第3話 正義の味方、アジトに潜入する
等身大ヒーローの出動は相場がバイクと決まっているが、生憎俺の乗り物は自動車だ。
そもそも“正義の味方”は誰もバイクには乗らない。
“正義の味方”がバイクに乗らないのには様々な理由がある。
まず基本的に“正義の味方”は二人一組であるため、移動手段としてバイクはあまり適していない。
“正義の味方”がバイクに二人乗りで駆けつけては、あまり格好がつかないだろう。
それに強化外骨格のヘルメットは国が定める乗車用ヘルメットの認可を受けていないために、強化外骨格のままバイクに乗ると警察に捕まってしまう。
正義の味方が警察に捕まるなんてお笑い種だ。
しかも強化外骨格を着たままバイクや車を運転するのは少々難しいので現場まで強化外骨格を運び現場で着替える必要があるし、その他様々な装備を運ぶ必要があるのだが、バイクに多くの荷物はは載せることはできない。
その上、強化外骨格はかなりの重量があるので、強化外骨格を積んでいてはバイクの売りである機動性は到底生かせない。
以上の事から、“正義の味方”がバイクに乗るメリットがないのである。
とはいえ俺が乗る“正義の味方”の正式採用車両も、さほど特別なものではない。
国産車をベースに、重い強化外骨格を載せる為に足回りを強化し、盾代わりになるように装甲を厚くし、本部と交信できるように無線機が積んであるくらいで、悪目立ちするような改造はされていない。
当然のことながらレーザー光線銃など付いていないし、ロボットに変形したりもしない。
ちょっと頑丈なくらいで、性能は市販車と対して変わりはないのだ。
それでも緊急車両に該当するためパトランプが付いていたりするので、パトカーや自衛隊車両並みに目立ちはするのだが。
……こんな車に乗ってする偵察任務って意味あるのか?
少なくとも隠密じゃねーよなぁ。
信号待ちの間、手元のタブレットに表示された資料を眺める。
「……ネクタルか」
資料にはこれから赴くアジトがあると思わしき悪の組織の情報が載せられていた。
ネクタルは十年以上前から活動しており“悪の組織”の中でも古参になる。
やっていることは主に企業テロであり、黒い噂のある企業や研究施設の破壊や、開発途中の薬品や入手が困難な資源の強盗行為などを行っていた。
“悪の組織”の中でも硬派な部類の組織であり、人殺しはせず、派手なパフォーマンスを好まず、地味ながらも堅実な方法をとる組織であった。
それゆえに義賊と評されたり、一部ファンがいたりもした。
だがそれも初代の頭領が死ぬまでであった。
頭領の死後、方向性の違いから組織は二分して当初の勢いを失い、強硬派は他の“悪の組織”と組んで派手に暴れ周って“正義の味方”に削られ、慎重派は初代頭領の堅実さを引き継ぐも、強硬派に多くの人員を奪われた故に活動を大きく減らさずをえなくなり、自然消滅に近いかたちで表舞台から姿を消していった。
勢いの良かった強硬派も、先日“正義の味方”の戦隊によって壊滅させられたという報告が上がっている。
報告とはいって俺はテレビショー紛いのドキュメンタリー番組でやってるのを見ただけだが。
これから行くのはそのネクタルの慎重派の残党が居る研究施設らしい。
尤もらしいが付く、あやふやな情報ではあるのだが。
正直、俺は気乗りしない。
破壊活動をし、人を殺すような明確な“悪”なら躊躇いなく正義をなすことができる。
だがネクタルのように義賊っぽいグレーゾーンの“悪”に対しては、どうしても心を鬼にすることは難しい。
彼らには彼らなりの信念があって、それに従っているのだろう。
それが社会一般に影響を及ぼさなければ、唯の非営利組織だの、宗教法人だのとして合法的に活動できたのであろう。
地下鉄でテロを起こして日本を騒がせたとある新興宗教ですらテロを起こすまでは宗教法人であったのだ。
ある日、彼らはある一線を越えて悪の組織に変化する。
ではその一線とは?
その線を決めるのは誰か。
彼らを悪の組織たらしめているものとは何なのか。
逆に言えば俺たちを“正義の味方”たらしめているのは一体何か?
悪の組織と“正義の味方”の違いって何だ?
ひとは言うだろう。
悪の組織は悪をなし、正義の味方は正義をなしていると。
正義――言うは易し行うは難し、だ。
“正義の味方”なんてやってると、どうしても正義とは何かを考えてしまう。
正義とは何だ?
ある宗教がかざす聖戦は、その宗教を信奉する過激な人間にとっては“正義”だろうが、ある国の人間からすればそれはただのテロリズムでしかない。
犯罪者を死刑に処すことにしたって、被害者遺族からすれば“正義”であっても、人権擁護団体様からすればそれは殺人だと言う。
いじめを苦に自殺した子供を護ることなく、いじめた子供達を少年法で護り、挙句にはいじめられる方にも問題があると宣い、自殺するなんて弱い人間だと死者を足蹴ることが正義なのか。
人を何人も殺した人間の人権を声高に主張するのが正義なのか。
法律のグレーゾーンで好き勝手やっている人間を裁けないのが正義なのか。
世界平和を謳って、ある国を蹂躙するのが正義なのか。
環境保護を謳って、暴力を振るうのが正義なのか。
大勢を生かすために少数を殺すのが正義なのか。
何が正義かなんて、俺には分からない。
何が正義かなんて、俺には決められない。
本当の“正義”ってやつは、神様しか知らないだろう。
そして本当の“正義”ってやつを知ってるから、神様ってやつは誰かに肩入れすることはないんだろうさ。
それでも俺は“正義の味方”なんて難儀な仕事をしている。
もちろん俺がやっている正義なんてもんは、ある一面から見た狭いもんでしかない上に、上の命令次第でコロコロ変わる。
俺はあれこれ正義について悩み、そして考えることをやめた。
正義なんて俺の背に負うには大きすぎるし、そもそもそんなものを負う義理もない。
俺はお仕着せの“正義”を振るう他ない。
例えそれが誰かから見て“悪”だとしても。
* * *
俺はネクタルのアジトがあるとされる廃工場に到着すると、強化外骨格を身に纏い、調査を開始する。
場所は市外から少し離れた山の麓に位置し、周囲を自然に囲まれた人気のない場所であった。
廃工場は金属製のフェンスに囲まれ、ところどころ錆びて穴の空いたトタンの建物が幾つか存在している。
雑草が生え放題になってはいたが、敷地内には砂利がしかれているため、ヒトの出入りがあるかどうかの判別は付かない。
無造作に放置された廃車があったり、錆びたドラム缶の中に水が溜まって藻が生えている。
当然の如く、人気はない。
「やっぱりガセネタなんじゃねーの?」
俺は独りごちながら、念のためと廃工場の中に足を踏み入れる。
ガラスは汚れて曇り、中の設備には埃が積もっている。
それらには人が利用している気配は全く感じず、アジトがあるという情報がガセである気配が色濃くなっていた。
調査を適当なところで切り上げて帰ろうと思い始めた頃、違和感を覚えた。
建物の中の空間が、微妙に狭いのだ。
もしやと思い、センサーを使って建物の内部を計測し間取りを調べると、建物の一部にぽっかりと穴が空いていた。
構造上空間があるべきなのに、壁に囲まれていて入ることができなくなっているところがあるのだ。
「こいつはきな臭いな」
十中八九、隠し通路だろう。
その空間に繋がる壁を特殊な画像解析装置で調べると、一箇所にだけ指紋が集中している部分が見つかった。
よく見れば偽装されたスイッチであり、用心深くそれを押すと、ガコンという音を立てて壁の一部が開いた。
予想通り、隠し扉だ。
中を覗けば地下へと下る階段がある。
「隠された地下施設への階段……こりゃあ黒だな」
目的の達成と判断した俺は本部との連絡をつける。
「本部、こちら”アッシュ”。地下施設を発見した」
ちなみに本部とは、本部の建物が卵型であることに由来するコールサインだ。
『では地下施設の内部に潜入し、研究内容などの情報を集めてください』
「マジかよ」
帰還できると思いきや、まさかの任務続行だ。
『鬼崎所長の指示です。敵に“正義の味方”の存在が知られている可能性がありますので、事を早急に進める必要があるとのことです』
正直言ってこの手の仕事は俺の仕事ではなく、専門の調査部隊がいるのだが、鬼崎という名前を聞いて俺は二の句を告げることは出来なくなる。
鬼崎宏晃。
特殊組織犯罪対策機構設立の立役者にして、同組織の現所長を務める男で、それ以前は警察官で警部だか警視だかだったという話だ。
悪の組織が台頭するようになってからは現状の警察機構では不十分とし、特殊組織犯罪対策機構の設立に尽力した、まさにザ・正義の味方とも言うべき男である。
要するに俺の一番上の上司、雲の上からの命令ということだ。
異論を唱えるのも馬鹿馬鹿しい。
「……内部に人がいた場合は?」
『戦闘員は無力化を、研究員は無視して構いません。情報の確保を最優先してください』
「りょーかい」
オペレーターの指示に俺は気のない返事を返す。
あーあ、とんだ貧乏くじだ。
* * *
長い階段を下って地下に降りた俺を待ち受けていたのは、警備用機械人形の熱烈な歓迎であった。
「うげ、稼動してるオートマタがいやがるのかよ」
オートマタは出来の悪いマネキンみたいな形をしている。
胴体は楕円形で、体に対して細い手足が生え、アイロンみたいな頭部が乗っかっている。
普通のオートマタは格闘戦には不向きで主に銃器を使うことが多いのだが、ここのオートマタはスタンロッドを持っている。
一応警備用として非殺傷を心がけているのだろう。
俺の強化外骨格にスタンロッドは利かないが、攻撃を受けてやる義理もないし、余裕をこいて足元をすくわれたくもない。
俺は右手を腰にやり、そこにある武装を手に取った。
それはナイフのように見えるが、ただのナイフではない。
強化外骨格から供給される電力によってその刀身は熱を帯び、鉄すら容易く切ることができる電磁ナイフだ。
俺はオートマタの攻撃を掻い潜って、その懐に入り込み、白熱した電磁ナイフを胴体に突き立てた。
バターを切るように鉄で出来たオートマタの筐体を斬り裂き、内部を破壊した。
糸の切れた操り人形のように動作を停止したオートマタを尻目に、次のオートマタに視線を移す。
取り囲んでいたオートマタがやや距離を置き、攻撃を仕掛けてこようとはしなくなった。
訝しく思ってみていると、やけに重量感のある歩行音が聞こえてきた。
「……新手のお出ましか」
警備用オートマタを押しのけて現れたのは、天井に届くほど大きな戦闘用のオートマタだった。
樽のようなボディーに、警備用オートマタの胴体ほどもある太い腕、それらを支える太くて短い足を持つ。
寸胴な体型だがその分重量があり、パワーもそれに比して強くなる。
強化外骨格を纏う“正義の味方”をもってしてもサシで相手取るのはキツイ相手で、“英雄潰し”なんて異名を持っていたりする。
装甲が分厚いため、電磁ナイフでは少々心許ない。
でもまあ、やれない相手ではない。
俺は“英雄潰し”と一定の距離を保ちつつ、相手の動きを見る。
太い腕を振り上げて俺を潰そうとするが、俺は後方に跳んでそれを回避する。
“英雄潰し”はパワーは凄いが鈍重で、俊敏とは言えない。
だからその力も当たらなければどうということはないのだ。
速さで劣ると判断した“英雄潰し”は近くに転がっている警備用オートマタの残骸を掴み、俺目掛けて投げてきた。
なかなか頭の回る奴だ。
……いや、指示を出している奴がいるのか?
俺は投げつけられたオートマタを回避することは可能だが、その先に“英雄潰し”が待ち構えるつもりなのだろう。
生憎とこのフロアは奴の攻撃を回避して跳び回るには狭い。
警備用オートマタが邪魔をすることもあり、そのうち追い詰められるだろう。
ならばと、ここで俺は攻めに転じる。
投げつけられたオートマタの下をかいくぐり、そのまま“英雄潰し”の股下へと潜り抜ける。
その際、アンカーワイヤーを射出して建物の柱に打ち込む。
“英雄潰し”の下をくぐった後にすぐさまそのワイヤーを張って、奴の足をすくった。
幾ら奴の重量が重くとも、足をすくう程度のパワーを強化外骨格で出すことが可能だ。
もともと安定性が良いと言う訳ではない“英雄潰し”は体をふらつかせ、そして派手な音を立てて地面にボディーを打ち付ける。
あとは無防備な背面に飛び乗り、急所と言える尤も装甲の薄い箇所目掛けて電磁ナイフを振り下ろす。
“英雄潰し”とて、幾度となく“正義の味方”とやりあってきているのだ。
その対処法ぐらい確立されている。
電磁ナイフが回路を焼ききり、“英雄潰し”の動作が停止するのを確認してその上から降りると、どこからかパチパチと手の鳴らす音が聞こえてきた。
「流石、“色持ち”なだけあるわね――“アッシュ”」
拍手をしていたのは変な格好の女だった。
体のラインにフィットしたボディースーツの上に白衣をまとい、顔の半分をドミノマスクでを隠している。
声の感じからして若い女だ。
俺よりもちょい下くらいか?
ネクタルに所属する白衣を着た若い女は一人しか居ないので、相手が誰だかすぐに知れた。
「ドクター・ダークリリー」
それが彼女の通称だった。
ネクタルの幹部クラスであるものの、彼女は怪人、機械兵器の開発や製造が主な仕事で、ネクタルの使用していた兵器のほとんどは彼女が開発したものだという。
怪人熊男もこいつが作ったんだよな。あー、あいつはかなり手強かった。
「“正義の味方”アッシュ―見た目どおり地味な“正義の味方”。特殊組織犯罪対策機構始動初期からの古参兵であり、その戦歴も優秀な“色もち”。それにも関わらず戦隊に属さず、一人で戦うぼっちヒーロー」
「ほっとけ……あんたらネクタルの強硬派を率いていたジェネラル・ムトウも倒されたらしいぞ。あんたも観念して投降しろよ」
俺の言葉に彼女は不快そうに眉をひそめた。
……ああ、いや、眉は見えないけど、そんな気がした。
「私をあいつらと一緒にしないで。あいつらなんてネクタルの面汚しよ。ただ自分の利益を追求し、無差別テロ行為を繰り返し、無駄な犠牲者を出す。悪の美学が何たるかを全く理解してない欲にまみれた下種野郎よ」
どうやら悪の組織も一枚岩ではないらしく、ダークリリーは強硬派と仲違いしている慎重派だったらしい。
話じゃ慎重派も活動を停止しているらしかったが、ダークリリーはひとりで細々と活動をしていたようだった。
いずれにせよ、組織内の愚痴を俺に言われても困る。
俺の仕事は事後処理だ。組織のメンタルケアは業務に入っていない。
「俺はネクタルのアジトの処理のために派遣されただけだ。上からの命令でここの研究所にある情報を集めろとよ。それで抵抗しないでくれるとありがたいんだが?」
俺だって好き好んで命を危険に晒したくはない。
穏便に物事が済ませることができるなら、それに越したことはない。
だが俺の期待は叶えられることはなかった。
「“正義の味方”になんか屈するものですか!」
「……やっぱそうなるか」
ダークリリーは“悪の組織”の幹部といえども、戦闘職ではない。ただの研究、開発者だ。
だから持ち出してくるのはオートマタか怪物だと予想したのだが、実際は違った。
ダークリリーはハンドボールぐらいの大きさの球体を取り出し、二人の丁度真ん中あたりに放り投げる。
「悪の幹部の終の美学なんて決まってるじゃない。“自爆”よ!父と私が築き上げてきた研究成果を奪われてたまるもんですか!」
俺とダークリリーの間に転がる球が光を帯び、それは紫電を走らせながら徐々に大きくなっていく。
「初めて起動したけど、美しいわね」
ダークリリーはその破壊的でありながらも幻想的な光に見とれるようにつぶやいた。
……ってかそんな悠長なことを言っている場合ではない。
「馬鹿やろう!なに呑気に御託こいてんだ、早く逃げるぞ!」
ダークリリーの腕を掴み、階段へと走る。
「ちょっと!離しなさいよ!」
ダークリリーが何か喚いているが気にせずに走る。
情報の確保が最優先とか言われてた気がするが、そんなことを言っている場合じゃない。
悠長にしていれば俺が死ぬ。
命あっての物種だ。
各種センサーが異常値を報告してくるが、俺にはそれを見る暇がない。
それでも周囲を包む光が強くなってきているのがわかる。
やばいな、これ。
流石に間に合わんかもしれん。
その瞬間、俺たちを白い光が包んだ。