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第38話 冒険者姉妹、不運を嘆く


 私たちにツキはない。

 子供の頃からそうだった。


 私たちの両親は冒険者だった。


冒険者だった両親は村の戦力として重宝されていたらしかったが、二人とも村を襲った魔物を倒そうとして逆に殺されて死んでしまった。

残された私たち姉妹はまだ幼く力がない少女であり、自活するほどの能力はまだなかったため、祖父に引き取られた。

その頃はまだ良かったのだ。



祖父は元冒険者として村の中でそこそこ発言権があり、私たちも蔑ろにされることはなかったが、祖父が流行り病に倒れて呆気なく死んで、状況は一変した。


 祖父の庇護を失った私たちを村の連中はこき使いだしたのだ。


 その頃には成長し、祖父から冒険者としての技術を教えられていた私たちは狩りを行って生活の糧を得ていたが、村の連中はその成果をはした金で奪おうとしてきたのだ。


 さらに村の男の中には下卑た視線を私たちに向ける者もおり、タリアは夜道で襲われかけたことすらあった。

 勿論、返り討ちにしたが。


 私たちは村での生活に嫌気がさしてきて、祖父から教わった冒険者の技術を頼りに私達は冒険者になるべく村を出ることに決めた。


 あいつらは森での狩猟の糧を得ることができなくなることを危惧し、私たちを無理やりにでも捕らえて片方を人質にして言いなりにしようとしてきたが、それも想定していた私たちはわざと森を抜けて追っ手をまいて村を出た。

 私たちにとっては勝手知ったる森の中だが、何の技術も持たないあいつらにとっては危険極まりない場所だ。

 運が良ければ、いや、運が悪ければ死ぬかもしれない。




 そうしてできるだけ離れたこのオジェクの街に来て、私たちは冒険者を始めたのだ。


 冒険者を始めて初めて祖父がかなりの実力者であったことを知った。

 なにせあの村の連中でさえ、祖父には敬意を示していたのだ。

 そんな祖父に教えられていた私たちは、駆けだしの新人ながらも他の新人に比べてうまくやれていた。


 冒険者になってからも色々と順調とはいえなかったけれど、妹のタリアと一緒に頑張って冒険者として経験を積んで、裕福じゃないけど金に困らずに生活できるようになってきた。


 ようやく私たちにも運が向いてきたと思ったのに。



 * * *



「臨時依頼?」


 タリアが持ってきた話に私は聞き返した。


「なんか東の森に魔物が増えているんだって。それでギルドが臨時依頼を出したみたいだよ」


 ギルドの出す臨時依頼は割がよくて良い稼ぎになる。


「でも討伐なら私たち二人じゃきつくない?」

「大規模な討伐になりそうだから、複数のパーティーの合同で受けないかって話なのよ」


 他の冒険者も一緒と聞いて、私は以前に何度か経験したいざこざを思い出し顔をしかめた。


 粗野な冒険者は私たちが若い女だと見て軽んじたり、性的嫌がらせをしてきたりすることがしばしばある。

 だから私たちはあまり他の冒険者と関わる依頼は好まないのだ。


「大丈夫、アレンさんのところが統括するみたいだから」

「アレンさんのパーティー?なら問題は少なそうね」


 アレンさんとは二、三度依頼を一緒にこなしたことがある。

 彼は獅子の獣人のベテランの冒険者で、オジェクの冒険者の中でも指折りの腕を持ち、一目を置かれる人だ。

 アレンさんに限らず、実力のある冒険者は基本的に人当たりがよく、人がいいことが多い。

 まあ、例外はいるけれど。


 人が良く人望がなければ他の冒険者に慕われないし、良い仲間を得ることもできない。

 でもそれ以上に実力のない冒険者は余裕がなく、他人を気遣うことすらできないというのが実情だろうか。


 他人を気遣えるのは本当の強者だ。

 無私の精神で他人のために動けるお伽噺の勇者みたいな存在など、本当に強くなければできやしない。


 少なくとも、私にはできない。

 自分自身と妹のことだけで精いっぱいの私は―—―間違いなく弱者だ。



 * * *



 正直なところ、大いに当てが外れてしまった。


 アレンさんのパーティーは想定通りで何の問題もない。

 アレンさんと盾持ちの大柄の剣士、弓使いの若い男性と魔術師の男性の四人パーティーで、彼らは実直で腕が立ち、人柄もいい人たちだ。


 問題なのは、彼らの他にもパーティーが参加していて、そのパーティーがかなりいけ好かない連中だったということだ。


 まず一組目はよその街から来たばかりの二人組の男の冒険者。

 山賊かと見まがうばかりの厳つさと、その見た目に違わぬ少々粗暴な振る舞いはまさに荒くれものといったところで、冒険者を体現するような二人だ。

 とはいえ彼らは格上であるアレンさんにはそれなりの敬意を払っているみたいで、アレンさんの指示には素直に従っているし、粗野な言動に目をつむれば実害はほとんどない。


 そして彼らよりも厄介なのはもう一組のパーティーだ。


 リーダーらしきキザな男は自分のことを二枚目と思っている自信過剰な男で、事実整った顔立ちはしているのだけれど、それ以上にその仕草や態度が鼻についてうんざりさせ、二人組の冒険者を苛立たせている。

 わざと人間関係を悪くしようとしているんじゃないかと疑うほどだ。


 まあ、それでもこんな男がいいと思う女がいるみたいで、彼は女性冒険者を二人両隣に侍らせていた。


 そしてその二人の女性冒険者はなぜか私たちを牽制するように睨み付けてくる。

 わけがわからない。


 それにしてもさっきからその男からの視線を感じる。

 知り合いだっただろうか?


「ねえ、タリア。あの男って知ってる?」


 私の質問にタリアはどことなく呆れたように私を見た。


「お姉ちゃん、忘れたの?パーティーに入らないかってしつこく誘ってきた奴じゃない。お姉ちゃんは手ひどくあしらっていたけど」

「ああ、そんな奴もいたわね」


 タリアに言われてようやく思い出した。

 冒険者になってそこそこ名前が売れ出してきたときに、パーティーに入らないかとしつこく勧誘してきた男がいた。

 なんか同郷のよしみとかなんとか言っていたけど、私は全然覚えがない。

 タリア曰く、本当に同じ村の出らしいので嘘ではないみたいだが、私たちと接点など全然なかったはずだ。

 よく知らない人間と組むのは嫌だったし、なにより下心を感じる私たちを見る目が嫌だったので断ったのだ。


 それでもしつこく勧誘してきたので少々手荒に拒否したら、ようやく諦めたようで私たちに接触しなくなったのですっかり忘れていたのだ。


 えーと、名前はローランとか言ってたっけ?

 とにかくそのキザ男がウザいのだ。


 冒険者としての腕は悪くないのだろうが何にも増して協調性がなく、事あるごとに二人組の男性冒険者に突っかかっていくのだ。

 そして仲間の二人の女性冒険者もそれを諫めることをせずにに同調するので、余計に面倒なことになる。

 二人組の冒険者のほうも粗暴なために言い争いになり、アレンさんがそれを諫めて仲裁するのを何度となく繰り返した。


 正直、付き合っていられない。


 だけど今更ここで離脱はできない。

 依頼を途中で放棄すれば違約金が発生するし、もう大分森に入り込んでしまっている。

 ならば依頼を速やかに終えたほうがいい。


 それに私たちは森の異変に気づき始めていた。


 確かに冒険者ギルドが危惧するように魔物は多い。

 散発的に私たちは魔物と遭遇し、戦闘になっている。

 これは普段よりも多い頻度だ。


 でもそれは六級冒険者でも十分対応できる弱い魔物ばかりだ。


 だけど森の異変はそれだけじゃない。

 森全体がざわつき、普段とは違っていた。


 猛烈に嫌な感じがした。

 具体的にはどことは言えないが、この直感の陰で私たちは今まで無事でいられたのだ。


 それはタリアも同じようで、アレンさんに報告すると彼も同じような感覚を抱いていたようだった。


「俺も二人に同感だ。今日の森の様子はどこか妙だ」


 冒険者として長くやっていく秘訣は慎重であることと、以前ベテランの冒険者に聞いたことがある。

 アレンさんも同じように、この森の異変に気づき不測の事態が起こることを懸念したようだった。


「おいおい、怖気づいたのかよ」


 だが中には何の空気も読まない奴もいたらしい。

 キザ男は相も変わらない大口を叩いていた。


「多いとはいえさっきから出てくるのは雑魚ばっかだ。あんな雑魚は俺の剣技にかかれば他愛もねえぜ?」


 さすがのアレンさんもキザ男の警戒心のなさに呆れた様子だった。


「魔物がただ単に増えているってわけじゃない。ただ単に繁殖によって増えているなら一種類のはずだが、さきほどから遭遇している魔物の種類は複数に及んでいるだろう。それにこことは少し離れたところを縄張りにする魔物の姿もある。ってことは森のあちこちからここに流れてきているってことになる」


 だがアレンさんの説明を受けてもキザ男は大して危機感を抱いていない様子だった。


「だからどうした?俺たちは雑魚を狩ればいいだけだろ」


 アレンさんはキザ男のことは無視することにしたようで、さきほど倒したばかりの魔物へと視線を向けた。


「魔物はそれほどやせ細っていないから、餌に困って流れてきたというわけでもない。次に考えられることは、強力な魔物が現れて縄張りを追われて逃げてきた可能性もあるが……この動きには覚えがある。”魔物寄せの香”が使われた時に状況が似ているな」

「”魔物寄せの香”、ですか?でもあれって禁制品ですよね?」


 私も名前だけは聞いたことがあるが、現物など見たことはない。

 なぜなら所持することすら犯罪になる代物だからだ。


「確かに禁制品だが手に入らないわけじゃないさ。それに問題は”魔物寄せの香”が使われたかもしれないということよりも、その結果だ。…最悪、拙い事になる」


 アレンさんは深刻そうに呟いた。


「なにがマズイんです?あれは大して強力な魔物には効果はないですよね」

「どれだけの量の”魔物寄せの香”を使用したかにもよるが、大量の魔物を引き寄せてしまった場合、その魔物を餌にする大型の魔物を引き寄せることがあるんだ」


 アレンさんの言葉に一同は顔を見合わせた。

 すでに私たちは多くの魔物を倒してきている。

 そしてその魔物は多くの血を流し、その血の匂いは魔物を引き寄せかねない。

 その事実に気づいたのだ。


「早く戻ってギルドに報告したほうがいいな」


 私たちが踵を返し、オジェクの街へと戻ろうとした時だった。


 急に周囲が暗くなった。

 日が陰ったかのかと空を見上げれば、巨大な何かが私たちの頭上を通り過ぎ、そして土煙を舞い上げて、激しい地揺れと共にそれは私たちの目の前に降り立った。


「うそだろ……」


 声を漏らしたのはキザ男か、はたまた別の冒険者か。

 私はその存在に圧倒されて息をすることすら忘れていた。


 身の丈は二ルドネ(約三・六メートル)ほどもあり、赤い蝙蝠のような翼と、二本の足を持ち、全身を硬質のうろこで覆っている。


 赤翼大蜥蜴――魔境”ガルドルス大森林”の奥、”ベレト大霊峰”に住まうとされる亜竜種のひとつが目の前にいた。


 いくらオジェクの街が”ガルドルス大森林”に近いとはいえ、普段ならこんなところにいる魔物ではない。

 赤翼大蜥蜴は最低でも三級の冒険者パーティーで対応しなければならない相手だ。

 五級そこそこの私たちが敵う相手ではない。


 目の前の魔物は私たちを獲物に選んだらしく、大きく咢を開いて鋭い牙を剥いた。


「剣を抜けっ!!」


 アレンさんが叫び、アレンさんのパーティーはすぐさまそれに応じた。

 流石は上級の冒険者だけあって、彼らの咄嗟の対応力は確かなものだった。


 わたしとタリアもアレンさんの声に呼応して武器を構えるが、そもそもこれほどの大物に相対したことがないのでどうしたらよいか分からない。


「くそ、この野郎っ!!」


 二人組の冒険者が果敢にも剣を抜き、赤翼大蜥蜴に挑んでいった。

 蛮勇というよりも、ただのやけくそにしか見えない。


「よせっ!」


 アレンさんが留めようとしたが時すでに遅かった。


 彼らの剣が達する前に赤翼大蜥蜴が尻尾をひと薙ぎすると、二人は呆気なく吹き飛ばされ木に強く体を打って地に転がった。

 嫌な音が聞こえたので一人は即死だったのだろう、もう一人も辛うじて生きてはいたが、赤翼大蜥蜴が食らいついてすぐに悲鳴も聞こえなくなった。


「俺が抑える!飛び道具で牽制しろ!」


 アレンさんともう一人の盾持ちの剣士が盾を構えて赤翼大蜥蜴に立ち向かった。

 彼のパーティーメンバーの弓使いと魔術師が弓と魔法で攻撃を加えるが、あまり効いているようには見えない。


 私たちの手に負える相手じゃない。

 まだやりあえているのはアレンさんのパーティーだけ。

 そんな彼らでも分が悪いらしく、防戦一方だった。

 それもそうだ。

 彼らは三級の腕の立つ冒険者とはいえ、こんな大物は十分な準備をして挑むのが普通なのだ。

 だがこんな大物と戦うための備えを今日はしてきていない。


 それでもやらないことにはあの二人の冒険者の二の舞になることは必至。

 私はタリアを目配せをして、意を決して弓を手に取った。


 私の矢では鎧の如き鱗に弾かれる。

 威力もないし、魔法のような加護もない。

 それでも目や比較的弱いところを狙えば、痛みを覚えてうまくいけば逃げてくれるかもしれない。


 私は必死に赤翼大蜥蜴に弓引きながら、キザ男とそのパーティーメンバーの女冒険者二人をちらと見やった。


 彼らは依然動こうとしない。

 キザ男に先ほどまでの勇ましさはなく、構える剣も小刻みに震えている。

 完全に怖気づいている。


「おい、ローラン!貴様らも手伝え!」


 アランさんは彼らに指示を飛ばすが、キザ男は期待とは真逆の行動をとった。


「や、やってられるか!」


 キザ男は反対方向に駆け出し、その仲間の二人の女冒険者もそれに続いて逃げだした。

 

 私たちを見捨てやがった。

 死ね、糞野郎。


 アレンさんたちも彼らの後姿をしばし睨んでいたが、赤翼大蜥蜴相手にそんな余裕はあまりない。

 すぐに目の前の難敵に向き直る。


「……こんなことならもっとマシな前衛を集めてくるんだったな。――アベル!デカい火炎魔法を頼む!」


 アレンさんにアベルと呼ばれた魔術師が戸惑ったように彼を伺った。


「赤翼大蜥蜴は火に耐性がありますよ!?」

「構わんやれ!」

「……しばし時間を稼いでください」


 魔術師が魔法の詠唱に入り、彼らのパーティーは魔法の完成までの時間稼ぎに入った。

 最低でも数十秒は詠唱の邪魔をさせてはならない。


 アレンさんにどんな思惑があるか私たちには分からないが、彼の策に私たちも一縷の望みをかける他ない。


 私たちも協力して詠唱の時間稼ぎを行うが、体感的にひどく長い時間に感じられた。


 だがそれも魔術師の掛け声とともに終わりを告げる。

 

「……いきます!」


 魔術師が大規模な火炎弾を赤翼大蜥蜴目がけて解き放った。


 火炎魔法が赤翼大蜥蜴に効果が薄いとしても、眼前で爆発が起きれば普通は怯み、さらに一時的に視界を奪われる。


 アレンさんはその隙を突いたのだ。


 アレンさんは爆炎の中を突っ切って、赤翼大蜥蜴の頭部めがけて剣を一閃した。


 獅子の獣人特有の強力無比な膂力によって振るわれた強烈な斬撃は、赤翼大蜥蜴の硬い鱗で覆われた首でさえも半ばまで断ち切った。


 深手を負った赤翼大蜥蜴は戦意を削がれ逃げだそうとするも、戦いで負った傷のせいで逃げることも叶わず、瞬く間にアレンさんたちに討ち取られた。


 誰かが歓声を挙げた。

 私もそれに続きたい気分だったが、それよりも疲労を感じてその場にへたり込んでしまった。


 困難を乗り越え、生き残った。

 赤翼大蜥蜴の素材は高く売れるだろう。

 この勝利に僅かながら貢献できたのだから、取り分も多少は期待できるはずだ。


 ツキのない私たちにようやく運が向いてきた、そう思ったのに。

 ……だが現実はそんなに甘くはなった。


 ひとしきり勝ち得た勝利に喜んでいたときだった。

 ひときわ強い風が森の木々を揺らしたかと思うと、大きな影が頭上を通り過ぎ、そして激しい音と共に地面が揺れた。


 既視感を抱いて振り返ると、そこには先ほどよりも大きな赤翼大蜥蜴の姿があった。


「ああ、くそ、最悪だ。……こいつは、大分マズイな」


 アレンさんが小さく漏らす。

 先ほどまで堂々とした戦いをしていたとは思えない、弱弱しいものだった。


 それもそうだろう。

 先ほどの戦いでアレンさんたちも疲労し、怪我を負い、装備も万全とは言えない状況だ。

 控えめに言っても、勝ち目があるとは言えなかった。


「俺たちには手に負えん、逃げるぞ!」


 アレンさんの叫びに全員が弾かれたように動き出す。

 私もタリアの手を取り、すぐさま駆けだした。


 持ってきた矢はすでに射ち尽くしている。

 あるのは投擲器と剣だが、石つぶてでどうにかなる相手ではないのは明白だ。


 もう私たちには逃げるしか手はない。


 無用の長物と化した弓を投げ捨て、必死に私は駆けた。


 背後を振り返ると、私が手を引くタリアの後ろに赤翼大蜥蜴が迫るのが見えた。


「なんでこっちに来るのよ!?」


 私の叫びなどお構いなしに、赤翼大蜥蜴はゆっくりとだが確実に私たちを追ってきていた。

 ネズミをいたぶって楽しむ猫のように。

 私たちを追い立て、狩りを楽しむ魂胆なようだった。


 私たちは必死に逃げるが、度重なる連戦で私たちの体は悲鳴を上げている。

 そう遠くない未来、私たちが走れなくなるのは必至だった。


 その時、背後でカチカチという耳慣れない音が響くのが聞こえた。

 振り返ると赤翼大蜥蜴が口を小刻みに動かしている。


 その動作に思い至った私は咄嗟に横へと逸れた木陰に隠れる。


 刹那、高温の熱風が私たちの真横を薙いだ。


 ブレスだ。


 その炎は先ほど魔術師が行使した火炎弾よりも強かった。


 見れば私たちの逃げ道が焼かれ、炎で覆われている。


 どうやら奴は私たちの退路を断つつもりらしい。


 だが奴の思惑はそれだけじゃなかった。 


「――お姉ちゃん!」


 タリアが叫び、何事かと顔を上げるとそこには一気に間合いを詰めてきた赤翼大蜥蜴の姿があった。


 ブレスは私たちの足止めも目的だったらしいことに気づき、歯噛みするがそんな悠長な時間はない。

 私たちは炎に覆われていないほうへと駆けだした。


 だがそれも奴には織り込み済みだったようだった。


 赤翼大蜥蜴は私たちを追うのではなく、その巨大な尻尾を私たちのほうへと振るってきた。


 その尻尾の動きを見ながら、先ほどの二人の冒険者が死んだ光景を思い出す。

 当たれば運が悪ければ死ぬし、死ななくてももう逃げることは不可能だ。


 私は死を覚悟した。

 だが事態はそうはならなかった。


 タリアが私を庇い、突き飛ばしたのだ。

 私はタリアのおかげで赤翼大蜥蜴の尻尾が当たることはなかったが、タリアは違った。


 赤翼大蜥蜴の振るう尻尾に体を強く打ったタリアは、大きく吹き飛ばされて地に転がった。


「タリア!!」


 私はタリアに駆け寄ろうとするも、赤翼大蜥蜴がすぐ間近に迫っておりそれは叶わなかった。


 タリアは近づいてくる赤翼大蜥蜴に気づき這いずって逃げようとしたが、弄ぶかのように赤翼大蜥蜴がその足に喰らいつく。


 タリアが痛みに耐えきれずに叫ぶ。

 あまりに凄惨な光景に私は顔を背けたくなるのを堪え、投擲器を構えて赤翼大蜥蜴を狙って石を射る。


 奴の注意が少しでもタリアから私に向けばいい。


 でもそんな私の願いは叶わなかった。


 赤翼大蜥蜴は私を一瞥したのちすぐにタリアへと注意を向け、再度喰らいつこうと咢を大きく開いた。


 タリアは両足を食い千切られた痛みを堪え、どうにか剣を手に取り決死の思いで剣を突き出す。

 だがそれも無駄な足掻きに過ぎなかった。 


 タリアの突き出した腕は剣ごと喰いつかれ、次の瞬間にはタリアの両腕が消えていた。


 タリアは呆然と肘から先が消えた自らの腕を眺め、一拍後に悲鳴を上げた。


 私は必死に投擲器で石を打ち続ける。

 それでも赤翼大蜥蜴はタリアのそばから離れようともせずに、タリアをいたぶっていた。


 奴は獲物をいたぶるのを楽しんでいるのだ。


 私はどうしようもなく腹立ち、そして自分の無力さを嘆いた。


 やがて持っていた石すら尽きた私はどうしようもなく、奴がタリアをいたぶるのを眺めることしかできなくなった。

 タリアと目が合った。


「お姉ちゃん、逃げて」


 タリアが小さく声を漏らす。


 私はどうしたら良いかなんてわからなくなった。


 まともに考えれば逃げればいいのだろう。

 ここにいてもタリアを救い出すことなんてできない。

 私には、そんな力なんてない。

 

 そうこうしている間にカチカチと赤翼大蜥蜴が口を鳴らし始めた。


 ブレスの兆候だ。

 だがその射線にはタリアがいる。 


 私たちはいつだって助け合って生きてきた。

 村から出たときも、冒険者として生きることを決めたときも。


 妹を見捨てて逃げるなんて、私にはできなかった。

 私は咄嗟にタリアに駆け寄ってその上に覆いかぶさり、灼熱のブレスからタリアを庇っていた。


 赤翼大蜥蜴がブレスを吐いた。


 高温の熱波が私を襲い、瞬く間に衣服も、革鎧も燃え上がり、私の皮膚を焦がす。

 最初の一瞬だけ熱を感じたが、やがて全身を刺すような痛みへと変わった。


 熱波が私の鼻孔を焼き、息をすることすらできず、叫びをあげることすらできない。


 生きたい。

 死にたくない。


 せめて妹だけは、


 誰か、

 助けてよ

登場人物


メリア 五級冒険者。タリアの姉。


タリア 五級冒険者。メリアの妹。


アレン 三級冒険者。獅子の獣人。


ローラン 四級冒険者。キザ男。タリアとメリアの同郷らしい。


アベル 四級冒険者。魔術師。アレンのパーティーメンバー。

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