第37話 正義の味方、新たな騒動に巻き込まれる
更新を待っていてくださった稀有な方々、長らくお待たせしました。(;´∀`)
異世界生活三十二日目
俺とリリーが小学校の同級生であったという新事実が明らかになったり、お互いの過去話をしたりしたが、実際のところ幸いにも俺たちの関係はあまり変わらなかった。
いくら小学校の頃に同窓だったと言っても、十数年も前に数年机を並べてともに学んだ程度なのだ。
ちょっとくらい過去を知っていたからといって大きな意味はない。
なにせ俺は彼女を同級生の小酒井百合子としてよりも、悪の組織”ネクタル”の幹部ダーク・リリーとしてのほうがよく知っているのだから。
ただリリーは調子に乗って酒を飲んだせいで二日酔いだ。
俺は改造手術のおかげで酒を含む毒素を速やかに分解できるので、いたって問題ない。
……まあ、俺は酒を嗜む程度にしか飲んでいないので、毒素を分解できるか否かというのが問題ではないのだが。
さて、リリーが自宅で二日酔いに苦しんでいる間、俺は何をしているかというと勤勉に冒険者ギルドで依頼探しだ。
現在、十分な預金があるため働かなくても生活する分には問題ないくらいだが、俺の心情的に働かずにはいられない。
きっと俺は宝くじが当たっても仕事を辞めずに働き続けるタイプの人間なんだろう。
……まあ、宝くじの期待値が低いことを知っているから買ったことはないなんだが。
めぼしい依頼がないかと掲示板を物色するが、生憎と遅い時間なためかほとんど依頼は残っていなかった。
冒険者ギルドの依頼にはふたつある。
常時依頼と臨時依頼である。
常時依頼は素材収集系や増えやすい魔物の駆除であり、常時誰でも受けることができる。
一方、臨時依頼は特定の場所に現れる魔物の駆除や、隊商の護衛といった仕事であり、常時依頼に比べ依頼料が良く、旨味が多い。
そのため臨時依頼は難易度が高いものでもない限り、取り合いになるのだ。
掲示板に残されたまばらな依頼を眺めていると背後から声がかけられた。
「やー、アッシュさん。今日は遅いですね」
振り返るとそこには猫耳の獣人受付嬢、ミラがいた。
「ちょっと出遅れたみたいだな。……まあ、そんなに仕事をする気もなかったが」
「随分余裕ですねぇ。確かにアッシュさん達は堅実に稼いでますもんねぇ。私も養ってほしいですよ」
冗談とも本気ともとれないミラの言葉を軽くスルーし、冒険者ギルド内を見渡す。
「今日は随分と空いているんだな」
普段なら昼間といえどもギルド内には依頼を受けなかった冒険者の姿があるのだが、今日はかなりまばらだ。
「今日は東の森の討伐系が多かったですからね、みんなそっちに出払ってますよ」
「東の森?」
「ええ、なんだか最近魔物の数が多いみたいでして。脅威度の高い魔物が出てくるわけじゃないんですが、数が多いのでギルドとしては早めに対策を講じたわけです」
稼ぎ時だったかもしれないとほんの少しだけ後悔するが、まあ仕方ない。
俺は粘着しない性格なんだ。
「さて、今日はどうするかな」
あわよくば金になりそうな依頼をこなそうと思っていたのだが、めぼしい依頼がなければどうしようもない。
街でもぶらつこうかと思っていると、ミラが思い出したように俺に問いかけてきた。
「そういえば司法官のルイスさん来てますよ。アッシュさんに用じゃないんですか?」
「……いや、その予定はないはずだけどな」
ルイスにはつい先日会ったばかりだ。
だがもしかしたら転移門の使用に関する連絡があるのかもしれない、と思い至る。
どうせ暇なのだし、ルイスに会っていくことにして俺はミラが教えてくれた食堂へ赴くことにした。
冒険者ギルドには食堂兼酒場が併設されている。
ここは冒険者であるらならば一定割引で利用できるお財布にやさしい低価格と、質よりも量を求める粗野な冒険者も満足な大盛り具合が売りで、いつも昼時と夕方は大盛況だ。
だが今日は皆出払っていることもあってか、客はまばらだ。
そんながらりとした食堂のカウンター席に見覚えのある男がいるのが見えた。
「司法官ってそんなに暇なのか?」
ルイスは俺が現れたことに若干驚きつつも、挨拶を交わした。
「やあ、アッシュさん。今日は、いえ、今日も仕事ですよ、仕事。冒険者ギルドで用を済ませたついでにここで早めの昼食をと思いましてね。ここは安くて量がありますからね、腹を満たすには丁度いいんです」
そう言って彼はジョッキを掲げた。
流石に勤務中だからかジョッキの中は酒ではなく果実水のようだ。
「先日のごたごたの後始末がようやく片付いてきてましてね、一息つけそうですよ」
忙しくしていたらしくルイスの顔色は優れないが、この街の膿を出すことができたので表情は晴れやかだ。
「そうそう、例の転移門の使用の件なんですけどね、一か月後になりそうですよ。これでも予定を調整して早めたほうなんですけどね、いやはやあちこちの利権が絡んでくるから大変でしたよ」
「別にこちらは急ぎじゃないから気にしなくてもいいんだがな」
俺の言葉にルイスは首を横に振った。
「いや、あなたたちに借りを作ったままなのは面倒そうですからね」
俺たちはそんなに報酬にがめついつもりはないんだがな。
転移門の件だって使えれば儲けもの程度の考えだったし。
俺たちが何気ない世間話をしていると、背後から声がかかった。
「おう、今度はなんの悪巧みだ?」
声をかけてきたのは冒険者ギルドオジェク支部長であるウォルトだ。後ろには受付嬢兼ギルマスの補佐であるユディットもいる。
「人聞きが悪いですね、ただの世間話ですよ。そういうギルマスこそ、暇そうじゃないですか」
ルイスの軽口にウォルトは肩をすくめつつ、ルイスの横のカウンター席に並んで腰かけた。
「そうでもないさ、東の森が不穏なんでその対策に追われている」
「東の森か、話には聞いていますけどね」
「そう言うお前さんこそ、こんなところで油売っていていいのか」
「今日は冒険者ギルドに用がありましてね。これを処理して貰いたくて来たんですよ」
そう言ってルイスは懐から一つの小瓶を取り出した。
中には茶色いビー玉ほどの丸薬のようなものがいくつか入っている。
ウォルトはそれを受け取り、しばし眺めてから眉間にしわを寄せてぽつりと漏らした。
「”魔物寄せの香”か」
「”魔物寄せの香”ですか?今でもまだそんなもの出回っているんですね」
ユディットも興味深げにウォルトの持つ小瓶の中を覗き込んでいるが、ただ一人俺だけが話についていけていない。
冒険者御用達の道具に”魔物除けの香”というものがあることは知っている。
野宿する際にこの香を焚けば、ある程度の魔物を寄せ付けないで済むので便利なのだそうだ。
だが”魔物寄せの香”なるものは知らない。
「”魔物除けの香”は知ってるが……名前から察するに魔物を集めるものか?」
「そのとおり、”魔物除けの香”とは逆に魔物を集める効果のある香だ」
ウォルトが頷き、俺の推察を肯定した。
やはり俺の想像通りだったみたいだ。
「それは危険じゃないのか?」
「勿論知識もなく使うのは危険ですよ。だからこの国では禁制品に指定されていて、許可なく製造、販売、譲渡等することはできなくなっています。今ではそうそうお目にかかれないですね」
ユディットの言葉に納得する。
確かにそんなものを使えば危険で仕方ない。
でも分からないのは、そんなものを何に使うかだ。
「でもそんなもの、どう使うんだ?」
「限定的に使用して、広い場所に魔物をおびき寄せて駆除したり、罠にはめたりするのに使ったりするんです。勿論、使うには厳しい管理と適正な使用方法が徹底されますけどね。それに昔は戦争でも敵の陣地に放り込んで、魔物に襲わせるというふうに使われたりもしたんです。今じゃ禁止されていますけどね」
なるほど、そんな使い方もあるわけか。
何事も使い方次第なんだろうが、危険性が高いものを悪用されては堪らないので使用自体を禁止していると。
「……それで、なんでこんなものがあるんだ?」
そう言ってウォルトはルイスに視線を向ける。
「ハロルドの一派の押収物を調べていたところ、彼らが購入した記録と現物がありましてね。まあ大方、伯爵様方を魔物に襲わせるとかそんな目的で購入したんでしょうけど、実際に使うことはなかったみたいですね」
「しかしハロルド一派もよくやりますね。魔導鎧にこんなものまで用意して……。それでも全部、アッシュさんとリリーさんがいた所為で全部失敗しちゃったわけですから哀れですね」
ユディットがしみじみと漏らすが、なぜか俺たちが悪いみたいじゃないか。
「まあ、そういうわけでして、冒険者ギルドでこちらを適正に処理して貰いたいわけですよ」
「ああ、わかった。下手な処理をして魔物を引き寄せては話にならんからな」
確かに燃やすわけにはいかないし、禁制品なだけに信頼のおけない人間に任せるわけにもいかないか。
「それにしてもよく見ただけでこれが”魔物寄せの香”だとわかるな」
ウォルトは見ただけでこれがなにか判別したようだったが、俺にはただの丸薬にしか見えない。
「成分の違いで”魔物除けの香”とは色が違うからな。もっと簡単な見分け方は匂いが違う」
そう言ってウォルトはおもむろに蓋を開けて手のひらに出した。
「そんな危険な物、ここで出していいのか?」
「なに大丈夫、あくまで近くにいる魔物を引き寄せるってだけだからな。それにこれは燃やさないと効果が薄いんだ」
俺は”魔物寄せの香”のひとつを受け取り、匂いを嗅いでみる。
甘い匂いだ。
「”魔物寄せの香”は魔物をおびき寄せる甘い匂いを放つある花を主原料にして作られるため、この甘い匂いがするんですよ」
ユディットが説明してくれているが、俺はそれどころではなかった。
この匂いは覚えがある。
「……この匂い嗅いだことあるぞ。つい最近だ」
俺の言葉にウォルトの目が鋭くなる。
「どこでだ?」
「えーと、ちょっと待ってくれ。思い出す」
どこだったかな。
街中……じゃないな、確か依頼をこなしていた時だ。
甘い匂いを嗅いで、場所にそぐわないなと考えた記憶がある。
……そう、あそこだ。
「あの”赤の剣戟”が殺されていた場所だ。あの死体を見つけたときにこの匂いを嗅いだ」
あの時、血の不快な匂いと一緒にこの甘い匂いを嗅いで違和感を覚えたんだ。
俺の言葉にウォルトたちは何かに思い至ったように顔を曇らせた。
「あそこは……東の森か」
「もしかしなくても、最近あの周辺で魔物の目撃が頻繁にされているのはコレのせいでしょうね」
ついさっきミラが言っていた東の森で魔物が頻繁に現れていることの一件のことだと気づいた。。
「でもあれから一週間以上経つぞ?そんなにこれは効果が持つのか?」
俺の疑問にユディットが答えてくれた。
「この”魔物寄せの香”の厄介なところは、時間が経ってもなかなか衰えないところなんですよ。周辺のものに匂いが付着して効果を発揮し続けるんです。雨が降れば洗い流されるんですが、このところ雨は降ってないですしね」
「その上、おびき寄せられるのは低ランクの魔物だが、問題はそれらを餌としていた大型の魔物も引き寄せる可能性があることだ」
餌が移動すれば、それを食べる捕食者が移動するのは道理だ。
だがここで俺はあることに思い至った。
「なあ、さっきミラから東の森に冒険者を向かわせたとか聞いたんだが?」
俺たちは顔を見合わせた。
一同、同じ考えを抱いたようだった。
「……嫌な予感がするのは俺だけじゃないよな?」
「いや、確かに低ランクの魔物を餌とする高ランクの魔物を引き寄せることはありますが、必ずしもそうなるとは……」
そこまでユディットが言った時だった。
ギルドの扉が荒々しく開け放たれ、慌てた兵士が転がり込んできた。
「き、緊急報告です!東側の城壁で見張りをしていた者が、空を飛ぶ大型の魔物を目撃しました!領主様は領軍に防備を固めるように指示を出され、冒険者にも協力を要請しております!」
「それでその魔物は今どこにいる?」
「東の森の中へと消えていったそうで、恐らくはまだそこにいるものと思われます!」
兵士の言葉に一同苦い顔をした。
「……拙いですね。十中八九、冒険者と遭遇したんでしょう」
ルイスの言う通り、魔物がわざわざ森に降りたのはそこに獲物がいたからだろう。
「東の森に行った連中はたいして高ランクなわけじゃありません。遭遇し、戦闘になれば少なくない被害が出ますよ?どうしますか、ギルマス?」
ユディットがウォルトを伺うと、彼は首を横に振った。
「冒険者たるもの依頼の最中に命を落とす可能性があることは、重々承知の上だ。高ランクの魔物が街に向かってくる可能性が高い以上、今はまだ人手を彼らの救出に向かわせるわけにはいかない」
冷血に思えるかもしれないがウォルトの言うことは間違ってない。
まだ魔物がこの街に達していない以上、この街の防備を強化することを優先すべきだ。
討伐に向かうとすれば、それは町の防衛体制が完成してからだ。
空を飛ぶ魔物である以上、こちらから出向いている間に素通りされて街に直接来てしまえば戦力が無駄になってしまうからだ。
冒険者を見捨てるともとれるウォルトの言葉にユディットは不満そうにするが、ウォルトはさらに言葉を続けた。
「だから救助に向かわせられるのはせいぜい一人か二人だ。……頼めるか?」
ウォルトは俺を見る。
その瞳にあるのは信頼と期待だ。
彼ら自身は何もできなくても、俺を信頼して頼っているのだ。
「ここまで聞いて拒否できないだろ」
俺は肩をすくめて了承し、ウォルトはそれを見て頷いた。
「頼んだぞ。……ユディット、緊急臨時依頼を発行、街にいる冒険者を一人残らずかき集めろ。領軍の支援を行うぞ」
俺はウォルトたちが慌ただしく動き始めるのをしり目に、冒険者ギルドを出た。
登場人物
アッシュ 俺。正義の味方
ルイス・ロイド 司法官(捜査権を持つ役人)
ウォルト 冒険者ギルド オジェク支部長
ユディット 冒険者ギルド受付嬢 兼ギルマスの補佐
ミラ 冒険者ギルド受付嬢 猫耳の獣人