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episode11







「それと、フィロメナさんも」

「はい?」


 レジェス医師ににっこり微笑まれ、フィロメナは首をかしげた。立ったまま手を取られ、脈を取られる。

「あんまり無理し過ぎては駄目ですよ。このままでは、伯爵夫人より先にあなたの方が参ってしまう」

「……私、そんなに危険な状況でしょうか。元気なつもりなんですけど」

 訴えると、レジェス医師は笑ってべろん、と人の下まぶたをめくってのけた。

「自覚がないのはより危険ですよ。身体的にもそうですけど、先に精神的に参ってしまうでしょうね。差し出がましいようですが、伯爵。もう少し、フィロメナさんたちのことを見てあげるべきだと思いますよ」


「……あなたに言われる筋合いはない。家族の問題だ」


 少し、レジェス医師に対する父の態度が改善されていた。本当に少しだが。家族問題なのは確かだが、あんたは私の意見も聞かないだろう、と声高に言いたい。

 そっけない失礼な言い方をされたが、レジェス医師は怒らなかった。


「あなたは奥様を求めるあまり、ご令嬢を亡くすかもしれないんですよ」


 さすがに言い過ぎでは、と思ったがレジェス医師ににっこり微笑まれてフィロメナは口を開くことをあきらめた。

「知り合いの医者を紹介しましょう。腕のいい心臓の専門医です」

「……昔から見てくれている先生の方が、ルシアの状態をわかっている」

「そうかもしれません。でも、初めて偏見なく診るからわかることだってあるんですよ」

 フィロメナは、レジェス医師の言いたいことがわかる気がした。彼は執事から受け取ったメモに医師の名前と住所を書いて執事に渡した。

「僕の名を出せば、受けてくれるはずです」

 来るまでここにいましょうか、とレジェス医師は微笑む。父ウリセスは意気消沈したようで、母ルシアになだめられていた。

「すみません、フィロメナ様」

「どうかした?」

 メイド長がフィロメナに声をかけた。どうやら、屋敷内で問題が発生したらしい。

「カリナ様もお戻りではあるんですが……」

 無事に妹たちも帰宅したらしい。が、カリナでは対処できないこともあるだろう。

「わかった。今行く。先生、すみません。少し外します。代わりにカリナを呼んでおきますので」

「……あまり、無理はしないように」

「わかってます」

 心配そうなレジェス医師に微笑みかけ、フィロメナは母の寝室を出た。外にいたメイドにカリナを呼ぶように伝え、自分は問題を解決しに行く。金銭が絡む問題だったので呼ばれたようだが、思ったより時間はかからなかった。しかし、その間に医師は到着していた。


「レジェス先生の見立ては正しいようですね。おそらく、薬が合わないのでしょう」


 専門医はそう言って父ウリセスではなく、フィロメナに向かって微笑んだ。

「大丈夫ですよ。病気が完全に治ることはありませんが、発作を少なくする薬はあります。ほぼ通常通り、生活できるようになるでしょう」

「……そうですか」

 フィロメナはほっとしてうなずいた。それから言う。


「一応、我が家の家長は父なのですが」

「ええ。しかし、失礼ながら伯爵にお話ししても頭ごなしに否定されてしまうので、比較的冷静なお嬢さんにお話しした方がいいと思いまして」


 フィロメナは父を見る。さらっと笑顔で毒舌を披露したこの専門医に論破されたのか、落ち込んでいるように見える。フィロメナだと感情論になってしまって説得できなかったのに。

「では、薬を出しておきますので、朝と夜に飲むようにしてください。激しい運動は控えるべきですが、日常生活を営む上では問題ありません。伯爵は必要以上に奥様を心配しないこと。そして、お嬢さんはもう少し自分の体調に気を付けることです」

 専門医の言葉に、フィロメナはカリナと共に少し離れて控えるレジェス医師に尋ねた。

「先生が話したんでしょうか」

「違いますよ」

 にこっとレジェス医師は笑う。専門医も笑って言った。

「顔を見れば無理をしているんだなとわかるものですよ」

「……そうですか」

「はい」

 そんなに顔色が悪いのだろうか、とフィロメナは自分の顔に触る。そうしたら、医者二人に「自分ではわからないものだ」と言われた。


「……フィロメナ」


 うなだれていたウリセスが唐突にフィロメナの名を呼んだ。彼女は「何」と険のある声で応じる。父は気力のない声で言った。


「お前に、爵位を譲ろうと思う」

「……は?」


 さすがにこれには驚いた。


「突然何? 頭でも打った?」

 これまで爵位を譲れ、とお家騒動直前のような発言を繰り返していても、うんともすんとも言わなかったのに。

「口を開けば失礼な娘だな」

「これまでの自分の態度を振り返ってみなよ」

 人間は相手のふるまいを見て反応を返すという。そのため態度が悪ければ、相手も態度も悪くなる。この二人はその見本のようなものだ。

「……いや。私が悪かった……と、思う。ルシアが良くなると聞いたら安心した。……二人で、静かに暮らせたら、と思った」

 結局ウリセスは妻を取って子を切り捨てるのだ。しかし、ルシアが田舎の領地で静かに暮らしたほうがいいだろうことは確かだ。

 と言うことは、何だ? 本当に、父は自分に爵位を譲ろうというのか? サイン一つにあれだけ苦労したのはなんだったのだろう……。そして、今までは借り物だった責任がすべてフィロメナにのしかかってくることになる。

 急に意識が遠くなった。立っていられず、ふらついたフィロメナを誰かが支えた。


「フィロメナさん!」

「お姉様!」


 レジェス医師とカリナの声を聞きながら、フィロメナは気を失った。三度目だった。


 フィロメナが目を覚ますと自分の部屋で寝ていた。侍女が気づき、フィロメナに声をかける。

「フィロメナ様。お目覚めですか。大丈夫ですか?」

「ああ……大丈夫だよ」

 フィロメナは手の甲を額に当てて息を吐いた。いつか、レジェス医師に注意されたのでゆっくりと身を起こす。メイドが呼んできたらしいレジェス医師がやってきた。彼もすっかりフィロメナの主治医のような立場になっている。


「目が覚めてよかったです。ちょっと失礼」


 レジェス医師はそう言ってフィロメナの顔色を見て首元に触れる。それからニコリと笑った。

「大丈夫そうですね。たぶん、過労だったところに驚きが加わって倒れてしまったんでしょうね」

「過労……」

「フィロメナさん、どう考えても過労ですよ」

 レジェス医師が言った。

「適度に息抜きして、よく食べてよく眠ってください。顔色は前よりいいですけど、体格が細すぎますし、見ていて不安になります」

「……」

 少し太れということだろうか。確かに、健康的なカリナなどに比べるとフィロメナは痩身な嫌いはあるが、これでも少し太ったのだが。

 顔色が曇ったからか、レジェス医師がフィロメナの頬に触れた。

「もちろん、爵位を継ぐとなれば不安ですよね。私で良ければ話を聞きますから、ストレスもためないように気を付けてくださいね」

「お気遣い、ありがとうございます」

 フィロメナはなんとか苦笑を浮かべると、うなずいた。それから、忘れていた礼も言う。

「それと、母のこと、ありがとうございます。私だけでは、父を説得できなくて……」

「喧嘩になってしまうのですね。それはフィロメナさんも母君を思うが故です」

 患者の家族に良くあることなのだという。家族間で意見が分かれること。どちらも、患者のことを思っているが故の対立だ。


「双方とも感情的になってしまうから、第三者が介入するのが結構効くんですよ。偶然でしたが、お役にたてて良かった」


 レジェス医師はそう言って微笑む。フィロメナもつられるように微笑みながら不思議だな、と思った。彼は、フィロメナの周囲のことを少しずつ変えていく。

「それに、爵位についても……どんな話をしたんですか?」

「変わった話は何もしていませんよ」

 レジェス医師は微笑んでそんなことを言うが、フィロメナは納得できずに目を細める。あとでカリナあたりに聞いてみよう。


「その、本当に、ありがとうございました」


 妹たちと遊んでもらった上に母の診察をして、専門医を呼んでもらい、さらにフィロメナまで診てもらった。すでに時刻も夕刻になっているが、レジェス医師は気にするな、とばかりに首を左右に振る。

「いえ。僕も妹さんたちと遊べて楽しかったですし。患者さんを診るのは、医師の仕事ですから」

 気にすることは無いのだ、と彼は言う。しかし、公園で出会ったということは、彼は休みだっただろうに。

「父の強情には、私たちも困っていて、本当に助かったんです。ありがとうございました」

 改めて礼を言うと、レジェス医師はフィロメナの髪を撫で、頬に触れた。

「あなたもなかなか強情だと思いますよ」

 若干自覚のあるフィロメナは口をつぐんだ。すねたようなフィロメナの表情が面白かったのか、レジェス医師は笑ってフィロメナの頬をつねった。


「人間、笑っていた方が体にいいと言いますよ。それに、笑っていた方があなたは素敵です」


 口説かれているかのような言葉に、フィロメナは視線を下げる。視界の上の方でレジェス医師が立ち上がったのがわかったので、顔をあげた。

「ずいぶんお邪魔してしまいましたね。そろそろ失礼します……ああ、フィロメナさんは寝ていてください。必要なことは、カリナ嬢と家令に言ってありますから」

「ご配慮、ありがとうございます……」

 レジェス医師が最後にフィロメナの頭を軽く撫でて部屋を出た。たぶん、カリナが見送りに出るだろう。本当にしっかり者の妹だ。

 それにしても、頭を撫でられたのなんていつ振りだろう。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ぎゃふんがなくて拍子抜けかもしれませんが、私が書いているのでこんなもんです。期待していた方、申し訳ありません…。


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