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第34話 正義の味方と悪の女幹部、打ち上げをする


 異世界生活三十一日目



 結局昨日は魔導士ギルドのギルド長にリリーが捕まってしまい、解放されたのは日が沈んでからだった。

 それでもリリーは楽しそうだった。


「それにしても昨日は有意義だったわ」

「満足そうでなによりだな」

「あのマダム・ウェンディ、本当に面白い人ね。組織のトップというよりも魔道具馬鹿とでもいうべきかしら。根っからの研究者ね」


 つまりリリーと同類というわけか。どうりでリリーと馬が合うわけだ。


「あの”プロジェクター”の仕組みとか色々訊かれて大変だったわよ。まあ、私もいろんなことを訊けて面白かったけどね。そうそう、こっちの世界にも特許みたいなシステムがあるらしいのよ。そんなわけで”ビデオカメラ”と、”プロジェクター”の権利を申請したのよ」

「へぇ、それで?あの”ビデオカメラ”と”プロジェクター”は自分で作って売るのか?」

「いえ、自分で材料を調達して作っていたらいくら時間があっても足りないわよ。そこでマダム・ウェンディが知り合いの魔道具工房を紹介してくれて、そこで生産することになったのよ。まあ、ライセンス生産だから私は基本的に設計図を提供するだけでライセンス料が入ってくるんだけどね」

「すっかり左団扇だな。何もしなくてもお金が入ってくるなんて」


 つい最近までニートだったのに、とは言わない。

 俺は空気を読む男なんだ。


「私が本気を出せばこんなものよ」


 リリーがドヤ顔をしてくる。

 確かにこちらの技術とあちらの技術を組み合わせて短期間に作り上げたのだから、リリーの技術は大したものだろう。

 とはいえ、そのドヤ顔はムカつくが。


「商業ギルドのギルド長、名前はマーヴィスとか言ったかしら?彼もやたらと乗り気でね、生産された製品はすべて商業ギルドで買い取ってそっちから販売するそうよ」

「当分、金の心配はしなくて済みそうだな」

「ライセンス料が入るのはまだ先だけどね。まあ、それ以外にも今回の報奨金が出るみたいだし、今日はご馳走ね」


 リリーの言う通り、なんでも伯爵が報奨金を用意してくれているそうで、今日は朝から冒険者ギルドに出向いていた。


 家を買って目減りしたものの未だ金はあるし、大稼ぎはできなくても冒険者の依頼で俺がそこそこ稼いでいるので貯金は増えているぐらいだ。

 とはいえ、リリーの研究は金がかかるし、何があるかわからないので金は多いに越したことはないからな。


「それにしても今回報奨金を用意するの早かったわね」

「前回のは盗賊のところから持ってきた品物の売却も頼んでいたから遅くなったんだろ?」

「ああ、そういえばそうだったわね」


 俺たちは会話しつつ、冒険者ギルドのスイングドアをゆっくりと押し開く。


 前に一度リリーが西部劇よろしく思いっきり勢いよく開けたら、周囲の視線を集めて酷く恥ずかしい目にあった。

 あれ以来リリーは静かに開けるように心がけているみたいだ。


 さて、俺たちが冒険者ギルドの中へと入ったところ、なんだか冒険者ギルドの中が普段と違っていた。

 いつも朝は賑やかなのだが、今日は普段とは違う喧噪に包まれている。

 少しだけ気がかりではあるものの、俺たちは受付カウンターへと向かった。


 そこには受付嬢として席に座るユディットがいた。


「あら、アッシュさん、リリーさん、お待ちしておりました」


 俺たちに気付いたユディットが会釈する。

 俺たちも挨拶を交わした後、ユディットに問い尋ねた。


「なんだか慌ただしいな。何かあったのか?」

「ハロルドの息子のアンガス、殺されたんですよ」


 ユディットが答える前に背後から答えが返ってきた。

 振り返るとそこにはルイスが立っていた。


「アンガスって確か巨大蛇に挑んで失敗した奴だろ?治療中じゃなかったか?」

「昨日の深夜に治療院を抜け出して逃げたんですよ。治療院は監視していたんですが、後手に回りましたね」


 ルイスは若干悔しそうにした。

 領軍の兵士の掌握が完璧であったなら、アンガスをすぐに確保することができ、このような事態は未然に防げただろう。


「犯人は捕まえたのか?」

「ええ、それも”赤の剣戟”の生き残り、エモンという冒険者です」

「ああ、”赤の剣戟”の……恨まれてそうだもんな」


 てっきりケネスとかいう奴が口封じに殺したのかと思ったんだったが、行方不明だった冒険者の方だったか。

 確かに殺されかけたんだから、復讐しにきてもおかしくないよな。


「復讐をやりきったからか逃げずに大人しく捕まって、取調べにも素直に応じていますよ。ですが毒のせいで体はボロボロ、あれじゃあ長くはもたないですね」

「それでも復讐をしたわけか。執念だな」

「ケネスが見つかっていないのが気が掛かりですが、まあそれはこちらの仕事です。きっと捕まえて見せますよ」


 俺たちも一応ケネスを探してはいるが、依然見つかっていない。

 すでに街を出ている可能性もあり、そうなると俺たちの捜索網では捉えられないだろう。

 こちらの人間に頑張ってもらいたいところだ。


 まあ、それはおいておいて、先程から気になっていることを尋ねた。


「……ところで、なんであんたが冒険者ギルド(ここ)にいるんだ?」

「伯爵様からお使いを頼まれまして。ここの会議室をお借りしていますから、そちらで話しましょうか」


 そう言ってルイスに言われるままに、何度となく使っている冒険者ギルドの会議室に入る。

 普通はそう何度も使うような場所じゃないはずなんだがな。


 俺は慣れたもので特にためう事もなく椅子に腰かけ、その対面にルイスが掛けた。

 

「お使いっていうと、やっぱり報奨金のことか?」

「伯爵様、ご本人が直接お渡ししたいと仰っていたんですが、何分この後始末で忙しい身ですし、もともとは私が依頼したわけですからね、私が預かってきたんですよ」


 そう言ってルイスはずっしりとした革袋をテーブルの上に置いた。


「大金貨十五枚、二四〇〇〇ガルです。前回と同じと仰っていました」


 前回というのはもちろんクリスカとラウラを助けたときの報奨金の事だ。


「謹んで頂戴致します」


 俺はその革袋を受け取り、中を確認することなく強化外骨格の”大事な物入れ”に収納する。

 それを見ていたルイスはどこか可笑しそうに笑った。


「伯爵様も仰っていましたが、やはり数えないのですね」

「数える必要あるか?」


 伯爵が誤魔化すとは思えないし、ルイスもちょろまかすとは思えない。

 その程度は信頼しているつもりだ。


「いえいえ、お二方に信用されているなら光栄です。――そしてもう一つの報酬、転移門の使用についてはもうしばらくお待ちください。スケジュールの調整の必要があるので伯爵様の許可があるといえどもそう簡単に使用できないのですよ」

「構わないわよ。気長に待つから」


 転移門を使いたがっているのはリリーだし、リリーがそんなに急がないのであれば俺も構わない。


 話の最後にルイスは俺たちに深々と頭を下げた。


「本当に今回は助かりました。改めてお礼申し上げます。あなた方がいなかったらハロルドの野望に対する対応が遅れ、この街は少なくない被害を受けていたでしょう」

「気にしないで。私たちは成り行きで手助けしただけだから」


 感謝され慣れていないリリーは若干困惑しているようだ。

 かく言う俺も、”正義の味方”をやっていて直接感謝されることは少なかった。

 

 そもそも”正義の味方”は誰かを助けるのが使命であり義務だ。

 だから感謝されたくて人を助けるわけじゃないし、助けた人に感謝されなくてもどうも思わない。


 それでもやはり感謝されれば嬉しいもんだ。

 リリーだって感謝されて悪い気はしないだろう。


 ルイスに見送られて冒険者ギルドを出た俺たちだったが、不意にリリーが振り返って言い放った。


「じゃあ打ち上げしましょう」



 * * *



 俺たちは贔屓にしている食事処に来ていた。

 場所が街の中心部と自宅の中間くらいで、値段も手頃で、美味しい料理を出すので俺とリリーは贔屓にしている店だった。

 普段はもっぱら自炊なのだが、面倒な時やちょっと贅沢したいときなどはここを利用している。


 顔馴染となった女将さんと挨拶を交わして席に着く。


「おや、いらっしゃい。今日は大口大蛇の肉が手に入ってね、安くしとくよ」


 勿論、その肉は俺たちが討伐した大口大蛇の肉だろう。

 あれだけ巨大な蛇だ。肉も大量だろうし、冷蔵設備も普及していないから腐りやすいため売り切るために格安で売っているのだろう。


「じゃあそれと、パンとスープ、エールをふたつずつ」


 女将さんの勧めに従って、大口大蛇の肉のステーキセットと酒を注文する。


 しばらくすると愛想のいい看板娘が陶器製のジョッキに入ったエールを運んできた。


「じゃあ、今回の事はお疲れさまってことで」


 リリーがジョッキを軽く掲げて見せる。

 俺もそれに倣いジョッキを軽く掲げ、エールに口をつける。


 エールはキンキンに冷えているわけではないが、地下に保管しているらしく常温よりはやや低めの温度だ。

 本場ドイツでも冷蔵庫に入れずに十度前後で飲むのが普通らしいので、案外異端なのは日本なのかもしれない。


「お疲れ様ってほど、苦労はしてないが……そうだな、”正義の味方”のときは裏方のバックアップがあったから、俺は荒事だけやってりゃ良かったが、今回は情報を足で集めたり、尋問したり、証拠集めしたり色々と雑事が多くて大変だったな」

「”正義の味方”というより、探偵の仕事よね。……まあ、とりあえず無事に終わって良かったわ。あの巨大蛇が出てきたときは肝を冷やしたけど、懸念したほど街にも大きな被害はなかったしね」


 前から思っていたけど、こいつって根は善人だよな。


「でもこの街のお偉いさん方には目を付けられたわけだがな」


 若干やりすぎた感はある。

 巨大蛇の討伐もそうだし、一件の解決の速さ、そしてリリーの作った魔道具など、目立ち過ぎたと思うのだ。


 当初の目標だった目立たずに生活基盤を得て、元の世界への帰還方法を探るという目標から大きく脱線してしまっている。

 目立たずにっていうのは初っ端から頓挫していた気もするが。


 俺が懸念を口にすると、リリーは呆れたように俺を見た。


「ネガティブねー。これだから”正義の味方”は……。結果オーライって考えなさいよ。逆に考えればこの街のお偉いさん方に私たちの存在を認めさせたのよ。お陰で私はニートを脱却できそうだし、当分お金には困らないし、転移門も使えるわけよ」


 確かにリリーの言う通りだ。

 どうも俺は悪いほう悪いほうに考える傾向があるみたいだ。


「おっきな蛇を討伐したからこうして美味しいお肉にもありつけるし、エールも美味しい。それでいいじゃない」


 そう言ってリリーは焼きあがった大口大蛇の肉のステーキにナイフを入れ、口に運ぶ。

 幸せそうにエールを飲む彼女の姿を見れば、些細な懸念などアホらしく感じてくるな。


 俺もそれに倣ってステーキを食べる。

 うまい。


 明日は明日の悩み事があるんだ。

 だから今日は明日の事はくよくよ悩まずに、今日の幸せを噛みしめよう。



 * * *



「じゃー、ここらで私たちの知己を深めましょう」


 リリーが何杯目かのジョッキを空にして言い放った。


「馴れ合いはしないんじゃなかったのか?」

「いいじゃない。こっちに来て一か月よ?仲良くやりましょーよ」


 なんだかリリーの口調がおかしいし、普段より饒舌だ。


「……お前、酔ってないか?」

「だいじょぶよー」


 いや、完璧に酔っている。

 こいつ、何杯エールを飲んだんだ?


 そもそも今日まであまり酒は口にしていなかった。

 久しぶりなので酒が進んでいるんだろうと思ったんだが、それだけでもなさそうだ。


 醸造技術のせいかエールに似た酒はアルコール度数が低く、また果汁などを足しているため結構飲みやすい。

 だから加減が分からずに飲み過ぎたんだろう。


 俺は改造手術のおかげで毒物を分解できるので、酒に酔って酩酊することはない。


 だが神経系の改造しかしていないリリーは普通に酔う。

 というか、結構面倒な酔い方をしている。


「あの冒険者の姉妹とはどうなのよ」

「どうともなってねぇよ」


 リリーの言う冒険者姉妹とは、メリアとタリアのことだ。

 彼女たちとは顔を合わせれば挨拶するし、何度か一緒に依頼もこなしたから友人と言ってもいいだろうが、がっつり親しくしているわけではない。


「あの姉妹、結構な人気なのよ?」

「へー」


 まあ、二人とも美人だし人気が出るのも頷ける。

 だがそこそこ年下なので、そういう目では見れないんだな。


「淡白ねー。草食系男子なわけ?」

「うるせーよ」

「えーじゃあ、初恋っていつ?」

「……お前、面倒臭い酔い方だな」


 こいつがこんな酔い方をすると知っていれば酒は止めたんだが、後の祭りだ。


「恥は掻き捨てよ。この世界にあなたを知る人は一人もいないわ」


 もっともらしい事を言っているが、どんな理由があって”正義の味方”が”悪の組織の女幹部”に恋バナをしなきゃいけないのか。

 ……でも面倒だが付き合わないと煩そうだ。


 適当な話でもひとつすれば満足するだろうとしばし思案したが、自分に初恋という概念がないことに気付いた。

 俺の人生の中で誰かに告白したことも、誰かに淡い恋心を抱いた覚えもない。


「思い浮かばないな」

「誤魔化すんじゃないわよ」

「いや、誤魔化してるわけじゃないんだが……。あー待てよ、そうだな」


 ひとつだけ思い至った。

 自分がまだ幼いころの話なので、それがライクなのかラブなのかは判別できないが、初恋話として成立できそうなのはそれくらいしか思い浮かばない。


「初恋と呼べるものがあるとすればアレだな。小学校低学年に同じクラスだった女の子」

「へえへえそれで?」


 リリーは楽しそうに身を乗り出してきた。

 酔っ払いめ。


「明確な恋愛感情ではなかったな。強いて言えば、俺にあったのは彼女への人間としての好意と興味だ。まあでも席替えのときに隣が彼女だったらいいなと思う程度には好意を持っていたかもしれない」


 俺が彼女に抱いていたのは甘酸っぱい恋心なんてものじゃなかったと思う。

 だから正確に言えば初恋なんて上等なものではないかもしれないが、家族以外の異性に対して親愛の情を抱いたのは間違いなく彼女が最初だろう。

 たとえそれが恋愛感情ではなかったにしてもだ。


「へえ、どんな子?」

「そうだなぁ……不思議な子だった。病気を患っていて体が弱くて、けっこう学校を休みがちだったな。学校に来ていても体育の授業は滅多に受けてなかったみたいだし。あとは黒が好きで年中黒い服を着てた。そういや動物好きで飼育係をやってたな。そうそう、動物好きと言えばこんなこともあったな」


 俺は下校途中に傷を負った青虫を心配する彼女と出会ったときのことを話した。

 いつの間にか俺らしくもなく饒舌に思い出話を語っていた。

 俺も酔っていたんだろうか。


「えーと、名前はなんて言ったかな……リリー、どうした?」


 視線を上げると彼女はなぜか押し黙って俺を見ていた。

 茶化してくるかと思ったが、さきほどまでの陽気な感じはない。

 ……なぜに?

 態度を急に変えた事に俺が訝しく思っていると、唐突に彼女は口を開いた。


「…………百合子」


 そうだ。百合子。

 あの子の名前はそんな名前だった。

 花の名前だった気はしたんだ。


「そうそう、そんな名前だった……って、え?」


 ちょっと待て。なんでリリーが名前を知っているんだ?

 その時、黒いワンピースを着る少女がフラッシュバックした。


「まさか……新橋君?」


 疑惑は確信に変わり、フラッシュバックした少女は目の前の人物と重なった。

 百合子。

 リリー。


「マジか?」


 かつての同級生と異世界で再開する羽目になるとは予想だにしていなかった。


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