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episode15










 夏が過ぎ、秋の風が感じられるようになった頃。今季社交シーズン最後の夜会が宮殿で開かれた。参加したフィロメナは、珍しくエスコート付だった。晴れて婚約者となったレジェスである。もちろん、カリナも一緒だ。


「思うんだけど、婚約整うの早すぎじゃない? いえ、私に文句はないけど」


 と姉とその婚約者に言ったのはカリナだ。ツッコミは尤もである。そして、今日もカリナはブルーのドレスが良く似合っている。


「いや、私もこんなにすんなり受理されるとは思わなかったんだよね」


 と、フィロメナも首をかしげる。レジェスも笑った。


「僕も構わないけど、さすがにフィルの手際の良さにビックリしたよ」


 官僚で事務仕事に慣れたフィロメナの手続きは迅速であった。仕事の片手間に出来るくらいには余裕もあった。先延ばしにすれば、そのまま延々と先延ばしになる可能性もあった。


 ……ちょっと浮かれていたのだろうか?


 そう思ったが、声には出さなかった。絶対に「そうだ」とカリナに肯定されることがわかっていたからだ。

「お姉様たちのこと、小説のモデルにしていい?」

 カリナがまた変なことを言いだした。フィロメナは「駄目」と言ったのだが、レジェスは許可を出した。ハッピーエンドならね、と条件付きだったが。

「やった」

 カリナは自分に都合のいい方を取ったようで、「ありがとう、お義兄様」とレジェスに礼を言っていた。というか、まだお義兄様じゃなくないか。


「……今、兄上がフィルに『お義兄様と呼ばれたい』って言っていた気持ちがわかった気がする」


 なんかいいね、とレジェスは気にしていないようなのでツッコまないが、何それ。

「なんですか、そのひそかな願望は」

「僕が可愛げなかったからね。たぶん、呼べば喜ぶと思うよ」

 お義兄様と? フィロメナの性格上、呼ぶなら『義兄上』になるだろう。

「……カリナなら呼ぶと思いますよ」

「私が呼んでも意味がない気がしますけど、ぜひお話はお聞きしたいですね」

 と、カリナはどちらかと言うと取材する気満々である。正確にはレジェスの兄はカリナの義兄にはならないが、本人たちが喜ぶのならそれでもいい気がした。


 しばらくして、カリナは友人に呼ばれて行った。フィロメナとは違い、社交的なカリナは姉妹の中で一番の変人と言われながらも友人が多い。


「……私、社会不適合者なんでしょうか」


 唐突に言うと、レジェスが「え?」と戸惑った声をあげた。


「……まあ、不適合とまでは言わないけど、ずれてはいるんじゃないかな」


 優しい回答が返ってきた。何やら他にも言いたいことがありそうだったのでレジェスを見上げていたのだが、彼はあいまいに笑ってフィロメナの頬を撫でた。

「レジェス」

「うわぁ」

 聞き覚えのある声に、反射的に声をあげてしまった。嫌そうなのが表情に出ているのだろう。フィロメナがくすくすと笑った。

「人の顔を見ていきなりなんだ。……こんばんは、フィロメナ女史」

「こんばんは、マルチェナ副隊長」

 フィロメナがドレスのスカートをつまみ、淑女の礼を取る。それを見たレジェスの兄カミロは「フィロメナ嬢とお呼びすべきだったな」と微笑んだ。

「フィロメナ嬢は初めて会うだろう。私の妻のアラセリだ」

「初めまして、フィロメナさん。アラセリと言います。仲良くしてね」

 カミロの妻アラセリは小柄な女性だ。いや、小柄と言っても女性の平均くらいの身長ではあるのだが、比較的背の高いフィロメナと並ぶと結構な身長差があった。

「フィロメナ・アルレオラです。初めまして。よろしくお願いします」

 当たり障りなくフィロメナも挨拶をする。アラセリがフィロメナを見上げてため息をついた。

「いいわね……すらっとしていて」

「私はアラセリさんの方がうらやましいですが」

 背は高すぎず低すぎず、女性らしい体形だ。レジェスに厳重注意されたので、フィロメナがやせぎすなのは栄養不足による影響もあるとわかってはいるが、たぶん、体質も大きいだろう。


「あらそう? 自分の理想は手に入らないものね……それより、『お義姉様』と呼んでくれない?」


 私、末っ子なのよね、とアラセリ。何だろう。フィロメナは末っ子に縁があるのだろうか。レジェスも末っ子と言えば末っ子だ。


「似たもの夫婦だね……」


 フィロメナの隣でレジェスがぽつりとつぶやいた。フィロメナも、確かに、と思ってしまった。


 せっかくだから一曲踊ってこないかと言われて、レジェスと共にダンスフロアに足を踏み入れたフィロメナであるが。

「久しぶりなので、足を踏んでしまったらすみません」

「始まってから言うのは卑怯だよ……。上手に踊れていると思うけど」

「これでも必死なのですが」

 ゆったりとしたワルツが始まってから告げたフィロメナに、レジェスは苦笑気味だ。最近は夜会に参加しても壁の花であることが多かったので、ダンスは本当に久しぶりだ。むしろ、今シーズンに入ってから練習以外で踊ったことがあっただろうか。

 おそらく、レジェスもとてもうまい、と言うほどではない。しかし、フィロメナも何となく体が覚えており、リードがあればそれらしく見えた。ただし、一曲終わるころには息が上がっていたが。体力がなさすぎる。


「無理させてしまったね。ごめん」


 レジェスがフィロメナをソファに座らせながら謝った。しかし、その顔は苦笑気味だ。

「説教がましくなるけど、細いから余計に体力がつかないんだよ」

「わかってます、一応……せんせ、じゃなくてレジェスははっきり言ってくれるので好きです」

「……それと、不用意にそういうことを言わない」

 レジェスがため息をついて言った。フィロメナは水の入ったグラスを受け取りながら首をかしげたが、彼はそれ以上は何も言わなかった。


「よろしいかしら」


 声をかけてきた女性を見て、フィロメナとレジェスは立ち上がった。明るい茶髪の女性、ミレイア王太子妃と黒髪の男性アウグスト王太子がそばまで来ていた。

「ご機嫌麗しく、王太子殿下、王太子妃殿下」

「お久しぶりです」

 フィロメナとレジェスがそろってきれいな挨拶をする。二人ともフィロメナの大学時代の同級生である。つまり、同い年だ。

「……お前、相変わらず顔色が悪いな」

「ご心配いただきありがとうございます。ですが、余計なお世話です」

 ずばっと言ってくる王太子に、同級生の気安さも合ってフィロメナは若干失礼である。不敬罪と言われてもおかしくない態度であるが、王太子夫妻は笑って「お前らしいな」と言うだけだった。

「けど、前に会った時よりは格段に顔色がいいわ。先生のおかげかしら」

 ミレイアが楽しげに言う。


「爵位を継ぐという話だしな。ある意味恐ろしいが……」

「殿下、それ、私に言ってます? それとも彼に言ってます?」


 フィロメナはアウグストに尋ねた。レジェスがフィロメナの背中を支えた。それを見たミレイアが眉をひそめる。

「大丈夫? 座る?」

「失礼させていただきます」

 フィロメナが答える前にレジェスがミレイアの言葉にうなずいてフィロメナを座らせた。向かい合わせにソファに腰かけたアウグストとミレイアが少し驚いた表情になる。

「フィロメナにはこれくらい強引な方がいいのかもしれないな」

「ちゃんと見ていてね」

 アウグストとミレイアがレジェスに向かって言った。前にミレイアの目の前で倒れたので無駄に警戒されている気がする。

「あまりここにいすぎるのはまずいのでは?」

 すっかり腰を落ち着けているが、王太子夫妻がフィロメナたちとばかり話しているのはちょっと問題だ。そうね、とミレイアとアウグストが少し話した後に立ち上がるので、フィロメナも立ち上がろうとした。が、レジェスに肩を押さえられていて、立ち上がれない。そんな二人を見てアウグストがにやりと笑う。

「お前、尻に敷かれるぞ」

「それは普通男性に言う言葉なのでは……」

 思ったが、さすがに口に出さなかった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


体力のない女、フィロメナ。


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