episode05
あやー……ブックマーク登録が2,000件超えたのは初めてです。こんな話が、いいのだろうか……。
皆様、ありがとうございます。
はっきり言う。フィロメナは友達が少ない。もちろん、寄宿学校時代の友人などは存在するが、大学を卒業したあたりから疎遠だ。何しろ、フィロメナが仕事と家のことにかかりきりになったから。社交界にも義理程度にしか顔を出していないので、夜会などで話しかけられるのは稀だ。仕事上の知り合いなら何人もいるのだが。
と言うわけで、話しかけられたことに少々驚いた。
「……ごきげんよう、レジェス先生」
スカートをつまみ淑女の礼を取る。隣でカリナも同じように礼をしていた。フィロメナたちと同じく、レジェス医師は夜会用の正装をしていた。
「お元気そう……前よりはお元気そうですね。あれから大丈夫ですか?」
「まあ、一応、何とかやっていますが……」
とりあえず、食事をとるようにはしている。寝る時間はあまり改善されていない。早めにベッドに入っても、眠れないのだ。眠れないので、結局仕事をしてしまう。
「ちょっとお姉様、何やったの」
「妹さんですか? 姉君と同じく、可愛らしい方ですね」
「それより、姉の話を詳しく」
身を乗り出したカリナの腕をフィロメナはつかんだ。
「こら、カリナ。すみません、先生。妹のカリナです。カリナ、この方は医師のレジェス先生」
共通の知り合いであるフィロメナがお互いを紹介すると、カリナはさっと淑女らしくお辞儀をした。
「失礼いたしました。アルレオラ伯爵家の次女、カリナと申します。姉がお世話になっているようで」
「いえ、こちらこそ失礼いたしました。マルチェナ伯爵家の次男で、レジェスと言います。王立医学薬学研究所に所属しています。フィロメナさんとは、まあ、僕の目の前で倒れたことが縁で」
「ええっ?」
「ちょ、先生」
怪訝な声をあげたカリナと、あわてて止めに入るフィロメナだが、カリナは目を怒らせて姉に向き直った。
「なんで言わないのよ! お姉様、無理し過ぎ!」
「いや、大丈夫だと思って……先生も、言わないでください……」
フィロメナが妹に怒られた勢いで気落ちしたままレジェス医師に言うと、彼は爽やかに笑って言った。
「フィロメナさんは本人に言っても聞かないタイプのようなので、ご家族さんに言った方がいいかと思いまして」
「先生。もっといってやってください」
カリナが応援するように言った。レジェス医師もカリナに向かって言った。
「カリナ嬢、姉君のこと、よく見ていてあげてください。誰かが言わなければ、また栄養失調と寝不足で倒れますよ」
「それで最近、食事はちゃんととるのね……」
カリナがまじまじとフィロメナを見た。フィロメナは穴があったら入りたい気分である。
「ああ、それで前よりは顔色がましなんですね。夜は? 眠れていますか?」
と、何故かレジェス医師はフィロメナではなくカリナに尋ねた。カリナはうーん、と考える。
「夜中に起きると、お姉様の書斎に明かりがついてますね。たいてい、いつも」
「カリナ……」
恨みがましくカリナを見やるが、レジェス医師は「いや、そうじゃないでしょう」とフィロメナを自分の方へ向かせる。
「眠れないのなら、睡眠誘発剤を処方しますよ。酒でもいいですが、今のフィロメナさんの体調で飲むのはお勧めできません」
「そもそも、お姉様お酒弱いもんね」
「そうだね……」
カリナが正直に医師の質問に答えていく。夜会会場ですることではないが。ひとまず、この会場で酒は飲むな、と言われた。カリナもうなずいている。
「そもそも、夜会を早めに切り上げたほうがいいと思うんですが……ご家族がご一緒に?」
「父が一緒です」
どこに行ったのかわからないけど。ホールが広すぎるし、人が多すぎる。
「そうですか……ご家族のことなので深くは立ち入りませんが、フィロメナさんは本当に体をいたわってください」
レジェス医師も、アルレオラ伯爵家のことは耳にしたことがあるのだろう。当主である父がめったに表舞台に出てこず、何をするにも長女のフィロメナを通すことになるので、気づかない方がおかしい。
聞けばレジェス医師も家族に言われて参加中らしく、一応、「踊りますか?」と義理程度に聞かれたが、姉妹は二人とも首を左右に振った。
「私はそろそろ相手を見つけて結婚しろと連れてこられたんですが、もしかしてお二人も?」
「そうです。そんな事より、ちゃんと当主の仕事してほしいんですけど!」
と、カリナはレジェス医師にすっかり気を許したようだ。たぶん、姉を助けてくれた、と言うことが効いているのだろう。まあ、フィロメナも突然目の前で倒れた女をここまで気遣ってくれる彼には好感を抱くが。医師としては、当然なのかもしれないけど。
「そこら辺はご家族で話し合ってもらう必要がありますね」
レジェス医師は苦笑してそう締めた。まあ、そんなことを言われても困るだろう。
しばらく話をしていたレジェス医師だが、兄に見つかりそうだ、と言ってどこかに逃走していった。やっていることがフィロメナたちと大差なくて、ちょっと面白い。
カリナも友人たちと話をしに行ってしまったので、フィロメナは一人になった。ひとまず、姉妹の結婚相手を探しているだろう父に見つからないように注意しながら、フィロメナは壁際に移動する。
「フィロメナ!」
今度は女性の声で呼ばれ、フィロメナは振り返った。明るい茶髪の女性がフィロメナを追いかけてきていた。
「これはミレイア妃殿下。お久しぶりです」
「ええ、久しぶり、フィロメナ。っていうか、顔色悪いわよ?」
心配そうに緑の瞳を細め、ミレイア……王太子妃は言った。フィロメナは苦笑する。
「化粧でごまかせてません?」
「すっぴんのあなたを知らない人なら騙せると思うわ」
と、ミレイアは遠慮なく言った。彼女は近くの給仕からグラスをふたつ受け取り、一つをフィロメナに渡した。
「仕事、忙しいの?」
「と言うより、家の問題なのでお構いなく」
「ふーん? そう?」
ミレイアが怪しそうに眼を覗き込んでくる。美人な彼女の澄んだ瞳に見つめられると、変な気がしてくる。
王太子妃であるミレイアとは、寄宿学校時代の友人だ。大学まで一緒に進学した仲で、今でも交流のある数少ない友人だった。片や王太子妃、片や内務省の官僚と言う立場だが、今でも親しくしてくれる。ありがたい話だ。
「今日は妹さんとご一緒?」
「ええ。上の妹のカリナが来ています。あと、父も」
そう言うと、ミレイアの顔が曇った。
「アルレオラ伯爵、ねぇ……さっきちらっと見たら、あなたたちの縁談を探しているみたいね」
本当に探しているのか。カリナはともかく、フィロメナは本当に条件が良くないと思うのだが。
「……まあ、縁談を持ってこられるとは思えないので、放置してるんですけど」
「……あなたたち姉妹へのふるまいを考えればそんなものかもしれないけど、あなたもちょっと冷たすぎるかもしれないわね。そんなに、お母様の具合はよくないの?」
ミレイアはずいぶん優しい聞き方をしてくれた。最後の方は小さな声で、囁くように尋ねてきた。フィロメナは目を細める。
「そう、ですね。あまりよくはないでしょうね」
「もしよければ、宮廷医の誰かを遣わせてもいいけど」
破格の申し出だが、フィロメナは首を左右に振った。
「友人だからと言って、贔屓するのは感心しませんよ、妃殿下」
「もう。せめて名前で呼んで」
頬を膨らませたミレイアはとてもかわいらしい。フィロメナにもこれくらいの愛嬌があれば、いい話の一つくらいは見つかったかもしれない。
フィロメナは手元のグラスから一口中身を口にした。白ワインだった。思わず口元を押さえる。それを見て、ミレイアが思い出したようだ。
「あ、フィロメナはお酒が駄目だったっけ。ごめん」
「いえ。一口くらいなら」
大丈夫、と思ったのだが、唐突にくらりときた。あ、駄目だ、と思った瞬間、フィロメナの意識は遠のき、そのままその場に倒れた。
意識を失う直前、フィロメナの名を呼ぶ声が聞こえた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
体調不良の時に酒はだめです。フィロメナは自分の不調に気付いていませんが。