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賢治の日記・永訣の朝

作者: 川里隼生

 大正十一年十一月二十七日月曜日。花巻はみぞれが降った。わたくしの体調はすこぶる良い。


 我が妹トシは朝も病院の布団にいた。寝顔から察するに、よく眠れたのだろう。何よりだ。


 空はとても明るい。太陽の光が地面のみぞれに当たって反射しているのだ。しかし、空には不気味な黒い雲が広がっている。あのような雲からあれほど白いみぞれが降るというのも不思議なものだ。


 妹には大変な迷惑をかけてしまった。去年の一月など、家族に無断で上京してしまい、トシが病気になったと聞いて帰ってきたら布団の中からひどく怒られた。最初に大きな声で怒鳴り、次第に涙声も混ざっていった。


 何とか学校の教師になれたが、私が本当にやりたい創作のほうはさっぱりだ。イーハトーブの話が世に出ることはあるのだろうか、心配になってきた。


「ねえ、あめゆき取ってきて。喉が渇いたわ」

 いつの間にか起きていたトシが、私を呼んだ。見た目よりも苦しそうな喘ぎ声を挟みながら呼んだ。「あめゆき」とはみぞれのことだ。


「わかった」

 私は愛する妹のため、まるで鉄砲玉のように庭に飛び出した。右手にはトシの茶碗を掴んでいた。藍色のジュンサイが彩られた茶碗だ。


 トシは今日、遠い所へ旅立ってしまった。出発が今日であることは医者から聞いていた。だから、私とトシは最期の時間を意識して過ごすことができた。


 明るい外に出ると、まるで私はステージに登った俳優のような感じがした。たった一人の観客はトシ。まさか、トシは私にこのようなことを考えさせるためにみぞれを頼んだのではないだろうか。だとしたら、ありがとう、トシ。


「トシ、あめゆきだよ。腹は減っていないか」

 トシは茶碗いっぱいのみぞれを飲んでから言った。

「私、もし人間にまた生まれることがあったら、今度はこんなに自分のことばかり苦しまずに生まれたい……!」

 トシは泣いていた。ああ優しい妹よ。お前の最後の食べ物は、私が取ってきたみぞれになってしまったよ。天上のアイスクリームになってくれれば幸いだ。


 彼女は、いった。

1922年11月27日、宮沢賢治の妹トシは病死しました。賢治はそのときの様子を『永訣の朝』という詩にしました。

「うまれでくるたて

こんどはこたにわりやのごとばかりで

くるしまなあよにうまれてくる」

日記調で小説にしてみましたが、やはり賢治の詩には敵いませんでしたね。

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