episode16
最近、自分の誤字の多さに愕然としています。
社交シーズン最後の夜会は、友人とおしゃべりに興じていたカリナを回収し、帰宅したのだが、カリナはその日から部屋に引きこもって何かを書きなぐっている。鬼気迫る勢いなので、こういう時の彼女にはみんな触れないようにしている。
また、夏休みが終わったので双子ちゃんが寄宿学校に戻って行った。すると、急にさみしくなった。人が少なくなり、静かになったのだ。カリナも部屋にいることが多く、フィロメナも部署替えがあったばかりで忙しかった。
すると、マリベルの構って攻撃が襲ってくるのだ。今までは何かと双子ちゃんが見ていてくれたのだが、二人は学校に戻ってしまった。ストップをかける人物がいないのである。
懐いていたし、レジェスでも召喚してみようか、と思っていたところに、面白い光景に遭遇した。
「……何やってるの?」
父ウリセスとマリベルがにらみ合っていた。いや、正確には、父は睨んでいるがマリベルは怯えたように大きなウサギのぬいぐるみを抱きしめている。さみしくなると、彼女はこのぬいぐるみを持ち歩くことが多かった。
「マリベル、おいで」
「お姉さまぁ」
パタパタと駆け寄ってきたマリベルを抱き上げようとして、断念した。本当に、これくらいの年の子は成長が早い。代わりに頭を撫でて父に向き直った。
「父上何してるの。睨まれてマリベルが怖がってるだろ」
やはり、父には喧嘩腰なフィロメナだった。マリベルがフィロメナにぎゅーっとくっつく。
「何をしようと、私の勝手だ」
「はあ?」
小さな子を怖がらせたくせに何言ってんだ、とばかりに声を上げると、父がびくっとした。……父にはあまり好かれていない自覚はあるが、何故こんなにも怯えられるようになったのかは謎だ……。謎だが、今はフィロメナがアルレオラ伯爵家の影の支配者である。
「いや……その、すまなかった」
まさか父から謝罪の言葉が聞ける日が来るとは。マリベルに謝るべきだし、もっと柔らかく接するべきだと思うが。これでも父親なのだ。……だが、思い返せば、フィロメナが幼い頃も、父はこんな調子だったかもしれない。
「あのおじ様、ずっといるわ。ここに住んでるの?」
父がいなくなったあと、マリベルはそんな事を聞いた。相変わらず父は、マリベルに「父だ」と認識されていないようだ。
さすがに誤解を解いておくべきだろうか。父はともかく、母となら交流させるべき? 双子ちゃんがいる時だと二人がかき回しただろうが、今なら小さなお茶会の真似事を開けば、両親は参加するだろう。
フィロメナは長女としての責任と、父と関わりたくないという個人的感情のはざまで悩んだ。やることはあったが、考え事ついでにマリベルと遊んでやり、それから書斎に戻った。
何日か過ぎた後、息抜きがてらカリナの書いた小説に校閲を入れていたフィロメナは、カリナに言った。
「そう言えば、マリベルがやっぱり父を父と思っていないみたいで」
「別にいいんじゃない? と言うか、誰か説明したの?」
フィロメナに添削された部分を書きなおしながら、カリナが言った。フィロメナは少し考え、「ないね」と言った。そう言えば、誰も事実を教えていないのだ。
「言ったところで理解できるかは微妙よね」
「確かに。いきなり『父親だ』と言われてもわからないな。今までその存在はいなかったんだから」
フィロメナも同意すると、カリナが笑った。
「お姉様、お父様の存在抹消してるわよ」
「……いない方がいくらかマシな目にはあってるからね」
「そうねー。お姉様が生きててよかったわ。私、当主の仕事なんてできないもん」
フィロメナに何かあればカリナにお鉢が回ってくる。カリナは屋敷の奥向きのことをうまく取り仕切っているが、当主の仕事はまた別だ。
「私も教わったわけではないから手探りだけど……」
一応何とかなっているのは、彼女が官僚でもあるからだろう。フィロメナもすべてを妹たちに放り投げてしまうことはしたくないので、本当に何事もなくてよかった。
「まあ、お母様とマリベルを引き合わせるのは賛成。お父様がついて来たら修羅場になるだろうけど、お姉様が」
「……そうだよねぇ。そう思うよねぇ」
フィロメナは額に手を当ててため息をついた。そんな姉にカリナはくすくす笑う。
「お姉様、今まで全然相談とかしてくれなかったのに、こういうことを言ってくれるからうれしいわ」
「……うん、まあ、そうだね」
自分でも言っていたが、フィロメナはレジェスの意見を素直に聞くようだ。父に対してはあんなにひねくれているのになぜだろう。
「とりあえずわかったわ。あのままマリベルが、お姉様のことを母親だと思い続けるのも困るしね」
「あ……やっぱりそう思ってるんだ……」
何となくそうじゃないかな、とは思っていたが、カリナの目から見てもそう見えるらしい。
「双子もいたらよかったんだけど」
「あの二人がいても引っ掻き回すだけだよ。マリベルが慣れてきたらでいいよ。それはそうと、本格的な冬になる前に、父上たちを領地に送還……帰すけど、カリナとマリベルはどうする?」
「帰らないわよ」
「……だよね」
領地の方には年に一度か二度、フィロメナが状況を確認しに行くにとどまっている。それに、妹たちがついて来たり来なかったり。この際、両親を領地に送り返して領地経営を任せてしまう。もちろん、さぼればわかるようにフィロメナの監査が入る。
「ほら、終わったよ」
話しながらも校閲を入れていたフィロメナは、原稿をカリナに返す。カリナは「早いねぇ」と言いながら受け取る。
「お姉様ってながら作業ができる人よね」
「ながら作業?」
「二つ以上のことを同時に出来る人ってこと」
簡潔な説明に、フィロメナはああ、とうなずいた。
「仕事をしているときは、大抵こんな感じだからね」
二つのことを同時進行で進めていたりもする。
カリナは再度執筆に戻るというので、フィロメナも書斎に戻る前にお昼寝から起きたであろうマリベルを見に行った。一番上の姉を見て「フィル姉さま」とニコニコしたマリベルであるが、本当にその言葉の意味を分かっているのかは謎である。
そして、実際にお茶会をすることにした。まず母から慣らして行こうと思い、母にだけ声をかけたのだが、父には恨みがましく睨まれた。そんなに睨まれても、マリベルが父に苦手意識を持っているので後回しだ。もう少しマリベルが大きくなってからでも……だと、ちょっと遅いかもしれないが。
円卓にマリベルをはさむようにフィロメナとカリナがいる。母ルシアはマリベルの向かい側。父以上にマリベルとの接触が少ない母だが、同性なので何とかなる気がする。それに、父とは違い、母は気性が穏やかだ。
姉たちが一緒なので、マリベルは楽しく話しながらお菓子をもぐもぐしている。もともと彼女は、初めて会うレジェスにも懐くくらい人懐っこい。
「そう言えば、おばさまはカリナ姉さまと似ています」
マリベルがぽつりと言った。これが父親相手に言ったのならフィロメナも吹き出すところだが、最近よくなってきたとはいえ、心臓の弱い母相手に爆笑することはフィロメナもカリナもできなかった。
そして母はと言うと、笑顔で固まっていた。久しぶりに話す末の娘が大きくなっていることに驚き、微笑ましく思っているところだった。
「……母上。これがうちの現状だよ」
マリベルに父と母は認識されていない。自分が親であるという認識があるからと言って、子もそうであるとは限らないのだ。少し気を取り直した母がつぶやいた。
「……たまに、マリベルと遊ぼうかしら」
「カリナも一緒にね」
さすがに母とマリベルの二人きりにするのは難易度が高い。原稿で忙しいカリナも、さすがに嫌とは言わなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
マリベル、やっぱり両親を認識していない。




