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第4話 正義の味方と悪の女幹部、迷子になる

 俺の前に少女がいた。

 小柄で、小学校一、二年生くらいだろうか。

黒いワンピースを着た少女だ。

 色白で儚げな雰囲気を纏う不思議な少女。

 その顔に見覚えがあるが、名前を思い出せない。


『******』


 何事か言っているが、何を言っているか俺には聞き取れない。

 

 君は誰だ?

 なんでそんな哀しそうな顔をしている?


 問いかけようとするが、俺は声を出せない。

歩み寄ろうとするが、俺は動けない。


 そうこうしているうちに、少女の姿が薄くなる。


 ああ、そうか。

 これは夢か。


 先ほどの少女、俺は彼女を知っている。


 今の今まで記憶の彼方に置き忘れていたような存在。

 小学校低学年のときに同じクラスだった少女だった。


 ナントカという病気で体が弱く学校を休みがちで、学校に来ていても体育の授業が受けられなかったのを覚えている。


 そして彼女は黒が好きだった。

 彼女の服から鞄、筆箱に至るまで全てが黒色だった。

 今みたいにランドセルに豊富な色などなく、女子は赤、男子は黒のランドセルを持つのが普通の時代に、男子と同じ黒色のランドセルを持つ彼女は周囲とは違う雰囲気を漂わせていたのだ。

 そんな全身黒尽くめの彼女だったが、病弱で色白な肌とのコントラストもあって儚げな雰囲気をかもし出しており、子供ながらも俺にはどこか彼女が特別な存在に映っていた。


 ある日の下校途中、そんな黒色の彼女が道路にしゃがみ込んでいるのを見かけた。

 家のある方面が同じだという事は、何度かその黒い後姿を見かけたので知っていた。

 ただ道路の真ん中にうずくまる彼女を見た時、どう自分が思ったのか覚えていない。

 体が弱い彼女のことだから具合が悪くなったのかと思ったのか、それとも何も考えなかったのか分からないが、僕は彼女に声をかけていた。

 俺はその頃、男子よりも女子の友達が多かったので声をかけることに抵抗は少なかったのかもしれない。


 俺に気付いた彼女は地面を指差した。

 それは怪我をした青虫だった。

 青い体から同じ色の体液を出してもだえている青虫を彼女は心配そうに見ていた。

 彼女は人間の傷薬を与えたら直るかどうか俺に尋ねてきた。

 俺がなんと答えたのか覚えていない。

 幼いながらもその青虫が治療する事ができないことは分かっていた。

 だが親身になって話を聞き、幼いながらも知恵を貸したのは覚えている。

 彼女は本気で青虫の事を心配していた。

 それから何を話し、どうやって別れたのか、彼女がその青虫をどうしたのか覚えていない。

 結局俺は何もすることが出来なかったはずだ。実際何かしたところであの青虫は死んだだろう。

 ただその時の光景だけがやけに鮮明に記憶に残っている。


 そう、彼女だ。

 なんで今になって彼女の姿を思い出す?

 過去は全て捨ててきたと思ったのに、なぜ今頃になって俺の中に蘇るんだ。



 * * *



 目を覚ます。

 俺は床に仰向けに倒れていた。

 周囲を見渡せば、そこは先程の地下施設の中だった。


 先ほど見た夢のせいで、なんだか変な気分になる。

 ……まあ、いい。そんなことより今この状況をなんとかしなくては。


 それにしても、痛ぇ。

 強化外骨格(スーツ)を着ているとはいえ、全ての衝撃がなくなるわけではない。

 強化外骨格(スーツ)を初めて着た時は、全身が痣だらけになったもんだ。


 体を起こし、強化外骨格(スーツ)のシステムチェックを行う。

 爆発による衝撃を受けたようだが、損傷は見受けられないので内心安堵する。


 壊したら始末書を書かされるからな。

 懐が痛まないとはいえ、お局様の嫌味を受けながら始末書をちまちま書きたくはない。


 そして体を起こして周囲の状況を把握すると、ある違和感を抱いた。


 ……あれ?地下施設にもダメージはない。

 どういうことだ?確かに爆発したよな?


 照明が落ち、非常灯に切り替わっていて薄暗いが、建物に損傷は見られない。

 クレータどころか焦げ跡ひとつない。


「……物理的な破壊を及ぼす爆弾じゃなかったのか?」


 さっき爆発したのはEMP(電磁パルス)爆弾とかの部類で、それでコンピュータのデータを破壊したとかかもしれない。


 俺はとりあえず状況を確認するために立ち上がったが、何か忘れていることに気付いた。

 そしてその忘れ物の存在にすぐに気が付くことになる。


 歩き出そうとして何かが地面に転がっていることに気付いた。


 ああ、そうだった。

 ドクター・ダークリリー、彼女の事を忘れていた。


 彼女は意識を失っているようだったが、見たところ怪我などの外傷はない。

 念のために全身をスキャンしてみるが、バイタルは安定しているし、骨折もないようだった。

 

 ……とはいえどうしようか、こいつ。


「放置していくわけにはいかないよな」


 ダークリリーの捕獲は命じられていないが、意識を失っている彼女を放置するわけにもいかない。


 一応本部にお伺いをたてる事にする。


本部(エッグヘッド)、こちら“アッシュ”」


 しかしながら応答はない。

 地下だから電波が届かないのか?


 仕方ない。とりあえず外まで連れて行くか。

 逃げる分には俺的には面倒がなくていいんだが、もし建物に見えないダメージが入っていて、俺が離れている間に崩落なんてしたら最悪だしな。

 

 ダークリリーの横にしゃがみ、彼女の様子を窺う。

 呼吸は安定。一見寝ているようにも見える。

 観察していて少しだけマスクの奥の素顔が気になるが、勝手に見てはスカートの中を覗くに等しい行為だろう。

 俺にはそんな趣味はない。


 眺めていても起きそうにないので、俺は彼女を横から抱え上げた。


 横抱き、所謂お姫様抱っこってやつだ。

 強化外骨格(スーツ)を着ているため背負うのは難しいし、なによりこいつの意識がないからこうせざるをえない。

 流石に肩掛けにしたり、小脇に抱えたりするのはないだろうしな。


 あーまったくもって損な役回りだ。

 勤務時間ぎりぎりに仕事を押し付けられるし。

 ちょちょっと見てくるちょろい仕事かと思えば、タレコミは本当だし。

 悪の幹部をひとり確保すれば良いかと思えば、自爆しようとしやがるし。


 さっさと帰って寝たいよ、全く。



 * * *



 俺はダークリリーを抱えつつ、階段を昇る。


 行きはよいよい、帰りはこわい。


 階段を降るときはそうでもないが、昇るとなると疲れる。

 確かこの階段、十階分はあったんじゃなかろうか。

 強化外骨格(スーツ)を着ているとはいえ、あくまでも身体能力以上の付加を軽減するためのものなので、十階分も階段を昇れば当然疲れる。

 しかも今回は降り(くだり)にはなかった荷物(・・)を持っている。

 だからうんざりした気持ちで階段を昇っていたんだが……。


 なんでだ?

 呆気なく上の方に光が見えた。

 間違いなく外だろう。

 階数を数えていないから確かではないが、俺には五階程度しか昇ってない気がするのだが。


 言いし得ぬ違和感を抱きつつも階段を昇りきる。

それから周囲を見渡し、そして目の前の光景に言葉を失った。


「……ここどこだ?」


 周囲を木々に囲まれた森の只中に俺は居た。



 * * *



 爆発の後に意識を取り戻し、地下施設から出るとそこは小鳥の囀りが聴こえる森の中。

 何を言っているかわからない。

 何が起きているかわからない。


 俺の記憶が正しければ、ここは廃工場だったはずだ。

 確かに都市部から離れた辺鄙なところではあったし、廃工場周辺は草木が生い茂る自然豊かな場所ではあったが、人の手が全く入っていない未開の地と形容するほかない場所ではなかった。


 今眼前に広がるのは道路はおろか、踏み均された小道すらもなく、ただ鬱蒼と木々が生い茂っているだけだ。

 というか廃工場も、俺が乗ってきた車もない。


 あるのは俺が昇ってきたぽっかりと開いた地下への階段だけ。

 それすらも出来の悪い合成写真みたいに周囲から浮いていた。


 一瞬呆けてしまったが、すぐに気を取り直し本部と連絡を取る。


本部(エッグヘッド)こちら“アッシュ”、応答願います。どうぞ(オーバー)


 無線に耳を澄ましてもノイズがあるだけで俺に応答するものはなかった。


 GPSを確認するも、こちらも反応なし。

 信号なし(シグナルロスト)のステータスのまま、現在地を捕捉出来ない。


「壊れたのか?」


 本部と連絡がつかない上に、現在地も分からない。

 こいつは参った。


 とりあえず抱えている荷物(・・)を地面に下ろし、頭を落ち着かせて考える。


 気絶している間に誰かに運ばれた?


 俺が気を失っていたのは長くても数分。

 誰かに移動されたというわけではないはずだ。

 いや、それ以前に地下施設は確かに先ほどの施設だった。


 ってことは違う出口から出た?


 いや、それもない。

 俺が辿った経路はオートマッピングされるので、出口を間違えるはずもない。

 なによりGPSが測位できない理由や本部と連絡をとれない理由の説明にはならない。


 ログを確認するも爆発と共に閃光がモニタをホワイトアウトさせ、それからノイズと共にブラックアウト。

 視界が戻ったのが俺が目覚める数分前。

 要するに何も映っていない。


 まさか全ての計器が壊れたなんてオチではあるまい。

 これでも“正義の味方”の最新技術の粋を結集して作られた強化外骨格(スーツ)である。

 かなり激しい戦闘にも耐えれるように作られた強化外骨格(スーツ)は、爆発の衝撃程度で壊れるほどヤワではない。

 中身が死んでも、強化外骨格(スーツ)は壊れないなんて逸話があるくらいだ。


 ってことは何らかの通信障害が起きている?

 通信妨害(ジャミング)とか、磁気嵐とか。


 いやいや、それで本部と通信できない説明は付いても、こんな変なところに俺がいる説明にはならない。


 頭を抱えつつ、答えの出ない疑問に頭を悩ましていると、ダークリリーが視界に入った。


 ドクター・ダークリリーは相変わらず、実に呑気な寝顔で寝たままであった。

 マスクで顔は半分隠れてはいたが、そうに違いない。


 少しだけイラっとした俺は、つま先で彼女を小突いて起こすことにする。


「おい、起きろ」


 数度小突くとやがて目を覚まし、目を瞬かせながら半身を起こして周囲を見渡した。


「ここどこ?天国?」

「悪の幹部が図々しいな、おい」


 彼女は俺の事に気付き、あからさまに嫌そうな顔をした。


「……地獄でもアンタと一緒なんて」

「いつまでも寝ぼけてるな」


 それから彼女は再度周囲を見渡し、どこか寝ぼけ眼で俺を見た。


「ここどこ?」


 相変わらず彼女の呑気な様子に俺は溜息を吐き、現状を説明することにする。


「地下施設の出入り口はそこだ。地下施設から出てみたらこの有様だよ」


 彼女は訝しげに出入り口へと戻り、そこに確かに地下室へと続く階段があることを確かめると振り返って俺を見た。


「……私、まだ夢でも見てるのかしら?」


 どことなくぼうっとしているダークリリーを無視し、状況を手短に伝えた。


「周囲に人影なし。っていうか人工物すら見えない。無線も応答なし。GPSも測位できない。地磁気センサは反応があるから方角だけはわかるけどな」


 彼女はポケットから普通のスマホを取り出して確認する。

 ちなみに先程も述べたが、今のドクター・ダークリリーの格好はぴちぴちのボディースーツに白衣、顔をマスクで半分隠している状態である。

 そんな格好でスマホをいじる姿はかなりシュールだ。

 だが俺はそれについて突っ込まない。空気を読むからな。


「ふつーに圏外ね」


 だろうな。

 俺の強化外骨格(スーツ)ですら通信できないのに、普通のスマホで連絡ができるのなら苦労はしない。


「さっきの爆発で機器が壊れた可能性はあるか?」

「あなたのスーツはあの程度の爆発で壊れるほどヤワなものなの?……確かにあの爆弾は普通の爆薬ではないけれど、電子機器に破壊をもたらす電磁パルス(EMP)は発生しないはずよ」


 確かに彼女の言うとおり、俺の着ている強化外骨格(スーツ)EMP(電磁パルス)対策が施されているし、自己診断の結果も異常なしと出ている。

 だから現状の異常を機器の故障のせいにすることはできない。


「そもそも通信機器が壊れたことの説明はついても、私達がこんな辺鄙なところに要ることの説明にならないじゃない」

「まあ、そうだな」

「……ってかここどこよ!?」


 今更ながら彼女は事の異常さに気付いたようで、若干取り乱していた。

 うん、そのリアクションが普通だ。

 本当に今更だが。


「俺もそれを知りたいんだがな」


 どうやらダークリリーは当てになりそうもないので、自分でどうにか現状を打開するほかなさそうである。

 俺は仕方なしに、腰部にある格納スペースからゴルフボール大の小さな球体を取り出した。

 それを見止めたダークリリーが訝しげに俺を見た。


「なにそれ?」

偵察機(ドローン)だ。こいつを飛ばしてこの付近一帯の映像を撮らせる」


 強化外骨格(スーツ)に組み込まれた偵察機(ドローン)を空中に放り投げる。

 するとゴルフボールほどの球体から羽が生えて、遥か上空へと舞い上がった。


 偵察機(ドローン)の撮影する映像を眼前のHMD(ヘッドマウントディスプレイ)に映し出す。

 木々の間を抜けて高度を上げていき、やがて森の上に出た。

 そして、半ば想像していた映像を俺に送ってきた。


「……あー、なんとなく想像していたけど、マジでヤバいな」

「どうしたのよ?私にも見せなさいよ」

「ったく、注文が多いな。……ちょっと待て、今モニタに出す」


 左腕にあるコンソールをいじり、小さなモニタに偵察機(ドローン)の映像を映し出した。

 ってか何で俺はこいつの言うことを聞いているんだ?


 ダークリリーはさして気にした様子もなく、俺の左腕のモニタを食い入るように見つめた。


「どういうことよ、これ!周りに何もないじゃない!」

「とりあえず、見える範囲に人工物はないな」


 周囲を山に囲まれていて窪地になっており、山が邪魔で遠くまで見渡すことが出来ない。

 見えるのはせいぜい半径十キロってところか。

 山を越えれば何か見える可能性もでてくるが、状況を把握できない今、貴重な偵察機(ドローン)を失うわけにもいかない為、無理は出来なかった。


「マジでここどこだよ」


 俺の呟きに答えるものはいなかった。


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