第8話 正義の味方と悪の女幹部、世界を論じる
異世界四日目
俺たちがこちらに来て四日が経った。
そして今、リリーが呆れたような顔で俺を見ている。
「……あなたねえぇ」
「すまん、正直やりすぎたと思っている。でも反省はしていない」
言い訳をしよう。
暇だったのだ。
周辺の探索はUAVが勝手にやってくれる。
施設の保守は半自動で、主にリリーが担当している。
ずっと続けている調査の成果は今のところ上がっていない。
実のところ、俺のやることが少ないのだ。
最初はただリリーに言われたとおり、シャフトを塞ぐだけのつもりだった。
切った木を並べ、シャフトを塞いだのまでは良かったが、少々つまらなかった。
そこで俺はちょっとした少年の遊び心を思い出した。
よくある秘密基地を隠すカモフラージュを作ろうと考えたのだ。
イメージとしてはプールを割って出てくるロケットとか、滝の裏に隠された出入り口とかだ。
そして暇に任せてやった結果がこれだ。
俺とリリーの目の前には四、五畳ほどの大きさの丸太小屋が出来上がっていた。
塞いだシャフトの上に樹皮を剥いだ丸太を切り欠きをつくって交互に組み合わせ、水平に組んで壁を作った。
棟木を渡し、垂木を掛けて屋根を張り、丸太から剥いだ樹皮を葺いた。
窓やドアがないしちょっと手狭だが、木の温もりのあるそこそこに良いログハウスになっただろう。
もちろん搬出入用リフトを使うときは、このログハウスを引っ張ってスライドさせてやればシャフトを開けることができるようになっている。
強化外骨格のパワーに任せた力業だけどな。
このログハウスは俺渾身の出来と自負できるが、リリーが俺を見る目は生暖かい。
「あなた自重って言葉知らないの?」
「いやはや面目ない」
「それにしてもログハウスを作る技術なんてよく持ってたわね」
「昔取った杵柄ってやつだ」
ログハウスの中に入り面白そうに内部を眺めていたリリーは意地の悪い笑みを浮かべて俺を見た。
「それも“正義の味方”の仕事の一環?」
「被災地の仮設住宅の建設の手伝いをしたりしたからな」
「ほんと、よくやるわね」
ただの呆れの言葉ではなく、率直な褒め言葉として受け取っておこう。
「……で、これはなに?」
リリーが指差す先には、灰色の物体が広げてあった。
「ああ、あの猪の化け物の毛皮だ。暇だからなめしてた」
ログハウスがあらかた出来上がってしまったので、他にやることを探していたらあのモンスターの毛皮が目に付いた。
剥いだ毛皮の裏の脂肪をこそぎ取り、ミョウバンの水溶液に漬けて処理をし、縮まないように張り付けにして乾燥させたあと、固くなった毛皮を柔らかくするためになめしているのだ。
「これも昔取った杵柄?」
「そんなもんだ」
「技術を持った人間が暇を持て余すとこうなるのね」
リリーはどこか哀れみに満ちた目を俺に向けた。
……可愛そうな子を見るような目で俺を見るな。
「いままで“正義の味方”として毎日あくせく働いていただろ?それが急にやることがなくなっちまったからさ、何したらいいかわかんなくなっちまった」
地球ならテレビでも見てぼんやりと過ごすんだろうが、生憎ここにはテレビも何もない。
だから作業に没頭して時間を潰してるわけだ。
実際、作業を楽しんでるけどな。
「それに俺は肉体労働向きだからな。現状、俺に出来ることは少ないだろ」
「まあね、今は情報を集めて整理するぐらいしかできてないわね」
俺が周辺を歩き回って作った地形データや無人偵察機からのデータをもとにリリーが地図を作っている。
「それで本題なんだけど、これを見て頂戴」
リリーは小脇に抱えていたタブレット端末を俺に手渡した。
それに表示されている図面には地下施設を中心に円が描かれており、これが転移に巻き込まれた範囲であることが推察できた。
「周辺を調べた結果、あの爆心地を中心に半径約五十メートル程度の球状の範囲がこちらに転移してるわ。やっぱりあの爆発が転移の原因みたいね」
「まあそうだろうと思ったけど……もう一度、あの爆発を起こせば向こうに戻れるのか?」
俺の問いにリリーは首を横に振った。
「……正直なところ、わからないわ。向こうに戻れるのか、はたまた別のところへ転移するのか。少なくともリスクは冒せないわね」
「下手な真似はできないか」
地球に戻れれば良いものの、転移を試してここより悪いところへ行ってしまっては元も子もない。
「報告することは他にもあるのよ。ここの星座を調べてみたけど地球のものとは一致しなかったわ」
リリーが夜に観測機器を持ち出していることに気付いていたが、そんな事をしているとは知らなかった。
「あのモンスターや植物のDNAなんかも調べたけど、地球のものに酷似してはいるけど同じではないという結果になったわ」
「つまりここは地球ではないということが明白になったってわけか」
分かりきっていたことに確証が得られたというだけで、それはメガ猪が出てきた時点で想像がついていたはずだ。
だがリリーの顔に失意の色は見えなかった。
むしろその表情は嬉々としている。
「でもここは地球にあまりにも似すぎてるのよ。生物も、この星の環境も」
「というと?」
「酸素濃度、重力値、自転速度、どれも小さな差異はあっても地球と大きく違わないの。あなた、全く違和感なく生活できてるでしょ?もし自転周期が違ったり、重力が違ったりすればそんなに簡単に適応なんてできないわよ?」
自転周期が違えば時差ボケに近い症状がでたり、重力が大きく違えば歩行は難しいだろうし、心臓への負担なんかも変わってくる。長期間に及べば骨のカルシウムの流出などの問題が出てくるだろう。
だが今のところそういった症状はないし、そもそも地球と同じ時計を使えている。
考えてみたらそれはおかしなことだった。
もしここが火星のようなところだったら転移してすぐに窒息死していてもおかしくはない。
だがそうなってはいない。
ここは地球によく似ている。でも地球ではない。
「でもここは地球じゃないんだろ?」
「私が思うにここは、私たちの知る世界によく似た世界じゃないかと思うのよ」
「よく似た世界?」
確かにここは地球によく似ている。地球かと思うくらいに。
だがリリーが言いたいのはそういうことではないのだろう。
「並行世界ってやつよ。私はここが、私たちが知る地球が辿った時系列とずれた時系列を辿った世界じゃないかと思うの」
「並行世界?」
「多元宇宙とも言われるわね。私たちの知る世界と根っこは同じでも、幾つも枝分かれして分岐した別の世界じゃないかと思うのよ。そうしたらこの世界が地球に酷似していることにも納得がいくし」
細かいことは分からないが『もしもの世界』『あり得たかも知れない世界』ってやつか。
小説、映画、ドラマなど様々なサブカルチャーに取り上げられるネタだから俺にもわかる。
並行世界は列車で過去から未来へと進むのに例えられる。
線路は歴史の分岐点で枝分かれし、別の歴史を辿る線路が横を走っている。
分かれた路線の中には日本が鎖国したままの世界があったり、第二次世界大戦で勝利した世界があったりするわけだ
リリーは、ここが地球が辿ったのとは別の歴史を辿った地球と同じ星だと言いたいらしい。
「でも星座は地球のものと一致しなかったんだろ?」
「ええ、私たちが知る時代の地球から見える星座とはね」
リリーの言葉に含みを感じる。
「つまり?」
「知ってる?宇宙っていうのは時間とともに膨らんでいるの。いえ、ゴムが伸びるように広がっていると言った方が正確かしら。だから星と星の間隔は徐々に広がっているわけね」
「だから俺たちの知る星座と違っていてもおかしくはないってことか」
「そういうこと。少なくとも太陽とこの星の距離や相互関係は地球とほぼ同じってことは言えるわ」
「大体言いたいことは分かった。でもここが並行世界だとしたら何か良い事があるのか?」
俺の問いにリリーは笑みを浮かべる。
今日は随分機嫌が良いな。
「あるわよ……並行世界なら人間がいる可能性は高いわ。それも私たちによく似た人間がね」
「マジか?」
「大マジよ。ここが私たちの知る世界の並行世界だとすれば、その違いはそう大きくないはず。事実、環境はほぼ同じだし、あのモンスターみたいに猪に近い存在もいた。ってことは、私たちに近い人間にが存在していてもおかしくないはずよ」
リリーの言葉には自説に対する自信が感じられた。