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第45話 正義の味方と悪の女幹部、奴隷契約をする


 魔導士ギルドのギルド長”マダム”・ウェンディがほどなくして来たが、俺の印象は『こんな人だっけ?』というものだった。


 まず呼び出しを受けてから、数分と待たずに会議室に駆け込んできた。

 どんな風に呼び出されたのか分からないが、珍しい魔道具を見てほしいとかなんとか言われたのだろうか。


 息を切らせてきたことから魔導士ギルドから走ってきたのだろうことは分かるが、それにしても早い。

 冒険者ギルドから魔導士ギルドまで五〇〇メートルは離れていると思うのだが、その距離を全力疾走したのだろうか?


 事実、彼女のお供と思われる魔導士ギルドの職員は遅れること数分後に息を切らせてやってきた。


 普段のウェンディはアダルトな色気を漂わせる年齢不詳の美魔女だが、今日は乱れた髪も気にも留めた様子はない。


 それからは騒がしかった。

 タリアの義肢を見ては騒ぎ、メリアの皮膚を見ては騒いだ。


「嘘でしょ!?あの状態の傷がこうなるの!?っていうかこっちの子の両手足は義肢っ!?」


 一応以前の状態の観察写真は記録として残してあり、それもウェンディに手渡している。

 そうでないと金額査定ができないからな。


「なにこれ!?訳分かんないんだけどっ!?どこからどう見ても生身にしか見えないんだけど!?」


 ぺたぺたとメリアとタリアの手足を触り、舐めるほど近くで凝視しているその姿は変態だ。

 良かったな、見た目が美魔女で。

 見た目がおっさんだったら完璧に事案だ。


 他のギルドのギルド長が来るからか、冒険者ギルドのギルド長ウォルトも同席していたが、メリアとタリアの二人が美魔女に弄繰り回されるのを俺と一緒に所在無さげに眺めていた。


「……あの人も魔道具が関わらなければ立派な人なんだがな」


 ぽつりと漏らしたウォルトの言葉に、なんとなく俺は察した。

 それにしても俺は横で眺めているだけだから気楽なものだが、ああもべたべたじろじろと見られたらメリアとタリアは心身ともに疲れただろう。

 あとで労わってやろう。


「リリーさんっ、これっ」


 しばしメリアとタリアを検分していた彼女だったが、鬼気迫る雰囲気でリリーを見る。

 だがその発言の意図を察したリリーは首を横に振った。


「あーすみませんけど、これの製法は教えることはできません」


 リリーの言葉にウェンディは明らかにがっかりしたような顔をする。

 実際のところ教えることができない、というよりも教えても理解できないってのが正しいところだろうな。


「その代わりといっては何ですが、こんなものを用意しておきましたよ」


 そう言ってリリーはひとつの書類の束をウェンディに手渡した。

 それを受け取って一読したウェンディはがばっと顔を上げてリリーを凝視した。


「こ、これ!?これだけでも十分革新的よ!」


 メリアとタリアのオーバースペックから少しでも注目を逸らすために用意した、こちらの技術に合わせてローカライズした義肢の作り方らしい。

 機械工学ではなく魔道具の技術を用いて作られた義肢で、使い手の思い通りに動くロボット義肢らしい。

 これでもこちらの世界ではオーパーツレベルだろうが、使っているのはこちらの世界の技術だ。

 メリアとタリアに使っている技術も、こちらのものだというミスリードができるというわけだ。


 嬉々として書類を読むウェンディだったが、業を煮やしたユディットが声をかけた。


「……ウェンディさん、二人の”金額”を査定してもらいたいのですが」


 そう、彼女を呼んだのはそれが目的だ。

 断じて珍しい魔道具を見せるのが目的ではない。


 やはりリリーと意気投合しただけあって、彼女は相当の魔道具オタクで、自分の興味を引くものにどっぷりはまり込むタイプの人間のようだった。


「そうだったわね……あー、駄目。全然分からないわ」


 ウェンディは首を横に振った。


「ちょっとウェンディさん、真面目にやってくださいよ」


 ユディットの苦言に、ウェンディは苦笑を浮かべる。


「規格外すぎるのよ。とりあえずこっちの特許料だけでも大きな屋敷が何件も買えるわよ。いえ、下手したら貴族に召し上げられるかもね」


 彼女はローカライズした義肢の資料を指して言った。


「これまでも動く義肢っていうのはあったわ。だけどそれはこれほど精密に使用者の思い通りになんて動かないし、動く部位も一か所か二か所程度の代物よ。そんなのでも八千ガル(約百万円)は下らないわ。もしこれを作って売るとしたら……十倍の八万ガル(約千万円)くらいかしら」


 俺たちの家が六万ガル(約七五〇万円)だったので、義肢一本でそれよりも高いということになる。


「そんなに?」


 リリーの言葉にウェンディは呆れたように言った。


「あのね、治癒術じゃあ手足は生やせないの。それが以前と同じように歩いたり、手が使えるようになるなんてことになったら一大革命よ?いくら金を積んでもこの義肢を欲しがる人間なんて数え切れないほどいるわ」


 確かに考えてみれば地球でも近年まではロボット義肢はそんなに普及はしていなかった。

 俺も左腕を失ってロボット義手を付けているが、それも”正義の味方”だから優先的に試験段階の技術を提供してもらえるからだ。


「で、彼女は四肢をこれよりも高性能な義肢に変えているんでしょ?これが四つと単純に考えるなら三十二万ガル(約四千万円)以上、そうね無理やり値段を付けるのなら五十万ガル(約六二五〇万円)ね」


「そして問題は彼女よ。全身に負った火傷の治療に、皮膚の移植?昔読んだ論文で魔物の皮膚を移植したなんていう実験を聞いたことあるけど、体のごく一部よ?それを全身にやったようなものだし、リリーさんのことだからもっととんでもないことをやったんじゃないの?値段のつけようがないわよ」


 はは、ばれてら。

 恐らく何か理解の範疇を超えることをやったことは分かるんだろうが、何をやったかまでは分からないんだろうな。


「そうねー、二人で百万ガル、いえ、最低限百二十万ガル(約一億五千万円)は必要ね」


 一般的労働者の一日の給与が八十ガルだから、およそ四十一年分の賃金ってところか。

 いや、二人分だから二十年くらいか。

 思っていたよりも安い、のか?


「もちろんこれは義肢とかだけで、治療費は含まないわよ。二人は瀕死ていうかほぼ死んで当然の状態だったらしいから治療費も高額なものになるわね」


 うわー、めんどくさい。

 もう最低料金の二人で百二十万ガル(約一億五千万円)でいいんじゃね?


「一応訊くが、六十万ガル(約七五〇〇万円)の負債奴隷なんているのか?」


 俺の問いにユディットが首を傾げた。


「まず一個人がそれだけの金額を借りることすら難しいですからね。それだけの負債を抱えることが難しいですよ」


 この世界にも銀行はあるが、この命が軽い世界で信用貸付はかなり厳しいものになるだろう。

 商会などの担保になるものがあればある程度まとまった金額は借りれるだろうが、命を資本にして危険と隣り合わせな冒険者が大金を借りれるとは思えない。


「それにそもそもそんな高額な負債奴隷、誰も手を出しませんよ」


 確かにそうだ。

 買い手が付かなければいくら高値を付けても意味がない。

 この国の負債奴隷は借金を返せない人間が相応の値段で奴隷商に自分を身売りして、返済の足しにするのが一般的だ。

 なかには俺たちのように債権者が債務者を日給換算で借金を返済するまで一定期間奴隷にするなんてこともするらしい。

 それでも百二十万ガルを貸し付けれる債権者などいないだろうから、俺たちのケースはかなり例外だな。


 そして奴隷になる二人なんだが、かなり奴隷になることに意欲的だ。


「お二人には御恩がありますから、一生奴隷でもいいです!」


 まあ命を救われ、絶望的な状況から救われたのだから恩を感じるのが普通だとは思うが、二人はちょっと行き過ぎな気もする。

 そんなメリアとタリアの熱い視線を受けてリリーはしばし考えこんだ。


「そうねー、奴隷って自分を買い戻せるかに関わりなく、所有者の都合で解放できるんでしょ?」

「ええ、まあ制度上ではそうですね」


 でもそうする人間はまずいないだろう。

 奴隷といえども、所有者からすれば資産だ。

 好き好んで損をする人間は普通いない。


 とはいえ、リリーが普通だとは言っていない。


「だったら金額は適当でいいわ。いつでも解放できるんなら」


 リリーには彼女たちに固執する理由はない。

 だけど彼女たちを治療し、庇護のもとに置いたからには責任がある。


「まあ、彼女たちは私の技術の結晶みたいなものだから、保護するためにもそう簡単には手放さないけどね」


 彼女たちを奴隷から解放すれば、彼女たちは俺たちの保護から外れることになる。

 もしかしたらいずれ俺たちがこの地、いや、この世界から離れなければならないかもしれないから、いつまでも彼女たちを保護することはできないとしても、彼女たちが自分の身を守れるようになるまでは奴隷の待遇であることが望ましいだろう。


「じゃあ、一人六十万ガルってことでいいのか?」


 俺は確かめるように問うと、リリーは首を縦に振った。


「ええ、それでいいでしょ。ここで奴隷契約はできるの?」

「できますよ。奴隷契約自体は前に略式のものを済ませていますから、契約の詳細を書面にするだけですし。ではギルドの公証人を使いましょう。立会人はウォルトと……ウェンディさん、いいですか?」

「ええ、良いわよ。私が立会人になったほうが金額を吹っ掛けてないっていう証明になるだろうし」


 冒険者ギルド長と魔導士ギルド長の立ち合いで奴隷契約か。

 ユディットが公証人を手配しに部屋を出て行くのを見送ると、ウェンディが控えめにリリーのもとに歩み寄った。


「ねえ、早速だけどこの義手を作ってもらえるかしら?できれば装飾が華美なのと、普段使いの実用性が高いものの二つ」

「いいですけど、どうするんですか?」


 ウェンディの提案を訝しく思ったのか、リリーは尋ねた。


「王都の魔導士ギルド本部に報告がてら、王族に献上しようと思って」

「王族に、ですか」


 厄介事の気配を感じてリリーは眉をひそめた。

 リリーは社会に抗う悪の組織の人間であり、権力と名のつくものを毛嫌う傾向がある。

 俺は長いものには巻かれたほうが楽という考え方だが、それでも権力者と好き好んで関わり合いたくはない。

 そんな俺たちの様子を察してか、ウェンディは取り繕うように言った。


「そうよ、これだけのものだもの。利権とかの根回しのためにすぐに報告したほうがいいし、王族にも現物を献上したほうがいいわよ。面倒かもしれないけど王族の顔を立てておけば、他の面倒なことがあったときに便利なのよ」


 言ってしまえばウェンディ自身もこの街の権力者の一員だし、この街の最高権力者である伯爵にも俺たちは面識がある。

 権力者とは関わりたくないなんて言っても、何を今更という感じはあるな。


 リリー自身もそう思ったのか、気のりはしない様子であったがウェンディの提案に頷いた。


「作るのはいいですけど、欠損箇所や腕の長さなど調べないといけないですし、作ったあとも使用者に応じて調整しないといけませんよ」

「それもそうね、どうしようかしら」


 ウェンディは悩まし気にしていると、ずっと沈黙を保っていた男が不意に口を開いた。


「お前たち、面倒事を一度に済ませるつもりはないか?」


 ……ウォルト、そういえば居たね。


登場人物


アッシュ ”正義の味方” 冒険者としての二つ名は”灰色騎士”


リリー  ”悪の組織の女幹部” マッドサイエンティスト 冒険者としての二つ名は”黒き魔女”


メリア リリーの奴隷 五級冒険者 タリアの姉


タリア リリーの奴隷 五級冒険者 メリアの妹


ウォルト 冒険者ギルド オジェク支部長

     元州知事のハリウッドスター似 寡黙


ユディット 冒険者ギルド 受付嬢兼支部長補佐


”マダム”・ウェンディ 魔導士ギルド オジェク支部長 美魔女 魔道具オタク

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