4
彼女の父親の検査結果を手にしたとき私が感じた感情に、何と名前をつけるのが適切だったろうか。
検査の結果、彼女の父親の体内には手の施しようがないほどのガンが見つかったのだ。
出来ることと言ったら、痛み止めの投与くらいの状況。
余命は2ヶ月、といったところか。
「肝臓ガンの転移か」
後ろから私に声をかけたのは、我が指導医の橘先生だった。
「よくこれだけのガンがあって、痛みを訴えなかったものですね」
画像を見ながらそう言った私に、
「彼もちゃんと父親だった、と言うことだろうね。
酒に溺れても、弱いところを娘には見せたくなかったんだな」
酒は恐ろしいわ、そう呟いた声に見える無念。
「これは痛み止めの投与しかないですよね……」
そして思わず、ため息を一つ。
検査結果をありのまま、彼女に伝える必要があった。
真実を伝える、ということが必ずしも良いことだとは限らない。
「お前は、あの子のことだけに専念しろ。
こっちは俺が診とくよ」
「……はい」
彼女を救うと決めたのだ。
逃げることは、許されない。
昼過ぎ、私は彼女の病室を訪れた。
彼女は落ち着いているように見えた。
「雪絵さんに、お話しなければいけないことがあります」
医者という仕事は、必ずしも正義の味方であるわけではないのだ。
これから私は、悪役にならなければ、ならない。
「雪絵さんのお父様に、末期のガンが見つかりました」
言葉を慎重に紡ぐ。判明したすべてを、言葉に織る。
研修医で経験の浅かった私の説明は、どれほど拙いものだっただろうか。
それでも、彼女は、私の言葉を丁寧に拾い上げてくれた。
「そんな………」
「全く、気づけなかった」
彼女の呟きに宿る悲しみが、痛い。
「きっと、苦しかっただろうに」
傷つけられてもなお自分にナイフを向ける彼女に、なんと言葉をかけるべきか。
「……誰かに言いたいことがあったら、いくらでも、私が聞きますから。
感情をため込むことは、よくないです」
結局私が言えたのは、それだけだった。
「ありがとう」
それでも、彼女は私にやわらかく微笑んでくれた。