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story04










 吐き出して落ち着いたらしいフィロメナに、レジェスは言いたいことは言ってしまう方が良い、と言った。

「僕で良ければ聞きますし」

「……忙しいのでは?」

 提案にフィロメナは首をかしげた。レジェスは笑う。

「まあ、暇ではないですけど、フィロメナさんがまた倒れる方が困ります」

 レジェスの言葉にフィロメナが押し黙る。その様子が可愛らしく、レジェスは声をあげて笑った。思わず手を伸ばして頭を撫でる。


 ふと、小さな女の子のごねる声が聞こえてきた。フィロメナの末の妹だ。フィロメナが妹たちに近づいて行く。その後からレジェスもゆっくりとついて行くが、どうやら末の子は抱っこをしてほしいらしい。フィロメナの表情が引きつる。


「お、おお……お姉様たちはちょっと無理かな……」


 絞り出すように彼女は言った。それはそうだろう。抱き上げられるかもしれないが、危ないからやめてほしい。フィロメナは長身だが細身だ。身長の割に、体重も軽い。

「ね? だから危ないのよ」

 カリナも言い聞かせているが、末の子はまだぐずっている。レジェスは彼女の前にしゃがみ込んだ。

「こんにちは。僕はレジェス。君は?」

「マ、マリベル……」

「いくつ?」

「ご、ごしゃい」

 マリベルはしゃくりあげながらも答えた。レジェスは微笑む。

「五歳か。お姉さんだね」

「うん」

 双子のエリカとモニカが茶々を入れてきたが、ひとまず気にしないことにした。しかし、マリベルはますますむくれる。レジェスはそんなマリベルの頭を撫でて言った。


「仲良しだね。マリベルちゃん。ちょっとごめんね」


 よいしょ、とレジェスはマリベルを抱き上げる。マリベルは楽しげに声をあげて喜んだ。

「すみません。ありがとうございます」

 フィロメナがあわてたように礼を言った。レジェスは首を左右に振る。

「ああ、いえ、気にしないでください。僕が気になっただけなんで。たまに不審者と間違われますけど……」

 レジェスとフィロメナが知り合いだからできることだ。そうでなければ通報されているだろう。

「おじさん、フィルねえさまのともだち?」

 幼い少女に邪気なく言われ、レジェスは思ったより衝撃を受けた。

「おじ……まあ、そうだね」

 まあ、この年代の子から見れば、レジェスはおじさんだろう。マリベルの父親でもおかしくない年齢である。

 双子が空腹を訴えてきたので、フィロメナは昼食をとることに決めたようだ。


「ブランカ、お昼にしよう。レジェス先生も一緒にいかがですか。マリベルが喜びます」


 口々に彼女の妹たちが同意する。マリベルも離れる様子がないので、お邪魔させてもらうことにした。シートの上に腰を下ろしてもマリベルが離れず、レジェスは彼女を膝の上に座らせることにした。フィロメナも、彼女を引き取ろうとしたがうまくいかなかった。

「……なんかすみません」

「大丈夫ですよ、可愛いですし。まあ、誘拐されないかちょっと心配ですけど」

「確かに、そうですね……」

 レジェスの言葉に、フィロメナが同意した。カリナがくすくす笑って紅茶を差し出す。

「うち、女ばっかりだから、男の人が珍しいのかもしれないわね」

 アルレオラ伯爵家は五人姉妹。男は、父親の伯爵だけだ。

「……伯爵は、こうしたことをしないんですね」

 と言うことになる。フィロメナによると、彼女もされたことがないとのことなので、伯爵の性格なのかもしれない。レジェスの膝の上にちょん、と乗った末の妹の面倒を見る彼女は、面倒見が良いのだろう。

「親子みたい」

「やっぱり恋人?」

「違いますよ……」

 エリカとモニカの発言に、レジェスは苦笑気味に返す。フィロメナが二人を叱るが、あまり効いた様子はなかった。それどころか、「照れてる」などと言われてフィロメナはため息をついていた。一応、口を挟んでみた。

「えーっと、モニカちゃん。お姉さん、呆れてるよ」

 たぶん、モニカの方。双子は本当に似ていて、気を付けないと間違えそうだ。


 すると、その子からこんな答えがあった。


「私はエリカ」


 続いてもう一人。


「私がモニカ」


 気を付けていたのに間違ったか? レジェスはあわてて謝る。


「え、ええっと、ごめんね?」

「何言ってるの。あんたはエリカでしょ」

 カリナからの容赦ないツッコミに、自称モニカのエリカの本物はむくれる。

「カリナ姉様、ひどい」

「面白くない」

 口々に言うエリカとモニカに、フィロメナが呆れて言った。

「あんまりからかわないの。すみません、先生。左に泣きぼくろがあるのがエリカで、右にあるのがモニカです」

「ああ、うん。僕もおかしいなぁとは思ったんです」

 よかった。合っていた。

「あと、エリカは引っ掻き回すような発言をするし、モニカは容赦なく人の心をえぐってきます」

 カリナはそんな見分け方を教えてくれたが、彼女はどれだけこの双子に手を焼かされているのだろう。まじめにツッコミを入れるフィロメナに、マリベルが話しかけた。

「フィルねえさま」

「うん。何?」

 フィロメナ、末っ子に甘い。

「お船乗りたい!」

 さすがのフィロメナも即答できず、ちょーっと無理かな、と言うような表情をした。それから、マリベルにオールをこげないので船に乗れない、と説明するが、幼い彼女にはわからないようだ。池には楽しそうにボートに乗る人々がいて、うらやましいのかもしれない。


 やがてフィロメナの説明を理解したマリベルの瞳に涙がにじんだ。レジェスはマリベルの頭を撫で、とっさに提案した。

「じゃあ、僕と一緒に乗ろうか」

 パッと顔をあげたマリベルが即答した。

「のる!」

 すっかり懐かれたものだ。本気で誘拐されないか心配になる。

「いや、ちょっと待ちなさい、マリベル」

「それはありなの? いえ、ビミョーだと思うわ」

 フィロメナとカリナが常識的にツッコミを入れる。確かに、フィロメナの知り合いと言うだけの男に、大事な妹を預けてもいいのか、というのがある。フィロメナがレジェスを見た。

「先生にも申し訳ありません」

「ああ、いや。と言うか、僕が言いだしたことですし」

 フィロメナには無理でも、レジェスにはできる。マリベルの可愛らしさに、情が移ったのかもしれない。しかし、フィロメナもカリナも決めかねているようで、レジェスは少し考えてから言った。

「そうですね。お昼を戴きましたし。それに、写生のモデルをしてもらいましたから、そのお礼と言うことで」

 目を細めて笑うと、カリナが長姉を見た。この場では、フィロメナが判断者だ。フィロメナは葛藤の末、言った。


「……すみません。お願いしてもいいでしょうか」

「もちろん。いいですよ」


 レジェスがうなずくと、マリベルが飛び上がって喜び、レジェスの手を引っ張った。

「おじさん、行こう!」

「そうだね。おじさんで定着したんだね……」

 実は、君の一番上のお姉様と四歳しか違わないんだけど。心の中でつっこみつつ、三十間近なのも確かなので、あきらめることにした。


 さらに双子がついてきて四人でボートに乗ることにした。ちょっと多い気もするが、マリベルが小さいので大丈夫だろう。

 それよりも、双子に何を言われるのか不安である。今日会ったばかりだが、この双子、本当に遠慮がない。

「先生はフィル姉様が好き?」

 尋ねてきたのはエリカだ。また答えづらいことを聞いてくる。

「うん……好きか嫌いかで言うと、好きだね」

「それ、好意があるときに答えるやつ」

 ぐさっと言ってきたのはモニカだ。確かに、彼女の言葉は心に刺さる。

「たぶん、姉様は先生のことが好き」

「でもそんなそぶりは見せないのが姉様」

 エリカとモニカが交互に言う。二人の間に座っているマリベルが双子の姉を交互に見上げて言った。


「なぁに?」

「先生が姉様が好きだって話」

「姉様が先生を好きだって話」

「……」


 同時に言ったので、かぶって聞こえたが、そう言われると両思いみたいだ。ここで恥じらうレジェスではなく、むしろ双子の言葉に苦笑を浮かべる。


「エリカちゃん、モニカちゃん。君たちのお姉様も言っていたけど、あんまり不用意なことは言わないようにね……」

「好きなら好きって言えばいいのに」


 と、これはエリカだ。

「いや、突然そんなこと言われたらびっくりしちゃうでしょ」

「フィル姉様にそんな可愛げはない」

「モニカちゃん……」

 双子、毒舌のレベルを越えている気がする。純粋にこのボートを楽しんでいるのはマリベルだけではないだろうか。きゃっきゃと騒ぐマリベルを、毒舌を披露しながらも常に双子のどちらかが見ている。器用だ。

 ボートを降りると、妹たちを引き取りに来たフィロメナがレジェスに声をかけた。

「ありがとうございました」

「いえ、僕も、久々にボートに乗って楽しかったですし」

 そう言って微笑むと、フィロメナも苦笑を浮かべた。

「……なら、良かったです」

 事実だ。最近、運動もしていなかったから、久々に出来てよかった。


 穏やかな雰囲気のところ、急報が入った。


 アルレオラ伯爵夫人の容体が悪化したというのである。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


何気に双子ちゃんがひどい。


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