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episode24









 突然であるが、フィロメナとレジェスの婚姻は晩夏に決まった。婚姻である。結婚式ではない。


「どうしてよ。結婚式、すればいいじゃない」

「いりますかねぇ」

「別にしなくても変わらないよね」


 冷めたことを言うのは、晩夏に結婚する予定の二人である。そんな二人に、義姉になるアラセリは力説した。


「大事よ! 思い出よ! 普通は一生に一回しかないのよ!」


 まあ確かに普通はそうだ。二回、三回、する人もいないことは無いけど。普通、一生に一回なので、思い出になる、と言うのは理解できる。理解できるが、自分がやるかと言われたら。

「……別にいいかなぁ」

「……フィロメナさん、女の子として何かが間違っているわ」

 アラセリに睨まれ、フィロメナは肩をすくめた。


 ここはアルレオラ伯爵邸である。アラセリが娘と息子を連れて遊びに来たのだ。何しろ、イネスとシーロはマリベルと年が近い。背後で何やら叫び声が響いているが、フィロメナは呼ばれるまで無視することに決めた。

「……ごめんね、騒がしくて」

「いえ。一番騒がしいのはうちのマリベルなので」

 事実だ。シーロもなかなかいい線行っているが、彼はやはり年上のお兄ちゃんだ。年下の女の子であるマリベルには強く出られない。実の妹であるイネスにも、当然そうだ。なんだかんだで面倒見がいいのは父親のカミロに似たのだろうか。

「で、話を戻すけど、二人とも式はする気はないのね」

「ない」

 と、フィロメナとレジェス。異口同音に答えた。即答であった。アラセリは「そう」とつぶやいた後、小首をかしげた。


「でも、結婚式をすればフィロメナさんのウエディングドレス姿が見られるのではないの?」

「……」


 考え込むそぶりを見せたのはレジェスだ。着るはずの当の本人フィロメナと言えば、「ただの白いドレスでは?」などと情緒のかけらもないことを言っている。彼女にロマンティックなことを求めるのは間違っているのだ。

「……フィル、せめて着てみるだけ着てみない?」

「……レジェス、何流されてるんですか」

 いや、フィロメナも押しに弱い方だけど! それでも曲げないところは曲げない。つもりである。


「……まあ、一応準備はしてあるんですけど」


 手続き、事務処理だけ。決定権はフィロメナにある。レジェスが女伯爵に婿入りするからだ。一応、結婚式をすることになった時のために、会場は押さえてある。

「フィル……あれだよね。嫌でもそういう事務仕事は抜かりないよね」

「もともとそういう仕事ですから」

 実際にやるとなれば、内容はカリナに丸投げになりそうだが。フィロメナの認識は前述のとおりであるので、あまり内容に期待できないのだ。

「というか、そう言うのって夫側が用意するものじゃないの?」

「いえ、うちはレジェスに来てもらうので」

 アラセリたちとは違うのだ。伯爵であるフィロメナが整えるのが正しい。たぶん、おそらく……。


「……ねえフィル。そうかもしれないけど、そういう時はちゃんと相談して」


 いわく、フィロメナが一人でぬかりなく進めるので傷つくのだそうだ。レジェスならすぐに立ち直りそうだが、そういう問題でもないらしい。

「一人でなんでも決めなくていいんだ。夫婦になるんだから」

 そう言われてちょっとドキッとした。もう何度も言われた言葉だが、フィロメナは長年の癖が抜けないのだ。

「と言うわけで、せめてウエディングドレスを着てみるだけはしない?」

「……」

 続いたレジェスの言葉に、感動が吹っ飛んだ。フィロメナはすーっと自分の目が冷たくなるのを自覚した。


「最近思うんだけど、フィルのそういう顔もいいよね」


 などとわけのわからないことを言いだしたレジェスに、フィロメナも「加虐趣味なのか被虐趣味なのか、どちらかにしてください」とまた訳の分からないことを言う。アラセリが笑顔で引いている。

「いや、その眼をこちらに向かせて恥じらわせたいという話」

「……」

 どんな話だ。やっぱり加虐趣味だったようだ。アラセリが「えぇ……」と言わんばかりである。

「……あなたたち……優しげな顔でそんな会話してるのね……」

 ある意味似た者同士でお似合いなのかしら? とアラセリは首をかしげるのであった。















 なんで式場を予約してあるのに使わないのよ。同じ日に結婚するであろう人が、お姉様たちのせいで式を挙げられないかもしれないのよ。失礼だと思わない?


 整然と訴えてフィロメナを説得したのはカリナだった。さすがに付き合いが長いだけあり、フィロメナのどこを攻めればいいのかよくわかっている。感情に訴えるより、理論的に損得を訴えたほうがフィロメナは納得する、とカリナは思ったわけだ。そして、それは当たっていた。

 結婚式を行うとなれば、招待状など様々な準備が必要になる。幸いと言うか、そう言う事務的なことはフィロメナの得意分野である。彼女にまかせれば手配など半日もかかれば終わってしまう。

 しかし、他にも手配しなければならないことは様々ある。会場の飾りつけとか、料理とか、あと、花嫁衣装であるウエディングドレスとか。正直、フィロメナは「普通でいいのでは?」という感覚だった。


「フィロメナさん、それらの手配も、夫人の仕事よ。……あら、あなた、女伯爵カンタレスだったわね。この場合、どうなるのかしら?」


 領地にいるフィロメナたちの実母の代わりに、手伝ってくれたのはレジェスの母ロシータだった。彼女の疑問も尤もである。むしろフィロメナが聞きたい。どうすればいいの。

 しかしまあ、今回はフィロメナがやればいいだろうと思っている。ロシータもカリナも口を挟んでくるだろうし、双子ちゃんたちも帰ってきているので、ちょっかいをかけてくるだろう。それらの意見を総合すれば、統計的に何とかなる……気がする。意見がまとまらないだけになるかもしれないけど。


 白熱したのは、ご想像通りウエディングドレスだ。もう、着る本人をそっちのけである。

「やっぱりお姉様、すらっとしてるから、マーメイドラインとかエンパイアドレスとか」

「スカートはふわりとさせてもいいんじゃないかしら? 細さが際立つわ」

「ヴェールをかぶるから、背中を出してもいいんじゃない?」

「あまり高いハイヒールを履くと、レジェスより大きくなってしまうかしら?」


 カリナとロシータであるが、会話がかみ合っていない気がするのは気のせいだろうか。いくつか候補を絞ってから試着することになるだろうが、この時点でフィロメナはげんなりしてきた。

「お姉様、どちらがいい?」

「大人っぽいデザインにすれば、プリンセスラインとかでも平気よね?」

「……とりあえず、あまり締め付けると倒れる自信があります」

 ここだけは譲れない。最近のコルセットは性能がいいので、それほど締め付けるものではないが、式の際は締め上げるだろう。そんなことになれば、フィロメナは式中に倒れる。さすがに最近、自分が脆弱である、という意識は生まれてきていた。

「えー。それもそうね。なら、エンパイアドレスとかの方がいいのかしら……」

 納得した様子でカリナがうなずいたので、妹も同じように思っているのだろう。

「……もうお任せします」

 フィロメナはあきらめてそう言った。その方が早いし、的確な判断をしてくれるはずだ。少なくとも、フィロメナよりは。


 二人は顔を輝かせた。

「え……じゃあ、お姉様に一番似合うもの、選ぶね」

「私、娘がいないから娘の花嫁衣装をそろえるのが夢だったの……」

 感動したようにカリナとロシータに言われ、フィロメナは判断を間違っただろうか、と珍しく思った。正直、実母が側にいないのでロシータが動いてくれるのは助かるが……。

 これは逆に大変かもしれないなぁと思った。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


一応、フィロメナ視点はこれで完結になります。

あと一話、レジェス視点があってからの番外編を二話ほど考えています。

よろしければそちらもお願いします。


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