story05
レビューを書いていただきました…ううっ、ありがとうございます!嬉しい…!
レジェスは、フィロメナと共にアルレオラ伯爵家に来ていた。今住んでいるアパートが公園の近くだったので、徒歩で公園まで来ていたレジェスに対し、フィロメナたちは馬車だった。そして、フィロメナの母の容体急変を知らせに来た使用人は馬で来ていた。
フィロメナはレジェスを連れて使用人が乗ってきた馬に乗り、妹たちより先に屋敷に戻ってきたのである。レジェスが、彼女の母を見ようか、と言ったからだ。
どうも、フィロメナたちの父アルレオラ伯爵ウリセスは、慣れた医師以外を排除しているようだ。医者を替えても夫人はよくならず、それなら慣れた医師の方がいいと判断したらしい。少なくとも、フィロメナはそう思っているようだ。
レジェスは心臓の専門医ではない。一般内科医であるが、初診を担当することが多いので、総合診療医と言いかえることもできる。フィロメナも合理的に判断してその結論に至ったのだろうが、レジェスもアルレオラ伯爵夫人は別の医師に診てもらう必要がある、と判断した。
アルレオラ伯爵家では、どうやら当主である伯爵よりも娘のフィロメナの方が信用があるらしい。家の采配は、フィロメナがまわしているのだろう。奥向きのことはカリナが仕切っているようだが。
さらに、アルレオラ伯爵にも驚いた。
「誰だ、貴様は!」
苦しげに息をするアルレオラ伯爵夫人ルシアに、一応断りを入れて近づいたレジェスであるが、伯爵に怒鳴られて少し面喰らった。すぐにフィロメナのフォローが入る。
「王立医学薬学研究所の医師のレジェス・マルチェナさんだよ。厚意で見てくれてるんだから、少し黙って」
妹たちやレジェスに対するものとは違う、冷え切った声音だった。本当に仲が悪いんだな、と改めて実感する。
伯爵夫人には不整脈が見られた。やはり、心臓の専門医にも診てもらった方がいいだろう。
発作が治まらないので、応急処置を行おうとしたのだが、それが息を止める、と言うものだったので、伯爵の反感を買ったようだった。
「な! お前、ルシアを殺す気か!」
「黙って! 母上、大丈夫。彼の言うとおりにして」
感情的になる父親には感情的に返してしまうのだろうか。フィロメナの声音は、母に対しては比較的静かで優しかった。
応急処置で、何とか伯爵夫人の発作が治まる。伯爵とフィロメナがほっとした表情を浮かべた。とりあえず、フィロメナに今の方法は医者がいるときにしかするな、と釘を刺しておく。彼女の性格上、やりそうだと思ったのだ。
呼吸が落ち着いた伯爵夫人は、疲れた様子だが笑みを浮かべてレジェスを見上げた。
「ありがとうございます、先生。フィルのお友達?」
後半はフィロメナに対する問いかけだった。彼女は「まあ、そんなところ」と返答を濁す。疲れた様子で目を閉じる伯爵夫人の様子を気にしながら、レジェスは自分がわかる限りのことを話し、やはり専門医に診てもらった方がいいだろうと言うことを説明した。
「もしかしたら、出されている薬が効いていないのかもしれません。主治医だけではなく、専門医に診てもらった方がいいですよ」
フィロメナも伯爵も、夫人の容体はある程度把握しているようだ。レジェスが示した可能性に、伯爵は即答しなかった。フィロメナも口を挟まず、父親の様子をうかがっている。今口を開けば、喧嘩になるとわかっているのだろう。妙なところで賢明な女性だ。レジェスは微笑んで彼女の手を取る。
「それと、フィロメナさんも」
彼女の脈を計りながら、レジェスは「はい?」と首をかしげる彼女に言った。伯爵に聞かせる狙いもある。
「あんまり無理し過ぎては駄目ですよ。このままでは、伯爵夫人より先にあなたの方が参ってしまう」
よくあることだが、フィロメナは自分が危険な状態である、と気づいていなかった。おそらく彼女は精神的にかなり追い詰められているはずなのだが、自分では理解できていない。レジェスは呆れるとともに少し腹立たしく、彼女の下まぶたをべろん、とめくった。うん、安定の貧血。
「自覚がないのはより危険ですよ。身体的にもそうですけど、先に精神的に参ってしまうでしょうね。差し出がましいようですが、伯爵。もう少し、フィロメナさんたちのことを見てあげるべきだと思いますよ」
「……あなたに言われる筋合いはない。家族の問題だ」
にべもない伯爵の態度だが、最初に比べれば完全拒否されないだけマシだ。とりあえず話は聞いてくれそうなので、レジェスは続けることにした。
「あなたは奥様を求めるあまり、ご令嬢を亡くすかもしれないんですよ」
その言葉にフィロメナが何か言いたそうな表情になったが、レジェスは微笑んで彼女を黙らせる。彼女の心労を取り除くためにも。
「知り合いの医者を紹介しましょう。腕のいい心臓の専門医です」
それでも伯爵は言い訳じみたことを言うが、レジェスは押し切った。
フィロメナが使用人に呼ばれ、入れ替わるようにカリナが入ってきた。無事に帰宅できたらしい。レジェスを父と母三人きりにさせるのを避けたのだろう。彼女がいない間に、専門医のコルベールが到着して、伯爵夫人の診察をしている間に、フィロメナが戻ってきた。
「レジェス先生の見立ては正しいようですね。おそらく、薬が合わないのでしょう」
コルベールは伯爵ではなく、フィロメナに向かって言った。気持ちはわかる。伯爵は話が通じなさそうだし、コルベールは宮廷にも顔を出しているので、フィロメナの噂を聞いているのだろう。レジェスでも彼女に話す。しかも、コルベールはきっぱりとフィロメナに話しかけた理由を説明していた。
ひとまず、伯爵夫人の病気が治ることは無くても、緩和はできるとわかってフィロメナとカリナの姉妹は安心したような顔をした。この二人も気をもんでいたのだろう。
「では、薬を出しておきますので、朝と夜に飲むようにしてください。激しい運動は控えるべきですが、日常生活を営む上では問題ありません。伯爵は必要以上に奥様を心配しないこと。そして、お嬢さんはもう少し自分の体調に気を付けることです」
コルベールが伯爵夫人の治療について告げた後、しれっとフィロメナに忠告した。フィロメナはいぶかしげにしていたが、コルベールに「見ればわかる」と言われてさらに困惑した表情を浮かべ、自分の顔を触っていた。
困惑気味のフィロメナにとどめの一撃が放たれた。伯爵が、彼女に爵位を譲ると言いだしたのだ。
レジェスが見るかぎり、伯爵は「娘たちのことを考えている」と言いながら、自分がその権力のほとんどを握っていることに対して優越感を持っていた。だから、彼より「下」に位置するフィロメナがなんと言おうが聞かなかった。
どういう心境の変化かはわからないが、レジェスやコルベールの言葉が効いたのならいい。まあ、レジェスも爵位を譲ることまで求めたわけではないのだが。
父親である伯爵も大概であるが、フィロメナ自身もなかなか喧嘩腰で、父親の言葉を受け入れられないらしかった。ぽかんとしている。
「……いや。私が悪かった……と、思う。ルシアが良くなると聞いたら安心した。……二人で、静かに暮らせたら、と思った」
伯爵の謝罪を聞いて、フィロメナが数秒硬直した後、ふらりと体勢を崩した。レジェスは手を伸ばし、あわてて彼女の体を支えた。
「フィロメナさん!」
「お姉様!」
駆け寄ってきたカリナも声を上げる。完全に力の抜けたフィロメナの腰に手を回し、体を抱きかかえる。相変わらず細く、持ち上げても体重が軽い気がした。
「フィル……」
伯爵夫人が心配そうにレジェスに抱えられた一番上の娘を見る。伯爵は何も言わなかったが、不安げにちらちらとフィロメナを見ていた。先ほど、忠告されたので気になるのだろう。
「すみません。フィロメナさんを寝かせたいんですが」
レジェスの言葉に、カリナがはっとしたようにメイドに指示を出した。彼女はここにとどまるらしい。コルベールから母親についてのことを聞くのだろう。
フィロメナを抱えたレジェスが通されたのは、彼女の部屋だった。女性の部屋、と言うよりは、伯爵家の跡取りの部屋、と言う感じで、可動式の本棚にぎっしりと本が納められている。しかし、ちょっとした小物などは可愛らしいデザインだったりして、レジェスは少し微笑んだ。
わかっていたが、診察してレジェスはついてきた侍女に言った。
「貧血と過労ですね」
しばらく休めば目が覚める、とレジェスは侍女に言ったがそれは根本的な解決にはならない。今の生活を見直さなければ、彼女は本当に倒れてしまう。もういっそ、レジェスが側についてみていたいくらいだ。たぶん、本当に自分の限界がわからないのだろうな……。
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