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雪の降る夜に  作者: 佐宮 綾
出逢い
4/11

3


 私の指導医は、「そんな状況なら、レポートでも書きながら見張り番してれば?」と言ってくださったため、ひとり彼女の病室にいる。


 ふと手元の時計を見ると、短針は8を指していた。

 そろそろ朝食の時間のため、私は彼女の体をそっと揺さぶる。

 短い身じろぎのあと、瞼が開く。


「おはようございます」


 何と声をかけようか迷い、結局平凡な挨拶に落ち着く。

 真っ白な病室を見回し、白衣姿の私を捉えた彼女は、嘘みたいだとつぶやいた。


「萩野、先生……」


「ほんとうに、救ってくださったんですね」


 私の名を呟き、ありがとうございます、と頭を下げる一挙一動が、凛としていて美しかった。


「まだ、終わっていないです」


 彼女の父親を救わないと、彼女は救われない。


 彼女の父親がアルコール依存を抜け出さないことには、彼女が父親のいる家に戻ったところで、同じことを繰り返すだけだ。

 また、彼女の父がこれ以上彼女や周辺に危害を加えないよう、先手も打ってある。


 しかし、それを彼女に伝えるには、あまりにも酷な話で。


「今……父は…?」


 私はその問に答えねばならなかった。


「この病院にいます」


「………どうして?」


 彼女の声色は悲しげだった。


 結果的に彼女を救うにしても、彼女の父親を治療するには強引な方法を取らざるを得なかったのだ。



 私は匿名で警察に「近所の家の主人が暴れ回っている」と通報を入れた。

 彼女の父親は警察に保護されたのち、アルコールによる錯乱状態でこの病院に運ばれてきたらしい。


 おそらく現在は拘束されたまま薬で眠らされているだろう。


「あなたの父親を、確実に治療するためです」


 手元には、彼女の父親の検査結果が届いていた。


 血液検査の結果には、大量の赤が並び、精神科からの書類には「重度のアルコール依存症」との記述。


 詳しい検査は彼女の父親の精神状態が落ち着いてからだが、数字を見るに、相当よろしくない状況だった。


 まだ見ぬ彼女の父親は、いったいどれだけのアルコールを身体に押し込んだのだろう。


 そして、目の前の儚げな彼女は、アルコールに飲まれた父親に、どれだけ傷つけられてきたのだろう。


「あなたの体の傷を治しても……あなたのお父様も治さなければ、あなたは本当の意味で救えません」


 それでは何も変わらないのです、と付け加える。

 彼女は言葉を発しなかった。


 私は医局へ戻ることにした。

 これから行われる彼女の父親の検査に立ち会うためである。


 パイプ椅子を畳んで頭を下げ、私は病室をあとにした。


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