episode04
気づいたら日間ランキング3位になってる…ま、まあ、昨夜確認した時点で、ですけど!今は下がっていると思いますけど!
それでも読んでくださっている皆様、ありがとうございます!
双子ちゃんたちが帰ってきてからしばらくたったある日、珍しくフィロメナの在宅中に父が母の寝室から出てきた。まあ、今日はフィロメナが一日休みなので屋敷にいる、と言うのもあるが。ちょうど、双子の宿題を見ている最中だった。
「フィロメナ。来週の夜会の準備はできているな」
「……父上、突然出てきて何言ってんの」
フィロメナが九割本気で不審げに言うと、父は顔をしかめた。
「はぐらかすな」
「はぐらかしているつもりはないけど……準備ならしてあるけど、なんで?」
遠回しにお前に関係ないだろ、干渉して来ないんだから、と行ってみたのだが、父には通じなかった。
「何でも何もあるか。お前やカリナの結婚相手を見つける必要がある。特にお前は、条件が厳しいんだぞ」
「……」
誰のせいだと思ってんだこの野郎。父親に対する態度ではないが、フィロメナの心情としてはこんな感じだった。
「せっかく美人に生まれたと言うのに、そんな恰好をして……」
たまに出てきて説教だけする父親に、いい感情を抱くはずがない。マリベルはぽかんとしていたが、カリナも双子もむっとした表情をした。三人が爆発する前にフィロメナが口を開く。
「どんな格好をしようと、私の自由だろう。夜会ではちゃんとドレスを着ていくよ」
「その話し方もだ。もっと淑女らしく……」
「私は公私の区別がはっきりしているだけだよ」
父親のセリフを食い気味に言った。嘘だ。そんなにはっきりしていないし、どちらかと言うと「颯爽としていてかっこいい」と言われることの方が多い。
「とにかく、準備をしているから大丈夫。私の分も、カリナの分も。父上も行くって言うなら、用意しておくけど」
「あ、ああ……」
怒涛の如く話す一番上の娘に気圧されながら、父はうなずいた。ついでに聞いてみる。
「母上は?」
「……今は眠っている」
父の言葉を聞きながら、フィロメナは、そろそろ母を別の医者に見せるべきだろうか、と考える。まあ、父が嫌がるだろうが。フィロメナがいくら手を尽くしても、最終決定権のある父が否やを唱えればすべて無駄になる。やっぱり爵位を譲ってくれないだろうか。
すっかりフィロメナのペースに巻き込まれた父に、長女はさらに尋ねる。
「そろそろ夕食だけど、久々に一緒に食べる?」
「いや。ルシアを一人にしたくない」
「そうだね」
フィロメナは適当に会話を打ち切る。一人にするも何も、母は眠っているのではなかったのか。
「もう! お姉様、なんでそんなに冷静でいられるのよ!」
「怒りたかった」
「再起不能にする」
カリナがぷりぷりと怒り、何気に怖いことを言うのが双子のエリカとモニカ。フィロメナは妹たちを見て苦笑を浮かべた。
「いや、私も『誰のせいだと思ってんだこの野郎』って怒鳴りたかったけどね」
普段男所帯にいるフィロメナは、そこそこに口が悪かった。カリナなんかは「言えばよかったのに!」と頬を膨らませている。
「そんなことをしたら、余計に面倒くさいでしょ。こういう時は、相手の要望に沿うように見せかけてこちらの要望を通すんだよ」
「……すごく官僚的な言葉」
「官僚だからね」
職業病である。性格的なこともあるんだろうけど。
「お嬢様方。夕食の用意ができましたよ」
メイドが顔を出して言った。フィロメナたちは食堂に移動すべく立ち上がる。エリカとモニカに立たされたマリベルがフィロメナを見上げた。
「どうした、マリベル」
マリベルは可愛らしくこてん、と首をかしげて言った。
「さっきのおじさま、だれですか?」
「……」
フィロメナは自分で自分の口元を押さえて何とか耐えたが、カリナは遠慮なく噴き出した。
「あっはははっ! マリベル最高!」
「むー。カリナねえさま、どうしてわらうのですか」
たどたどしい言葉遣いで異議を申し立てる。そんなマリベルの頭を、フィロメナは撫でた。
「お前に笑っているわけではないよ。ふふっ。可愛いね、お前は」
「フィルねえさまもわらってます」
「うん。マリベルが可愛いからね」
「えへへ」
マリベルが照れたように笑う。カリナが呆れた顔を見せた。
「お姉様、はぐらかすスキルが上がってる気がする……」
半眼で一番上の妹が言った。フィロメナは微笑むと、彼女の背中を押して部屋を出た。
△
夜会の日。父は上の娘二人と王宮に来た。下の娘カリナは明らかに嫌そうにしていたが、長女のフィロメナは相変わらず腹の底が見えない緩い笑みを浮かべるばかりだ。
色合いは違うが、金髪の姉妹。中性的だと言われるフィロメナも、整った顔立ちをしている。カリナも正統に近い美少女だ。
そんな二人がそれぞれに似合うドレスを纏って王宮の夜会にやってきた。尤も、二人ともいわゆる『おひとり様』であったが。夜会に出席するための手配はすべて、フィロメナが行った。カリナに言わせると、父は父親面してでかい顔をしているだけ、なのだそうだ。最近彼女の口が悪いのは、フィロメナのせいだろうかと、少し反省する。
「お前たち、少しは積極的に動こうとは思わないのか」
「思わない」
フィロメナとカリナは異口同音に答えた。父は鼻白む。
「フィロメナの年にはもうみな結婚しているだろう。カリナと同世代の子も、婚約者がいる子がほとんどだ。何も思わないのか?」
「別に?」
「思わない」
フィロメナもカリナもにべもなかった。正直、フィロメナはそれどころではないと言う面もある。父の言うとおり、フィロメナは結婚するには条件が悪い。彼女が優秀であるがゆえに、その爵位は彼女のものになる。アルレオラ伯爵家は娘しかいないが、その娘と結婚しても、婿養子が爵位を継げるわけではないのだ。
父は娘たちに任せても無駄だと悟ったのか、自分が動き始めた。だが、ここ五年ほど引きこもっている父には大した影響力はない。フィロメナは落ち着き払って果実水を飲んだ。
「余裕ね、お姉様」
カリナは少し焦っているようだ。父が万が一縁談を持ってきたらどうしよう、と言ったところか。父は娘たちの思いを理解しようとしない。
「父上に勝手に婚約させられたくないなら、自分で相手を選べばいいんじゃない?」
最近では、貴族社会でも恋愛結婚は珍しくない。わかるかもしれないが、父と母は恋愛結婚だ。
「……助けてくれないの?」
「結局のところ決定権は父上が持っているからね。よほどひどい相手じゃなければいいんじゃない? 私はお前に苦労をかけている自覚はあるからね」
家長的なことはフィロメナが行っているが、通常伯爵夫人が行うような奥向きのことは、ほぼカリナに丸投げである。加えて妹たちの相手と、カリナには苦労をかけっぱなしだ。アルレオラ伯爵家にいる限り逃れられないのであれば、結婚して家を出て、役目から逃れるのも一つの手だと思うのだ。
「……お姉様、自分は逃げないくせに私には逃げろと言うのね」
「おや。私は逃げてばかりだよ」
逃げていなければ、フィロメナは今頃父を蹴落として伯爵位を得ているだろう。苦笑を浮かべた姉に、カリナは淡い緑のドレスを揺らして言った。
「お姉様が落ち着くまでは、私も出て行けないわよ。お姉様ったら、危なっかしくて見てられないんだから」
「これは手厳しい」
その優しいカリナのセリフにフィロメナは目を細める。フィロメナがいっぱいっぱいでも、カリナがこうしてフォローしてくれるから何とかなっているのはわかっている。本当に、気の利くいい子なのだ。変人なのは認めざるを得ないが……。
「……一番大変なのはお姉様でしょ。マリベルもまだ小さいし、面倒、見きれないでしょ」
「……うん。ごめんね」
「謝るのはお姉様じゃないわ。お父様よ」
怒っているのがわかる声音で、カリナは言った。フィロメナは妹の優しさに涙が出そうである。
「ああ、こんばんは、フィロメナさん」
声をかけられたのは、そんな時だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
マリベル、父を認識しておらず。