第47話 正義の味方と悪の女幹部、メンテする
異世界生活四十七日目
俺は地下研究所の個室で朝から装備の点検に勤しんでいた。
王都に向かってしまえば落ち着いて点検することもできなくなるからな。
強化外骨格の本格的な点検整備は本部の施設でなければできないが、どこで不測の事態に陥りかねないので装着する”正義の味方”自身も簡単な点検整備や修理くらいならできるように訓練を受けている。
「装甲は……問題ないな」
こちらの世界での飛び道具は魔法や弓矢程度なので、強化外骨格の装甲が傷つくことすらないのがありがたい。
装甲はモジュールになっているのでダメージを受けた部分は外して交換できるのだが、こちらの世界で装甲を補充することはできないので大事に使うしかないのだ。
今のところ不具合は生じていないし、システムチェックでもエラーは検出されていないので、やることといえば各部分の清掃とオイルを差すことくらいだが。
それでも装甲を外し、隅々まで綺麗にして損傷がないか調べ、可動部にオイルを差してやるとなかなかに時間が掛かる。
本格的な整備ができない以上、こまめに点検するしか故障を防止することができないので大事なことだ。
……故障したらリリーに頼るしかないよなぁ。
リリーに頼ると言えば、EM拳銃のこともそうだ。
こちらの世界に来て、そこそこEM拳銃を使ってしまっている。
俺がEM拳銃を支給されてから、訓練以外で使ったことは二回しかないというのに、こちらの世界に来てからは大王岩猪に一発、盗賊に三発、赤翼大蜥蜴に一発、計五発も使っているのだ。
EM拳銃はもともと使用率が低く、支給される弾も少ない。
マガジンひとつで七発、それが四本だけだ。
そのうちの三本が鉛のコアに銅のジャケットを被せてある通常弾、残りの一本がタングステン合金がコアになっている徹甲弾だ。
俺が使ったのは通常弾を五発。
つまり現在残っている弾の数は通常弾十六発、徹甲弾七発ということになる。
EM拳銃の弾は、一般的な拳銃の弾とは違い薬莢も火薬も雷管も必要ない。
単四電池に近いサイズの金属の塊であり、複雑な構造はしていない。
基本的に形状が同じで、素材が電気伝導体であれば問題なくEM拳銃で撃てるはずだ。
あとEM拳銃の弾もだが、実は銃身も消耗品だったりする。
今すぐどうこうというわけではないが、このままEM拳銃を使い続けることになれば、いずれ銃身のほうも交換しなくてはいけなくなるだろう。
……うーん、こっちもリリーに相談だな。
この際だから、装備のあれこれをリリーに頼るか?
この世界に来た当初は、”正義の味方”の装備の情報が悪の組織の女幹部であるリリーに渡るのを避けるために、装備をリリーに見せることを躊躇っていたのだが、元の世界に戻れるかすら怪しい状況下でそこを気にする必要性は疑問だ。
それに俺はリリーをそんなに悪いやつだと思っていない。
彼女が酒井百合子だと知ったのもあるが、それより前からもただ悪をなす悪党だとは感じていない。
ちょっと目的を達するための方法と手段に頓着しないというだけだ。
ルールを無視することが地球では問題であり”悪”をされることであっても、それだって地球の法が通用しないこの世界では意味をなさないことでしかない。
だから俺がリリーを裁く資格も義務もないわけだ。
というわけで、俺がリリーに技術面で協力を仰ぐことの正当化を自己完結していると、件のリリーがメリアとタリアを引き連れてやってきた。
うーん、手下を引き連れて歩いていると悪者の親分感があるな。
「ここにいたのね」
「なんだ、何か用か?」
リリーは俺の問いかけに答えず、控えていたメリアとタリアに向かって声をかけた。
「メリア、タリア、確保!」
リリーの掛け声を合図になぜかメリアとタリアの二人がにじり寄ってくる。
「なに?なんなんだ?」
訳が分からない。
戸惑っているうちに二人に両腕を掴まれた。
二人ともなまじ強化されているからかなり力が強い。
振りほどけなくもないが、リリーの意図が分からないので無下にも扱えない。
「一体どういうことだ?」
訝し気な俺の視線を受け、リリーが不敵な笑みを浮かべた。
「あなた、こっちに来てからメンテしてないでしょう。この際だから、メンテしようと思って」
そう言われてみれば自分自身のメンテのことをすっかり忘れていた。
”正義の味方”のときでも一か月に一回の頻度でメンテナンスを受けていた。
こちらに来て四十七日経つのだから、そろそろメンテをしなければならない時期だ。
「確かにそろそろメンテの時期だが……この扱いはなんだ?」
そう言って俺はメリアとタリアに掴まれた両腕を見た。
「え?なんとなく逃げそうだったからよ。まあいいわ、早速検査するわよ」
そうしてリリーに言われてメリアとタリアに拘束されたまま、地下研究所の一室へ向かうことになった。
* * *
リリーに言われるままに術衣に着替えさせられてMRIに似た機械に入れられたり、血液を採られたり、視聴覚のテストをされたりして、隅から隅まで検査されることになった。
”正義の味方”でも似たような機械で定期的に検査を受けていたので問題はない。
「ふーん、ふんふん」
リリーが撮影した画像や検査の結果を眺めながら唸っている。
タリアがその隣で眉間にしわを寄せて一緒にモニターを眺めているが、理解しているのだろうか。
「かなり改造してるわね。左腕は完全に義手だし、脳神経系も弄ってあるし、内臓も一部機械化してる。骨格も強化されてるし、筋肉も要所要所人工筋肉に入れ替えられて増強されるわね。……あなた、強化外骨格なしでも下級戦闘員相手なら勝てるんじゃないの?」
「サシなら十分戦えるだろうな」
まあ、下級戦闘員が群れていないことなんてまずないんだが。
「それにしても随分改造されてるわね。他の”正義の味方”もこんなに改造されてるわけ?」
「初期の強化外骨格は改造なしで扱える代物じゃなかったから、”正義の味方”になるためには改造が必須だったんだ。それに戦闘で負傷するたびにあちこち手を入れていったからな。最近の”正義の味方”は俺ほど改造されていることはないと思うぞ」
実際、八八五号の改造はBMIと、薬物による軽い身体強化程度だった。
「とんでもないわね”正義の味方”って。正義のためなら自己犠牲も厭わないのね」
「悪が何でもありだからな」
悪と違って”正義の味方”は法律や倫理観というルールに縛られる。
だからその枠内でできることはなんでもやるしかないのだ。
「……それで?俺は問題ないのか?」
「そうね、この検査結果を見る限り問題はなさそうね。それにしても他の人が開発したものを見るのって楽しいわー」
リリーが楽しそうで何よりだ。
「そうか。じゃあついでに強化外骨格のメンテもやってくれないか。俺の簡易整備じゃあやれることもたかが知れてるからな」
俺の言葉にリリーは意外そうな顔をした。
「あら、いいの?私が見ても」
確かにこちらに来た当初ならばリリーに強化外骨格の整備を任せるようなことはしなかっただろう。
だがリリーと一カ月以上一緒に暮らし、彼女のことはある程度知っているつもりだ。
リリーが、ドクター・ダークリリーという悪の組織の女幹部であることだけでなく、酒井百合子という幼馴染でもあり、瀕死のメリアとタリアを見返りを求めずに治療するような奴で、マッドサイエンティストだが悪いやつではないということを俺は知っている。
「……今更だろう。それに俺としてはお前を信頼しているしな」
俺の言葉に、意外にもリリーは照れたようにそっぽを向いた。
「あなたの強化外骨格に下手なことをすれば貴重な戦力を失うことになるんだし、そんな馬鹿なことはしないいわよ。……まあ、メンテくらいやったげるわよ」
これが所謂ツンデレか?
それを指摘するのは野暮な気がするので触れないでおく。
「どうせ他の装備もメンテが必要なんでしょ?まとめて持ってきて頂戴」
「うん、まあ、宜しく頼むわ」
流石はリリー、察しが良くて助かる。
とりあえず王都行きの前の懸案事項は解決しそうだな。
はてさて、いよいよ王都行きか。
トラブルなく済めばいいが、そうはいかないっていうのが世の常なんだろうな。