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それから私はすぐ、自分の勤務していた病院に彼女を連れて行った。
服をめくりあげれば多数の打撲と火傷の跡。
レントゲンを撮れば比較的新しい骨折の痕跡やひびの入った骨。
診察した整形外科医曰わく、“ひどい状況”。
事情を話し、怪我の治療として彼女を入院させ、私は彼女の主治医として彼女を保護することになった。
真っ白な病室に横たわり眠っている彼女は、壊れてしまいそうなほど儚く、美しい。
ベッドに取り付けられたネームプレートで、私は彼女の名を知った。
「水瀬 雪絵」というらしい。
きれいな名だ、と思った。
「調子はどう?」
早朝にやってきたのは、彼女を診察した整形外科医。
当直明けのはずなのに飄々としている彼は、眠っている彼女に視線をやり、苦笑をこぼす。
「お前、アル中の父親に暴行されてたのを保護したんだって?よくやるよ」
「彼女は寒空の下で裸足で震えていましたから……見ていたら放っておけなくて」
私の答えにふうん、と適当な相槌が返ってくる。
病室にしばしの沈黙が流れる。
ふいに彼が紡いだ言葉に、
「お前には、彼女の全部を背負えるのか?」
私は黙り込んでしまう。
彼が傷跡のガーゼを替えながら、
「言葉を換えよう」
「お前の衝動的な行動は彼女の人生を変えた。
彼女の人生に、責任はとれるのか?」
投げつけた問いは、あまりにも重たく。
「え………」
私の口からは間抜けな声が出る。
彼は「まだわかってねえの」とひとりごちた。
「お前がこの子の人生を背負う覚悟じゃねえと、この子のことなんか救えねぇよ」
「彼女の闇は、おまえには重すぎる」
「彼女を救う覚悟は、できてるのか」
先輩が吐く言葉は、現実をとらえて辛辣だった。
でもそれが、私に決意を促す彼のやさしさなのだと、気づくのに時間はかからなかった。
「……私は」
「彼女が安心して暮らせるまで、支えて見届けたい」
「それが、あの夜に彼女を助けた責任だと思っています」
私はやっと、決意を口にすることができたのである。
彼は「そっか」とだけつぶやき、私に背を向けた。
「今のおまえじゃ、まだ力不足だ。
上司でも俺でも他の科の医者でも病院でも何でもいいから、利用できるものは最大限利用しろ。
ひとりで何でもできると思うな」
口調は乱暴だが、私を気遣う言葉がありがたかった。
私は彼のやさしさがありがたくて、頭を下げる。
「先輩、ありがとうございます」
彼は何も言わず、ただ右手をひらひらと振った。