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第9話 正義の味方と悪の女幹部、調査する

 異世界生活七日目


 二人きりの世界において、正義の味方の存在意義なんてない。

 一方が正義で他方が悪ならば、一体誰のために正義を成すのか。

 自分のためか。信念のためか。

 賛同者のいない正義が独善でないと誰が言えるか。


 二人しかいないのに、悪だ正義だなんて不毛すぎる。

 二人しかいないんだから仲良くやれよってことだ。

 だから二人きりの世界に、正義の味方なんていらない。


 何を言いたいかというと、俺は暇を持て余していた。

 所謂、就学、就労、職業訓練をしていない状態―NEET―ってやつだな。

 まさか異世界に来て正義の味方からニートになるなんて思ってもみなかった。



 こちらの世界に来て、一週間が経っていた。

 ログハウス作りも終え、モンスターの襲撃も初日以降はない現状において、俺の出来る作業はほぼ皆無だ。


 日課の強化外骨格(スーツ)と武装の整備もすでに終えてしまって暇だった俺は、談話室でリリーから借りた漫画を読んでいた。

すると廊下を走る音が聞こえ、俺は違和感を覚えて顔を上げた。

 この施設にはあと一人しかいない。だから走ってくるのも彼女しかいない。

 ただ違和感を覚えたのは、彼女が廊下を走るような人間じゃないってことだ。


 談話室の入り口を見ていると、彼女が勢い込んで駆け込んできた。

 彼女は息を切らせながら、俺を見て笑みを浮かべていた。

 いつもの皮肉を込めたものではなく、純粋な喜びの笑みをだ。

 やはり只事ではない。


「どうした?」

UAV(無人航空偵察機)が人工物を見つけたわよ!」


 彼女の言葉を理解するのに少しばかり時間が掛かった。


「……マジか!?」


 人工物ってことは、知的生命体がいるってこと。

 この前リリーが言っていた仮説がこうも早く立証されるとは思っても見なかった。


「詳しいことは管制室で話すわ」


 そう言ってリリーは引き返して走っていった。

 その後に従って俺も管制室へと急ぐ。


 管制室に入ると、壁面の巨大なモニターにUAV(無人航空偵察機)の航空写真が映し出されていた。

 映像の一面緑一色だが、それを横切るように不自然な一本の線が入っている。


 リリーに説明されなくても分かる。

 その線こそが人工物だろう。


「幅は三メートルほどで舗装はされていないけど、木が切り開かれて、地面は踏み固められているみたい」


 コンソールを操作してリリーが航空映像を拡大させるが、詳細な情報はわからない。

 それでもそれが道と呼べるものであることは分かる。


「これが自然に出来た可能性は?」

「それはないと言っていいと思う。細かいことは現地に行って調査してみないとわからないけど」


 リリーは喜びの色を隠せないものの慎重だった。

 慎重になるのも頷ける。この状況でぬか喜びは精神的にきつすぎる。

 それでも期待は大きい。


 だから調査は必須だ。

 現地に行ってみるっていうのは俺も賛成だ。


「位置は?」

「南西十五キロ地点ね。道が細いうえに、木々に囲まれているから真上からの映像でないと発見できなかったみたい」

「十五キロか……不整地だから時速三キロ程度と考えて五時間は少なくとも掛かるか。日帰りは難しそうだな」


 俺の言葉にリリーは振り向いた。


「行くの?」

「行くしかないだろう。どうせ予定はないしな」

「ちょっと待って、私も行く」

「付いて来るのか?」

「調査は誰がするの?私がいた方がいいでしょ?」


 まあ確かにそうかもしれない。

 俺独りで行って適当に周辺を調べてくるつもりだったが、リリーがいればより詳細な調査ができるはずだ。

 それに二人ならば不測の事態に遭遇しても対応できるだろう。


「一時間頂戴。器材を準備をするから」


 現在時刻は昼前だが、一時間後に出発したとして日暮れ前に現地に着くのは難しいだろう。

 野営の設営などを考えたら、移動に使えるのは五時間以下だ。

 中途半端と言わざるをえない。

 というか、俺一人ならまだしも、リリーを連れてこれから出発するのは無謀だ。

 慌てるように管制室を出ようとするリリーを俺は引き止めた。


「いや、あんたも行くんなら野営の装備とか食料も準備しないといけないし、今から準備して出たんじゃ中途半端な時間になる。今日準備をして、明日の夜明けに出発しよう」

「……そうね、ちょっと気が急いていたわね」


 自分が知らぬうちに急いていたことに気付いたのだろう。彼女は自嘲気味に笑い、落ち着きを取り戻したようだった。

そう、焦る必要はない。

 なにせ時間なら幾らでもあるんだからな。



 * * *

 


 明朝、準備を万端にした俺たちは夜明けとともに出発した。


 俺はいつもどおり強化外骨格(スーツ)を装着し、その上からなめしたメガ猪の毛皮を外套のように纏っている。

 強化外骨格(スーツ)の中は適温に保たれるし防水加工も施されているが、一応強化外骨格(スーツ)も機械なのであまり濡らしたくはないからだ。

 準備らしいものといえば器材や装備の詰まったコンテナケースを背負っていることくらいだ。


 リリーの格好は、中はいつもの黒いボディスーツに、上は白衣ではなく頭巾(フード)のついた黒い外套(マント)だった。

 黒髪であることも相まって、全身が真っ黒だ。


「なんか魔女みたいだな」

「この前みたいなモンスターがいる可能性があるんじゃあね。できるだけの準備はしてきたわよ」


 とはいえ防御中心であり、攻撃は俺に任せるらしい。


「武器も色々用意できるけど、私自身が使いこなせないんじゃ意味がないでしょ?だから武器と呼べるものはこれくらいしか持ってこなかったわ」


 そう言って彼女は右手首にはめているごつい腕輪を掲げた。


「なんだそれ?」

「指向性マイクロ波兵器よ。出力は高くないから射程は短いし致死性もないけど、皮膚に激しい痛みを与えて無力化する程度のことはできるわ」


 相手が生き物なら実に効果的な武器だろう。

 狙って当てるっていうほどの武器でもないし、非致死性なので相手が人間でも使用を躊躇せずに済む。


「出力を上げれば生き物を中から沸騰させることができるのかよ。怖いな」

「あなたは大丈夫よ。強化外骨格(スーツ)がシールドの役目を果たすし、導電性の高い素材だけで作られているわけでもないから、強化外骨格(スーツ)が発熱してもたかが知れてるしね。強いて言えば、電磁波を受けて故障する可能性があるけど、電磁波シールドくらいされてるでしょ?」

「まあな」

「そういうわけだから、私の武器はあなたには効かないわ。ついでに言うと私は厄介そうなモンスターが現れたら戦わずに逃げるわ。戦いはあなたが担当ってことで宜しくね」


 悪の組織の癖に“正義の味方”使いの荒いことだ。

 しかしながら、リリーに戦力など端から期待などしていないので俺は了承した。



 歩き始めて一時間でリリーがばてるというアクシデントがあったものの、適度に休憩を挟みつつ俺とリリーは歩き続けてなんとか昼ごろに目的地に到着することができた。



 朝に作って持ってきたメガ猪のサンドウィッチで昼食を簡単に済ませてから、道の調査を開始する。


「うーん、どう思う?」


 リリーは器材を手に地面にはいつくばりながら俺に尋ねた。


「見たところ、“道”だよな」

「幅は約三メートル。地面は踏み固められた土。ほぼ平坦で、ほぼ直線の部分が三〇〇メートルくらい続いているわ」


 直線の終わりの部分を見てきたが、そこには大きな岩場があったのでそれを迂回したんだと思われた。

 地面を見ても小さな雑草は生えているが、大きな植物は生えていない。

 木などもなく、切り株が残ってすらいない。

 つまり木が切り倒されているだけでなく、根も処理されているということであり、なんらかの自然現象によって木が倒れたわけではないということだ。

 さらに踏み固められた地面に小さな石はあっても、邪魔になりそうな大きな石や突起物はない。

 つまり、これは自然に生じたものではないということだ。


「これは道だろ。それも相応の技術力を持った知的存在によって作られた」

「……私も同意見よ。しかもこの道を維持するために定期的に保守活動も行っているわね」

「そうだな。舗装されていないのは、ここがあまり使われない道だからか、それとも技術がないからか」

「いずれにせよ、あまり頻繁に使われていない道をこの規模で作れる経済規模と組織力を持つ知的生命体がいるのは確かね」

「ああ、そうだな」

「とはいえ、これは状況証拠の積み重ねに過ぎず、物的証拠はいまだ発見できず……か」

「この道を辿っていけば、見つけれるんだろうけどな」


 そう言いつつ俺は空に目をやった。

 沈みつつある太陽が西の山の頂に差し掛かりつつあり、そう遠くないうちに薄暗くなり始めるだろう。


「……とはいえ、今日はもう日が暮れる。とりあえず今日はこの近くで野営をしよう。できればこの道から少し森の中に入ったところがいいな」


 俺の言葉にリリーは首をかしげた。


「なんで?この道の傍なら、誰か来た時にわかりやすいんじゃない?」


 確かに道の傍にいれば、誰かが通ればすぐに分かるだろう。

 だが俺はその誰かに遭いたくはない。今のところは。


「正直言って俺は、ここの知的生命体と軽率に接触するのは危険だと思っている」


 この規模の道を維持管理できるということは、恐らく国を形成できる文明レベルを持つ知的生命体だ。

 接触して友好関係を築ければいいが、まかり間違って敵対してしまえば俺たちは窮地に立たされる。

 なにせ相手がどんな存在なのか全く分からないのだ。


「知的生命体といえども俺たちと同じとは限らないだろ?“猿の惑星”って可能性もあるし、哺乳類でない可能性もある。同じ外見ならまだなんとかなるかもしれないが、違う外見なら不要な問題を引き起こすかもしれない」


 俺が言わんとすることを理解したらしいリリーは真剣な顔になって頷いた。


「その可能性には考え至らなかったわ。接触は慎重に行う必要があるわね」


 そう、少なくともまずは偵察機でどんな外見で、どの程度の数が存在し、どの程度の文明レベルなのかを把握しておきたい。


 リリーの了承を得られたので、俺たちはあの道から見えない程度に森の中へ戻り、野営地を確保した。

 とはいえ、適当に広い場所にテントを張って、周囲に警戒用のセンサーを張り巡らしたくらいで、簡単なものだ。


 それからガスコンロでお湯を温め、それで晩飯のレーションを温める。

 これは倉庫を漁っていたら出てきたもので、缶詰ではなくレトルトパックみたいなものだった。

 種類は豊富らしく、今回はご飯と鶏肉野菜煮だ。

 レーションだから味はあまり期待していなかったのだが、意外といける。


 食後にコーヒーを入れて飲んでいると、どことなくキャンプっぽい雰囲気に飲まれたのかリリーが会話を振ってきた。


「ねえ、その強化外骨格(スーツ)の動力源ってどうなってるの?」

「ああ、俺が食った食べ物をエネルギーから電気に変換して強化外骨格(スーツ)に供給してる。強化外骨格(スーツ)はバッテリー駆動もできるから、そうそう動けなくなることはないぞ」


 実のところ俺自身も改造済みなので一週間以上水だけでも活動に問題はないし、強化外骨格(スーツ)に溜めてあるエネルギーを加味しても、五日は補給なしで活動できる。

 更に雑草と水があればエネルギーを生産できるので、砂漠に放置という状況でもない限りエネルギー切れになることはない。

 まあ、雑草は食いたくないが。


「へー、じゃあ私の機材も充電してくれない?」

「別に良いぞ。端子はUSBでいいか?」


 俺は右わき腹のあたりにあるカバーを開けて、USB端子を露出させる。

 他にも各種画像端子とかいった入出力端子がある。いうなればPCの裏側みたいな状況である。

 それを見たリリーがどこか微妙な顔をした。


「……なんかシュールね、それ」

「ほっておけ。……一応言っておくが、スーツにウイルスを仕込んだり、変な真似はするなよ?」

「信用ないわね。二人しかいない状況下で敵を作るほど間抜けじゃないわよ」


 そう言いつつリリーは俺の強化外骨格(スーツ)にケーブルを差して自分の端末の充電を開始した。


「“正義の味方”の戦闘員はみんなあなたみたいに改造してるわけ?」

「俺みたいな初期の戦闘員はかなり改造が進んでいるが、最近のはほとんどしてないな」


 昔の強化外骨格(スーツ)はエネルギー消費が激しかったため、装着者は改造手術を受けなくてはいけなかったが、今の量産型強化外骨格(スーツ)は完全バッテリー式なので、俺みたいに自家発電しなくても活動できるようになっている。


 戦闘で負傷して義肢に変わったりする奴もいるが、基本的に“正義の味方”は改造手術を受けることはなくなった。

 八八五号なんかだと、視覚と脳の一部のデジタル化以外は(オリジナル)のままだろう。


 だから俺は“正義の味方”の中でもかなり改造を受けている部類になる。


「“正義の味方”も大変ね」

「あんたに言われる日が来るとはな」


 悪の組織の女幹部と一緒にコーヒーを飲む日が来るなんて、“正義の味方”になったばかりの頃の俺は思ってもみなかったな。

 人生何があるか分からない。


「もうひとつ訊きたい事があるんだけど……一緒に寝る気?」


 リリーが指差す先にあるのはテントだ。


 筒状のテントで、中に入って閉めてしまえば気密性が保たれ、毒のある虫や小動物を気にする必要はなくなる。

 問題があるとすれば大きさが一人が寝たら一杯のサイズでしかないということと、テントはひとつしかないってことか。

 リリーは俺のほうをジト目で見てきているが、謂れなき非難だ。 


「まさか。俺は外で寝る。見張りも兼ねてるしな」

「今夜は寝ずの番のつもり?」

「いや、センサーで周辺を警戒してあって、それなりに大きな生物が近づいたら警告音が鳴るようになってるから寝てても大丈夫なんだよ」


 それに強化外骨格(スーツ)を着ている俺にとってテントの中も外も大して変わらない。

いざというときにすぐに行動できないから強化外骨格(スーツ)を脱げないしな。


「だからテントはあんたが使ってくれ」

「悪いわね。なんか気を遣わせちゃって」

「肉体労働は俺の仕事だからな」


 それに俺は改造の恩恵で、いざとなれば七十二時間程度なら睡眠をとらなくてもなんの問題なく活動し続けることができる。

 とはいえそれが幸か不幸かは判別しづらいことだ。

 人間に本来あるべき睡眠欲でさえこんな体になってしまったために満足にないなんて、俺の中の人間らしさは確実に無くなりつつあるのかも知れない。


 リリーがテントの中に消えていったのを横目に、俺は独りコーヒーをすすりながらふけていく夜空を眺め続けた。


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