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story06










 伯爵夫人への診察と治療方針を伝え終えたコルベールが帰るとのことだった。レジェスはフィロメナの部屋を出て彼の元へ向かう。

「コルベール。突然呼び出して悪かった」

「いや、お嬢さん方が困っているって話だったからな。カリナ嬢にも話したが、伯爵夫人のことならもう心配ないぞ」

 と、心臓の専門医であるコルベールが請け負った。レジェスの見立てでも、治ることは無いが、治療方針に従えばこれ以上悪くなることは無く、日常生活は普通にできるようになるはずだ。

「……うん。ありがとう」

「どういたしまして。それで、フィロメナ女史は大丈夫か?」

「ああ……過労だね」

「ああ、なるほど」

 ほとんどかかわりのない医師にまで「過労」で納得されるフィロメナは、本当に危険な状態だと思う。そのことを、本人は理解していないようだが。


 思わず顔をしかめたレジェスを見て、コルベールはにやりと笑った。

「……何」

「いや、テオバルドが『レジェスはアルレオラ女史が好きだ』と言っていたのを思い出してな」

「……」

 テオバルドは官僚の友人である。職場が近い分、フィロメナとの進展は? などと聞いてくるので面倒くさかったのだが、本気だったのか……。


 確かに、どちらかと言うと好ましいとは思う。頭がよく、気性が穏やかで面倒見もよい。おまけに美人だ。基本的にしっかり者なのに、少し抜けたところがあるのも良い。彼の前で泣いたのは、気を許してくれているからだとうれしい。


 ……あれ? もしかして僕は彼女のことが好き?


 指摘されて、もんもんとするレジェスだった。黙り込んだレジェスに、コルベールは笑う。

「ま、俺もお前が決めたんなら応援するぜ。じゃあな。女史によろしく」

「ああ……」

 少し動揺しながらレジェスはうなずく。コルベールなら言いふらすようなことはしないだろうが、テオバルドの耳に入ろうものなら一瞬で宮廷中に広がるだろうな、と思った。

 メイドがレジェスを呼びに来た。フィロメナが目を覚ましたらしい。思ったより早い。声をかけてフィロメナの容体を診るが、ひとまず大丈夫そうだ。彼女は伯爵夫人とは違い、持病はないが生活態度を見直さなければ本気で倒れてしまう。まず、ストレスと過労からどうにかしよう。そうしないと、眠れないし食べられないのだろう。体格が細すぎるのも、健康にはよくない。


「母のこと、ありがとうございます。私だけでは、父を説得できなくて……」


 フィロメナがはにかみながら礼を言った。フィロメナも伯爵も、伯爵夫人を思うがゆえに喧嘩になってしまうのだろう。患者の家族間でよくあることなのだとレジェスが説明すると、フィロメナが「そうですか」と少し微笑んだ。

 さらに、爵位を譲ると伯爵が言いだしたことについても、レジェスが何か言ったのではないかと聞かれたが、特別なことは何も言っていないはずだ。そもそも、彼女が席を外している間は、カリナにフィロメナの生活のことについて聞いていたので、伯爵と話をしていない。

 フィロメナが何度も礼を言うので、レジェスが苦笑気味に「気にするな」と返す事数回。フィロメナが父は強情だというので、これだけは言っておこうと口を開く。


「あなたもなかなか強情だと思いますよ」


 自覚があるのか、フィロメナが少しすねたような表情になった。それが面白くて、彼女の頬をつねる。

「人間、笑っていた方が体にいいと言いますよ。それに、笑っていた方があなたは素敵です」

 余計なことを言ったかな、と思った。フィロメナが視線を下げてしまったからだ。少し急だが暇を告げると、顔が上がった。見送ろうとするので、寝ているように言うと、彼女の頭を撫でて部屋を出た。

 相変わらず妻の元を離れない伯爵と、疲労で寝ている長女の代わりに見送りに来たのは次女だった。彼女と、手の空いている使用人たち。

「ありがとうございましたっ」

「え、何?」

 一斉に頭を下げられびくっとしたレジェスは、思わず素が出た。代表してカリナが口を開いた。

「お母様のことも、お姉様のことも……。お父様もそうですけど、頑固なんですよねぇ」

「あー……」

 何となくわかる。たぶん、根本的なところでフィロメナは父親似なのではないだろうか。言うと怒りそうだが。

「いや、まあ、医者として気になるところを指摘しただけですし、それでお役にたてたならよかったです」

 無難にそう言うと、レジェスはそそくさと屋敷を後にした。実のところ、レジェスにもちょっと家族問題に首を突っ込み過ぎてしまったな、と思うところはある。いや、本当に伯爵が爵位を譲る、と言いだした件については何も言っていないのだが、結構失礼な口を利いた覚えならある。


 次、どんな顔をしてフィロメナに会えばいいのだろうかと少し悩む。いつも通りでも、彼女は気にしない気がするけど。というか、体調は大丈夫だろうか。

 しばらくたって、フィロメナが宮殿の医務室に顔を出した。その後倒れたという話も聞かないので大丈夫なのだろうとは思っていたが、最後に会った時よりだいぶ顔色が良かった。それに、細すぎるくらいだった体格が痩せている、と言うくらいになっている。それでもまだまだ細いが。

 彼女は姉妹たちからお礼だ、と言って様々なものを渡してきた。たぶん、受け取るのがレジェスじゃなかったら呆れるだろうなぁというものまで渡してきた。と言うか、本当にレジェスは医者の仲介をしただけなので、受け取っていいのかわからなかった。

 そして、最終的にフィロメナが渡してきたのはマドレーヌだった。なんだか全体的に、女友達に渡すようなものを渡してきた。まあ、あの家にいれば男に関わることなんてめったにないだろうから、仕方がない気もする。幸い、レジェスは甘いものが好きなのでさほど気にならなかった。

 ついでにフィロメナに一緒にチーズケーキを食べに行かないか、と誘ってみたのだが、あっさりと了承されて逆に戸惑った。気を許されているのはうれしいが、危機感がないのもどうかと思う。


 本当に一緒に行く気なのだろうか、連絡してもいいのだろうか、と悶々としていたある日、兄カミロが再びやってきた。


「知ってるか。アルレオラ女史、最近綺麗になったと人気だそうだ」

「フィロメナさんは最初から美人だよ」


 一応兄にお茶を出しながら、レジェスは呆れた口調で言った。カミロは笑って「そうだな」と相槌を打つ。

 彼が言いたいことは何となくわかった。最近、私生活が安定してきたからか、フィロメナは肉付きが良くなってきた。いや、医者から見るとまだまだやせすぎであるが、中性的な美貌に長身でやせた体と、少年めいていた彼女だ。それが少し健康体に近づいたことで女性的魅力が増した、と言うことだろう。

「早くしないと取られるかもな」

「……」

 にやにやと言われ、レジェスは顔をしかめた。兄の言葉にフィロメナが誰かと結婚する未来を想像し、嫌だな、と思ったのだ。もちろん、フィロメナは簡単に靡かないだろうし、よく考えると条件があまりよくない。貴族家はいい顔をしないかもしれない。かといって、フィロメナの立場では平民とも結婚できないだろう。

「私もこの前話をしたが、以前より明るくなっている気がしたな」

「なんで兄さんが話してるんだ」

 思わずすねたように言うと、「仕事だ」とカミロがやはりにやにやと返した。そうか。兄は近衛隊だし、フィロメナは治安管理局だった。たまにやり取りはあるらしい。

「お前、三十間近の男がすねても気持ち悪いだけだぞ。というか、すねるくらいならさっさと行動しておけ」

「うるさい!」

 珍しく、レジェスは声を荒げた。年甲斐もなく、自分の心を見透かされたやつあたりだ。弟の心を見透かした兄はニヤッと笑う。

「ま、お前ならうまくやると思っている。私の弟だからな。健闘を祈る」

「いいからそれ飲んで早く仕事に戻りなよ」

 早口で一息に言い切った。カミロは反論せずにお茶を飲み干すと、「じゃあな」と本当に仕事に戻って言った。医務室の扉を閉めてうなだれる。


 何だろう。とても疲れた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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