episode03
なんか…日間ランキング9位に入ってました。私が昨夜確認した時点なので、今は下がっていると思われますが…。
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学校が夏休みになり、寄宿学校の双子ちゃんが帰ってくる。寄宿学校は十歳から十六歳まで。十六歳以上は大学に行くこともできるが、まれだ。フィロメナは三年間大学に通い、卒業している。
双子の妹たちが帰ってくる日であろうと、フィロメナは仕事だ。帰宅すると、すでに双子は帰ってきていた。
「お帰り、フィロメナ姉様」
「お疲れ様、フィロメナ姉様」
エリカとモニカの双子だ。二人ともはちみつ色の髪に、カリナと同じ淡い緑の瞳をしている。左に泣きぼくろがあるのがエリカ、右に泣きぼくろがあるのがモニカ。一番簡単な見分け方だが、それ以外は本当にそっくりな十二歳である。
「ただいま、エリカ、モニカ。二人とも、元気だったか」
「うん」
「元気」
抑揚のない口調で話すのがこの二人の特徴だ。だから、余計に見分けがつかないのである。
二人が撫でて、とばかりに寄ってくるので、両手で二人の頭を撫でてやった。二人は嬉しそうに顔をほころばせる。
「さて。二人とも成績を見せろ」
「……姉様疑ってる?」
「いい子にしてた」
「なら、私に見せても問題ないな」
むうっと同じように頬を膨れさせた双子ちゃんの頭をもう一度なでると、フィロメナは一度私室に戻り、部屋着に着替えた。そこに、上の妹カリナがやってくる。
「お帰り、お姉様」
「ああ、ただいまカリナ。双子を出迎えてくれたんだな。ありがとう」
「どういたしまして」
ふふっとカリナが笑う。ゆったりとした上着を羽織り、フィロメナは妹に尋ねた。
「父上は?」
「相変わらず引きこもってるわよ」
「そうか……」
まあ、初めから期待していなかったので別にいいけど。フィロメナが登城している間に外に出たりはしているようだが、ほとんどを母の寝室に引きこもっている。
「時間があれば、お前の本も読みたいんだけど」
時間がないので積ん読状態である。
アルレオラ伯爵家の姉妹は美人だが、変人だとしても有名だった。長女のフィロメナからしてどこか男性めいたふるまいの官僚であるし、双子ちゃんはいつも二人一組でどこか淡々としてつかみどころがない。そして、群を抜いて変人と言われるのが次女のカリナである。
外見と外での振る舞いだけを見ていれば、カリナは一般的な令嬢に見える。しかし、そんな彼女は寄宿学校卒業後、小説家になった。恋愛小説家である。そしてこれがなかなか文才があるのだ。大学を卒業して官僚になれるほどの頭があるフィロメナの妹だけある。資料となる本は屋敷にいくらでもあるし、法律関係の知識などは姉に聞けばだいたいわかる。
そして、そんなカリナは、恋愛小説を読むのも好きだ。見るのも好きだ。社交界に出るときらきらと修羅場を眺めている。
とはいえ、カリナは良い子だ。役に立たない父の代わりにフィロメナは家のことを取り仕切っているが、それだけで手いっぱいだ。彼女の代わりに妹たちの面倒を見てくれているのがカリナ。フィロメナの手の届かないところをさりげなくフォローしてくれる。きっと良き妻になるだろうが、性格が残念である。まあ、フィロメナも人のことを言えないが。
「私もお姉様に校閲を入れてほしいのだけど、さすがにそんなわがままは言わないわ。……むしろ、何か手伝うこと、ある?」
逆に気遣ってくるカリナに、フィロメナは微笑んで頭を撫でた。
「いい子だね、お前は」
「そんなに褒めても何も出ないわよ?」
うふふ、とカリナがうれしげに笑う。妹たちはこんなにけなげでいい子なのに、なぜ父はああなのだろうか。一途に思っていると言えば聞こえがいいが、幼い妹たちにまで負担を強いている。
「……いや、私やカリナはぎりぎり、いいんだよ。双子ちゃんやマリベルがなぁ。親の愛情を知らずに育つわけだ……」
フィロメナのつぶやきに、カリナが「ああ」とうなずく。
「お母様は仕方がないけど、お父様がねぇ。小さいころ、遊んでもらった記憶はあるんだけど」
「私もだ」
母が体調を崩したのは、マリベルの出産後のことである。ちょうど、フィロメナが飛び級して大学を卒業し、官僚になろうとしていたころの話だ。その時、フィロメナは十八歳、カリナが十二歳、双子は七歳だった。そのころから、父は母の寝室にこもるようになった。ずっと、母の側についているのだ。
「はっきり言って職務怠慢だわ」
ため息をついて言ってのけるカリナに、「どちらかと言うと、職務放棄だね」とフィロメナが訂正を入れる。怠慢するほど、仕事をしていないし。カリナはじっと姉を見上げる。
「お姉様が爵位を継げばいいのに。そもそも私、マリベルがお姉様のことを母親だと思っていても不思議に思わないわ」
「……うん。ちょっと怪しくはあるよね」
生まれた時から、マリベルはほとんど母親と接したことがない。忙しいながらも何かとかまったのがフィロメナなのだ。一応、マリベルはフィロメナを「おねえさま」と呼ぶが、その言葉の意味を理解しているかは不明だ。
「おねえさま!」
居間に入ると、早速マリベルがうれしげに駆け寄ってきた。フィロメナはそんな末の妹の頭を撫でる。
「待ってた」
「カリナ姉様も一緒」
エリカとモニカが相変わらず淡々と言った。そんな二人に、フィロメナは言う。
「よし、二人とも、成績を出しなさい。そうしたらカリナの小説、読んでいいよ」
「やった」
うれしげに双子が顔をほころばせる。この双子は、小説家リナ・リベス(カリナのペンネーム)のファン第一号を自称している。……二人とも。そのことで、たまに二人で喧嘩している。
双子が一番上の姉に成績表を出す。その横で、カリナが二人に自分の書いた小説、しかも発売前のものを手渡していた。一冊だと喧嘩になるので、二人に一冊ずつ。
「カリナおねえさま。わたしもほしい」
マリベルがうらやましそうに言うが、カリナはマリベルの頭をよしよしとなでる。
「マリベルはもう少し大きくなったらねー。っていうか、家族に読まれるのって結構恥ずかしいんだけど……」
「お前にもそう言う恥じらいがあったんだね」
エリカとモニカの成績を確認したフィロメナが茶化すように言うと、カリナが「お姉様ひどい!」とわざと怒った顔をする。ちょうどそこに、家令が夕食だと告げに来る。
「よし。夕食にしよう。セサル、父上は?」
「……奥様と夕食を取られると……」
家令のセサルが言いづらそうに言ったが、こんな状態は、もう何年も続いている。フィロメナは「そう」とだけ言って妹たちに呼びかけた。
「さてみんな。行こうか」
今日も姉妹だけだが、双子が帰ってきたので少しだけ、にぎやかな夕食となった。
△
学校が夏休みに入ったと言うことは、社交シーズンが始まっていると言うことでもある。フィロメナが属する内務省治安管理局は今、今シーズンの宮殿で開かれる夜会の警備について頭を悩ませていた。何度も近衛隊と意見を交わしているが、なかなか妥協点が見えない。
そこで、近衛隊にフィロメナ女史が派遣された。資料を持って部下と共に近衛の事務所へ向かう。
「ていうか、なんで私」
「フィロメナさん、調整得意だからじゃないですか」
部下が適当なことを言う。まあ、フィロメナもまじめな返答を求めていたわけではない。
「失礼します。内務省治安管理局、フィロメナ・アルレオラです。夜会の警備の件で相談したいことがあり、参りました」
「ああ、アルレオラ女史か。お待ちしていた。どんな意見を聞かせてもらえるかな」
近衛の制服を着た三十歳前後の男性が笑って彼女らを招き入れた。近衛隊の副隊長だ。
「それでは、こちらからの提案なのですが……」
話し合いは紛糾しかけたが、何とかお互いの妥協を引き出すことに成功したフィロメナであった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
姉妹、出そろう。カリナは気が強いし、双子ちゃんは確信犯だし、マリベルはひたすらかわいいを目指しています。