表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/43

episode21








「ただいま」

「お帰りなさい、お姉様」


 カリナが笑顔で出迎えてくれる。王都のアルレオラ伯爵邸に戻ってきたのだ。まあ、また父も一緒だけど。最初の夜会くらいは一緒に出席しなければならないだろう。そうでなくても、爵位を奪い取ったなどと言われているのだ。半分本当だけど。

 カリナを抱きしめるフィロメナを、父がどこかうらやましそうに見ている。見ているが、カリナの父に対する反感はもしかしたらフィロメナより強い。ゆえに、父はスルーされている。


「姉さま、フィル姉さま!」

「お、マリベル、ただいま」


 今度はマリベルが駆け寄ってきた。フィロメナは膝をついてマリベルを抱きしめたが、さすがに抱き上げることはできなかった。これくらいの年の子は成長が早い。もうフィロメナの胸の下あたりまで身長が伸びている。

「あ、おじ様も来たの? いらっしゃい!」

「……」

 にっこり笑ってマリベルは父に言い放った。カリナが口元を押さえて噴き出すのをこらえた。フィロメナはと言うと遠慮なく声をあげて笑った。と言っても、腹を抱えるようなものではなく、口元に手を当てて上品に笑う程度の物だが、カリナも父も驚いたようだった。マリベルだけが頬を膨らませる。

「むー、フィル姉さま、どうして笑うんですか」

「はいはい、ごめんね」

 フィロメナはマリベルの頭を撫でると立ち上がった。

「父上。余計な行動はとらないように」

「何もする気はないが」

 自分はそうする気がなくても、そうなってしまうことだってある。外に出るなとは言わない。ただ、本当に、おとなしくしていてほしい。


「何か変わったことはあった?」


 ソファに腰を落ち着けてフィロメナが尋ねると、カリナはいそいそと本を取り出した。

「うん。新刊が出たわ!」

「……よかったね」

 フィロメナが爵位を継いだころに書いていたものだろう。フィロメナが校閲を入れられなかったので、代わりにエリベルトが添削をした。恋人とは言えないが、この二人、意外にも仲の良い友人同士と言う関係を築いているらしい。

「それから、今シーズン最初の夜会の招待状が届いてる」

「届いているだろうね。一応準備はしていったと思うけど」

「むしろ、段取りが完璧すぎてちょっと引いてる」

「……」

 妹に言われ、フィロメナはちょっとショックを受けた。父もこんな気持ちなのだろうかと思うと、少しかわいそうな気が……とくにしなかった。

「あと、私、エリベルト様にエスコートしてもらうことにした」

「……うん、仲が良いようで何よりだ」

 フィロメナの目が光っている間は、エリベルトもカリナに無理に迫るようなことは無いだろう。エスコートを申し出ることも、仲の良い男女ではありえないことではない。……仲の良い男女は、たいてい恋人同士だけど。


「お姉様、お父様が面倒くさそうだから助けてね」

「……そうだね。わかった」


 どさくさに紛れてフィロメナが手続したレジェスとの婚約について、父は何も言わなかった。彼が医者で、特に悪い噂などもなかったからだろう。

 しかし、カリナがエリベルトと一緒にいるとなると、父は口を挟んでくるかもしれない。つまり、エリベルトの過去の素行の問題で。


「もう。興味がないなら放っておいてくれればいいのに。いらないときだけ父親面するんだから」


 ぷりぷりとカリナが怒っている。フィロメナは膝に頬杖をついてカリナを眺める。

「父も母も、きっと親になりきれなかったのだろうね」

 領地でも思ったが、両親は親や夫婦ではなく、恋人同士のようだった。結婚前の状態のまま、今もその延長線上にいるのかもしれない。五人も子供を作っておきながら、彼らは親になりきれない。

「……じゃあ、なんで親みたいな振る舞いをするのかしら」

「たまに親であることを思い出すんじゃないか?」

 適当に答えると、カリナは適当であることに気が付いたらしく、半眼でフィロメナを睨んだ。フィロメナは肩をすくめる。

「……私の考えを言っていい?」

「どうぞ」

 フィロメナが促すと、カリナは膝に手をついて言った。


「親になりきれないお父様は、自分の所有物であるはずの私たちが選んだ、自分より上の男が気に入らない」


 どうよ、とばかりにカリナはいばる。いばることではないと思うが、言っていることは何となく理解できた。それで行くと、確かにエリベルトは『上の男』に含まれる。侯爵家の出身で頭がよく、性格も悪いわけではない。レジェスが対象とならなかったのは、彼が医者だからだろうか。

「ないとは言い切れないけど、吐き出すなら作品の中にしなよ」

「うん。そうする」

 彼女にかかれば何でもネタである。フィロメナは苦笑してカリナに言う。

「まあ、お前なら父のことは無視すると思うけど、マリベルのことは見ていてね」

 マリベルは父が苦手なようだから、突撃するようなことは無いだろうが、父はしばらくいる予定なのでどこかしらで出くわすだろうし。


 フィロメナは領地に行く前の約束通り、レジェスと共に博物館に来ていた。自然史博物館で、フィロメナは虫の標本を眺めていた。

「フィルはこういうの、大丈夫な人なんだね」

「そうですけど、私とはいえ女性をこの手の博物館に誘うレジェスに戦慄しています」

「……うん、そうだね。というか、思ったより元気そうだね、フィル」

「おかげさまで」

 どうやらレジェスはフィロメナがやつれて戻ってくると思っていたようだ。フィロメナもそう思っていたが、開き直ってしまえばそんなに苦労もしなかった。むしろ、相手は困っていないのに何故自分だけ苦労しなければならないのか。

 やつれて戻ってくると思われたフィロメナを、この博物館に誘うのはどうなのだろう。おそらく、レジェスはフィロメナがハーブなどを興味深く眺めていたので誘ってくれたのだろうが、選択を誤ったと言わざるを得ない。


 とはいえ、フィロメナは結構楽しんでいる。彼女はこういう、博物館のような場所が基本的に好きなのだ。ちなみに、カリナや双子ちゃんも好きなので、次は妹たちと一緒に来ようかと思う。

 二人は博物館に併設されたカフェテリアに入った。虫の標本などを見た後で、物を食べられるかと言ったら、フィロメナは食べられる。しかし、食べられない、と言う人も多いのではないだろうか。この博物館、いろいろ間違っている気がする。

「フィルって変なところで図太いよね」

「レジェスはたまにずれているところがありますよね」

 二人とも、たがいに対してひどいが、これくらいの軽口では傷つかない程度にはお互いを信頼していた。

「それについてはごめんね。リサーチ不足」

 素直に謝ったレジェスに、フィロメナは「まあ、私も足を止めましたから」と肩をすくめた。虫の標本を見ようと足を止めたのはフィロメナの方だ。

「領地はどうだった?」

「いつも通りですね。田舎です」

「……うん。まあ、マルチェナ家の領地も田舎だけど」

 ぜひ、森だというマルチェナ伯爵領に行ってみたい。アルレオラ伯爵領には引き継ぎに行っただけなので、特に何事もなかった。母も元気そうだったし。


「そう言えばカリナが言っていたのですけど」


 フィロメナは先日、領地から戻ってきた際にカリナと交わした会話をレジェスに伝えた。なんとはない内容であるが、レジェスの意見も聞いてみたかった。

「そうだね……僕もカリナと同じ印象を抱いたな。そう考えると、伯爵……いや、前伯爵は、父である前に男なんだね」

「……子供たちや家にとって有益であるか、と言うことを考える前に、自分と比べてしまう、と言うことでしょうか」

「……うん、まあ、そう言うこと。それにしても、フィルは本当に合理主義者だね……」

 何故そう言う結論に至るのかわからず、フィロメナは首をかしげた。そんな彼女に、レジェスは笑う。

「まあ、だとしたら対応の方法もあるよ。前伯爵とフィルが対立するのは、前伯爵が感情的に接するからだ。それは君が、明朗かつ颯爽としたハンサムな性格だからと言うのもあると思うよ」

「……微妙に矛盾していませんか?」

 遠回しに言われたが、男性的な性格だと言いたいのだろう。フィロメナはカフェオレのカップを持ち上げて言った。

「そんな私を、何故レジェスは選んでくれたのでしょう?」

「君が必死に生きているのがわかったからかな」

 思ったよりも深い回答をされて、フィロメナはごまかすようにカフェオレを一口飲んだ。












ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ