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Carina

本編の、フィロメナたちのお母さんのところに専門の医者が来る直前、フィロメナが退室して代わりにカリナが入ってきたときの話。










 姉やレジェス医師から遅れて屋敷に戻ってきたカリナは、メイドに呼び止められた。


「カリナ様、フィロメナ様が席を外されてしまったので、代わりに奥様のお部屋に行っていただけますか」


 何のことだと思ったが、何のこともなかった。そこには、病気の母と父と、レジェス医師だけが残っているということである。何その混沌、と言う感じだ。レジェス医師なら笑って受け流しそうな雰囲気があるが、さすがに放置と言うわけにはいかない。

「わかったわ」

 少々心配だがマリベルを双子に預け、カリナは母の私室へ向かった。


「お母様、調子どう?」


 ひょこっと顔をのぞかせて部屋の中に入り、カリナは尋ねた。母は起きていて、「大丈夫よ」と微笑んでいた。寝たままで顔色も良くないけど、ひとまずカリナはうなずいた。この母は、浮世離れしているというか、世間知らずと言うか……一緒か。父よりはましだが、役目を放棄して娘に押し付けている夫の現状を知ろうとしないのはいかがなものか。カリナは、追い詰められつつあるフィロメナよりも正確に現状を把握していた。しかし、それを改善実行する力はなかった。その力を持つのは、やはりフィロメナなのである。

「レジェス先生、ありがとうございます」

 ちらっと父のことを見たが、カリナは父には声をかけずに母を見てくれただろうレジェス医師を見上げて礼を言った。眼鏡を押し上げたレジェス医師はカリナを見て微笑んだ。


「いや、僕は初期診療しかできないから、大したことはしてないですよ。今、専門医を呼んだところです。カリナちゃんたちも無事に帰ってこられたんですね」


 はい、とうなずく。初めて会ってからそれほど経っていないが、何となく親しみやすい人だ。語り口が優しげだからだろうか。こういう人は腹黒かったりするけど……まあ、天然の入った天才であるフィロメナなら、互角に渡り合えるだろうと思う。


「おかげさまで。マリベルがちょっとテンション高めでしたけど」


 フィロメナとレジェス医師が先に馬で駆けて行ったので、それがうらやましかったようだ。今度馬に乗せてやろうと思う。まあ、カリナの乗馬の腕前は微妙なので、姉に頼むことになるけど。

「ああ、うん。元気が良くてかわいいですよね。君たち姉妹は、みんないい子だ」

「ありがとうございます」

 ちらちらと父がこちらを見ているのがわかる。たぶん、レジェス医師も気づいているだろうが、気づかないふりをしているようだ。うーん、やっぱり腹黒い。そして、自分と似たところがあると感じるカリナだ。父が口を挟んでくる前に口を開いた。


「そう言えば、さっき初期診療しかって言ってましたけど、先生って何が専門なんですか?」


 ちょっとした好奇心である。そして、父に話しかけられないためでもあるし、今後の小説の参考にするためでもある。

「うーん、ちょっと珍しいんだけど、総合診療内科かな」

「総合診療内科?」

 意味はわからないではない気がするが、確かに初めて聞く。名前の通りなら、総合的に内科診療をするのだろうか。

「おおむねそう言うことですね。どこが悪いのかよくわからないけど調子が悪いって人がいるでしょう」

「お姉様みたいな?」

「……そう。そういう場合、どういう医者にかかればいいかわからない。そういう人を総合的に診るのが総合診療なんだ」

 幅広い知識が必要だが、代わりにそこまで深い知識はないのだそう。しかし、レジェス医師は母の応急処置をしたそうだし、それだけわかっていれば大丈夫そうな気もするのだが。


「でもつまり、内科全般? の知識があるということですよね。十分すごいと思うんですけど」


 カリナも頭がいい方であるが、そこまでではないと思う。フィロメナならわからないが、レジェス医師も姉と変わらないくらい頭がいいのだろうと思った。

「全般の知識はあるけど、やっぱりせいぜい、応急処置までかなぁ。伯爵夫人を診るには知識が足りないし、少し怖い」

 そんな医者に診てもらいたくはないでしょう? とレジェス医師はいい笑顔で言ってきた。うん、まあ、それは否定しないけど。

「だから僕が診るのは初期だけ。その人に必要な医療を見極めて、そこまでつなぐのが仕事なんです」

「何かそっちの方が大変そうなんですけど……」

 コーディネイターみたいだ。下手に専門があるよりも大変なのではないだろうか。専門があるのなら、その部分だけ勉強してみていればいいが、レジェス医師は所見から病状を判断し、必要な医療を見極めてその治療をできる人を見つけ、その人と交渉しなければならない。コミュニケーション能力が必要になってくるのだ。


「先生……先生モデルに小説書いてもいいですか」

「え。駄目とは言わないけど、面白くはないと思いますよ」


 フィロメナなら「嫌」と言うところだが、レジェス医師は意外と話が分かる。カリナは目を輝かせた。フィロメナの仕事について聞くのも面白いのだが、レジェス医師の話も面白そうだ。

「いえ、面白くは私がするからいいんです! 具体的に、総合診療内科ってどこに注目するんですか。と言うか、そもそも何人くらいいてどうやってなれるんですか!」

 ただの世間話から取材モードへと移行したカリナが次々と質問をぶつける。レジェス医師は顔をひきつらせながらも丁寧に答えてくれた。

 患者の主訴以外で一般的ではないところを診たり、生活パターンを聞いたり。総合診療と言うものはまだ一般的ではなく、レジェス医師を入れて十人程度しか存在しないらしい。

 何それおいしい。

 さらなる質問攻めにしようとしたとき、静かにノックがあって静かにフィロメナが入ってきた。戻ってこられたようだ。彼女はうなだれている父を一瞥したが特に表情を変えることもなくただ淡々と告げた。

「先生が到着したよ」

 残念ながら、楽しい取材の時間は終わりのようだ。レジェス医師はほっとしたような雰囲気だったけど。


 その後、父がフィロメナに爵位を譲ると言いだした時には驚いたが、もちろんその方がいい、とカリナは思った。フィロメナは大変かもしれないが、今までできていたのだ。肩書が変わったくらいでできなくなることはないだろう、と思う。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


途中からカリナによる取材になっていますが、話し出すとたぶんこんな感じだと思う……。


一応、これで『目の前で倒れたので』は完結しようと思います。

おつきあいくださった皆さま、本当にありがとうございます!


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