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雪の降る夜に  作者: 佐宮 綾
出逢い
3/11

2

 

 それから私はすぐ、自分の勤務していた病院に彼女を連れて行った。


 服をめくりあげれば多数の打撲と火傷の跡。

 レントゲンを撮れば比較的新しい骨折の痕跡やひびの入った骨。

 診察した整形外科医曰わく、“ひどい状況”。


 事情を話し、怪我の治療として彼女を入院させ、私は彼女の主治医として彼女を保護することになった。


 真っ白な病室に横たわり眠っている彼女は、壊れてしまいそうなほど儚く、美しい。


 ベッドに取り付けられたネームプレートで、私は彼女の名を知った。

「水瀬 雪絵」というらしい。


 きれいな名だ、と思った。



「調子はどう?」


 早朝にやってきたのは、彼女を診察した整形外科医。

 当直明けのはずなのに飄々としている彼は、眠っている彼女に視線をやり、苦笑をこぼす。


「お前、アル中の父親に暴行されてたのを保護したんだって?よくやるよ」


「彼女は寒空の下で裸足で震えていましたから……見ていたら放っておけなくて」


 私の答えにふうん、と適当な相槌が返ってくる。


 病室にしばしの沈黙が流れる。



 ふいに彼が紡いだ言葉に、


「お前には、彼女の全部を背負えるのか?」


 私は黙り込んでしまう。

 彼が傷跡のガーゼを替えながら、


「言葉を換えよう」


「お前の衝動的な行動は彼女の人生を変えた。

 彼女の人生に、責任はとれるのか?」


 投げつけた問いは、あまりにも重たく。


「え………」


 私の口からは間抜けな声が出る。


 彼は「まだわかってねえの」とひとりごちた。


「お前がこの子の人生を背負う覚悟じゃねえと、この子のことなんか救えねぇよ」


「彼女の闇は、おまえには重すぎる」


「彼女を救う覚悟は、できてるのか」


 先輩が吐く言葉は、現実をとらえて辛辣だった。


 でもそれが、私に決意を促す彼のやさしさなのだと、気づくのに時間はかからなかった。


「……私は」


「彼女が安心して暮らせるまで、支えて見届けたい」


「それが、あの夜に彼女を助けた責任だと思っています」


 私はやっと、決意を口にすることができたのである。


 彼は「そっか」とだけつぶやき、私に背を向けた。


「今のおまえじゃ、まだ力不足だ。

 上司でも俺でも他の科の医者でも病院でも何でもいいから、利用できるものは最大限利用しろ。

 ひとりで何でもできると思うな」


 口調は乱暴だが、私を気遣う言葉がありがたかった。


 私は彼のやさしさがありがたくて、頭を下げる。


「先輩、ありがとうございます」


 彼は何も言わず、ただ右手をひらひらと振った。



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