第49話 正義の味方と悪の女幹部、飛空艇に乗る
異世界生活四十九日目
明朝、護衛のリーダーを務める男と打ち合わせをすることになった。
領軍の正規装備をまとう精悍な顔つきの男で、名前はラトランドというらしい。
俺よりちょい年上だろうか、真面目そうな人物で、家名がないことから察せるとおり平民の出らしい。
例の領軍軍団長とその一派のせいで出世できずにいたが、俺たちが色々やったお陰で大分やり易くなったらしく、顔合わせの時にやたらと感謝された。
「飛空艇に乗る領兵は俺を含め四人だけだ。飛空艇内にも警備兵はいるが、警戒を宜しく頼む」
「基本は伯爵たちのそばは領兵で固めて、俺たちが対処に動くってことでいいんだな?」
「そのほうがやりやすいだろう?」
ラトランドの言う通り、俺たちに守るのは向いていない。
敵を倒すのが仕事の”正義の味方”と、破壊するのが仕事の”悪の組織の女幹部”だ。
”攻撃は最大の防御”を地で行く脳筋なので、誰かを守りつつ戦うのは得意ではない。
まあ、強化外骨格があればこの世界の武器は全て防げると思うので、盾になれと言われればやらなくもないが。
「乗客は全員飛空艇に乗るときにチェックを受けるし、伯爵様たちは基本的に一等客室から出ないから、護衛も難しく考えることはない。なに、滅多なことはないさ。気楽にいこう」
そう言ってラトランドは笑い、俺も愛想笑いを返したがあまり笑えない。
だって、見事なフラグだ。
リリーもそう感じたようで、
「これってフラグよね」
リリーの言葉にため息で返す。
「なんかすげー乗りたくなくなってきた」
「知ってる?航空機事故に遭う確率は四百八十五万分の一で、自動車事故に比べて遥かに低いのよ」
「この世界の飛空艇と全く関係がないじゃねーか」
とはいえ仕事は仕事。
一応は護衛として雇われている身分だから乗船を拒否することはできない。
嫌な予感がする程度で仕事を放棄などできないのだ。
さて、VIP待遇の伯爵たちは一番最初に乗船を開始することになる。
伯爵の連れである護衛の俺たちもほぼノーチェックで一緒に乗船することになる。
なお、魔導士ギルド長であるマダム・ウェンディもVIP待遇だ。
こちらにはIFRする技術がないのでVFRが主流だ。
そのため視界を確保できない夜間に飛空艇を飛ばすことは危険なため、基本的に日中しか飛空艇は飛ばさないらしい。
元の世界と違って他の航空機や高層建造物が少ない代わりに、空飛ぶ魔物がいる世界だからな。
飛空艇は目玉が飛び出るほど高価なものらしいし、無駄な危険は冒せないってことだろう。
飛空艇は隔日一便運航で、昨日の夕方に王都からフォルカルに戻ってきていたらしいのだが、俺たちは早々に宿に引っ込んだのでその姿は今日初めて見ることになる。
飛行船のような気嚢の下に、ミシシッピの外輪蒸気船のような船体がぶら下がっている。
風を受ける帆と思われる魚のヒレみたいなフィンがいくつも船体の横から生えている。
まさにファンタジーな飛空艇のイメージそのままだ。
「基本的なところは飛行船みたいね。どうやって飛んでいるのかしら」
興味津々なリリーの疑問にマダム・ウェンディが答えた。
「飛空艇はね、龍仁にマナを注ぐことによって空気を錬成してエーテルに変換し、エーテルを飛空艇の気嚢に溜めることによって浮かぶのよ。地上に戻るときは逆で、蓄えたエーテルを放出するの」
魔道具関連の話題だからか嬉々として答えるマダム・ウェンディの答えに、なんか色々気になる単語があった。
「龍仁?エーテル?」
「龍仁っていうのは龍の心臓付近にある特殊な器官で、マナを注ぐことによってエーテルを生みだすのよ。それを使って龍は空を飛んでいると言われているわ」
なるほどファンタジー。
「龍ってこの前アッシュが倒したやつ?」
龍と言われて俺もリリー同様にミリアとタリアを瀕死に追いやったドラゴンっぽい生き物を思い浮かべる。
だがマダム・ウェンディは首を横に振った。
「あれは赤翼大蜥蜴。龍っていうのは翼によらないで空を飛ぶ魔物の総称みたいなものね。龍は他の魔物とは別格の存在よ」
なるほど龍と魔物はひとまとめに語れないものなのか。
それにしてもそんな謎生物が俺たちの地下研究所のそばのベレト大霊峰に住んでんのか。
今更ながら、ヤバくね?
赤翼大蜥蜴は俺のEM拳銃で倒せたが、龍とやらはどうなのか。
「飛空艇には龍の素材をふんだんに使われているのよ。エーテルを溜める気嚢だって龍の内臓だし、骨組みも龍骨を使っているのよ」
龍骨といっても船底の中央に据えるキールのことではなくて、文字通りの龍の骨のようだ。
空を飛ぶ魔物っていうぐらいだから、その骨も軽くて丈夫なんだろう。
「それで、エーテルっていうのは?」
「エーテルっていうのは空気から変換される物質で、天空へと戻ろうとする性質があるの。それを利用して、飛空挺は空を飛ぶのよ」
空気から作られて、空気よりも軽い物質。
もしかしなくてもこれは。
《エーテルって、水素みたいね》
リリーも同じ事を思ったみたいだ。
ヒンデンブルグ号が頭をよぎる。
「……エーテルって燃えるのか?」
俺の問いにマダム・ウェンディは不思議そうな顔をした。
「いえ、確か燃えなかったはずよ。変なことを気にするのね」
《……ってことはエーテルは水素じゃない?》
《言われてみれば、水素ならこの気嚢のサイズでこの船体を持ち上げれるほどの浮力はないわよね》
水素1リットルで1.2グラムの浮力だったか。
確かにヒンデンブルグ号はジャンボジェットをはるかに超える大きさでありながら最大離陸重量は一三〇トン程度であるのに対し、ジャンボジェットは四〇〇トンほどもあった。
つまり飛行船のような機体で、大きな船体を飛ばすにはより大きな気嚢が必要ってことだ。
それにも関わらず小さな気嚢で飛ぶ飛空艇……うん、ファンタジーだな。
俺は深く考えるのをやめた。
とりあえず水素を使っていないのだから、ヒンデンブルグ号の惨事の二の舞は避けられるという事だ。
《……水素よりも軽い物質ということ?いえ、そもそもエーテルは天空に戻る性質があるっていうだけで、空気よりも軽いとは言ってないのよね。……エーテルってまさか反重力物質?》
なんかリリーの呟きが秘匿通信から漏れているが、俺にはついていけないので無視することにする。
リリーが自分の世界に入ってしまったが、俺は一応は護衛なので船内の把握をしておいたほうがいいだろう。
外輪蒸気船のような船体は四階層に分かれている。
主甲板である一階部分は貨物室と機関室になっている。
貨物は昨日の夜のうちに運び入れられているようだ。
二番デッキ、二階にはラウンジと乗務員用の部屋があり、一般の乗客は個室を使わず、ラウンジを使うことになる。
飲食は自由だが、基本的に持ち込みだけで、販売スタッフがいるわけではない。
ただ商魂豊かな商人が店を広げるのが日常茶飯事らしいのだが。
乗客向けに調理スペースもある。
火事を起こさないために本当の火は使えず、魔導コンロなる電熱線ヒーターめいたコンロがあり、簡単な煮炊きくらいならできるスペースがある。
なお、トイレは一等客室以外は共用だ。
三番デッキである三階には小さな個室の二等客室が数個と一等客室があり、内装も豪華になっている。
一番広い一等客室とはいえ主室が八畳ほど、前室が六畳ほどなので、伯爵たちとメイドたち、護衛全員が入るには少し手狭になる。
四番デッキの四階にはこの船の操縦室があるようだ。
各階には船の外周を歩けるプロムナードデッキがあり、ほとんどの乗客がそこで出港時を楽しむようだ。
空を飛ぶ機会なんてこの世界の人間にとってはかなり珍しいからな。
俺たちもマダム・ウェンディに誘われてプロムナードデッキに出ることにした。
ちなみに伯爵たちは何度も乗っているので、デッキにはでないらしい。
見送り客もちらほらいるが、さして多くはない。
まあ、隔日でやってくるから珍しいことでもないのだろう。
なお、船の出港時に紙テープを使って見送りするのは日本独自の文化らしい。
デッキでしゃべっていると、乗務員や地上スタッフが慌ただしく動き回り、係留用のロープが外されるのが見えた。
「そろそろ、出発するみたいだな」
ふわりと、浮遊感を覚えた。
見ればゆっくりとだが、地面を離れている。
「おお、浮いたわね」
まさに”浮く”といった感じで、ロープでぶら下がるように若干ゆらゆらと揺れている。
熱気球なんかはこんな感じなんだろうか。
乗ったことがないので比較しようがないが、飛行機とも違う独特の感じに若干わくわくする。
王都に向けた蒸気外輪船めいたこの飛空艇での短い旅路に少しだけ高揚感が増してくる。
だがリリーはそんな俺に水を差してくる。
《そういえばミシシッピ殺人事件っていう外輪船を舞台にしたゲームがあったわね》
《やめろ、フラグを立てるな》
来週も更新します。