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story10










 あと数日で年を越す。そんな頃、レジェスはフィロメナをコンサートに誘った。フィロメナが高熱で倒れてから二週間ほどたったころである。

 この年末年始のころになると、オペラ座での公演が多くなる。その一つに誘ったのだ。


 それほど体の強くないフィロメナだ。二週間程度では回復しないだろうかと思ったのだが、先日会った段階では元気そうだった。そして、レジェスは仮にも医者である。何かあっても対処できるだろうと判じたのだ。

 しかし、まだ少し調子が悪そうだ。本人に聞けば元気です、と答えるレベルだろうが、初めて会ったころの彼女と同じくらいには顔色が悪い。


「……あの」

「ん?」


 声をかけられてレジェスは生返事をする。ふと思考の海から戻ってきてみれば、戸惑ったように碧眼が自分を見上げていた。コンサートに来るために装ってきたのだろう。結い上げた金髪にうっすらと刷かれた頬紅。主張し過ぎない程度に口紅の引かれた唇に触れそうになり、レジェスはゆっくりと彼女の頤から手を離した。

「よく似合ってる。今日もきれいだね」

 にっこりと笑ってはぐらかすように言うと、フィロメナは首をかしげてありがとうございます、と答えた。このわかっていなさ気なところが可愛らしく、変な男に引っかからないだろうかと不安にさせる。レジェスが変な男ではないと言い切ることはできないかもしれないが。


 コンサートの開かれるオペラ座での出来事である。周囲が微笑ましそうにレジェスとフィロメナを見ていたが、二人とも気にするほど繊細ではなかった。

 コンサートが開幕し、その美しい旋律に耳を傾ける。そう言えば、こうしてゆったりするのも久々のような気がする。

 そっと手に触れる柔らかいものがあった。ちらっと見ると、ほっそりした指が遠慮がちに絡められていた。レジェスは何とか笑みを押し殺し、自分より幾分か細いその指に自分の指を絡めた。そうして二人は、コンサートが終わるまで手をつないでいた。


 年末年始ともなれば、さすがに宮廷官公庁も閉まる。つまり、宮廷に官職のあるフィロメナも、宮廷が主な仕事先のレジェスも休みになるということだ。

 五人姉妹だけの屋敷に行くのはちょっと、と言ったレジェスであるが、その日、アルレオラ伯爵邸を訪れていた。そしてばっちりとマリベルに懐かれていた。


「おじさん、次これ」

「先生、嫌なら断った方がいい」

「おじさんよりも『お義兄様』の方が正しい」


 寄宿学校に在学中の双子のエリカとモニカも戻ってきており、絵本を読んでくれとせがむマリベルについてあれこれ口を挟んできている。二人掛けのソファにレジェスとその膝の上にマリベルが座り、左右にエリカとモニカがいて絵本を覗き込んでいた。

「……じゃあ、これを読んだら終わりにしようか。お姉様たちがお茶を用意して待ってるよ」

「むー」

 マリベルがすねたように唇を尖らせたが、双子は冷静だった。

「マリベル、お菓子食べなくていいの?」

「お義兄様を困らせたらダメ」

 すでに『お義兄様』呼びも定着してきているが、あまり気にしすぎると負けだろうな、と言う気もしていた。


 ひとまずもう一冊マリベルが読んでほしいという絵本を読み、抱っこと言うので、マリベルを抱っこしたまま部屋を移動する。双子が率先してドアを開けてくれるので移動はしやすかった。

「あ、すみません」

 けろっとしてフィロメナが言った。はにかむような様子を見せたかと思えば、こうした遠慮のないところもある。こうしたところも彼女らしくていいが、時々恥ずかしがらせたいと思うのはレジェスがサディストだからだろうか。


「マリベルー、こっちへいらっしゃい」


 カリナがレジェスに降ろされたマリベルを手招きする。双子は既に興味がそがれたように並べられたお菓子を見に行っていた。

「すみません、いらっしゃるなりマリベルのお相手をしてもらって」

「まあ、懐かれて悪い気はしないよ。どうせなら君ともっと仲良くしたいけど」

 そう言って頬に触れると、フィロメナはびくりとして目を見開いた。

「あ、ごめん。びっくりした?」

「……突然触れないでください」

 フィロメナが目を細めて言った。ほとんど表情には出ないが、これは恥ずかしがっている。


「お姉様とお義兄様もいちゃつかないでこっち来て~」


 以前フィロメナが言ったように、生活面に関してはカリナの方が強かった。呼ばれて大人の二人も席に着く。お茶会だ。正確には、お茶会の真似事である。

 基本的にしゃべっているのは女の子たちで、レジェスは聞き役だ。カリナのボキャブラリーの多さに驚くし、双子の抜け目なさもなかなかだが、レジェスが気になったのは、マリベルの話にたまに出てくる『おじ様』だ。レジェスのことは一貫して『おじさん』なので、レジェスのことではない。


「ねえ、誰のこと?」


 隣に座っているエリカに尋ねると、「お父様のこと」と簡単に返ってきた。意味が分からなかったので、聞き返そうとすると、向かい側に座るフィロメナから言葉が飛んできた。


「マリベルは父のことを認識していないので、『おじ様』と呼んでるんです」


 フィロメナの説明に危うく噴き出すところだった。咳き込んでいるとエリカが背中をさすってくれた。

「ありがとう、エリカ。そう言えば前に聞いたことがある気がする……フィル、間を取り持たなくていいの?」

 真面目な彼女ならやりそうだが。

「取り持った結果がこれなので、もうしばらくいいかなって……両親が領地に戻るとき、マリベル、なんて言ったと思います?」

「何?」

「『おじ様、おば様、また遊びに来てね』とのことでした」

 うん、それは完全に認識してないな……。まだ小さいからある程度は仕方がないにしても、もう五歳だ。物事の道理がわかってくるころである。


「わかっているからこその現状なのよねぇ。お姉様がお母様だと思っているというか」


 カリナも口をはさむ。確かに、末っ子マリベルが五歳で長女フィロメナが二十三歳。年の差を考えればフィロメナがマリベルの母親でもおかしくはない。むしろ、マリベルの年齢なら圧倒的にフィロメナくらいの年齢の母親がいることの方が多いだろう。

「……フィル、やっぱり僕はマリベルに説明しておくべきだと思う」

「そうですね……恥をかくのはこの子ですし」

「?」

 考え込みつつマリベルの頭を撫でたフィロメナだが、当の本人は長女と次女の間で首をかしげている。レジェスも手を伸ばそうかと思ったが、さすがに届かなかった。

「と言うか、お父様とお母様、また来るの?」

「この頃のお父様は静かで不気味」

 エリカとモニカである。そりゃあ来るだろう。なぜなら。


「次に来るのは春ごろかなぁ。私に爵位を譲らないといけないからね。母上は来ないかもしれないけど」


 と言うことである。次の春、ついにフィロメナはアルレオラ伯爵を継ぐ。そのために現アルレオラ伯爵は王都に来るだろうし、フィロメナは一度領地に帰ることになるはずだ。

 春ごろなら、双子は春休みくらいだろうか。まあ、春休みは短いので、わざわざ帰ってくることもないだろう。と言うわけで、双子はマリベルと共に気楽なものだ。マリベルに親を理解させるという宿題の出来た長女と次女は難しい表情で何やら作戦を打ち合わせはじめた。その作戦が通用するには、双子くらいの年齢にならないと難しいのではないだろうかと思ったが、面白いのでしばらく黙って見ていることにした。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


マリベルを書いていると和む。


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