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ごめんなさい。次のお話を投稿してましたので削除→再投稿させてもらいました。この次のお話もすぐに投稿します。
雷の家は小さい山の頂上。
途中まで舗装された道を走り、元々ない人気がさらに無くなったところで山林の中へ方向を変えた。
山林に入るやいなや、雷の耳には風を切る音が響いていた。全く違う速度。もはや、走っているという表現が合わない。
片足が地面につき、もう片方の足が地面につくのは10m近く離れたところだった。端から見れば点と点の移動、テレポートのように見える。
雷が通ったところには強く踏み込んだ足跡が残っていた。時折踏み込みが強く近くの木の根が折れる音が聞こえる。
すぐに小山の頂上の塀が見える。
勢いよく踏み込み塀を超える高さまで飛び上がる。着地地点を見ると待ち構えていたかのように腕を組んで立っている祖父がいた。
トンッ
無事に着地する。速度、高さを考えてもあり得ない音の軽さだった。うまく衝撃を吸収したのだろう。
長い黄色の髪は荒れず、綺麗に整えられていた。
「やっぱり、雷か……どうした、そんなに慌てた顔して」
その顔は怒りと呆れの混じった複雑か表情だった。
雷は、息も上がらず汗一つかいていなかった。
「慌てたも何もじいちゃんを探していたの」
「探すために家の結界に触れるバカがいたのか」
顔に手を当てため息をつく。
「言わなきゃならないことが出来たから、仕方ないじゃん」
雷の言い分に祖父は一呼吸置いき、口を開く。
指と指の間から祖父の目が覗いてる。雷はその目を見た瞬間に悟った。
本当に怒ってんだ。あーあ。
ドスの利いた声が返ってくる。
「何を?」
声を聞いて震え上がりそうになる。
久しぶりにじいちゃんを怒らせちゃったなぁ。
昨晩の言霊の件は置いておいて、コンビニでの出来事だけを伝えた。険しかった表情がさらに険しくなる。
その様子を見て雷は何かあったことに気付いた。
ふーん、何かあったんだ。
心の中でニヤリと笑う。
「ここ最近何か反応はなかったの?」
異常ではなく、反応。
祖父は人差し指と中指を立てた。
「2箇所だ、2箇所。一つは上。もう一つは雑木林の奥」
「上?」
雷は空を見上げた。
あの時の穴か。ってことは何か侵入してきているってことだな。
「両方とは治ってはいるがの」
「・・・雑木林の方は?」
「確認には行った。が、何一つ痕跡が無かった。見に行くのか?」
「別の視点で見てみるのもありだろ」
来た道を戻るように塀の向こう側に一飛びで移動する。
「おーい、雷。楓夏ちゃんはどうするんじゃ~?」
塀の向こうから聞こえる祖父の声。
「あ゛」
高いところから斜面に着地したためか地滑りを起こす。着地した片足で踏ん張る。ザザザッと土を削っていく。
「ふぅ、危ない。滑り落ちるところだったわ」
止まった。飛び上がったところからどの程度離れたのかすら考えずに、踏ん張ったことで溜めた力を吐き出すように片足で大きくジャンプした。
何度目かの塀の飛び越え。そして、祖父の横に着地し勢いを殺さないように走った。
横を通りすぎた時の顔は呆れつつも何か言いたいことがあるようだった。
雷は思った。
また注意なんだろうなぁ。
「雷、力使うのはやめておけ。見られでもしたら」
ほーらな。
「仕方ないだろ」
「…だとしても、だ」
「なら、誰かが殺されても良いってこと?」
「そうとは言っていない。報告の段階で力を使うものではないと言いたいんじゃ」
「妙な気配だったんだ」
「慌てて当然と?そもそも、太陽が出ている内は妖の類いは人にてを出せない」
「それは、誰が決めた?本当に安心できるのか?確証もなく言うんじゃ」
雷は身の危険を感じ地面に伏せる。
後ろからヒュンッと風を切る音。髪が後ろからの『何か』の影響で引っ張られる。それでも、身の安全を得るために塀の方へ転がり、素早く起き上がる。
自分に攻撃してきた相手を敵意のある視線で見る。
「何をするんだ、じいさん?」
松の樹皮のような色をし、薔薇のような刺が沢山ついた2mほどでできた棒状の何かを突き出していた。ご丁寧に、先端が尖っている。
「答えはわしらの先祖が作り上げた結界。その結果、太陽が出ているうちは安全と言われているし、書面にも記されている」
「信用度全くねぇな」
ケラケラと笑う。雷にとって当たり前だ。
当たり前の結果が、目の前で起こる。
ピシッ
棘が纏わり付いた棒の真ん中ほどに亀裂が生じる。
それを見た雷は、ニヤニヤしながら問いかける。
「あれ、じいさんの術壊れてきてる?」
「お前が術式を壊しているんだろうが」
眉間に皺が寄っている。怒りが溜まってきているようだ。
家の長が困っている表情をしている。攻め方が定まらない様子。
困っているならヒントを上げよう。
「術式は俺が一番詳しい」
見ればどんな構成で、術式を組み上げているのか、中身までわかる。だから、俺は町の結界の効果、仕組み、色々知っている。伝聞程度の効果より詳しく知っている。
言葉には反対の言葉がある。それをぶつければいいだけなのだ。ただし、失敗すれば自分に降かかる。それを上手く回避し、術式の効果を得る。つまり、術式のエキスパート。それが雷。得意なものがあれば不得意なものもある。
「どうした、じいさん。武術なら俺より強いはずだろう?」
壊されると知りながら術式で出来た祖父の武器を振り回す。その衝撃に耐えられず、真っ二つに折れた。
回避行動に移ることなく、ただただその場で立っているだけ。その短い棒ではここまで届かないとわかっているから。それは、祖父も同じだ。
「術式が使えなければ、ただの人」
「それは、お前もだ」
だからこそ、まだ残っている棒を突き出し、突っ込んでくる。その姿を見て雷は単純にガッカリした。
はぁ、本気だしてくれないんだなぁ…。
左手を前にゆっくりと突き出す。まるで、左手で棒ごと防ごうとしているように。そして、呟く。諦めさせるように。
「もう、その術式使えないよ」
左手に触れる。凶暴な木の棒は風化していく。
それでも、祖父は力強く踏み込んでくる。
「そのままぶっ倒れてしまえ、雷」
凶暴な木の棒を持っていない手が堅く握りこんでいた。
雷の苦手なのは武術。術式で強化してもそれでも、それ主体の戦闘には不向きだ。
だから…
ゴッ
腹に重たい一撃が入った、はずだった。
「音が軽い?」
祖父が疑問を口に出した時、後ろから聞きなれた声を聞いた。
「そりゃそうだ。術式が主体の闘い方なんだ。仕掛ける前に仕掛けているのは当然だろ?」
祖父の前でくの字に折れている雷の体が霞む。
「幻か……」
「俺の勝ちだよね?」
後ろからゆっくりと歩き、そして通り過ぎる。
手に持っているビニール袋を見せながらスタスタと歩く。
「届けるものがあるの。これで終わりにしてよ?」
「後で呼び出すからのう」
終わりを告げる雷、それに対してまだまだ叱り足りない表情を見せた後、ため息をつき仕方ないという表情の祖父。
さっきまで戦っていたとは思えないほど、お互いの雰囲気が柔らかくなった。
「転校生は?」
「あの子は2階の客室じゃ。天と鈴が一緒にいる」
「りょうかーい」
面倒な客人のいる部屋に大急ぎで向かった。
☆
玄関に入るとひんやりとした冷たい空気を感じる。まだまだ暑い季節、誰かが我慢できずに冷房のスイッチを入れたようだ。
自室まで戻り部屋の中に入ると、そこは本当によく冷房が効いていた。部屋に入った途端に体がブルッと震えるくらいに。
「…寒っ!」
よく効いていた、というより、効きすぎていた。
雷が冷房のスイッチを入れた覚えはない。そもそも、出掛けると言って空調をつけるなんて、電気代のかかることはしない。
一体誰なのか、考えていると。
「あれ、お兄ちゃん出かけてたの?」
後ろから洗濯物がいっぱい詰まった籠を持った中学生の女の子が顔を覗き込んできた。
「うん。まぁ、そこのコンビニに」
「ふーん。お兄ちゃん寒そうだけど大丈夫?」
「クーラー効きすぎてないか?」
「そうかなぁ…確かに少し寒いけど、別にそこまで寒くないよ?」
家事をすることで体を動かすからそこまで冷えないのか。それに、さっきまで外に出て汗かいてたもんな、そのせいか。体が冷えてきてるところに…下手したら風引くぞ、これ。
原因を見つけ理解しても、寒いものは寒い。
「そうか。でも一応リモコン探してくるわ」
「見つかるといいねー」
「一生見つからない物みたいに言うなよ」
少女はクスクスと笑う。
「洗濯物はいいの?」
「あ。急がなきゃっ!それじゃっ!」
少女と別れ、リモコンをどこに置いたか思い出そうとしていると、どこかの部屋から騒ぎ声が聞こえた。
「…いやぁーな予感」
「どうかしたー?」
今しがた別れた少女が後ろに立っていた。
「うおっ!?……あれ、洗濯物いいの?」
まさか、この短時間で片付けたのか?なら、俺の家事の負担が減るかもっ!
少女は首を横に降る。
心の中で喜んでいたところの反応だった。少し残念な感じがあるが、洗濯物を干してくれるだけでとてもうれしく思った。
「まだ向こうに洗濯物あるよ。一気に洗濯物持ってきた方が干すの楽だもん」
「ははは、そうだよね。こっちの用事が終わったらそっち手伝うよ」
「うん、ありがとう」
タタタタッと残りの洗濯物を取りに行った。
「洗濯物ありがとう。さてと、問題はあっちだよなぁ。あの騒ぎだもん、絶対にまずいことになってるよね」
何はともあれ、あの騒ぎのところに行けばわかるだろう。荷物を冷えきった自分の部屋に置き、できるだけ急ぎ足で向かった。
騒いでいる部屋に近づくと、声がはっきりと聞こえる。
気配を消し、話の内容を窺うために襖の陰で静かに立つ。
「湊兄ちゃん、これどうしよう・・・」
「だ、大丈夫だって。ほら、雷にばれないように」
丸聞こえだよ、兄ちゃん。しかし、俺にばれたらまずいもの、ねぇ。部屋は術式で鍵かかるし。ん……ん~いやな予感。
スーッと襖をゆっくりと開け、後ろから声をかける。
「ばれたらまずいこと、それってなぁにかなぁ?」
後ろから声をかけたが、湊の前にいる少年は雷の表情が丸見えだった。
少年の口から小さな悲鳴が上がる。
「ヒャッ?!」
「いや、リモコンが……ら、雷?」
恐る恐るこちらを振り向いてくる。
相手を怯えさせないために笑顔を向ける。でも、逆効果だったようだ。どんどん湊の顔色が悪くなる。
「んー?どうしたの、お兄ちゃん?」
「は、ははは。な、なんだ、もう帰ってきたのか?」
「走ったからねー。それで?リモコンが、どうしたのかなー?」
上目遣いで人差し指を口元に当て、小首を傾げる。
「ら、雷…お前、男だよな?」
「よく、女に間違われるけどね?」
「男、男なんだよな!?どうしてさっきから女子っぽい行動で俺にせまるんだよっ!」
一歩一歩近づくと湊も一歩一歩と後ずさりする。
「ふーん、やさしく聞いてあげようと思ったけど、いいんだ」
「は、はい?」
スゥと息を吸う。笑顔だった表情が間逆の冷徹な表情になる。
「おい、湊。答えろ。リモコンはどこだ?」
「口調変わりすぎだろっ!?」
涙目で反論してくるが、容赦なく追求する。
「答えろ」
「ひぃい」
「その右手に隠しているものを出せ。さーん、にー」
「わ、わかったよっ!だ、出せばいいんだろっ」
ほらっ!と右手に隠していたものを見ると案の定、リモコンだった。クーラーの…それも雷の部屋の。
雷の目から光が無くなった。
「半分に分かれている理由は?」
それは真ん中あたりで2つに分かれていた。
その目からは感情が無くなり、見下すように湊を見た。
「えっと、その……ちょっと、実験で」
「実験?なんの?」
「えーっと」
「正直に答えたら許してたのに」
「すいませんっ!ちょっと、遊びに使ったらこうなりました!」
すぐに土下座に移行し、額を畳に擦り付けて謝った。
「もう、遅いけどね」
「え…だって正直に答えたら許して…た……『たっ』?!」
兄は過去形ということに気付いた。
「うん、許していたよ」
にっこり笑顔で近づき、慣れた動きで右手の親指と小指でこめかみを押さえつける。
周りの子ども達は雷の怒り方に目を見開いて驚いていた。
雷は暴力に頼りきりなわけではない。絶対に許せない時だけ、仕方なく暴力に頼る。ちなみに、先の祖父との戦闘も結構怒っていたりする、意外と短気な性格をしていた。
つまり、子ども達が驚いた理由は珍しく暴力を使ったことだ。
「なぁ、湊。どんなお仕置きがいい?」
「いだ、いだだだだあだ」
「ら、雷兄ちゃん…」
後ろから小学生の女の子の声をかけた。この状況で声をかける勇気は誉めるべきものだが。
「ん?どうしたの?」
「あ、あの…そ、その」
「許さない」
「……」
雷は湊を見続けながら、少女の質問に答えた。
雷は誉めなかった。
あまりにも低く怒りの感情が籠った声に少女は引き下がるしかなく。ジタバタと暴れる兄を右手一つで押さえ込んでいる。
「なぁ、湊。答えてみようか。どうして俺の部屋のエアコンのリモコンが?」
「天の力を借りました」
「他の部屋のリモコンは?家がこんなに寒いわけないだろう」
「雷の部屋だけしかいじってないけど?」
「はぁ?」
あれか、実験の影響か。待て待て……こんな影響のある術式って、どれほど危険か。
湊を手で押さえつつ周りを見る。小さな欠片も逃さない様子で部屋を見る。それらしいモノは見つからない。部屋に無ければ、あとは。
「外か?」
縁側に移動し、外を見る。壁、松の木を見える範囲でしっかりと見る。それでも見つからない。そして、ふと視線が下に行く。
「見つけた」
枝でつけた様な、細い線で描かれている円の一部が。運悪く縁側から見づらい位置に描かれていた。
「地面…」
おそらく、子ども達が土に落書きでもしていたのだろう。色々な図形が散りばめられている中、一つだけ異様な円があった。
雷自身が術式を作れるからこその直感なのか、一目で危ないものだとわかった。
「家でなんてものを」
周りにいる子ども達数名に声をかける。
「この円描いたの誰かな?別に湊兄ちゃんみたいなことはしないからさ」
「は、はい」
簡単に折れそうな華奢な腕、小さな手がすぐに上がった。
幼稚園くらいの女の子だった。
女の子の姿を見た雷は後悔した。
高度なモノは教えなかったのに。
雷はたまに自分の術式の知恵を子ども達に教えている。
向き、不向きは当然ある。どちらにしろ学びたいというのなら教える、それが雷のスタイルだ。
少女は雷の教え子の一人だ。女の子の名前は門寺奈澄。茶髪で雷と同じように左目を隠している。じいちゃんの話を聞くにハーフらしい。その証拠に透き通るような綺麗な青みがかった緑色の瞳がこちらを見ている。ただ、日本で生まれ日本で育ち、日本で学んでいるから母国語は日本語だった。
雷と初めて会った時は大笑いされたものだ。今では雷にとって懐かしい思いでの一つだ。
「奈澄は、この術式の意味わかる?」
「え、これ術式なの?落書きで書いたのに」
「まれにあるんだ。それで意味は?」
「ぜーんぜん」
首を横に振った。
ふーん…なら、と言うことで今なお、こめかみを押さえられ痛がっている人に聞いてみる。
「そっか。湊にぃ、空調いじるのが実験?」
「ち、違う」
「ふーん、関係ないんだな?」
「い、いや。ちゃんと見てなかったということには関係があるが…」
「それは別に。じゃ、あとでじいちゃんに言っとく。あ、リモコンちゃんと治してよ。あとこのビニール袋預かってて」
右手から兄を解放し、庭にある術式を見た。
持っているビニール袋を湊に押し付けるように渡した。
「あ゛ー。いってぇ」
後ろで兄が痛みを堪えていた。
呪いでもかけとけば良かった。
「丸と少しの文字、だけか。こんな不安定な術式でよくもまぁ、自滅せずに済んだよ」
目の前には子ども一人が入れるくらいの大きさで描かれた円とその周りに、内と外の小さな文字。またその中に小さな円が一つ。その円に少しかぶった状態で描かれた円だけだった。
この術式が表す意味は、円は領域で文字は力の使い道。でもこの円の中の小さな円は…一体。
少し観察していると何かに気付き、目を閉じた。その間、口は小さく動き、意識しても聞こえるかどうかわからない声で呟いていた。
「……」
「お、お兄ちゃん?」
その術式を組み立てた女の子が近づいて様子を見ようとしたと同時だった。
「そうか、この術式はそういう意味か」
「へ?」
でも、これはまずい。俺はここまで雑な術式の解除方法を知らないし間違いなく、一つでも失敗すれば、術者の死だ。どうする、どうすれば。
「とりあえず、術者の変更で俺が術者になって、失敗しても良いように被害をゆっくり抑えて……力の流れを操作して術式を消す」
これで大丈夫だろうか?被害を抑えるなんてこと、本当にできるのか?
見たことの無い術式に戸惑う雷の思考。奈澄の命を守るための一番安全なものを選ぶしかない。そして、自分に言い聞かせる。術式に強いのは俺だけだ、と……自信を持て、と。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
この術式を作った奈澄が心配そうに顔をのぞいていた。
今は被害が出てないけど、いずれ何かしら影響が出てくるはず。
頭を撫でて「大丈夫」と微笑みかける。
今すぐに出来て、お互いに被害の少ない方法。術者の変更くらいしか思いつかない。
奈澄の目を優しく見つめ言った。
「術者の変更を行うよ?」
『術者の変更』は雷が一番最初に伝えた一番危険な行為だった。
雷にとっても、隣に立つ奈澄にとっても一生で一度の命を賭けた術式を行う。