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episode13

バレンタインデーですね。










 父が入り浸っていたころはあまり近づかなかった母の寝室だが、フィロメナは最近は顔をのぞかせるようにしていた。もちろん、父とは顔を合わせないように気を付けている。


「フィル、恋をしてる?」

「は?」


 ベッドから起き、椅子に座ってお茶を飲みながら母娘の会話である。ニコニコと楽しそうなルシアにフィロメナは怪訝な声を上げる。

「えっと、なんで?」

「だって、最近楽しそうだし、雰囲気が柔らかくなったわ」

「……」

 むしろ今までどれだけせっぱつまっていたのだろうか、と思うフィロメナだった。

「父上が脱引きこもりをしてくれたからかもね」

 これは本当に大きい。以前はフィロメナが裁可を求めに行くと必ず口論になったが、今はそんな事もない。だくだくと仕事をしている、と言う感じでもなく、ちゃんと意見を述べられるが、以前のようなただの喧嘩にはならない。これはフィロメナのストレスを著しく軽減させていた。本当に、レジェス医師には感謝である。


 もうすぐ爵位を継ぐ長女の発言に、ルシアは困った顔をする。

「ごめんね……わたくしのせいね」

「母上のせいじゃないよ。今となっては、私も悪かったと思っているから」

 母が倒れた時に、本当はもっとちゃんと手を打っておくべきだったのだ。フィロメナはその時、まだ大学に在学中で、頻繁に帰るようにはしていたが、彼女が不在の間にこのいびつな状況は出来上がってしまった。当時十二歳のカリナにも迷惑をかけた。その頃は、ウリセスもまだ屋敷内の手配などは行っていたが、フィロメナが帰ってきてからは手を出さなくなってしまった。


「……いい子ね、フィル。気づいてあげられなくてごめんね」


 ルシアに言われ、フィロメナは肩をすくめた。

「いいよ。私も、父と顔を合わせたくないからって、あまりお見舞いに来なかった」

「代わりに、妹たちの面倒を見てくれたでしょう?」

「だいぶカリナに助けられたけど」

「……ねえ、フィル。そのカリナも、遠くないうちにお嫁に行くのよ?」

 ルシアが心配そうに言った。フィロメナも、カリナにはいい縁談を見つけてくる必要があると思っている。ちょっと変わっているが、美人で気立てのよい彼女なら、良い縁が見つかるだろう。たぶん。

「爵位を継いだ後、一人で切り盛りするの? わたくしとウリセスは領地に帰ることになるわ。エリカとモニカ、マリベルはまだ小さい。あなた一人で大丈夫?」


「……つまり、私に結婚しないのか、って言いたいわけね」


 それで、「恋してる?」につながるのか。フィロメナは妙に納得してしまった。

「放置していたわたくしが言うことではないけど、心配なのよ。あなた、思いつめちゃうところあるから」

 今はカリナが担っているが、うまくフィロメナを息抜きさせられるような人が必要なのではないか、と言うことだ。そんな都合のいい人間がいるか。

「レジェス先生とかは?」

 夕食時、フィロメナと母の会話を聞いたカリナの意見がこれだ。彼女にも、「私がいなくなった時が心配」と言われている。まあ、フィロメナも心配である。

「……まあ、先生はいい人だし、たぶん、私をうまくコントロールしてくれるよね」

 それは認める。医者だということもあるが、言い方が柔らかいので、フィロメナも何となく話を聞いてしまうのだ。


「だけど、まじめに考えて私と結婚したいという人がいると思う?」


 まずそこからだ。いや、結婚にこだわらなくてもいいのかもしれないが、フィロメナに意見しようと思うと、使用人では弱いのだ。同じくらいの立場が必要になる。できれば家族が好ましい。

「お姉様は美人だわ。頭もいいし。最近、特に美人だわ」

 カリナが小説家とは思えない語彙力で言った。美人が二回も出てきた。客観的に見て、フィロメナが美人なのは事実だ。ただし、中性的な。少年めいた、と言ってもいい。フィロメナは苦笑する。


「あのね。私と結婚しても、爵位は手に入らないんだよ」


 つまり、結婚するうまみがないのだ。男のいない伯爵家に婿入りしても、権力は嫁が握っている。フィロメナも、やすやすと渡すつもりはない。

「……爵位だけがすべてじゃないわ」

「そうだね」

 カリナの言うことも正しいし、フィロメナ一人では、マリベルが成人する前に自分が倒れてしまう気もする。ついては、カリナが嫁ぐ前に自分コントロール法を会得するしかなさそうだ。
















 書庫に資料を返しに行った帰り、いつぞやフィロメナが倒れた庭に差し掛かり、彼女はその庭を眺めた。視線を動かすと、薬草やハーブが植えられた一角が見える。温室だ。あの日、レジェス医師がフィロメナを保護できた理由がわかった。たぶん、温室に用があったのだろう……。


「……何してるんですか、先生」


 視線を動かすうちに人影が目に入ってきて、フィロメナは尋ねた。建物の壁に寄りかかるように膝を抱えて座っているのは、件のレジェス医師だった。いつぞやの自分を思い出させる体勢である。


「ああ、こんにちは、フィロメナさん。今日も調子がよさそうですね」

「……おかげさまで」


 三度ほど彼の目の前で倒れたせいだろうか。彼はフィロメナに会うと必ず体調を確認してくる。絶好調とは言わないが、だいぶ調子はいい。

 フィロメナに視線を合わせるために立ち上がろうとした彼の隣に、フィロメナは逆に座り込んだ。

「悩み事ですか?」

「あ、ええ、ちょっと」

 レジェス医師は苦笑すると、自分の膝に頬杖をついた。

「兄と言い争いをしてしまったんですよね。……仮になんですが、フィロメナさんはどんな男性と結婚したいですか?」

 何その質問。そう思いつつも、根がまじめなフィロメナは答える。

「そうですね……私、あまり結婚する気はないんですが、もしするなら優しい人がいいですかね」

 例えば、レジェス医師のような。根気強い人、と言い換えてもいい。レジェス医師はフィロメナのちょっと的外れな回答に苦笑する。

「なるほど。フィロメナさんは美人ですから、そういう人にすぐに巡り会えますよ」

 一般的に、美人な方が何かと得をするのは事実だろう。しかし、フィロメナは膝に乗せた腕に顎を乗せる。


「私としては、顔がいい以外には取り柄なんてないんですよねぇ。私は爵位をつぎますが、結婚した方は爵位が手に入るわけではないですし」


 うまみがありません、とフィロメナが言うと、レジェス医師は「そんなことは無いと思いますが」と苦笑し、それから続けた。


「でも、まあ、言いたいことはわかります。僕も伯爵家の次男だから爵位を継げるわけではないし、頭がいいわけでもないし、容姿もパッとしないし、結婚相手を見つけられる可能性なんて少ないと思いません?」


 兄カミロとの口論の原因はそれらしい。まあ、三十間近の独身の兄弟の将来を心配する気持ちはわからないではない。先日、フィロメナもカリナと似たような会話をしたところだし。

「……なんでしょう」

 じっと覗き込むようにレジェス医師の顔を眺めていたフィロメナは、彼に問われて首をかしげる。

「いえ。先生は結構整った顔をしていると思いますけど。それに、先生の声は穏やかで落ち着くので、私は好きです」

「あー。ありがとう」

 苦笑を浮かべて礼を言うレジェス医師に、フィロメナは朗らかに笑いかける。


「まあ、世の中結婚がすべてじゃないですよね。私の場合は一人でもうまくやれる方法を考えないといけないですけど……」


 これが厄介だ。解決しない限り、カリナはフィロメナを心配して嫁に行かないだろう。


「ああ、フィロメナさん、一人だと無理しそうですもんね」

「と、言われまして。先生、どこかに住み込みで働ける優秀な女性を知りませんか」

「いや、ちょっとわからないかな」

 そりゃそうだ。住み込みで働けるという時点で貴族の選択肢はないし、学校に通える平民は少ない。さらに伯爵となるフィロメナに意見できる人物など、希少価値が高すぎる。

「カリナ嬢に言われたんですね。お互い、大変ですね……いえ。兄弟に心配をかけているのはわかってるんですけど」

「ですねぇ。先生、いっそ私と結婚してくれませんか。先生の言うことなら、私、聞けそうですし」

 レジェス医師の意見をまるっと無視したフィロメナの言葉に、彼はさすがに目を見開いた。

「……フィロメナさん、それ、わかって言ってます?」

「はい?」

 返事にならない言葉が返ってきて、フィロメナは首をかしげた。その反応にレジェス医師が笑う。

「あ、はは。まあ僕も、フィロメナさんみたいな頭が良くて優しい人を奥さんに出来たらうれしいですけど」

「……!」

 フィロメナはちょっと驚いた。誰もが言う『美人』という面ではなく、内面を評価されたことに。自分からプロポーズまがいのことをしたときは何ともなかったのに、今更のように心臓が早鐘をうった。


 私は、この人のことが好きなのかもしれない。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


フィロメナの顔色が良くなってきたところで、レジェス視点に移ります。


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