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episode18









 秋が深まり、フィロメナが両親を領地に強制送還……もとい、領地に返してすぐのころだ。


 最近めっきりおとなしくなったエリベルトが、教育係のセリアに声をかけた。

「セリアさん」

「あら、何?」

 エリベルトはフィロメナの妹カリナに一目ぼれしたらしく、それ以降、おとなしくまじめに仕事をしている。職場がフィロメナと同じである以上、女遊びをしていれば必ずカリナの耳に入るからだ。

 おとなしくしている限り、セリアも強くは出ない。優しげに聞き返した上司にエリベルトは言った。

「……フィロメナさん、拉致られて行ったんですけど」

「……」

 セリアは、確かに一緒に出て言ったはずのフィロメナが見当たらないな、と思った。エリベルトはフィロメナの前だとよりおとなしいし、フィロメナも四人の妹がいるだけあって年下の扱いには慣れている。加えて二人とも処理能力が高いので、厄介な案件はこの二人を同時投入する傾向ができてきている司法局であった。

「……ちなみに、誰に連れて行かれたの?」

「近衛の副隊長」

 それを聞いて、セリアは「うん……」と一つうなずいた。

「フィロメナの婚約者のお兄さんだから、大丈夫じゃないかしら?」



 たぶん。



 そのフィロメナはと言うと、何故か王太子妃と差し向かいでお茶を飲んでいた。

「久しぶりね、あなたとこうしてお茶するのも」

「まあそうですが……私仕事中なんですけど」

 一応訴えてみたが、長い付き合いの王太子妃ミレイアはにっこり笑って言った。

「そう言わずに。もう少しで来るからちょっと待って」

「……」

 フィロメナはミレイアに言い含められ、お茶をすすった。そこに王太子がやってきた。

「ミレイア、入るぞ」

「はーい」

 入ってきたのは王太子だけではなかった。立ち上がって王太子アウグストに一礼したフィロメナを見て、声が上がった。


「げっ。フィロメナ・アルレオラ」

「ん? ああ、こんにちは、ティト」


 見覚えのある人物、大学時代の同級生デル・レイ公爵子息のティトだった。現在、宰相府に籍がある官僚で、王太子の側近をしているはずだ。

「いやいや、久しぶりだな、この四人で集まるのも。この四人でいると大学時代を思い出すな。何でもできる気がする」

「だいたい解決していたのは私とフィロメナですが」

 ティトが眼鏡を押し上げながら冷静に言った。

「そう言えばフィロメナ。婚約したそうで。おめでとう」

「え? ああ、ありがとう」

 出会いがしらに「げ」とか言ってくれたわりには、ティトも律儀である。まじめだというか。


「ところで何故私は連れてこられたんでしょうか」


 同級生ではあるが、謎のメンバーではある。王太子夫妻に王太子の側近に司法局の官僚。……どう考えてもフィロメナが異彩を放っている。

 フィロメナの問いかけに、ミレイアはすっとまじめな表情になった。


「実はね、相談があるの」


 その言葉はフィロメナに向かって話されていた。もちろん、すでにアウグストとティトには相談済みなのだろう。それでも解決できず、近衛の副隊長カミロがフィロメナを拉致ってくることになったらしい。まあ、同じ宮殿内だけど。

 すっとミレイアが差し出してきたのはいくつかの封筒だ。それらを開けて内容を読んだフィロメナはさすがに顔をしかめた。


「何と言うか……狂気を感じますね」


 いわく、『今日は庭で花をめでておいででしたね。相変わらず、お美しい』『北回廊の階段でお見かけしました。お話だったご令嬢は美しいあなたの良くない噂をばらまいています。あなたが話すにふさわしくない』『どうしてあなたが私の隣にいないのかと、日々考えています。窓辺で憂えるあなたはどんな絵画よりも美しい』のだそうだ。

「念のため聞きますけど、これ、殿下が書いたわけではないですよね」

「俺がこんな狂気じみた手紙をミレイアに書くと思うか?」

「ですよね」


 すでに呪いの手紙の域である。


「これの差出人を見つけたいんだ。俺達でも調査したんだが、見つからなくてな」

「悔しいことに」

 アウグストとティトが言った。そこで何故フィロメナが呼ばれるのかわからないが、確かに、二つの頭は一つより良いというし、三つあればより良いだろう。


「ちなみにこれ、差出日と妃殿下の行動は一致しているんですか?」

「確認できる限りは。だから余計に怖くて……監視されているのかしら」


 ミレイアが身震いするが、王族など常に監視されているようなものだ。そうは言わず、フィロメナはさらりと言った。

「別に監視していなくても、妃殿下のスケジュールを把握している人物ならそう難しくないと思いますよ。例えば、妃殿下の侍女や殿下の侍従、側近、近衛とか」

「……そう思って、私も調べたが、特に何もなかった」

 ティトの言葉に、やはり調べ済みだったか、とフィロメナはもう一度文面に目を落とし、それからミレイアをもう一度見る。

「……妃殿下。不敬だとおっしゃられるかもしれませんが、大事なことなので正直に答えていただきたいのですけど」

「何かしら?」

「今、妊娠されていますよね」

 まだ発表はされていないが、フィロメナはミレイアの様子からそう判断していた。

「……よくわかったわね」

「まあ同じような状態の人を何度か見たことがありますから。だとしたら、まだ怪しい人物がいます。妃殿下の主治医です」

 妊娠中なら、普段より頻繁に診察があるはずだ。その時にミレイアの行動を詳細に聞いていても不思議ではない。


「基本的に医者には守秘義務があるそうですが……個人の情報を多く所有しているでしょう。妃殿下が妊娠されているということは誰かが王太子殿下に娘でも添えさせようとしているんでしょうか」


 そのままミレイアを追い落として娘を王太子妃にしようとしている貴族がいてもフィロメナは驚かない。

 もともと、ミレイアは侯爵令嬢であり、彼女より身分の高い、アウグストと年の釣り合う令嬢は他にもいた。それを押しのけミレイアが王太子妃になったのは、二人が惹かれあっていたからだ。

「医者か……確かに盲点だ。全員守秘義務を守るものだと思っていた」

「思い込みですね。まあ、私もレジェスから話を聞かなかったら気づきませんでしたけど」

 言った後でフィロメナは何となく視線を逸らした。このメンバーの中で婚約した相手のことを言うのは何となく気恥ずかしかった。


「……フィロメナって、レジェス先生のことを言う時は普通の女の子よね」


 ミレイアにはそう言われ、男性陣がにやにやしている。フィロメナは悶える代わりに手で顔を覆った。それが女性らしい押さえ方ではなく、男っぽいものだったので。

「ほら、またそんな顔になる」

 不満そうにミレイアが言うが、ティトが話の軌道を修正しようと口を挟んできた。

「あ、いえ、一旦話を戻して、フィロメナ、誰が犯人かわかるか?」

「さすがにそこまではわからないけど」

 想像はつく。ミレイアの実家より身分の高い、アウグストと釣り合う年齢の令嬢のいる家となると、結構絞り込まれる。また、外国勢力の影響がないとも限らないが、そのあたりはフィロメナの関与するところではないだろう。優秀なティトが調べてくれる。


 解決……はしていないが、道筋が見えて来たところで、ミレイアは安心したのか、フィロメナを本格的にからかいだした。

「ねえねえ。レジェス先生を選んだ決め手は? やっぱり優しかったから?」

「利害が一致したから?」

 一応、利害は一致しているのだ。しかし、それよりも先に感じたのは、この人となら一緒に暮らすことができるな、ということ。それが決め手と言うことになるのだろうが。

「……内緒です」

 フィロメナは人差し指を唇に当てて言った。言ってから、不敬だったかしら、と思ったが、それも今更な気がしたので、あまり気にしないことにした。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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