第31話 正義の味方と悪の女幹部、激戦を繰り広げる
リリーの放った複数の火球は見事に巨大蛇に着弾し、爆炎をあげて周囲を炎で包み込んだ。
俺はその炎に構うことなく巨大蛇目がけて駆け抜ける。
確かにリリーの爆炎は派手だが、この程度の温度の炎では俺の纏う強化外骨格にダメージはない。
俺は頭を狙い大剣を手に駆ける。
巨大蛇は何かを察したのか、尻尾を鞭のようにしならせて建物を破壊し、俺の行く手を阻んだ。
結局タイミングをずらされて頭を狙うことができない。
仕方なしに手近な胴体部分を斬りつけるが、浅く傷つけるだけに終わった。
「堅っ」
表皮の鱗も堅牢だが、十分な力を込めることができればアダマンタイトの大剣で斬れないことはない。
だが問題は筋肉だ。
適度な柔軟性がある上に、筋肉を収縮させることによりその硬度を高めることができる。
いうなればゴムみたいだ。
斬れる前に弾かれてしまい、刺突なら効果はあるだろうが、斬撃では効果が薄いようだった。
さらに厄介なのは質量の差だ。
さっき計測したところ巨大蛇の全長は約二十五メートル。
アナコンダの平均的全長はおよそ五メートル程度なので五倍ということになる。
だが体積も五倍とはいかない。
体積は縦横高さを掛ける必要があるので五×五×五倍の百二十五倍ということになる。
ということはだ、アナコンダの平均的体重百キログラムを百二十五倍すると、十二・五トン。
つまりあの巨大蛇は大型バスほどの重さがあるというわけだ。
まともにぶつかりあえば、俺が力負けする。
そのうえ大剣は刀と違って重さで叩き斬るので、質量で負けているとその効果は落ちるだろう。
要するに剣で戦いづらい相手だ。
これはやはり頭を狙うしかないな。
問題は頭の動きを捉えるのが困難だということだ。
一旦巨大蛇との距離をとりながらリリーを伺った。
「またさっきのを撃つのにどれくらいかかる?」
リリーは少しばかり頭の中で計算してから俺の問いに答えた。
「同じ規模だとチャージに五分くらいね」
五分か、それくらいならなんとかなるだろう。
「じゃあ後ろに下がってチャージ出来次第もう一発撃ってくれ」
「分かったわ」
リリーは頷いて了承を示すと、戦いに巻き込まれない程度に離れた場所へと下がった。
それを確認してから俺は巨大蛇へと向き直る。
……さて、リリーのチャージが終わるまで時間稼ぎでもするか。
巨大蛇は鎌首をもたげて俺を睨みつけている。
かすり傷程度とはいえ一発入れた俺を完璧に敵として認識したみたいだ。
まあ、そちらのほうがこちらとしては好都合だがな。
俺を狙ってくれたほうが、俺が頭を狙うチャンスが増えるし、なにより周囲への被害を抑えられる。
流石に周囲への配慮を示しつつ戦うのは面倒だからな。
俺は巨大蛇の動きを見逃さないように視線を外すことなく大剣を構えた。
巨大蛇は牙をむき出し、俺に襲い掛かる。
なかなかの速さだ。
とはいえ、体を軸にして伸ばすように飛び掛かってくるので、その軌道は読みやすい。
すれ違いざまに胴体を斬りつけるが、やはり効果は薄い。
何度か一当て、二当てしたが大したダメージは与えてないようだった。
くそう、埒が明かないな。
EM拳銃を使いたくなってきたぞ。
俺が少々苛立ってきたところで、巨大蛇の動きが変化した。
何度か俺に噛みつこうと挑んできたが、俺が全部避けるために作戦を変更したみたいだった。
俺との距離を保ちつつ周囲をゆっくりと回りだす。
何をしたいのか分かり兼ねて様子を見ていたが、やがて巨大蛇が俺を囲むようにとぐろを巻いていることに気付いた。
「ああ、俺を絞め殺そうって魂胆か」
獲物をからめとって体を巻き付け、絞め殺すのは毒を持たない大型の蛇の十八番だ。
こいつがそういった行動をとっても不思議はない。
この巨大蛇は周囲の建物も巻き込むほどの規模のデカいとぐろを巻いて、俺を絞め殺そうとしている。
建物が巨大蛇の胴体に巻き込まれて圧壊していくのを眺めつつ、どうするかと悩む。
すでに周囲を取り囲まれているので逃げるのは至難の業だ。
かといってこのままあの巨体に絞めつけられるのを座して待つつもりもない。
アナコンダは大型の哺乳類も絞め殺すというが、巨大蛇の絞める力がどれほどのものか、強化外骨格で対抗できる程度なのか俺自身で試す気はないのだ。
まあ、俺を中心に巨大蛇がとぐろを巻いているということは、巨大蛇も俺の攻撃から逃れる術がないということでもあるわけだ。
俺は大剣を水平に構え、高速移動用脚部装置を起動。
強化外骨格の脚部にある装置を作動し、格納されていた小さなタイヤが出現する。
フルスロットルで巨大蛇の大体目がけて突進する。
どちらを向いても巨大蛇の胴体なので外すことはない。
力を一点に掛けることができるため、斬るよりも刺す方が容易だ。
さらに高速移動用脚部装置によって時速六〇キロ近くまでスピードを出すことができる。
そして俺の体重と強化外骨格こみで一六〇キロを超える上に、アダマンタイトの大剣でプラス十キロほど。
E=mc^2
エネルギーは質量と速度の二乗に比例する。
簡単に言えば、威力は半端ない。
当然ながら俺の突撃に巨大蛇は逃げることもできず、易々とアダマンタイトの大剣が胴体に突き刺さった。
刀身の三分の一ほどまで突き刺さったところで進行方向を変え、胴体に対し水平に高速移動用脚部装置で駆け抜ける。
突き刺さったままの大剣が横に引かれることになり、先程まで薄く傷つけることしかできなかった胴体が切り裂かれる。
巨大蛇の悲鳴にも似た鳴き声が響いた。
その巨体からすれば致命傷ではないだろうが、無視できるダメージではないだろう。
巨大蛇はのたうち回り、俺はそれに巻き込まれないように距離をとった。
大剣の切っ先についている巨大蛇の血を振り払い、改めて巨大蛇を見る。
深手を負わされて、巨大蛇は激高しているようだ。
俺を睨むように視線を向けて牙をむく。
だが不意に踵を返して、どこかへと這っていってしまった。
突然のことで呆気にとられる。
逃げた?
相手はさして知能の高くない生物だ。
本能的に危険を感じれば逃げることもあるだろう。
それでも一応罠かもしれないので慎重に追跡するが、建物の影になったところで見失ってしまった。
あいつ、どこに行った?
『地下に潜ったみたいね』
あちこち探していると、後方で事態を見ていたらしいリリーからの通信が入る。
リリーに指示された場所に行ってみると、地面にぽっかりと穴が開いていた。
『……地下かよ』
あの巨体を今までどこに隠していたか疑問だったが、その謎が解けた。
そういやあの小屋でも床下から出て来たな。
『でも不思議ね、普通の蛇はネズミやモグラの掘った穴を利用するものだけど、あの大口大蛇は自分で掘ったのかしら』
『さあな。でも生まれたときはそんなに大きくはなかったんだから、すでにあったネズミやモグラの穴を利用して、徐々にそれを大きくしていったのかもしれないんじゃないか?』
『ああ、そういう可能性もあるわね』
リリーは研究者魂を刺激されているようだが、直近の問題はそこではない。
『それよか、問題はどうやってあいつを地上に引きずり出すかだ』
あいつの後を追っていくのは得策じゃない。
地の利がないし、狭いため攻撃も回避もできない。
どうにかして地上に引きずり出さないといけない。
『確か蛇は煙を嫌うはずだから、燻せば出てくるんじゃない?』
『なるほど、その手があるか』
幸い巨大蛇がぶっ壊した建物の残骸と、リリーがぶっ放した火球の残り火がある。
問題は穴に煙が流れるかだな。
空気の流れがないと煙は入っていかないし、下手をすれば逆に穴から空気が外へと流れてしまうかもしれない。
俺は簡単な松明を作って巨大蛇の作ったと思わしき穴を調べてみる。
穴に松明の火を近づけたところ、吸い込まれるように揺れたので問題はなさそうだ。
どうやらあの巨大蛇はあちこちに穴の出口を掘っていたのだろう。
そして今いる穴よりも高いところにある出口もあるらしい。
俺は穴の入り口に燃料となる廃材を集めて火をつける。
仕組みは簡単なロケットストーブに似たものとなるため、煙突効果でどんどん穴へと煙は吸われ、新鮮な空気を得た火が強くなっていく。
完全燃焼させてはいけないので適度に湿った木も追加しておこう。
地下の穴の中に巨大蛇が煙から逃げられるスペースがあるなら効果は薄いだろうが、その時はその時だ。
逃道がなければこのまま炙り殺せるかもしれないな。
まあ、そうなったら討伐の確認が面倒になるが。
適度の燃料を追加してから顔を上げて見ると、スラムの何か所から煙が立ち上っているのが見えた。
穴の出口から煙が漏れ出しているのだろう。
この分なら十分穴の中に煙が充満していそうだ。
『どう?効果はありそう?』
『たぶんいけるとは思うんだが』
微かな揺れを検知した。
『地震?』
リリーも感じ取ったようだったが、これは地震じゃない。
燻した効果が出て来たみたいだな。
俺は地揺れの根源へと駆ける。
音響センサーを使えば、大雑把ではあるが巨大蛇が地下のどのあたりにいるかは判断できる。
『チャージは終わってるか?』
『ええ、いつでもいけるわよ』
『じきに姿を現すだろうから、ぶちかましてやれ』
『りょーかい』
音を頼りに巨大蛇を追跡していると、一際激しい地揺れの後、地面を突き破りって巨大蛇が姿を現した。
燻されたことによるダメージか動きはノロく、まだ体全体を穴から出せずにいた。
『いくわよー』
リリーの掛け声とともに複数現れた熱源が発射された。
穴から這い出れていない巨大蛇はそれを避けることはできずに全弾命中、巨大蛇はひるんで悲鳴を上げた。
身動きの取れない今がチャンスだ。
俺は巨大蛇の胴体の上に飛び乗ると、そのまま駆けて頭へと向かう。
巨大蛇は俺の存在に気付いたようだがもう遅い。
すでに頭部へと達した俺は、巨大蛇の頭に大剣を力の限り突き立てる。
だが堅い表皮と頭蓋骨に阻まれて今一深く刺さらなかった。
まあ、そこは想定の範囲内だ。
そこで俺は強化外骨格をAモードからBモードに切り替える。
これで短時間とはいえフルパワーを発揮できるようになる。
力を込めて頭部に刺さった大剣を更に深く突き刺し、大剣の半分程まで突き刺さった。
これは利いたようだ。
巨大蛇は悲鳴のような鳴き声を上げて、一層激しく悶え始めた。
だが未だ巨大蛇はこと切れる様子はない。
「まだ生きてるのかよ。しぶといな」
振り落とされないように突き立てた大剣に捕まりつつ、次の策を考える。
この深さまで大剣が刺さっているという事は脳まで達しているはずだ。
だが思ったよりこの巨大蛇が頑丈なのか、もっと徹底的に破壊しないと駄目らしい。
こいつの相手も飽きて来たな。これで終わりにしよう。
「こいつで終いだ」
俺は頭部に突き立てた大剣に手を当てる。
スタンフィスト。
技術部がそう名付けた、拳から流される高電圧電流で相手を気絶させる装備だが、出力と使い方を変えれば相手を感電死させることすらできる。
今回は大盤振る舞いだ。
強化外骨格の基礎機能維持に使う分以外の全ての電力をスタンフィストへと回す。
頭部に深く突き刺さる大剣を通じて体内へと電流が流れ込み、神経系を破壊していく。
タフな巨大蛇も流石に内部をズタボロにされて生きていられるわけがない。
巨大蛇は痙攣したのち、その巨体を地面へ力なく横たえた。