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第32話 正義の味方と悪の女幹部、後始末をする

 


「ねえ、これの始末も私たちがやるんじゃないわよね?」

「いや、それはないだろ。……ないよな?」


 大口大蛇(オオクチオロチ)の死骸を前にリリーと佇んでいると、背後から誰かがやってくる気配を察知した。

 振り返るとそこにいたのはミラと、彼女が連れてきたと思わしき冒険者ギルドのギルド長ウォルトと大勢の冒険者、そして領軍の兵士たちがいた。

 なぜか全員呆気にとられたような顔をして俺たちを見ている。


「……まさか本当に倒しちまうとはな」


 ウォルトが呆れたように言い、そこに集う全員が同意するように頷いていた。


「アッシュさん!?倒しちゃったんですか?」

「ああ、リリーが来たからな。倒せそうだったから倒しといた」


 俺の言葉にミラは信じられないという顔をする。


「倒しといたって、大口大蛇は三級の魔物ですよ!?たった二人で討伐とか聞いたことがありませんよ!?」

「落ち着きなさい、ミラ」


 声を荒げるミラをユディットが窘める。

 というか受付嬢が二人も出てきてギルドは大丈夫なのか?


「……まあ、確かに大口大蛇は特殊な能力がないとはいえあの巨体です。普通であればあの規模の魔物は大勢で囲んで叩いて一撃離脱を繰り返し、一人が狙われ続けないようにするのが定石ですよ?」


 ユディットの指摘でようやくこの惨状を理解する。

 ああ、だから冒険者ギルドはこの人数を集めてきたのか。


「でも三級の魔物だろ?三級のパーティーで倒せるんじゃないのか?」

「良い準備と、装備、確立されたチームワークがあってようやく三級のパーティーで倒せるというだけです。もちろん損害も考慮に入れる必要があります。間違っても片手間で倒せるものではありませんよ」


 どうやら魔物のランク付けは最低限求められるレベルのラインを定めるものであって、安全に討伐できるラインではないらしい。


「剣一本で大口大蛇を倒したお前さんもだが、複数の魔法を並列起動した”黒き魔女”も大概だぞ」

「本当ですよね、おとぎ話の英雄みたいでしたもん」


 ウォルトの嘆息にミラも同意する。

 ……やっぱりリリーのアレもはたから見ればチートだったか。

 自重しようとしていた頃が懐かしい。

 もうすでに手遅れだがな。


「あー、それでコイツはどうしたらいい?」


 話を逸らすように俺は巨大蛇の死骸を指さす。

 流石にこのままでは拙いだろう。

 死骸が腐って変な病原菌が発生しては困る。


「これの解体は冒険者ギルドで引き受けますよ。幸い人手は揃っていますし」


 そう言ってユディットは背後を振り返って微笑んだ。

 討伐に参加するために集まった冒険者たちはどこか諦めにも似た表情を浮かべている。


「それにここはスラムですから、賃金を与えればすぐに人手を集めれますので十分かと」

「それじゃあここの始末は任せていいのか?」

「今回の功労者にここの片づけまでさせる気はないさ」


 俺の言葉にウォルトは頷いて見せた。

 元カリフォルニア州知事のハリウッド俳優似の顔をしているだけに、その貫禄は半端ないな。


 それじゃあとそそくさと退散しようかとしたが、すぐにウォルトに引き留められた。


「それで、こいつの素材はどうするんだ?」

「ああ、そうか倒した人間に権利があるのか」


 すっかり失念していたが、魔物を討伐した者にその権利がある。


「俺はどうでもいい。リリーに任せる」

「じゃあ魔石と各種素材を少しずつ貰えるかしら。そうねー、量はそれぞれ二ロドス(約二十七キログラム)ぐらいでいいかしら。まあ、その辺は適当でいいわ」


 ウォルトの横で秘書然としたユディットがメモをとっている。


「残りはどうされます?冒険者ギルドで買い取りでいいですか?」

「……そうだな」


 周囲を見渡す。

 大口大蛇が暴れたせいで、壊滅的になったスラムが目に入る。

 リリーを伺うと、彼女は俺の考えを察した表情をしていて、微笑みながら頷いて見せた。


「じゃあ残りを売った金はこれの解体費用を抜いた後、スラムの復興に使うように領主に渡してくれ」


 俺の言葉にウォルトとユディットは信じられないといった顔をした。


「……本気か?結構な金額だぞ?」

「大口大蛇の鱗は非常に堅牢で、鎧の素材として高値が付きますし、骨も良い魔導素材になります。肉は大量にあるので買い叩かれますが、非常に美味なので売れ残ることはないんですよ」


 ああ、こいつの肉って食べるんだ。

 そういや地球でも蛇の肉を食べたことがある。

 淡白で鶏肉と白身魚の中間っぽい味で結構旨かった。

 こいつも旨いのか試してみる必要があるな。


 おっと思考が脇道に逸れたな。


「別に構わないさ。そもそも金が欲しくてこいつを倒したわけじゃないからな。成り行き上、倒したってだけで。……それにしても肉は買い叩かれるのか。それなら幾らかは売らずにこの場所で配ってもいいかもな」


 ウォルトは呆れたように肩をすくめた。


「……本当にお前たちは大物だよ。分かった、金はお前さんの言う通りにすることをギルド長の俺の名で請け負おう。肉は……そうだな、解体を手伝った人間に賃金とは別に一人当たり半ローグ(約二二五グラム)ほど渡せばいいだろう」

「ああ、それで頼む。それじゃあ俺たちは司法官のところにちょっと報告してくる」


 俺たちは後のことをウォルト達に任せてその場から離れた。



 * * *



 後始末を僕らに任せて去っていく”灰色騎士”と”黒き魔女”の後姿を眺め、ユディットが溜息をついた。


「大口大蛇の売却金をはぼまるまる寄付だなんて……彼ら、本当に何者なんでしょうね?お金には頓着しないですし、名声を欲しているわけでもなさそうですし」


 僕は冒険者ギルドの支部長という立場柄、一級や二級の冒険者と会う機会がある。

 彼らも大概浮世離れしていて普通の冒険者とは一線画す存在だが、あの”灰色騎士”と”黒き魔女”はそんな彼らとも違うようだった。


 普通、冒険者というのは自らの体を資本にして手っ取り早く金や名声を得ようとする連中のなる職だ。

 だが彼らはその冒険者の本質とは全くもって異なっているのだ。


「ミラじゃないですけど、まるでおとぎ話の英雄ですよ」


 ユディットの言うように、言うなれば英雄だ。

 正義のために剣を振るい、悪しきを挫き弱者を助ける。


 ミラをはじめ、領主様もスラムの現状を改善しようという願いは持っている。

 だが如何せん私たちの力には限りがあり、それを叶える事は難しい。


 それなのにこの街に来て僅か数週間に過ぎない彼らはスラムのために大金を投げうった。

 並みの生活なら何年も遊んで暮らせるだけの大金を、見ず知らずの人間のために使える人間なのだ。


 彼らは強い。

 だがその一方で、僕は彼らに危うさも感じていた。

 刹那的で、まるでこの世界で生きていないかのように執着心を感じないのだ。

 金にも、名声にも、この土地での生活にも縛られることなく、この街にふらっと現れたようにある日不意に消えてしまいそうで。


 彼らは強いのだから、どこででも生きていけるだろう。

 だがそれが彼らにとって幸せなことなのかは分からない。


 僕にできることと言えば、彼らが少しでもここに住んでいたいと思えるように陰ながら尽力することだけだ。

 それはきっとこの街にとって、そして彼らにとっても悪い事ではないだろうから。


「……さあ、ユディット、仕事だ」


 僕は大口大蛇の解体作業の指揮をとるために行動に移すことにした。



 * * *



 すっかり夜も更けたオジェク領軍の司令施設の一室に怒声が響いた。

 声の主は激昂した領軍軍団長ハロルド・チャニングだ。


「あれだけの装備を揃えておいて、失敗だと!?」


 報告をしていた兵士は委縮しつつも報告を続ける。


「想定外なことに、用意した魔物の卵は大鎧蜥蜴ではなく大口大蛇のものでして……討伐に向かった第二中隊は半壊、指揮されていたアンガス様も重傷を負い、治療中です」

「ケネスめ、適当な仕事をしおって……それでその大口大蛇はどうした」


 ハロルドに重傷を負った実の息子の心配する様子はなく、ただ苛立たし気にほうこくをする兵士を睨みつけている。


「それが……六級の冒険者二名によって討伐されたと」

「そんな取るに足りない連中が倒せる魔物に、私が腐心した魔導鎧部隊がやられたというのか!?」


 ハロルドは声を荒げる。

 彼自身が大口大蛇の脅威度を正しく認識できているわけではなく、普段から見下している冒険者に倒せて自分の兵士たちが倒せないということが我慢ならない様子だった。


「ケネスを呼べ!」

「それがアジトにしていた建物を調べたのですが、もぬけの殻でして……」

「ちっ逃げたな……何が何でも探し出せ!ケネスをひっ捕らえて私の前に連れてこい!」


 兵士は一礼をして、そそくさと部屋から逃げるようにして出て行った。

 部屋に残るハロルドは苛立たし気にしつつ、眉間にしわを寄せながらも何やら思案し始める。


「私の悲願が達成目前だというのに、使えない奴らめ。計画に費やした金がすべて無駄ではないか。……だがここで動くのは拙いな。司法官と冒険者ギルドの連中が薄々感づいている。しばらく鳴りを潜めていたほうがいいか。……ケネスとその部下を始末させて証拠を隠滅すれば私まで辿れまい」


 (ひと)()ちながら、ハロルドは一人笑みを浮かべた。



 * * *



 ……まあ、ここに一部始終見ている人間がいるのだが。


「わー、徹底的なまでに悪役ね」

「黒幕っていうか、小物だな」


 俺たちは巨大蛇を倒し、後始末を冒険者ギルドの方々に任せた後、司法官ルイス・ロイドに報告をしてから総仕上げのための証拠集めを始めていた。

 その一環で虫型偵察ロボットを使ってずっとハロルド周辺を観察していたのだ。

 まさかこうも簡単にゲロってくれるとは思わなかったが。


「見られてるとも知らずに重要証言をぺらぺらと、お陰で仕事が楽で有難いわね」


 リリーはモニタの中で不敵な笑みを浮かべている滑稽なハロルドを眺めつつ、のんびりとお茶を飲んでいる。

 リリーの言う通りだが、問題はこちらの世界でこの映像が証拠として扱えるかという点だ。


「できればルイスが言っていたようになんらかの書類とか物証があるといいんだがな」

「そうね……家探しでもしちゃう?」


 ハロルドの家、領軍の施設に侵入し、秘密の書類を探すか。

 地球で言うなれば警察官僚の家や警察署に不法侵入するのと同等だよな?

 監視カメラやセキュリティ設備がないから難易度は大分下がるが、かなりハードルは高い。


 でもまあ、やるしかないんだよな。


「身元がばれるから強化外骨格は使えないのはいいとして……この装備か」


 俺は潜入ミッションために地下施設から持ってきた下級戦闘員の装備を身に纏っていた。

 全身真っ黒なスーツで、顔まで覆面を覆い隠せる。

 見た目はすっかり悪の組織の戦闘員だ。


 ……なんで俺が悪の組織の戦闘員の恰好をしなければいけないんだ。

 こんな俺にも”正義の味方”のプライドがあったらしい。


「仕方ないじゃない。強化外骨格なんて着てれば”灰色騎士”だって一発でバレるわよ。第一、今回の潜入だって犯罪行為すれすれじゃない」


 リリーの言う通りだが、釈然としない自分がいる。

 そんな俺の葛藤を無視してリリーが装備の説明を始める。


「今回はスニーキングミッションだから殺傷武器はナシ、一応安全に相手を無力化できる武器は用意したわ。あとは潜入に必要な鍵開けの道具とかワイヤーアンカーとかね。そしてこの戦闘服は防御能力が控えめな代わりに簡単な光学迷彩機能があるのよ」

「光学迷彩?」


 なんかすごいSFちっくな単語が出て来たぞ。


「完全に見えなくなるってわけじゃなくて、壁に張り付いたら壁の色に、地面に伏せたら地面の色になる、いわばカメレオンみたい機能よ」

「ギリースーツみたいな感じか。夜間なら有効かもな」

「そもそも私がドローンたちを使ってバックアップするからそんなに難しいことはないわよ」


 確かに俯瞰で観察して支援してもらえる潜入なら簡単だろう。

 なにせ警備も巡回も全部まるわかりになるのだから。


「気は進まないが仕事をするか」


 仕事は仕事だ。

 こんな仕事はさっさと終わらせて平穏な日々を過ごすとしよう。


登場人物

アッシュ   正義の味方 ”灰色騎士”

リリー    悪の女幹部 ”黒き魔女”


ミラ     冒険者ギルドの受付嬢 その1 獣娘

ユディット  冒険者ギルドの受付嬢 その2

ウォルト   冒険者ギルド ギルド長


ルイス・ロイド 司法官


ハロルド・チャニング  領軍軍団長

アンガス・チャニング  領軍 第二中隊隊長 ハロルドの息子

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