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第50話 正義の味方と悪の女幹部、不審者に遭遇する

 飛空艇は順調に進路を王都に向け、高度を上げている。

 風向きは高度によって変化するので、王都に向かう風に乗れる高さまで上昇するのだろう。


「フォルカルから王都へは風に乗っていくみたいね」


 リリーの言う通り飛空艇は帆を張ってそれに風を受けて進んでいる。

 風がなかったり風向きが違えば自前の推進力を使うようだが、基本的に目的地の方角へ向かう風に乗るのが普通らしい。


 地球では上空の風向き・風速の調査はドップラーソーダで行っていたが、勿論こちらの世界にはないため、どうやって風向きを調べているのかと思ったが、長年の勘と魔道具でやっているらしい。

 マジファンタジー。


 プロムナードデッキは吹き曝しだが、風に乗って進んでいるので風との相対速度はゼロになるので風は全く感じない。

 もちろん自前の推進力を使えば相応の風を感じることになるが、そもそも速度が時速三〇キロ程度しかでないらしいので、デッキにいることが絶対に不可能というわけでもないようだ。


 離陸後しばらく風景を眺めていたが、リリーはマダム・ウェンディと一緒に一等客室に向かった。

 なんでも伯爵夫人であるオルマに呼ばれており、お茶をすることになっているそうだ。

 というのもオルマも大の魔道具好きらしく、マダム・ウェンディ共々同好の志ってことらしい。


 うん、姦しそうなので、その場にご一緒するのは遠慮しよう。


 というわけで一等客室にはリリーがいるので、何か起こればすぐに秘匿通信で連絡が取れるし、さして大きくもない船だ。すぐに駆けつけることができる。


 さて、俺は俺の仕事をしようと思う。


 まずは二番デッキのラウンジに行ってみることにする。

 一般客のほとんどは個室が与えられず、このラウンジにいることになる。

 

 ラウンジには丸テーブルと椅子が幾つも並び、乗客それぞれが思い思いに過ごしている。

 冒険者風のグループ、身なりのいい老人夫婦、小太りな商人風の中年などなど。

 飛空艇の搭乗券の値段が張るだけあって、それなりに金銭的余裕のありそうな人間ばかりだ。


 俺はさりげなく乗客をスキャンして危険人物がいないかどうか調べるが、あまり参考にはならない。


 こっちの世界の人間って一般人でも護身用に短剣くらいは持ち歩いてるし、生活必需品として小さいナイフは誰もが持ってるんだよな。


 こちらの世界の人間はマイ箸のようにナイフを持ち歩き、パンを切り分けたり、肉を切ったり、刺してフォークのように使ったりとカトラリー代わりにナイフを使う。

 さらにこちらでは鋏が一般的に普及していないため、カッターナイフ代わりに何かを切ったりするのにも大変重宝している。

 そのため誰もがナイフを持っている。


 一応乗客は乗船の時にチェックを受けるらしいので問題はないとは思うし、ただの刃物程度ならば護衛の領兵だけでも十分に対応可能だろう。


 さて次は下に降りてみるか。

 一番デッキは貨物室と機関室しかないから俺は中には入れない。

 そもそも船内の確認にかこつけてぶらぶら歩いているだけだ。

 細かいことは気にしない。


 機関室はエーテルを作って気嚢に送ったり、帆の制御をしたり、推力を発生させる機関があるらしい。

 よくわからない機械を前に数人の船員が慌ただしく動いているのが覗き窓から窺える。


 さて、貨物室だが木箱が積まれているし、薄暗くてよくわからない。

 入口のドアも鍵が掛けられているようなので、外から眺めるしかないので、強化外骨格の機能を使って簡単に調べることにする。

 暗視(ナイトビジョン)……見える範囲が微妙なのであんまりよく見えない。

 熱画像(サーモグラフィ)……ん?床に熱がある部分がある。まるで足跡のように。

 もしかしたら船員が中に入ったときの痕跡かもしれないが、それにしては熱が残りすぎている。

 まるで息を潜めてじっとそこにいたかのように。

 

 きな臭いものを感じた俺は、ちょうど通りかかった船員を呼び止める。

 スキンヘッドで髭面のちょっと近寄りがたい風貌のおっさんだったが、意外と気さくに対応してくれた。


「なんだい兄ちゃん」

「この貨物室だが、人は入れるのか?」


 船員は俺の質問に怪訝そうにする。


「いや、立ち入り禁止になっているがどうかしたのか?」

「中に人の気配を感じるんだが」


 熱探知の説明はできないのでその辺りはぼかして伝える。

 冒険者の気配察知的ななにかと理解してくれると助かるんだが。

 すると船員は俺の言葉を疑うことはせずにあごひげを撫でた。


「また密航者が入り込んだのかもしんねぇな」

「よくあることなのか?」

「まあ、たまに運賃を払えない奴が潜り込むんだ」


 なるほど。そういうこともあるかもしれない。

 だがこの船には伯爵も乗っていることだし、密航者以外の可能性も念頭にいれておいたほうがいいかもしれない。

 そう思い俺は貨物室に入ろうとする船員を呼び止めた。


「待て、万が一があってはマズイから俺も行こう」

「そいつは心強いね。あんた、伯爵様の護衛だろ」


 そう言って船員はポケットから鍵束を出してドアを開けて中へと入った。


 貨物室は部屋の性質上窓が少ないので、薄暗い。

 船員は目を細めて部屋の中を窺っているが、俺には見えている。


「……あそこにいるな」


 熱画像(サーモグラフィ)で見ている俺の目は誤魔化せない。


 隠れきれないと察したのか、部屋の暗がりから一つの人影が現れた。


 全身黒づくめで覆面で顔を隠している。

 忍者と形容するしかないいでたちだ。


「……密航者には見えないな。あんたは下がってくれ」


 船員を下がらせて俺が前に出て、刀を鞘に収めたまま右に持つ。

 貨物室なので荷物が多く、刀を振るうには少し狭い。

 それにこの程度の相手ならば、刀を抜くまでもない。


 忍者は投げナイフを数本投げてきた。

 牽制だろうか。

 当たっても強化外骨格を着た俺には痛くも痒くもないのだが、外れたナイフが船員に当たっても拙いので全部叩き落す。


 俺の意識が投げられたナイフに向かっている間に忍者は一気に俺との間合いを詰めてきた。

 いつの間にか抜かれた短剣が手にあり、俺の強化外骨格の関節を狙ってくる。

 いい動きだ。

 普通の兵士なら相手できるか分からないほどの腕前だ。


 だけど俺は普通じゃない。

 改造手術と強化外骨格により強化された反応速度、それに行動予測プログラムにより相手の動きのパターンは予測できるし、反応できる。


 普通の人間の動きってのは予測しやすい。

 腕が伸びたり、腕が何本もあったり、壁に張り付いたり、体に隠し武器を仕込んだりしていなければ動きのパターンは絞り込める。


 つまり何が言いたいかと言うと、人間を辞めたりしていなければ俺の相手ではないということだ。


 相手の攻撃を余裕でかわし、みぞおちに刀の鞘で一撃をくらわすと忍者は気絶した。

 うん、悪の組織の下級戦闘員より弱いな。これならメリアとタリアでも相手にできそうだ。


「ロープはあるか?」

「……ああ、あるぞ」


 船員はすぐにロープを用意し、俺は気を失っている忍者の手足を縛っていった。

 ついでにリリーに連絡を入れることにする。


《問題発生だ。貨物室に不審者が入り込んでいた》


 いつもならすぐに茶化した返信がくるものだが、今日は違った。


《こっちも問題発生よ》


 リリーのやけに強張った通信が俺に聞こえてきた。



 * * *



 アッシュからの秘匿通信が来るよりも時は少しさかのぼる。


 私はアッシュと別れてから伯爵夫人のオルマと魔導士ギルド長のマダム・ウェンディと魔道具談議を楽しんでいた。


「以前クリスカが頂いたあのブローチも素晴らしい魔道具よね」

 

 そう言えばそんなものもあげたなと思い出す。


 再びクリスカが危険なことに遭った時のことを考えて、私たちに救難信号と居場所を発信する機能を備えたブローチをあげたのだ。

 あの後に点検と称して、元の世界ベースの技術の発信機から、こちらの魔術を使った技術ベースのものへとこっそり交換している。

 結局、クリスカが再び狙われることはなく、あのブローチも出番はなかったのだけれど。


「あれってどれぐらいの距離まで使えるのかしら」

「そうですね、オジェクの街の中程度の広さなら問題なく使えると思います」

「ねえ、あれの権利も登録して頂戴ね」


 マダム・ウェンディのおねだりに頷くも、登録に必要な書類の作成を考えると少しげんなりする。

 別にデスクワークが嫌いなわけではない。むしろ好きなほうだ。

 でもこちらの世界にはパソコンやワープロがないので手書きなのだ。

 文字もこちらの言語で日本語じゃないし、図面も手書きなので面倒この上ない。


「でもリリーさんの魔道具はどれも緻密で量産には向かないのよね。よくあんな小さな魔導回路をあの精度で刻めるわ」


 そう言ってオルマは吐息をつく。

 彼女自身魔道具を制作するらしいので、あれを作る難しさを十分理解しているのだろう。


 もちろん私が手作業でやっているわけではない。

 CNC彫刻機と3Dプリンターがあってこその精度と緻密さだ。

 この世界からみたらチートだ。


 なのでそれを解決するちょっとしたアイデアもマダム・ウェンディに渡してある。


 パンタグラフ式の彫刻機で、大きく作った原型に沿って動かせば、その動きが縮小されて伝わるものだ。

 これを使えば今までの十分の一程度の精度が出せると思う。


 それを聞いたオルマは嬉しそうに微笑んだ。


「あらあら、これで魔道具業界がまた賑わうわね」

「リリーさんが新しい魔道具を発表してからというもの、刺激された業界で新作が次々に発表されてますからね。そして今回の義肢の魔道具ですから……楽しみでしょうがないですね」


 マダム・ウェンディとオルマが上品ながらオタクくさい笑みを浮かべるのを見ながら、お茶に口を付けていると、なにやら前室のほうから物音が聞こえた。


「……なにか物音が聞こえた?」


 嫌な予感を感じてすぐに席を立ち、前室に繋がるドアをゆっくり開けると、そこには床に倒れる三人の護衛の兵士たちの姿が見えた。

 

 真っ先に頭をよぎったのは毒ガスだ。


「窓を開けて、早く!」


 私の指示に慌てたように主室にいたメイドのひとりが窓を開けていくのを尻目に、私はボディースーツの襟を立ててファスナーを引き上げる。そうすればマスクになるのだ。


「兵士たちが倒れています。確認しますのでここで待機してください」


 私の言葉に伯爵たちの顔に緊張が走った。


 私はマスクをするとなるべくドアを開けないようにして前室に体を滑り込ませ、そして倒れている兵士の一人に駆け寄って様子を伺った。

 息はある。ただ意識がないだけみたいだった。


 兵士が生きていることに安堵するが、何が原因か分からないけれど異常事態には変わりない。

 一応全員の様子を確認していると、マダム・ウェンディがドアから顔をのぞかせた。


「彼らは無事なの?」

「兵士たちは意識を失っているだけみたいですね」


 すぐにアッシュを呼び戻そうとしたところ、彼のほうから連絡が来た。


《問題発生だ。貨物室に不審者が入り込んでいた》


《こっちも問題発生よ》


 アッシュが遭遇した不審者と現在の状況が無関係とは考えにくい。

 おそらく催眠ガスか何かを一等客室の前室に流したのではないかと予想する。


 催眠ガスといっても本当に寝ているわけではなく、正確に言うと気絶に近い。

 貧血による立ちくらみのひどいものといったところで、しばらくすれば目が覚めるとは思うけど、護衛が減った状況はマズイ。


 難を逃れたのは主室にいた護衛の女兵士一人だけ。

 ……ああ、私も護衛か。


 この状況を作り出した襲撃者がこの機を逃すわけがない。


 四番デッキにはプロムナードデッキはないので窓からは侵入できない。

 ということは入ってこれるのは前室からだけ。


 そして案の定、前室のドアを蹴破って不審者が登場した。


 全身黒づくめで、覆面で顔を隠している。

 なにこれ、忍者?


 手には短剣。少なくとも攻撃の意志がありそうだった。 

 すぐにアッシュが来ると思うけど、それまでは私がやらなくてはいけない。


 ……はあ、なんで肉体労働に向かない私がこんなことをしなくちゃいけないのか。


 私はため息混じりに右手を前へ突き出す。

 その手首にはブレスレットに似た、私特製の非殺傷武器―指向性マイクロ波兵器がある。

 地下研究所から出る時に持ち出して、それきり出番がなくて私も存在を忘れていたものだったけれど、今回の王都行きが決まって私自身の護身用武器として持ってくることにしたのだ。


 皮膚に激しい痛みを与えたり、不快感、吐き気を引きおこすけれど、一応非殺傷なので対人相手なら使い勝手がいい武器だ。


 私の目の前の男に向かってマイクロ波を照射。

 すると男は全身に痛みを覚えたようで、すぐに膝をついた。

 何をされたのかわからないという混乱もあるだろう。


「え?なにをしたの?」


 マダム・ウェンディは私の後ろで困惑気味に呟いた。

 確かに私が手を掲げたら男が膝をついたのだから、一体何の手品かと思うだろう。

 今はそれよりも目の前の男の対処だ。


「拘束するためのロープか何か……」


 そう私が言っている途中だった。

 目の前の男は痛みに耐えながら、懐から出した何かの小さな瓶を一気にあおった。


 一瞬、毒かと思ったがなんだか様子が違う。

 そして、男がゆらりと立ち上がった。


「うっそー……」


 いまだにマイクロ波の照射を続けているので、全身を刺すように痛いはずだ。

 でも男はまるで痛みを感じていないかのように体を起こした。

 その顔を見れば、目が血走り、瞳孔が開いている。

 私はこの男の様子に見覚えがあった。


「マズイ」


 すでに効果がなくなったマイクロ波を止め、咄嗟に身構える。

 男はナイフを構えると、私に向かって飛びかかってきたのだった。


 






来週も更新します。(*'ω'*)

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