第7話 正義の味方と悪の女幹部、雑談する
俺は食べ終えた鍋と食器を洗っていた。
食事当番が冗談とはいえ、しばらくこの地下施設に居候させてもらう身としてはやはり若干の気を遣う。
相手が悪の組織の女幹部だとしてもだ。
皿を洗いつつちょっと現状の非現実さを考えるが、今更な気がした。
タコ野郎と戦い、タレコミ情報をもとに秘密基地の調査を行い、戦闘用オートマタとの戦闘を行って、悪の女幹部の自爆に巻き込まれ、異世界にやってきて、メガ猪のモンスターに襲われて、そいつを食った。
濃厚すぎる一日だ。
濃すぎて水で二倍に薄めてもいいくらいだ。
特に後半がおかしい。
なんだよ異世界って。
そしてなんで俺は今、悪の組織の秘密基地で皿を洗ってるんだよ。
誰かを呪いたくなるが、誰を呪えばいいのかわからない。
神様?仏様?
俺には大層な信仰心などありはしない。
都合の悪いことだけ神様のせいにするのは筋違いってもんだ。
だからただ単に俺の運がなかった、そういうことなのだろう。
俺に運があった試しなんてないがな。
* * *
俺は皿を洗い終えると、厨房を後にした。
今はすでに夜だし、明日に備えて談話室かどこかで眠ることにする。
この地下施設は俺の想像以上に広い。
五、六階建てのビルに相当する大きさであり、数十人が生活できる設備を持っており、詰め込めば五十人は暮らすことが可能だろう。
地下施設は五つに分かれている。
俺と戦闘用オートマタが戦ったのが迎撃室。
警備用オートマタや戦闘用オートマタが鎮座しており、招かれざる客はここで撃退されて、奥へ進むことは出来ない。
外部の監視を行う管制室などもそこにある。
その下に研究室、居住区、工場、倉庫、設備室がある。
研究室はいわずもがなリリーの仕事場だ。
化学、生物学、機械工学、情報工学、あらゆる科学技術のごちゃまぜで、どんな分野にも対応できるそうで、怪人さえも造れると言う。
……リリーって本当は天才なんじゃなかろうか。
工場はほとんど自動化されており、材料さえ揃えばオートマタを量産できる設備が揃っているそうだ。
倉庫には工場で使用する資材、研究に使用する物品、施設を利用する人間の食材、生活備品、施設の中で必要となるあらゆる物資が収められており、コンソール操作ひとつでそれらが必要なところに輸送ロボットが届けてくれるらしい。
すげぇなおい。
設備室はこの地下施設の維持に必要な電気、水、空気を供給するところだ。
全自動化されており、問題がない限り人が入ることはないらしい。
居住区には十の個室と厨房、食堂、談話室、応接室、医務室などがあり、基本的に生活するのに必要なものはここに集約されている。
……以上が俺がリリーから受けた説明で、俺自身は迎撃室と居住区、倉庫にしか入っていない。
それ至極当然といえるだろう。
今は協力関係とはいえ、俺はあいつの敵なんだから。
だから居住区に入れてもらえるだけ御の字だ。
流石にメガ猪のようなモンスターが出るところでの野宿は嫌だし、トイレは水洗がいいからな。
俺が談話室でくつろいでいると、リリーがやってきた。
シャワーを浴びたようで髪はぬれており、服も着替えてボディースーツなんかではなく、Tシャツにデニムパンツという普通の服を着ている。
「その姿だけ見たら、普通の人間みたいだな」
俺の言葉にリリーは少し眉根を寄せた。
「悪の組織の人間だって、コスチュームを脱げば人間よ。あなたと同じね」
「残念ながら俺は普通の人間じゃないな。改造手術を受けてる」
“正義の味方”として生きるのを余儀なくされ、命を賭して戦いに明け暮れている。
こうしてみたら、俺の方がよっぽど人間らしくないかもしれない。
“正義の味方”ってのは、悪の組織よりもブラック企業なのかもしれないな。
リリーは少しだけ気まずそうに顔を伏せた。
「ごめんなさい、悪いことを言ったわね」
「いや、別に気にしてないさ。……で、何か用か?」
リリーは俺の向かいのソファーにゆっくりと腰掛けた。
「明日の予定を話そうかと思って」
「そうか。俺は今日猪の奴に邪魔されて出来なかったシャフトを塞ぐ作業をするつもりだ」
「じゃあそれを引き続きお願い。私は設備の修理の続きと、明日から周辺の探索をUAVにやらせるつもりよ。人間の痕跡を探して見つけ出し、接触するつもり」
彼女の言葉に、ふとひとつの考えが俺の頭によぎる。
「……なあ、こっちの世界にも人間がいると思うか?」
俺の問いにリリーが身を固くした。
彼女のその可能性を考えていたのだろう。
現状、この世界に人間がいるという確証はない。
もし人間が存在しておらず、帰る手段がなければずっとこの世界でリリーと二人きり。
それを思って少しだけ身震いする。
そんな暗い雰囲気を変えるようにリリーは茶化すように言った。
「……いずれにせよ、ずっとあなたと二人きりってのは勘弁願いたいわね」
「ひっでーな」
悲観的になるなんて俺らしくもない。
何も分かってない状況で、最悪の方ばかり見て気分を滅入らせていたらきりがない。
それに楽観的な方が俺の性分に合っている。
「悲観するのはまだ早いな」
俺の言葉にリリーは笑みを浮かべて頷いた。
「そうよ。言っておくけど、悪の組織は諦めが悪いのよ」
「それは身をもって知ってるさ」
「ならいいわ」
そう言うと彼女は立ち上がり、それから何かを思い出したように俺を見た。
「そういえば、その格好で寝るつもり?」
それから彼女は手に持っていたものを俺の前のテーブルに置いた。
どうやらそれは服のようだった。
「男物の服があったからこれを使って。あとこれ」
そう言ってリリーはもうひとつの物体を俺に投げて寄越した。
受け取ってそれを見れば、鍵であった。
「居住区のA室を使っていいわよ」
「悪いな」
「どうせ部屋は空いてるんだから気にしないで。それにあなただって敵地のど真ん中で気が休まる場所もないでしょ?部屋には監視カメラもなにもないし、内側から鍵もかけれるから安心していいわよ」
リリーは含みのある笑みを浮かべ、談話室を出て行った。
その後姿を見送りつつ、俺はなんとも言えない気持ちになっていた。
協力関係を結んだが、昨日の敵は今日の友なんて簡単には割り切れない。
相手を信用しきれるかなんて未知数だ。
敵を自陣に招いた彼女と、敵地に単身乗り込んだ俺。
どっちも大差ないわけだ。
それなのに彼女は多少なりとも防御力のあるボディースーツを脱いで無防備な姿を晒しているのに、一方俺は強化外骨格を着続けている。
口では彼女を信用すると言いつつも、内心では俺は彼女を信用しきれていないのかもしれない。
なにが正義の味方だ。
偽善もいいとこじゃねーか。
自分自身が嫌になる。
俺は談話室を出て、リリーから貸し与えられた部屋へと鍵を開けて入った。
四畳もない小さな部屋で、ベッドと小さな作り付けの机と棚があるだけで、ビジネスホテルの一室のようだ。
つい習慣で部屋の中を調べようとし、そして思い留まった。
もしかしたら部屋の中に罠や、監視カメラがあるかもしれない。
……だからなんだ?
俺は甘いのかもしれないが、それでも人を疑い続けるのにはもう飽き飽きだ。
現状たった二人きりなのに、一人しかいない相手を疑い続けるなんて嫌過ぎる。
俺は覚悟を決め、強化外骨格を脱いだ。