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episode01

ちょっとふざけたタイトルなのに開いてくれた皆様、ありがとうございます。

新連載スタートです。

久々に衝動で書いた見切り発車作品です。











 こんこん、と控えめなノックがあり、アルレオラ伯爵令嬢フィロメナは振り返って「どうぞ」と返事をした。そっと開かれた扉から顔をのぞかせたのは、末の妹マリベルだった。大きな空色の瞳を潤ませて、フィロメナを見つめている。

 フィロメナは目を細めて立ち上がると、扉の側にいるマリベルの前にひざまずいた。


「どうした、マリベル。眠れないの?」


 こくん、とマリベルは淡い金色のふわふわの髪を上下させた。その手には大きなウサギのぬいぐるみと、絵本。五歳の誕生日にもらったこのぬいぐるみと絵本を、マリベルはとても大事にしていた。

「お父様は?」

「おかあさまのところ」

「カリナは?」

「しめきりが、っていってる」

「何してるんだろうね、あの子は」

 まあ自分もだけど、とフィロメナは自己ツッコミを入れる。フィロメナは色彩だけはよく似た、この末の妹を見た。大きな瞳で期待するように一番上の姉を見つめている。フィロメナは心の中でため息をついた。心の中で。


「そうか。じゃあ、私が絵本を読んであげるから、寝ようか」

「うん!」


 ぱっと嬉しそうにマリベルはうなずいた。五歳のマリベルを抱き上げるのは、細身の女性であるフィロメナには結構な重労働であったが、できないことはない。だが、すぐにできなくなるだろうなぁと思った。小さい子は成長が早い。

 マリベルの部屋に行き、彼女をベッドに寝かせると、同じベッドに腰掛けたフィロメナはマリベルに絵本を読んでやる。妹たちと年の離れているフィロメナは、こうして幼い妹たちに絵本を読んでやる機会が多かった。読み聞かせは結構得意だと思っている。


 しばらくして、ウサギを抱きしめたまま眠ったマリベルの頬にキスをすると、絵本をサイドテーブルに置いて妹の部屋を出た。部屋の外では、マリベルの乳母が燭台を持って立っていた。

「申し訳ありません、マリベルお嬢様がどうしてもフィロメナ様のところに行くのだと言って聞かなくて……」

「ああ……うん。父上は母上にべったりだし、カリナは締切が近いんだっけ? 双子ちゃんは寄宿学校だからね、寂しいんだろうね」

 フィロメナは五人姉妹の長女だ。今年二十三歳になる、嫁き遅れの伯爵令嬢である。頭がよかったので、官僚になんてなってしまったのが運のつきだろう。末の妹マリベルと同じ金髪碧眼の理知的と言われることが多い中性的な面差しの女性だ。

「迷惑かけるね」

「いえ……私の方こそ、マリベルお嬢様を見るのが役目ですのに……」

「……まあ、私もあまりかまえていないからね」

 かまえない代わりに物を与えてごまかそうとする。自分も悪い大人の仲間入りだ。

「とにかく、後はよろしく」

「お任せください。フィロメナ様も、あまり夜ふかしなさいませんよう」

「善処するよ」

 本音を言うと、まだ仕事は片付いていない。父が病気で臥せっている母に構いきりで、伯爵家の当主としての仕事を放棄して久しい。昼は官僚、夜は当主代理なフィロメナだった。いずれ、彼女は女伯爵として爵位を継ぐだろう。その予行練習と思うようにしている。そう思わないと、やっていられない。


 そんなフィロメナは、結局二時間も眠らないうちに家令に……正確には、家令に命じられた侍女にたたき起こされた。


「何……朝っぱらから」

「フィロメナ様。マリベルお嬢様とカリナお嬢様が大ゲンカ中なのですが……」

「……何やってるんだ、あの子たちは……」


 フィロメナはベッドから降りると靴を履き、ガウンを羽織って寝室を出た。食堂で一番上の妹と一番下の妹が喧嘩していた。

「駄目ったら駄目!」

「だめじゃないもん!」

 腰に手を当てたカリナと、瞳を潤ませて今にも泣きださんばかりのマリベルが喧嘩していた。ちなみに、カリナは十七歳。何をしているのだろうか、五歳の妹に向かって……。


「お前たち、何してるの」

「お姉様!」

「フィルねえさま!」


 マリベルがパッとフィロメナの足にしがみついた。女性にしては長身の部類にはいるフィロメナの腰のあたりにマリベルの顔が引っ付いた。一番上の姉にしがみついて泣きだしたマリベルを抱き上げ、カリナに事情を聞く。

「どうしたの、カリナ。締め切りはいいの?」

「おかげさまで終わったわ! マリベルがどうしてもお姉様と遊ぶんだっていって聞かないの!」

「そうなの、マリベル」

 マリベルをあやしながら尋ねると、彼女は「だってぇ」としゃくりあげる。フィロメナはその背中をぽんぽん、とたたいた。

「マリベル。今日はどうしてもお仕事に行かなくちゃ。今度のお休みに、一緒に遠乗りにでも行こうか」

「……うん」

「いい子だね」

 フィロメナはマリベルの頭を撫でると、彼女を下ろした。使用人たちがほっとした様子で「朝食になさいますか」とフィロメナに尋ねた。一応、当主は父なのだが、事実上フィロメナが家長を担っていた。


「ああ、そうだね。でもその前に私は着替えてくるから、カリナとマリベルは先に食べていていいよ」

「ううん。待ってるわ」


 カリナがそう言って笑った。カリナのはちみつ色の髪を撫でると、彼女は嬉しそうに笑う。六歳年下のこの妹の面倒も、フィロメナは見てきたのだ。フィロメナは妹たちに甘いし、妹たちもうぬぼれでなければ、フィロメナをしたってくれていると思う。


 文官の制服に着替えて朝食を取ったフィロメナだが、起こされたせいで時間に余裕があったはずなのに、屋敷を出たのは結局いつも通りの時間だった。何故だろう。

「カリナ、マリベルをよろしくね」

「はーい。行ってらっしゃいませ、お姉様」

 手を振る妹たちに見送られて職場についたフィロメナであるが。

「……フィロメナさん、顔色悪いけど大丈夫?」

 完全に寝不足だった。同僚に心配される程度には、フィロメナの顔色が悪いらしい。まあ、彼女はいつも不健康そうな顔色をしているのだが。


 フィロメナは内務省治安管理局に所属する女性官僚だ。彼女は調整、管理が得意な官僚であるが、自分の体調管理は苦手だった。

「無理せず、休んでも良かったんだぞー」

 などと言うのは上司だ。だが今日は会議がある。どうしても休むわけにはいかなかったし、たとえ休んだとしても。


「妹の突撃を受けますから……」


 マリベルが確実に突撃してくる。フィロメナが休みなのをいいことに、遊んで攻撃に出るだろう。そして、断れないのがフィロメナだ。上司が呆れたように忠告した。

「お前、そんなことやってると本気で倒れるぞ。顔色もだが、最近、痩せたんじゃないか?」

「どこ見てるんですか、変態」

「俺に向かってそんなこと言うのはお前くらいだ……というか、もともとないだろう」

「局長、どこ見てそれ言ってます?」

 残念ながら、アルレオラ伯爵家は家系的に長身痩躯が多かった。フィロメナは立ち上がると、書庫に向かうと言った。

「資料取りに行ってきます」

「一人で大丈夫ですか? 倒れませんか?」

 フィロメナの部下が異常に心配して言った。

「いや、大丈夫だよ。ちょっと行ってくるだけなんだから」

 部下は不審げにフィロメナを見たが、結局彼女を一人で行かせた。会議の準備で忙しかったのだ。


 フィロメナは書庫で資料をいくつか借りると、それを持って一度庭に出た。ぐっと伸びをしたあと、そのまま座り込んだ。

 カリナとマリベルはちゃんと仲良くしているだろうか。そう言えば、カリナの原稿、今回は目を通してやれなかった。ああ、それに、双子がもうすぐ学校から帰ってくるな。

 しばらくぼうっと妹たちのことを考えた後、フィロメナは立ち上がった。若干ふらついたが、大丈夫だろうと高をくくり二・三歩歩いたが。

「あ」

 彼女は、立ちくらみを起こしてその場に倒れた。持っていた資料が、重い音を立てて床にぶちまけられた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


フィロメナさん、五人姉妹の長女で末っ子とは18歳離れてる。


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