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第36話 正義の味方、回想する


 俺はいたって普通の高校生だった。


 もちろんラノベにありがちな、「お前みたいな高校生、普通じゃねーよ」という高校生じゃない。

 隣の家に美人な幼馴染などいないし、俺のことを好いてくれる可愛い妹も、眼鏡を外すと美人な世話焼き委員長もいない。

 この世に達観している無気力系主人公みたいな性格というわけでもないし、かといって熱いスポ根漫画の主人公みたいし暑苦しい性格でもない。

 多少ことなかれ主義的なところはあるが、それは所謂”ゆとり世代”にはありがちな傾向だろう。


 俺は本当に人並みだった。

 容姿も若干目つきが悪いと言われるくらいでイケメンでもブサメンでもなく、特に印象に残らない顔と言われ、身長、体重は全国の男子高校生の平均値前後、成績は学年で中ほど、運動神経も人並みと形容する他ないほど普通の高校生だった。


 俺はきっと平凡に進学し、平凡に就職するのだろう。

 そして、うまくいけば普通な女性と知り合って結婚し、普通な家庭を築くのかもしれない。


 俺はそう思っていた。


 だけどその平平凡凡な日常と将来のビジョンは呆気なく崩れた。


 誰しも平凡な日常に飽きて、刺激的な非日常を求めることがたまにあるだろう。

 だけどその平凡でも平和な日常がどれだけかけがえのないものなのかは、失って初めて実感するものだ。


 勿論、それは俺も同じだった。



 * * *



 俺が意識を取り戻したとき、感じたのは暗さだった。

 あたりは薄暗く、ゆえに周囲の様子はわからない。

 ただ体勢から自分が床に倒れていることだけはわかった。


 朦朧とする意識の中、体を起こそうとすると全身に痛みが走るが、一応動く。

 せいぜいが打ち身、擦り傷と、小さな切り傷ぐらいだろう。

 

 舞い上がる粉塵を吸い込んで思わずむせつつ、半身を起こして暗さに若干慣れた目で周囲を見渡す。

 そこには瓦礫と、あらゆるものが散乱した惨状があった。


「何が起こった?」


 記憶が混乱している。

 努めて気を静めて記憶を手繰り寄せる。


 そう、今日は確か家族と一緒に複合商業施設に来ていたんだ。


 そして……。

 記憶が甦った。


 爆炎、衝撃、粉塵、悲鳴。 


 突然、爆発があって俺は意識を失ったんだ。

 

 事故か。

 それでなければテロか。


 何が理由かはわからないが、異常事態なのは間違いない。


 俺はふらつきつつもゆっくりと立ち上がる。


 そこであることに気づいた。

 周囲を見渡しても一緒に来ていた家族の姿がない。


 爆発から逃げるうちにはぐれてしまったのか、もしくは……。

 悪い考えを振り払うように、頭を振り俺は意識を別のことに向けた。


 無事に生き延びていると信じるほかない。

 それよりも自分自身が生き残ることを考えなくては。


 俺と似たり寄ったりの状況にある人間が見える範囲で数人いるのが見えた。

 動ける人間はすでに逃げ始めている。

 その場で動かない人間は?


 近くにいた人間が、近寄ってから頭を振って離れていくのを見る限り、あまり考えないほうが精神衛生上いいかもしれない。


 のろのろと歩く人波に従って俺も歩き始める。

 その先に出口があるのかはわからなかったが、向かえばいい方向も分からないので人についていくほかなかった。


 結局五、六人の人間が特に声も発さずに、黙々と歩いていた。

 皆一様に表情は暗く、今の状況を理解できずに困惑していた。


 俺も同じようなものだった。


 確かここは、吹き抜けが中央にあり、外周にテナントが並ぶ商業施設の三階部分だった。

 つまり外に出るには階段かエスカレーターなどで下に降りる必要がある。


 とはいえ、爆発によるものかあちこちが崩れている状況なので、すんなりと階下へ降りる場所へ行けそうもない。


 どこを通れば下へ行けるか考えながら歩いていると、俺の背後で悲鳴があがった。

 何事かと振り返ったところ、後ろを歩いていた男の一人が叫び声をあげて駆けてくるのが見えた。


「に、逃げろっ!!」


 誰かの切羽詰まった声が響き、場は一気にパニックに陥った。

 何も理解できていなくても、悲鳴と逃げだす人間を見てパニックを起こしている人間もいることだろう。


 俺は逆に慌て逃げ惑う人間を見て逆に冷静になっていた。

 何が起きているのかを確かめたくて人が逃げてくる方向に目を向けたとき、俺にもそれが見えた。


 目に入ったのは得体のしれない化け物だ。


 SF映画から出てきたような異形は全高が二メートルを超え、不必要な物をそぎ落としたような細身でありつつも強さを感じさせる筋肉を纏い、細い体とは不釣り合いなほどに大きな口には鋭い牙が並んでいた。


 あれは拙い。

 あれは捕食者の類いだと俺の直感が告げていた。


 現に逃げ遅れた一人が化け物に捕まり、鋭い牙が並んだ咢で噛みつかれていた。


 その噛みつかれた人間の断末魔の悲鳴がパニックを増大させ、我先にと生存者が逃げだしていった。

 だがその逃げる先からも悲鳴が聞こえた。


 何事かと前を見ると、その先に背後にいるのと同じ化け物の姿があった。


 化け物は一匹じゃないのか。


 背後の化け物から逃げていた人波が、さらに混迷を極めて逃げ惑いはじめる。


 幸運なことに俺は逃げるのに出遅れたため、ちょうど二匹の真ん中辺りにいる。

 俺はすぐに脇に逸れて、瓦礫の隙間に身を隠し、息をひそめた。


 人間のものよりもはるかに大きく荒々しい足音が近づき、思わず息を止める。

 心臓が早鐘のように激しく動悸し、体が震える。


 吐息が聞こえるほど近くまで化け物が俺の隠れた場所に近づく。


 居場所がバレやしないかと息を殺す。

 バクバクとうるさい心臓の音を止めたいほどだ。


 しばらくすると、やがて化け物の足音は離れていった。

 永遠に続くかと思うほど長く感じたが、ほんの数秒のことだっただろう。

 俺はほっと息を吐き、それからこっそりと化け物を覗き見る。


 すると、化け物に捕まった人間が食われているのが見えた。

 ぐちゃぐちゃという咀嚼する音が響き、鉄臭い匂いが漂ってくる。


 想像を絶する光景に吐き気がこみ上げてくるが、音が聞こえては拙いので必死にこらえる。


 なんでこんことになった。

 つい小一時間前までは、ありふれた平和な日常だったっていうのに。

 なんでいきなりパニック映画ばりの化け物がこんなところを闊歩し、殺戮しているんだ。


 あまりに現実離れした光景に、俺は頭を抱え込んだ。


 俺は普通の高校生だ。

 特別な訓練を受けているわけでも、チートな能力があるわけでもない。

 そんな俺に何ができる?


 尻尾を巻いて逃げる他ない。


 俺は化け物がこの場を離れるのを待って、静かにその場を後にした。



 * * *



 化け物と遭遇して以来、他の生存者の姿を見かけなくなった。


 俺みたいに隠れながら進んでいるのか、若しくはあの化け物にやられたかだ。

 ……考えたくはないが建物のあちこちに血痕があるので、少なくない人間があの化け物にやられたんだろう。


 それにしても静かだった。

 あんな爆発があって、しばらく時間が経つというのに警察も消防も駆けつけた様子はない。


 あの化け物が徘徊しているために救助活動が難航している可能性もあるが、それでももう少し賑やかなはずだ。


 化け物が近くにいるんじゃないかとびくびくしながら進んでいる俺にとって、この静けさは都合がいい。

 小さな物音でも聞こえるために、化け物の気配を察知しやすいからだ。


 そんな音に注意を払う俺の耳に、爆竹のような音がやや離れたところから聞こえてきた。


 ……これは銃声だろうか。

 銃声を聞いたことがないのでわからないが、それでも銃声と形容する他ない音だった。


 そんな花火に似た音が幾度となく聞こえる。


 どうやら何者かがあの化け物と戦闘を繰り広げているらしい。

 化け物と戦闘を繰り広げるような存在がいるならば、それは生存者を救出に来た人間に違いないだろう。

 戦闘の巻き添えになるのは嫌だが、そちらに近づいたほうが生存の可能性があると踏み、意を決してそちらへと歩を進めた。


 戦闘音のするほうへとしばらく進んだはいいものの、いつの間にか戦闘音が散発的になり、徐々に離れていっているようだった。


 化け物を撃退して追撃しているのか、はたまた掃討に失敗して撤退しているのかわからない。

 希望的観測から言えば、あの化け物を撃退していると信じたかった。


 何か小さな金属片を蹴飛ばし、甲高い金属音が響いた。


 拾ってよく見るとどうやら薬莢のようで、周辺のいたるところに散らばっていた。

 まだ薬莢が熱を帯びていることから察するに、ここで戦闘が行われて時間はさほど経っていないらしい。


 床に散らばる戦闘の痕跡を見ていると、少し離れたところに何かが転がっているのが見えた。


 人間の死体だ。


 ここに来るまでに何人か死体を見たが、今回のものは様子が違った。

 明らかに一般人ではない。

 なにせアサルトライフルを持つ黒づくめの戦闘服に目だし帽の男だったからだ。


 とりあえず先ほどあの化け物と戦闘を繰り広げていた存在なのは間違いないだろうが、装備を見るに少なくとも警察や自衛隊ではない。


 自衛隊や警察官がカラシニコフは持たないだろう。


 では目の前の死体が一体何者なのか疑問は浮かぶが、今はとりあえず武器がありがたかった。


 とはいえ、使えそうなのは手りゅう弾しかない。

 銃は弾切れだったし、マガジンポーチも空だった。

 もしかしたら生き残った目だし帽の仲間が弾倉を持って行ったのかもしれない。


 それにしても手りゅう弾とは使いづらい武器だ。

 広範囲に爆風や破片が及ぶため他に人間がいたら使い辛いし、ちゃんと狙ったところに投げなければ意味がないし、しかも爆発までに時間差があるため狙い通りの効果が得られるとは限らない。

 

 とりあえずなにもないよりはマシだろう。


 俺が武装した男の死体を物色していると、やや離れたところで動く気配を感じてそちらに目を向けると、人間離れした巨躯が目に入った。


 化け物だ。

 しかもこちらへ向かっている。


 俺は慌てて身を隠せる場所を探し、瓦礫の下へと潜り込んで化け物が通り過ぎるのを待つ。

 

 瓦礫の下から周囲を観察していると、少し離れた別の瓦礫の下に俺と同じように隠れている存在がいることに気づいた。


 小学生くらいの少女だ。

 おびえたように周囲を伺っており、やがて俺と目が合った。


 俺は唇に指をあてて静かにしているように指示し、少女も怯えた顔をしながらも小さく頷いた。

 

 やがて化け物が現れた。


 二足歩行で、どんな動物にも似ておらず、化け物と形容する他ないフォルム。

 口に並ぶ鋭利な牙は、捕食者を意味していた。


 化け物はゆっくりと歩を進め、少女の隠れる瓦礫のすぐそばを通った。


 化け物は威圧的に足音を踏み鳴らし、荒い息を立てながら獲物を探している。


 それを間近で感じた少女が怯えるのも無理はない。


 ただ少女が怯えて身じろぎしたのだろう。

 彼女の小さな動きによって、瓦礫の一部が床に落ちて小さな音を立てた。


 だがそれは化け物の注意を引くには十分な音だった。


 化け物がおもむろに少女が隠れる瓦礫の近くの瓦礫へと手をやり、荒々しく瓦礫を蹴散らした。

 ただのカマかけだったのかもしれない。

 

 だが少女は悲鳴を上げ、化け物はそれに反応した。

 冷静な俺の思考の一部分は、手遅れだと判断していた。

 いずれ少女は化け物に捕まり、殺されるだろう。


 それでも俺は飛び出していた。


 正義感でも博愛の精神からでもない。

 俺はピンチの時に現れるヒーローなんかじゃない。


 誰も見ていないし、誰も評価してくれないだろう。

 就職のときに履歴書に書くこともできないし、下手をすればここで俺の人生は終わることになる。


 だがそれがどうした。

 今ここで少女を見殺しにし、後々思い返して後悔するのなんて御免だ。


 たとえ蛮勇だろうと、無謀だろうと、やるしかない。


 化け物は少女のほうに気を取られていて飛び出した俺に気づくのが遅れ反応することはできなかった。


 俺は手にした棒を振り回し、化け物の頭に一撃を入れる。


 それなりに効いたようで、化け物の注意が俺に移った。


 ただの金属製の棒での打撃なんて、この化け物からすれば痛くもかゆくもないだろう。


 俺に勝算なんてない。

 それでも時間稼ぎぐらいにはなるかもしれない。

 もしかしたら逃げる隙があるかもしれない。


 俺は棒を振り回し、多少のけん制をする。

 音を派手に出し、注意を少女ではなく俺に向けさせる。


 そして俺は化け物の一挙手一投足に注意を払ってこの状況を打破する方法を考える。


 化け物は二メートル以上ある巨体で、リーチが長く、運動能力も高そうだ。

 先ほどの武装した男の死体を見て気づいたが、死因は首筋を噛まれたことによる出血死だ。

 力も強いかもしれないが、基本的に噛みついてくると考えて良さそうだった。


 それに対して知性の高そうでない化け物だ。

 つけいるとしたらそこだろう。


 野生生物は火で追い払えるが、こいつはどうだろうか?

 ……まあ、火なんてないんだが。


 あるとしたら先ほど入手した手榴弾か。


 俺は棒を振り回して化け物との間合いを維持してなんとか時間稼ぎをしながらも、先ほど入手した手榴弾の使い道を考える。


 下手に使えば少女を巻き込む恐れがあるし、俺自身も巻き込まれる可能性がある。

 かといって離れたところに投げても効果はないだろうし、なにせ手榴弾がひとつしかないので一発勝負だ。


 ……シビアすぎる。


 とはいえ考えている暇はそれほどない。

 いい加減覚悟を決めなくてならなさそうだ。


 化け物は苛立ち威嚇するように牙をむき、それから身を低く屈めた。

 今までにない挙動に訝しんでいると、突然弾かれたばねのように俺に向かって突進してきた。


 人間を超える巨体が猛スピードで突っ込んできては俺になすすべなどなかった。

 どうにか身構えるのでやっとだ。


 勢いよくぶち当てられた俺は何メートルか跳ね飛ばされ、瓦礫に思いっきり体を打ち付けて止まった。


 全身が痛むが、それどころではない。

 動けない俺に向かい、化け物がすぐ眼前にまで迫っていた。


 ゆっくりと獲物をいたぶる肉食動物のように、息がかかるほど近くまで化け物の顔が迫る。

 そして俺に噛みつこうと鋭い牙が並ぶ咢を大きく開いた。


 俺は咄嗟に左腕を口に突っ込んでいた。


 当然化け物は俺の左腕に喰いつき、腕に鋭い牙を食い込ませ、腕から血が流れる。

 さらに万力で捩じ上げるかのような化け物の噛む力に、腕が潰されるような感覚に陥るがなんとかまだ腕は折れていないようだった。


 化け物が首を振るうと腕が引きちぎらそうになって傷が広がり、さらに痛みが増す。

 でもまだ意識を失うわけにはいかない。


 激痛に耐えながら、俺は左手に握っていたものを手放した。


「くたばりやがれ、クソッタレめ」


 俺が左手に握っていた手榴弾を放すと安全レバーが外れ、刹那、化け物の咥内で手榴弾が爆ぜた。


 結果、化け物は頭を吹き飛ばすことになる。

 


 そして勿論、間近にいた俺にダメージがないわけがない。


 余波で吹き飛ばされて全身を打つ。

 とはいえ手榴弾の爆風と破片は化け物の体によってほとんど威力は削がれて、俺の体に大きなけがは無い。

 だが食いつかれていた左腕は、噛まれていたことと、手榴弾の爆風で見るに堪えないことになっていた。


 激痛なんてもんじゃない。

 人生で感じた痛みがいっぺんに襲ってきたかのような感覚に、俺は地面から起き上がる気力すらもない。

 それでも化け物の生死だけは確認したかった俺は、頭だけ動かして化け物のほうを見る。


 手榴弾は化け物の体の一部を吹き飛ばしており、化け物が動く気配は微塵もなかった。

 生物が内部から爆破されて生きていれるわけがない。

 化け物はくたばったようだ。


 そのことに安堵し、息をつく。


 とはいえ状況は良くはない。

 俺の左腕から流れる血は止まりそうもないし、止血したいが体はいうことをきかない。

 どうやら俺はここから生きて出れそうもないな。


 でも、まあ、そう悪い気分ではない。

 瓦礫の下に隠れていた少女が這い出て俺のほうに駆け寄ってくるのが見える。


 あの少女がここから生きて出られるかはわからないから自己満足でしかないが、それでも俺が一度化け物から救ったことに変わりない。


 俺は少女にここから逃げるようにとだけ告げると、意識を手放した。



 * * *



 気づけば見知らぬ部屋にいた。

 真っ白い部屋だ。


 頭だけ動かしてぐるりと見渡せば、そこが病室だとしれた。


 目を左腕に向ければ、包帯でぐるぐる巻きにされているが明らかに短い。

 肘から先がないのは明白だった。

 どうやらズタズタだったので、再生治療はできなかったらしい。


 これからの生活に困難はあるだろうが、左腕一本で命が助かったのだから安いものだろう。


 しばらくすると看護師が現れ、俺の意識が戻っていることのを知るとすぐさま部屋を出て行った。


 医者でも呼んでくるのかと思っていたが、看護師の次に現れたのは医者には見えない背広を着た中年男性だった。


「新橋宗嗣くんだね?私は鬼崎宏晃だ。今回の事件を担当している者だよ」


 鬼崎と名乗る中年男は俺の横たわるベッドの横の椅子に腰かけた。


「まず最初に君に伝えないといけないことがある。君のご家族のことなんだが……残念ながらお亡くなりになっていたよ」

「全員ですか?」

「ああ、その通りだ」


 家族の不幸を聞いていもさして動揺していない自分に驚いた。

 いや、もうそのことは予期していたというべきかもうそのことは予期していたというべきか。


「建物の爆発で十七人、そして君も知っているあの化け物によって三十四人の人が殺された。けが人も含めれば被害者は数百人に及ぶだろう」


 俺の想像よりもひどい数字に思わず顔を顰める。

 よくそんな状況で俺は生き残れたものだ。


 それからふと一つの懸念に思い至った。

 俺が命を懸けて助けようとした少女のことだ。


「……女の子は無事だったんですか?」


 俺の言葉は端的であったにも関わらず、鬼崎は察してみせた。


「ああ、君が助けた子だね。ああ、お陰様で無事だとも。彼女も君のことを心配していたし、助けてくれたことを感謝していたよ」


 それを聞いて俺は安堵した。

 俺がやったことが無駄ではなかったことだけが救いだ。


「それにしても君も無茶をするね。手榴弾を持って特攻とは」

「どうせ殺されるなら、一匹でも道連れにしてやろうって思っただけですよ」


 俺だって死にたくはなかった。

 それでもどうせ死ぬなら、意味がある死に方をしたかったんだ。


「それで、あの化け物の残りはどうなったんですか?」

「ああ、うちの者が処理したよ。残念ながらこちらにも少なからず被害が出たけどね。ほら、君が見た武装した人間の死体、あれはうちの者だよ」


 俺は鬼崎の言うことに違和感を抱いた。

 あの武装した男はどう見ても警察っぽくはなかった。

 ということは同じ組織であろう鬼崎も警察ではないのだろうか?


「あなたは警察ではないんですか?」


 思っていたことを口にすると、鬼崎は苦笑した。


「それはなかなか説明しづらいところでね、私自身は警察の者だよ。ただ君も知っているだろうが、最近警察が対応しきれない事件が多いのが現状だ。今回の事件みたいにね」


 鬼崎が言わんとしていることは分かる。

 それは最近世間を賑わしている”悪の組織”のことだろう。


 ということは今回の事件も”悪の組織”絡みということになる。

 

 そう言われれば納得するところもある。

 ”悪の組織”は最近ニュースを騒がせていたので俺も知ってはいた。

 無差別的な爆破に、得体のしれない化け物による大量殺戮。

 ”悪の組織”がいかにもやりそうな事だ。


「近く”悪の組織”に対応するための組織を作ることになっている」


 まるで特撮みたいな話だ。

 ”悪の組織”に対応する組織、それは言うなれば……。


「”正義の味方”、ですか?」


 鬼崎は俺の言葉が気に入ったように笑みを浮かべた。


「”正義の味方”、まさにその通りだよ。警察では”悪の組織”は手に負えないため、以前から専門の機関の必要性が検討され編成を進めていたんだが、今回の事件でその必要性は明白になった。”正義の味方”の設立は急務だとね」


 新聞やなんかでもそういった”悪の組織”の捜査、取り締まり専用の組織の設立について色々報じられていたので、俺も話には聞いている。

 だけど今、俺にその話をされている意味が分からない。


「なぜそれを俺に?」

「君をスカウトしようと思ってね」


 鬼崎の顔は真面目そのもので、伊達や酔狂で言っているわけではないことは分かる。


 確かに昔はヒーローごっこをやった程度には、”正義の味方”に憧れはある。

 とはいえ、それは男子なら誰しもが通る道だろう。


 でも本当に”正義の味方”にならないか、など言われて真に受けるわけがない。


「……本気ですか?」

「健康で若く、正義感のある人物が必要なんだ。そして”正義の味方”をやる以上、近しい人間が”悪の組織”の標的にされる可能性があるため、ある程度孤独であることが望ましい」


 図らずも俺はその条件にかなり合致している。


「確かに俺はその条件に合うとは思いますけど、この腕ですよ?」


 そう言って俺は肘から先のない左腕を掲げて見せた。

 そこへ唐突に海賊みたいな眼帯をした白衣を着た男が部屋に入ってきた。

 恰好は医者みたいだったが、自己主張の激しい眼帯が違和感ありまくりだ。


「その腕はなんとでもなる」

「おやドクター、盗み聞きしていたのか?感心しないな」


 鬼崎が茶化すように白衣の男に言うが、彼は気に留めた様子はなかった。


「鬼崎さん、さっさと本題に入ってくれ」

「そうだな、ここから先はドクターが話したほうがいいだろう」


 そう言って鬼崎は白衣の男に話の先を促した。


「君が”正義の味方”になることを了承してくれるのならば、手術を受けてもらう」

「手術、ですか?」

「特撮風に言えば、”改造手術”だ。これが”正義の味方”になるために求められる条件の一つ、健康で若いことが必要な理由だ。手術に耐えられなければいけないからね」


 てっきり”正義の味方”とはいえ、警察の延長を想像していた俺は、二人の突飛な話に面食らう。

 手術を受けなければならない仕事ってなんだよ。


「そんな手術が必要なんですか?」


 俺の問いに白衣の男は頷いた。


「ああ、君も見ただろう?例の化け物を。”正義の味方”はああいったものに対処するために身体機能を強化するスーツを着用することになる。その特殊なスーツを着るために手術が必要なんだよ」


 特殊なスーツ、改造手術、”正義の味方”。

 荒唐無稽な話を次々に聞かされ、俺はちょっと現実感を失っていた。


 俺は昨日まで普通の高校生だったはずだ。

 それがなんでこうなった?


「……まるきり特撮ヒーローの話ですね」

「ああ、その通り。君には”正義の味方(ヒーロー)”になってもらいたいんだ。勿論、高校を卒業した後の話になるがね」


 俺は家族を失い、左腕を失って、ある意味自棄になっていたのかもしれない。

 知らず知らずのうちに俺は頷き、了承していた。



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