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story09

何話かレジェス視点になります。










 冬が到来した。冬と一緒にやってくるのが風邪である。今年は流感患者が多く、初期診療を行っているレジェスも大忙しだった。普通の風邪と、はやり病と、その他の病気を振り分けるのがレジェスの仕事である。いつもと同じことと言えばその通りだが。

 貴族の間にも流感は広まり、着々と宮廷内にも侵攻しつつある。王宮には現在、妊娠中の王太子妃がいるので、その周囲は厳戒態勢である。安定期に入っているとはいえ、油断はできない。


 レジェスの実家であるマルチェナ伯爵家でも風邪は流行中である。先日、母が風邪を引いたということで診察に行って来たばかりだ。

 今のところ大丈夫らしいが、そろそろアルレオラ伯爵家も怪しいだろう。あまり体の強くないフィロメナが、風邪が流行している宮廷に出入りしているのだ。彼女が風邪をもらってくるのも時間の問題だ。むしろレジェスから様子を見に行くべきだろうか。


 診療室にノックがあった。体調不良で訪れる人の中にも、律儀にノックをする人がいる。レジェスは「はい」と返事をしながら立ち上がり、ドアを開けた。そこにいたのが先ほど思い描いた人物で、レジェスはちょっと驚いた。


「フィル、どうしたの? ……大丈夫?」


 たまに診療室まで話をしに来る彼女だが、今日はそんな様子ではない。頬は赤らみ、瞳が潤んでいる。体もふらついて……いるのは結構いつもか。

 声をかけられたフィロメナはレジェスに抱き着いた。……いや、彼の方へ倒れ込んできた。


「フィル?」


 そのまま崩れ落ちそうになるフィロメナの体を支えると、彼女はレジェスの腕のあたりをつかんで訴えた。

「も、もう、だめ……」

「おっと」

 がくんと力の抜けた体を抱え直す。冬で着ぶくれしているだろうに、相変わらず細い子だ。額と頬、首と順番に手を当てる。これは完全に熱がある。レジェスはフィロメナを抱え上げると、診療室の扉を閉めて彼女を奥のベッドに連れて行った。ベッドに寝かせると靴と上着を脱がせる。シャツのボタンを二つばかり外したところで、これ以上はまずいだろうかとはっとした。ひとまず毛布を掛けてフィロメナの金髪を撫でた。


 ずいぶん我慢していたのだろう。苦しげに胸を上下させるフィロメナの頬に触れる。やはり熱い。屋敷で休んでいればよかったのでは、とも思うし、倒れる前にレジェスの元へやってきたことを評価すべきなのだろうか、とも思う。

 体温を計り、まぶたの裏を確認する。のどの状態も確認したいが、それはフィロメナが起きてからだ。熱が高いので、解熱剤を打っておくことにする。

 しばらく様子を見て大丈夫そうなので、レジェスは診療室の方へ戻った。


 彼女の今の所属は法務省司法局だったか。内務省から異動になったことを考えて、レジェスは少なくともあと二回、財務省と宰相府へ行かされるのではないかと思っている。医師という専門職であるレジェスとは違い、官僚である彼女はどこに配属されるかわからない。通常、そんなにコロコロ異動があるものではないが、おそらく、彼女の同級生だという王太子は、フィロメナを側近にしたいと考えているのではないだろうか。だとしたら、様々な職種を経験することは、今後彼女の力になる。

 司法局にフィロメナを預かっている旨の伝言を送ってからしばらくして、控えめなノックがあった。先ほど一人、風邪気味の官僚が来たのだが、今度は元気な官僚だった。


「あのー。法務省司法局の者ですけどー」


 間延びした女性の声だった。レジェスは「こんにちは」とその女性官僚に挨拶をする。

「フィロメナがここにいるって聞いて。これ、あの子の荷物です」

「ああ、ありがとうございます」

 フィロメナの荷物を届けてくれたらしい。レジェスが受け取ると、その女性官僚はそわそわと尋ねた。

「えっと、フィロメナ、大丈夫ですか?」

「ああ……ちょっと熱が高いですね。しばらく養生が必要です」

「そうですか」

 沈黙。まだ聞きたいことがあるのだろうか。

「……心配しなくても、フィロメナのことは僕が責任もって屋敷まで送り届けますよ」

「えっ、あ、はい。わかりました」

 違ったか。フィロメナが抜けた分の仕事の割り振りでも考えていたのだろうか。女性官僚はあわてたように「失礼します」と言って去って行った。レジェスはその様子をしばらく眺め、扉を閉めた。荷物を置こうと奥のベッドまで行くと、ちょうどフィロメナが目を覚ましたところだった。


「ああ、おはよう」


 微笑んで言うと、フィロメナは何度か目をしばたたかせ、「おはようございます」と答えた。無理やり体を起こそうとするので、レジェスはベッドに腰掛けフィロメナの肩に手をまわして支えた。

「ありがとうございます……」

「うん。すぐに寝かせるけどね。ちょっとのど診せて」

 のどの奥を確認すると、やはり赤く腫れていた。ついでに水を飲ませる。それだけすると、レジェスはフィロメナを再び横にした。

「たぶん流感だね。さっき解熱剤を打ったから、少しは熱が下がってくると思うけど……」

「すみません……急に体調が悪くなってきて、とにかくあなたのところに行こうと……」

「うん、まあ、判断としては間違ってないね」

 体調不良時に医者のところに行くのは間違ってはいない。

「終業したら一緒に帰ろうか。もう少し寝てていいよ」

「さ……っすがにそれは申し訳ないんですけど」

 一瞬息が詰まったのか、妙に間が空いた。レジェスはフィロメナの頭をポンポンと叩く。

「こんな状態の君を一人で帰すほど僕も鬼じゃないからね。いいから、送らせて」

「……はい」

 押されてうなずいたフィロメナは目を閉じようとしたが、「あ」と声を上げる。

「荷物」

「さっき同僚の子が持ってきてくれたよ。茶髪の小柄な子」

「そうでしたか……」

 今度こそ本当に目を閉じた。すぐには眠れないだろうが、体は休息を欲しているだろう。


 本音を言うと、熱がある時くらいはもう少し甘えてくれないだろうかとひそかに期待したのだが、五人姉妹の長女にはちょっと難易度が高かったようだ。それが残念な気もするレジェスだが、今度これでもかと言うくらい甘やかしてみようか、と考えるあたり、彼も転んでもただでは起きない。


 終業時間になり、レジェスの診療室も閉める時間だ。フィロメナを含めて風邪の患者が五人来た。みんなその足で歩いて帰っていった。一人で帰すのをためらわれるほどの重症者はフィロメナくらいだった。

「フィル。フィロメナ」

 ぽんぽんと肩をたたくと、フィロメナがうっすらと目を開けた。ぼんやりしている彼女に微笑み、「帰るよ」と告げる。

「悪いけど、靴を履いて上着着れる?」

 うなずいたフィロメナを手伝い、靴を履かせ上着を着てもらう。額に触れると、熱は多少下がったようだが、まだ復活とはいかないだろう。レジェスは自分とフィロメナの荷物を持って、彼女の手を引っ張って立たせた。

「大丈夫? 歩けそう?」

「……うん」

 こくっとうなずいたが、いまいち信用ならない気がするのはレジェスだけか? ひとまず手をつないで歩いてみるが、支えていないとレジェスの方が不安になる。いや、一応歩けてはいるのだ、一応。


 これどれだけ時間がかかるのだろうか。時間と自分の精神衛生をかんがみ、レジェスはフィロメナを抱き上げた。普段なら騒ぐだろうが、フィロメナはむしろ落ちないように自分からレジェスの首にすがりついた。頬にあたる金髪がくすぐったい。

「お前……何してんの」

「……」

 官僚の友人、テオバルドだった。レジェスは無言で振り返り、無言で歩き出した。

「あ、ちょ、無視すんなよ!」

「せっかく寝てるんだから起こすな」

 成り立たない会話だが、テオバルドは納得した。

「なーるほど。悪かったな。風邪?」

「ああ」

 そっけなく答える。お持ち帰りか、などと笑うテオバルドを睨み付けてからレジェスは待たせておいた馬車に乗りこんだ。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


冬と言えばこれ。私も今年はかかってしまった…。


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