第52話 正義の味方と悪の女幹部、王都に到着する
ひと騒動あったが、俺たちは無事(?)王都に到着した。
飛空艇が着陸しても、すぐに下船できるわけではない。
普段であればVIPである伯爵たちが真っ先に降りるのだろうが、今回は違う。
というのも、俺たちが捕まえた襲撃者がいるからだ。
すぐに発着場を管理している兵士たちがやってきて管理施設へと場所を移し、事態の説明を行っていく。
基本的には伯爵が責任者と話をし、具体的な説明を俺とリリーがするという形だった。
俺たちだけなら話は面倒だったかもしれないが、伯爵の護衛扱いなので大分話がスムーズに済み、しばらくしてやってきた司法局、この国の警察組織の人間が襲撃者の身柄を引き取り連れて行った。
厳しい取り調べをして、事の背後関係を調べるらしい。
未遂に終わったとはいえ、伯爵の暗殺未遂だからな。
物騒な世の中だぜ。
さて、護衛任務は王都に着いたことで一応終了だ。
王都での護衛は王都に駐在している伯爵の私兵が引き継ぐ。
この私兵というのは伯爵が個人的に雇っている存在で、領軍や冒険者から引き抜いた人間たちらしい。
彼らの仕事内容は様々で、伯爵たちの護衛から、各地に派遣されての調査活動などなど、けっこう便利に使われているようだ。
領軍は基本的に私用では使えないために、伯爵のように領外で使い勝手がいい私兵を雇っている貴族は多いという。
街中でぞろぞろと大勢の護衛を引き連れるわけにはいかないだろうし、少数精鋭でいくのだろう。
護衛の任が解かれ伯爵が俺に一枚の紙を手渡してきた。
依頼の完了報告書だった。
「これを王都の冒険者ギルドに提出すれば、護衛依頼の完了を報告できる。ご苦労だった」
なるほど。これを提出すれば俺たちも晴れて四級冒険者になるわけか。
「君たちの護衛の仕事はここまでだが、王都滞在中はどうする?王都にあるうちの邸宅に泊まっても構わないのだが……」
「ねえ、クラウトス様。二人のことは私に任せてもらってもいいかしら?」
伯爵が言いかけたところをマダム・ウェンディがにこりと微笑みかけた。
「そういえば魔導士ギルド絡みで些事があると言ってたな。では君に任せることにしよう。では転移門を用いての帰還は一週間後だ。王都観光を楽しむといい」
そう言って私兵を護衛に伯爵たちは立ち去っていった。
彼らを見送ってから、マダム・ウェンディは俺たちに向き直った。
「ごめんなさいね。例の魔道具絡みでいろいろ予定があるから私に任せて頂戴。もちろん王都観光も私がしっかり案内するわ」
そもそも俺たちは王都に来ることと転移門を使うことだけが目的だったので、それ以外はノープランだったので、マダム・ウェンディの提案は渡りに船だ。
リリーと目配せしてから、マダム・ウェンディの提案に了承した。
そもそも魔道具で用があるのはリリーだしな。俺はその付き添いだ。
「宿泊する宿はいつも私が利用しているところでいいかしら。最高級というわけではないけれど、品のある老舗で、質のいいサービスと美味しい食事が売りなのよ。……それでなんだけど、二人は別室のほうがいいのかしら、それとも同室?」
マダム・ウェンディの問いにリリーと顔を見合わせた。
同室にすっかり慣れてしまったが、金銭的に余裕がある今は同室である必要はない。
だが別室と言うのも今更な気もするが。
返答に言い淀む俺たちに、マダム・ウェンディは探るような視線を向けた。
「二人ってやっぱりそういう関係なの?」
「「いいえ、違います」」
ノーラグでふたり仲良くハモってしまった。
そんな俺たちを見てマダム・ウェンディが面白そうに笑みを浮かべた。
* * *
マダム・ウェンディが用意した馬車に揺られて王都の主要道路を進む。
飛空艇で空から見た王都は、オジェクの四倍はありそうなほどデカかった。
飛空艇の発着場もかなり大きいく、飛空艇が少なくとも八隻は着陸でき、整備用のドックと思われる大きな建物もいくつか見えた。
物と人で溢れており、かなりの賑わいを見せている。
「この発着場は王都の中心から北に四シュバル(約3キロメートル)ほどの位置にあるのよ。だから大体半刻(約三〇分)で王都の中心部へ行けるわ。今日の宿もそこね」
マダム・ウェンディの言う通り、馬車が進むにつれて街並みはさらに賑やかに、人通りも多くなっていった。
馬車ということもあってか、喧騒がより身近に感じられる。
「飛空艇の発着場は元々王都の外れにあったのだけれど、年々王都が拡大しているから今では発着場の周囲まで王都が広がっているのよね」
「そういえば王都の名前って聞いてなかったのだけれど、何なのかしら」
リリーの問いに、不思議そうにマダム・ウェンディが返す。
「王都は王都よ?」
そういや、京都も平安時代の首都としてそのままの意味だから、意味合いがそのままの名称なのもありえるのか?
この国以外にも王都はあると思うが紛らわしくないのだろうか。
そのことを指摘すると、マダム・ウェンディは小首を傾げた。
「そうねぇ、考えたことはなかったけど、ユーストロニア王国以外の首都には名前があるし、不便さは感じてないわね」
ちなみにユーストロニア王国というのは今いる国の名前だ。
今更だが、国外に出る機会も、他の国のことを考える暇もなかったので、あまり気にしたことがなかったのだからしょうがない。
ってか、他の国の首都には名前があるんだな。
多くの都市がそうであるように、古くから伝わる地名とか収めていた人物の名前とかが都市の名前になることが多い。
その点、”東京”のように遷都を機に作られた、役割を意味する都市の名前っていうのは珍しいのだろうな。
まあ、東京は法律的には日本の首都ではないのだけどな。
「宿に行く前に魔導士ギルドに顔を出しておくわね。こっちのギルマスに挨拶をしておかなくちゃいけないから」
当然の如く、王都の魔導士ギルド会館はオジェクのものよりも立派なつくりだった。
大きさもさることながら、堅牢な石造りで歴史を感じる佇まいだ。
馬車は正面に停車するのではなく建物の裏へと回り、そこにある停車場に止まった。
正面の入口ではなく、裏手の職員用の入口から入るようだった。
マダム・ウェンディについて裏口から建物へと入ると初老の男性が待っていた。
「あら、ルーファス自らお出迎えかしら」
「飛空艇が到着したという知らせを聞きましてね、そろそろ来る頃かと思っていました」
マダム・ウェンディはルーファスと呼んだ初老の男性と気安く挨拶を交わし、俺たちに向き直った。
「彼が王都支部長のルーファスよ。それでこちらが”黒き魔女”リリーちゃんと”灰色騎士”アッシュくん」
すっかり定着してしまった二つ名をどうにかしてほしいが、それを言う場でもないと思うので大人しく紹介されるままに頭を下げる。
「王都支部長、なんですか?てっきり王都にあるのが本部かと思ってましたけど」
リリーの問いに、ルーファスは渋い笑みを浮かべた。
「魔導士ギルドに限らず、各種ギルドは複数の国にまたがって存在するのでね、この国の王都に本部があるわけではないのですよ」
「魔導士ギルドの本部は魔導士輩出の総本山、ルケミー魔導国にあるわね。冒険者ギルドの本部は”奈落の迷宮”があるベントカーナ王国の迷宮都市にあるし、商業ギルドはカルク通商連合国のあるカルク島にあるわね」
「結構ばらばらなのね」
地球ではその利便性からヨーロッパに位置し、永世中立国であるスイスのジュネーブにWTOやWHO、赤十字など多くの国際機関の本部が置かれていた。
こちらの世界ではパワーバランスが偏ることを嫌って一国に国際機関の本部を置くことを避けているのかもしれない。
「それにしてもあなた自ら出迎えなんて……なにかあったのかしら?」
マダム・ウェンディが訝し気に問うのに対し、ルーファスは若干困り顔をした。
「それがですね、”彼女”が来ているんですよ」
その言葉にマダム・ウェンディは少し呆れたように吐息をついた。
彼の言う”彼女”が誰かは皆目見当がつかないが、二人にとって頭を悩ます人物らしいことは想像がつく。
「”彼女”のところへは明日窺う予定だったのだけれど……仕方ないわね。予定を前倒しにしましょ。彼女はいつもの会議室?」
「ええ、彼女の対応は任せます」
マダム・ウェンディは慣れた足取りで魔導士ギルドの中を進んでいき、俺たちもその後についていく。
「”彼女”とは?」
「今から会うからその時に説明するわ。ちょっと面倒だけど立場的に無下にはできないのよねー」
魔導士ギルドの支部長たちが無下にできない相手と聞いて少し嫌な予感がする。
「彼女の立場は特殊だけど、あまり畏まらなくていいから」
そう言ってマダム・ウェンディは会議室のドアをノックし、中からの返事を受けてドアを開けた。
中にいたのは一人の若い女性だ。
髪は赤みがかったブロンド。
ストロベリーブロンドって言うんだったかな。
綺麗な髪色だけれど、身支度に頓着しないのか変な癖が付いていてアホ毛みたいになっている。
化粧っ気がないが容姿は整っておりかなりの美人だが、丸い野暮ったい眼鏡が台無しにしているのが残念だ。
着ている服もドレスではなく、ジャケットとスカートというどこかの制服っぽい堅く飾り気のないもので、その雰囲気と相まってどこかの事務員と言われても納得できる女性だった。
マダム・ウェンディは彼女の前に立つとカーテシ―を行った。
彼女がカーテシ―を行っているのを見たことがあるのは伯爵夫妻に対してだけなので、恐らく地球と同じように目上の相手に行う丁寧な挨拶とみて間違いないだろう。
つまり目の前の若い女性はマダム・ウェンディより目上の身分ということになる。
「……あの、そのお二人が例の?」
ストロベリーブロンドの女性が俺たちを興味深そうに見つつマダム・ウェンディを尋ねると、彼女は頷いて俺たちを紹介し、俺たちも簡素ながらこちらの基準にあわせた礼をした。
それを受けて彼女はおどおどしつつも、俺たちに名乗った。
「……えっと、私はユーストロニア王国第三王女、メルヴィナ、です」
なるほど、とうとう俺たちは王族に遭遇してしまったようだ。
ストックが切れたので、次回更新まで時間が開きます。(;´∀`)