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episode17










 さて。職場の変わったフィロメナは、最近周囲で問題が起きていた。フィロメナの新たな職場は、法務省司法局である。主に法律を管理する部局だ。問題とは、この部局の新人である。


「あの男! 有能だけど使えない!」


 叫んだのは新人教育担当の女性官僚である。フィロメナも異動してきたばかりだが、職務が内務省治安管理局と密接に関連しているのと、大学で政策学を修めたことから即戦力とみなされていた。そして、女性官僚はやはり少ないので、何となく団結力がある。


「また彼ですか」


 同僚の女性が怒り狂っている先輩官僚に尋ねた。彼女は「そうよ!」と力強くうなずいた。

「確かに頭がいいし、仕事もできるわよ。けど、手当たり次第に女性を口説くの、本当にやめてほしい……!」

「……まあ、仕事ができることとその人の人格は別問題ですもんね」

 フィロメナも水を飲みながら言った。現在、昼食中なのである。

「うん、まあ、そうなんだけど……そう言えば、フィロメナは口説かれた?」

 フィロメナの同期にあたる女性官僚が尋ねた。フィロメナは首を左右に振る。

「ない。私が気づいていないだけの可能性は否定できないけど……」

「それはあるね」

 みんなに同意され、フィロメナはやはり自分はそういう扱いなのか、と苦笑する。

「ということは、アラナは口説かれたってこと?」

「だいたいの人が声をかけられてるんじゃない?」

 どういう基準で声をかけているのかはわからないが、フィロメナも確かに『彼』が女性と話している姿をよく見かける。面倒になりそうなので、巻き込まれないようにはしている。

 同僚の女性アラナは苦笑気味に言った。笑っていられるレベルならいいが。


「別にさ、確かに交友関係は本人の自由だよ? だけど、私のところに苦情やら僻みやらが届くのはやめてほしい……」


 それは面倒くさい。フィロメナとアラナは同時に同じことを思ったが、二人とも声に出すことは無かった。彼女の元に苦情が来るのは、彼女が新人教育係である以上、仕方のないことではある。しかし、業務に差支えが出てくる前に、対処すべきである。


 それから気を付けて見ていたのだが、彼……コンテスティ侯爵子息エリベルトはどうやらフィロメナを避けているようだった。


「どうしてだと思います? 特段、嫌われるようなことをした覚えはないのですが」


 フィロメナが相談したのはレジェスである。婚約してから、たびたび彼と出かけたり、食事をしたりするようになった。今日は一緒に美術館を訪れ、今はその帰りに寄ったカフェの中である。

「……そうだね」

 コーヒーカップをソーサーに戻し、レジェスが微笑んだ。

「おそらく、君にかまえば、君に論破されてしまうことがわかっているのではないかな。そろそろ君は、自分が明晰な頭脳を持つということを自覚すべきだよ」

「明晰な頭脳、と言うのは、先せ……レジェスのような人のことを言うのでは? 私にはあなたの言うようなことを察せない」

 単純に人生経験の欠如の可能性もあるが。フィロメナにはそこまで察することはできなかった。


「うーん、まあ、僕は心理学も学んだからね。それに、同じ男としてコンテスティ侯爵子息が君に負けるのを怖がる気持ちもわかる気がする」

「……」


 フィロメナはケーキを食べる手を止めてレジェスを見た。今の言葉から、自分は嫌われているのだろうかと邪推したのだ。それも正確に読み取ったのだろう。レジェスはにっこり笑って言った。

「ああ、今のは君を客観的に見た時の話。僕も話だけで君を知っていた時、完璧主義者のクールな女性だと思っていたからね。もちろん、今はそんな事思ってないよ。何しろ、目の前で倒れられたからね」

「う……その節はありがとうございました」

 倒れた時に拾ってくれたのがレジェスで良かった。彼が拾ってくれたから今のフィロメナがある。

「まあ、ちょっと怒ってはいるかな」

 レジェスが身を乗り出し、フィロメナの顎に指をかけた。

「せっかくのデートなのに、自分以外の男の話をされてはね」

「……」

 フィロメナは一瞬目を見開き、後ろに身を引いた。レジェスの手からは逃れたが、背もたれに背中をぶつけた。頬に手を当てると熱かった。きっと赤くなっているに違いない。


「ごめんごめん。ちょっとからかった」


 そう言ってレジェスは落ち着いた様子でコーヒーを一口すすった。フィロメナも姿勢を戻して、落ち着こうと紅茶を飲んだ。

「コンテスティ侯爵子息は女好きで有名だけど、確かに頭もいいよ。けど、フィルには負けるだろうね。大丈夫。君は他の人が投げた問題でも、七割がた解決できるんだろう?」

「え? 何ですかそれ」

 首をかしげたフィロメナに、レジェスは驚いた表情を浮かべた。
















 外務省へ行った帰り、フィロメナは廊下でエリベルトと声をかけられる宮廷女官を見かけた。女官が困っている様子だったので、フィロメナは声をかけた。


「エリベルト。セリアさんが探していたよ」


 セリアは新人教育係の女性の名だ。名を呼ばれてさすがに反応せざるをえなかったエリベルトがフィロメナを見て少し顔をしかめた。

「なんですか、フィロメナさん」

「いや、今用件言ったよね?」

 反射的に冷静なツッコミを入れながらフィロメナは二人に近づいた。セリアが彼を探していたのは事実だ。お使いに行かせてから戻ってこなかった。

「あなたも悪かったね。仕事に戻っていいよ」

 フィロメナが声をかけると、女官は頭を下げてあたふたと去って行った。本当に困っていたようだ。仕事中に捕まれば誰だって困るか。

「別に、仕事はちゃんとする。私の能力があればあれくらいの仕事など片手間だ」

「そういう問題ではないと思うのだけどね」

 フィロメナは肩をすくめて言った。確かに彼の言うとおりだ。彼の頭があれば、司法局の仕事など簡単なものだろう。


「……何なんだ。お前、私に何か恨みでもあるのか」


 睨まれたが、それくらいでうろたえるフィロメナではなかった。

「私を避けているのは、あなたの方ではないかな?」

「……」

 フィロメナは肩をすくめると歩き出した。司法局へ戻るのだが、彼女に見つかった以上、エリベルトもついていかざるを得ない。その司法局には思いがけない客人が来ていた。


「あ、お姉様」


 カリナだ。こんな機密情報の塊の場所に。

「よく入れてもらえたね」

「たぶん、マリベルが一緒だったからよ」

 よく見ると、マリベルがソファに座っており、女性局員にあやされていた。

「あ、ほら、お姉さん来たよ」

 アラナがフィロメナを見て声を上げる。彼女と一緒にマリベルをあやしていたセリアがさっと立ち上がる。

「あらフィロメナ、連れてきてくれたのねどうもありがとう!」

「……いや、こちらこそ、どうもありがとう……」

 セリアはエリベルトを連行して行ってしまったので、フィロメナの言葉が届いたかどうかわからない。


「で、どうしたの」


 ひしっと抱き着いてきたマリベルの頭を撫でながら、フィロメナは尋ねた。カリナがソファの背もたれの向こうからマリベルの頬を突っつき、言った。

「フィル姉様に会いに行くって言って聞かなかったのよ。お父様と対面したんだけど、よほど怖かったらしくて」

「ああ……帰ったらきつく言っておこう。母上にも言っておかないとね。むしろ、もう領地に強制送還してしまおうか」

「そうしてくれるとうれしいわ。今は二人とも活動範囲が広がってるから、鉢合わせしやすいのよね」

 前よりはましだが、両親と娘たちの間にはいまだに深い溝があった。


 その日は結局、フィロメナは早退することになったのだが、翌日、面白いことが発覚した。

「フィロメナさん」

「……何?」

 エリベルトから話しかけられるという珍現象が発生した。喧嘩でも吹っかけると思ったのか、セリアがバッと顔をこちらに向ける。しかし、そうではなかった。

「その……昨日来ていた背の高い金髪の女性はあなたの妹か?」

「ああ……そうだけど、夜会で見たことない?」

 アルレオラ伯爵家の面々は、積極的に夜会に参加するタイプではないので、見たことがないのかもしれない。エリベルトががっくりする。

「そうか……やはり妹か……」

「なんで残念そうなの……」

 とぼとぼと自分の席に戻っていくエリベルトを眺めるフィロメナに、アラナがささやいた。

「エリベルト、妹さんに一目ぼれしたみたいよ」

「なるほど……」

 一目ぼれした子が苦手な人の妹でショックだったのか。しかも、現在のアルレオラ伯爵家は事実上フィロメナの支配下にあるので、彼女に認められなければ求婚にも踏み込めない。


 しばらく、エリベルトはおとなしそうである。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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