

「先日は良い警備案をどうもありがとう。それと、弟が世話になっていると聞いた」

「ああ、いえ。お世話になっているのは私です。どうもありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げると、カミロがじっと見つめてきた。ついでに部下の『むやみに倒れるな』というような視線が痛い。


「……なんでしょうか」


 二十秒くらい耐えてみたが、耐え切れなくなって尋ねた。カミロは「いや」と首を左右に振る。


「失礼した。また何かあれば相談してくれ。貴女となら有意義な議論ができるだろう」

「はあ。ありがとうございます」

 最後までにこりともしなかった。どこか柔和な弟とは全く違う。生真面目そうな人だ。実際に真面目なのだが。

「なんだったんでしょうね」

「さあ?」

 フィロメナも肩を竦め、二人は止めていた歩みを再開させた。
















「……まずいな」


 その日、仕事が休みなフィロメナは、朝から書斎に引きこもって領地の状況報告書や帳簿とにらめっこしていた。たまにカリナも手伝ってくれるが、彼女は次の作品の執筆に追われている。それでも、侍女たちがたまに見に来るので、気が付いたら過労死している! と言うことは無いと思う。

 ほかにもいくつか資料を引っ張り出し、フィロメナは情報を整理し、対応策を書きこんでいく。こういうことがさらっとできるので、今まで何とかなってきた。なってしまっていた、と言うべきだろうか。


 いくつかの資料とフィロメナが自分で作ったレポートもどきを持ち、彼女は書斎を出た。最初に見かけた侍女に尋ねる。

「ねえ、父上は?」

「奥様のところです」

「……そうだね。ありがとう」

 まあ、わかっていたが一応確認したのだ。心配そうな侍女に微笑み、フィロメナは母ルシアの寝室に向かう。ノックをして、返事を待ってから中に入った。

「母上、具合はどう?」

「ええ、大丈夫よフィル。ありがとう」

「ならよかったよ」

 ずいぶんやつれてしまったが、母ルシアは美人だ。金髪も褪せてしまっており、気丈に微笑んでいても体調がすぐれないのだということがわかる。

「ねえフィル。貴女も疲れてるんじゃない? 顔色が悪いわよ」

「顔面蒼白なのは元からだよ。せっかくの時間を邪魔して悪いけど、母上、少し父上を借りてもいい?」

「お仕事の話? もちろんよ」

 愛する妻にそう言われてしまっては、父もフィロメナの話を聞かざるを得ない。彼女としては場所を移してもいいのだが、父がこの場で話せというのでフィロメナは簡潔に言う。


「領地の農業用水路が壊れたそうだ。灌漑工事の許可が欲しいのと、水路上流の調査を行いたい。どこかでがけ崩れが起こっている可能性がある」


 だからより水が来ないのではないか、と言うことだ。加えて飲料水の手配もいるかもしれない。幸い、井戸も多い地域なので放出する準備だけで終わるかもしれないが。手は打っておくに越したことは無いだろう。


「そこまでわかっているなら勝手にすればよかろう」


 父が興味なさそうに言った。フィロメナがまとめた資料に見向きもしない。フィロメナは何とかため息をこらえる。


「そうはいかないでしょ。私は代理執行権は預かってるけど、決定権は父上にしかないんだから」


 遠回しに伯爵の仕事をしろ、しないなら爵位を譲れ、と言うことである。その嫌味が通じたのかは不明だが、父は内容もよまずに書類にサインをした。興味がないにもほどがあるだろう。

「次からルシアの前でこんな話はするな」

「父上がしろと言ったんだろう。私は場所を移すべきだと思っていた」

「口ではなんとでも言える。少しくらい可愛げを身に付けたらどうだ。お前の婿選びが難航している」

 なんだか胃がきりきりしてきた。胃のあたりを押さえながら。フィロメナは「自分で探すよお世話様」と早口に言った。

「お前ができないから私がしているんだろう。このままではカリナも嫁き遅れに――――」


「言わせてもらうけど!」


 寝室を出て行こうとしたフィロメナであるが、振り返って強い口調で言った。ルシアは目を見開き、父は不快気に顔をゆがめる。

「なんだ。大きな声を出して」

「父上はもっと現実を見るべきだ。私やカリナが、本気で結婚相手を探さないのはなぜだと思う? この家がそんなことをしている状況ではないからだ」

「何を言っている。我が伯爵家は安定して――」

「当主としての仕事を放棄したあなたがそれを言うのか! ……いや、それはいい」

 仕事を放棄した当主などいくらでもいる。これは代わりが効くのだ。だから構わない。

「母上が大事なのもわかる。だが、このままではマリベルやエリカ、モニカは親の愛情を知らないまま成長する。わかるか? ウリセス・アルレオラは私たちから両親を奪ったんだ」

「親に向かってなんという口を……!」

「あなたはもう五年も見て見ぬふりをしてきたというのに、今更父親面をするの?私の話も聞かない。別の医者に母上を診せたほうがいいって、何度も言っているだろう?」

「先生が一番ルシアの容体を……」

「物事は多角的に見ることも必要なんだ。もういい。もう、あなたに何も望まない。死ぬまで母上のことだけ見つめていればいいさ」

 ある意味それも美談だろう。カリナに頼んで、美談として広めてもらったっていい。フィロメナの言葉に、父ウリセスはかっと手をあげた。


「お前は!」


 フィロメナに避けるつもりがなかったので、そのまま振り下ろされれば父は娘の頬を打っただろう。だが、その手が振り下ろされることは無かった。

「おやめください、旦那様」

「主人に逆らうのか、マルセロ!」

 ウリセスの手首をつかんだ執事のマルセロは静かに言った。

「我らの主人は、フィロメナ様であると心得ています。この五年、必死に伯爵家のかじ取りをなさったのはフィロメナ様です。あなたは何もしなかった。そんな相手の言うことなど、今更聞けません」

 ルシアが静かに「あなた」とウリセスを呼んだ。驚いた様子を見せていた母だが、すでに落ち着いた様子である。マルセロがウリセスの手首を離す。

「奥様はともかく、旦那様。あなたにフィロメナ様を悪く言う資格はありません」

 追い打ちをかけに行くマルセロに、フィロメナはウリセスが解雇を突きつける前に言った。


「マルセロ。もういいよ。それじゃあ、父上。工事の方は進めておくから。母上は体を大事にね」


 フィロメナはそれだけ言うと、マルセロを連れて母の寝室から出た。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ここまで結構長かったな……。


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