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第29話 冒険者ギルドの受付嬢、災難に遭遇す

 どうしてこうなったという思いが私の頭の中で何度も繰り返された。

 朝、出掛けに靴紐が切れた時から今日は碌でもない一日になるんじゃないかと嫌な予感があったのだ。


 獣人は他のヒト種に比べて直感が鋭い者が多く、私も獣人の端くれとして勘は鋭いほうだ。

 特に嫌な予感というものは的中することが多い。

 

 正直なところ今日一日中家に篭っていたい気持ちでいっぱいだったけど、そうは言ってもギルドでの仕事があるし、ギルドの花として冒険者に潤いを与える私が休んでは私目当てに足しげくギルドに通う殿方に申し訳ない。


 ……まあ、後半の理由は冗談にしても、ちょっと嫌な予感がするだけで仕事を休めるわけもなく、私はいつも通り出勤した。


 ギルドに着いてみると、ギルマスと司法官のなんちゃらという人が深刻そうな顔で何やら話し合っていた。


 ああ、ミラ。あなたはその不穏な雰囲気を察した時に一目散に踵を返して家に帰るべきだったのよ。

 そうすれば心を乱されずに、お気に入りの毛布を被ってぬくぬくできたのに。


 だけど同僚のユディットのくれたブリオシュに注意を削がれた私は、朝の嫌な予感をすでに忘却の彼方へ置き忘れてしまっていた。


 だってユディットのくれたブリオシュは三丁目の角のお店の並ばないと買えないやつだったのよ?

 そんなものを貰ったら、朝の陰鬱な気持ちなんてベレト大霊峰の向こう側に飛んでいっちゃうわよ。


 そんなこんなでブリオシュを堪能して上機嫌だった私は、司法官との話し合いを終えたギルマスが呼ぶのを聞いて馬鹿真面目にそのもとに行ってしまった。


 なんでもギルマスが言うにはスラムに行ってさる人物を案内してほしいということだった。

 確かに私はスラム出身で、あそこの地理は詳しいし、周辺住民と面識があるから適任だろう。

 ギルドの受付嬢として働く私が外勤する機会など滅多にないので、物珍しさから二つ返事で私は頷いていた。

 いつもと違うお仕事ってなんだかワクワクしない?私はする。


 ギルマスの指示を受けた私は、外出するために更衣室でギルド職員の標準装備を身に着ける。

 ギルド職員は外出時の規定として有事に対応できるように武装することが義務づけられている。

 ギルドから支給される標準装備は必要最低限ではあるものの、質が悪いわけではないので私みたいに着る機会の少ない職員にはこれで十分だ。

 

 ついで私は買ってから一度も魔物の血を吸ったことのないほぼ新品同然の剣を一度鞘から抜いて問題がないことを確かめ、それを腰のベルトにつけた。


 私が可憐な受付嬢といえども、冒険者ギルドの職員として全く戦闘ができないわけじゃない。

 なにせギルド職員は就職時に一定期間の研修があって、その時に一通りの武器の訓練が行われるし、今も月一で訓練をしている。そもそも獣人の私の基礎的身体能力は高いのだ。

 だから私も駆け出し冒険者よりはマシ程度には剣を扱える。

 他の職員も同じようなものだし、冒険者を辞めてギルド職員になった”肉屋”さんみたいな人もいる。

 まあ、同じ受付嬢でありながら三級冒険者並みの実力を持つユディットとか、オジェクの冒険者ギルドの責任者にして腕っぷしも上から数えたほうが良いギルマスといった埒外もいるわけだけど、あれらは例外中の例外だ。


 私は着替えを終えると、ギルマスに連れられてギルドの会議室へと向かった。

 その時私は、久しぶりの外勤にちょっとワクワクしていたのを否定できない。

 だがその気分はすぐに水を差されることになる。


 会議室で待っていたのは例の灰色騎士であり、今更になって私は厄介事に足を突っ込んだことに気付いたのだった。



 * * *



 異世界生活二十八日目


 深夜に意識のないトニーをオジェクの適当な路地裏に空の酒瓶と一緒に転がし、翌朝俺はスラムへとやってきていた。


 スラムはオジェクの城壁の外周にある非正規の街であり、街の中には住めなくなった者だったり、他の場所からやってきた難民だったりが住み着いている。


 治安が良くないし、スラムの人間は正式な市民でないために税収も得られないため領主としてはどうにかしたいのかもしれないが、スラムの住民に仕事や職を用意するにも限界がある。

 だからスラムが形成されるのを黙認しているのが現状なようだ。


 確かスラムの南西の細い路地にある逆三角形が描かれた扉の家だったな。

 ……と、やる気に満ちてスラムの入り口に立ったはいいものの、この混沌に満ちたスラムの中から目的の建物を探すのは骨が折れそうだということに今更ながらに気付いてしまった。

 ある程度の位置は把握しているとはいっても、スラムは碁盤の目に整備されているわけではない。

 ありあわせの建材で作られたバラックが無計画に建てられており、道も細かったり入り組んでいたり、袋小路だったり、場所によっては大きな段差になっていたり、住民の荷物などで道がふさがれていたりする。

 入り組んでいて迷路みたいになっていて、思っている方向に進むのさえ厄介だ。どう進めばいいのかわからない。


 残念なことにリリーの放った虫型ドローンの偵察で目的の場所を特定するには時間が足りなかった。

 トニーの情報がアバウト過ぎる上に、スラムが広くて入り組んでいるためだ。

 南西の細い路地なんて腐るほどありやがる。

 その上、スラムはどこかよそ者に排他的な空間で、目立つ俺が堂々と入っていけるような雰囲気ではない。


 参ったな、これは。

 そこで俺は他人に頼ることにした。


 とはいえ、俺に知り合いは少ない。

 早速司法官のルイスに話を持っていくと、彼にはそういった人員がいないとこいうことで冒険者ギルドのギルド長と相談することになり、ギルドの一室で待っているといつぞやのケモ耳娘の受付嬢が連れてこられた。

 確かミラとかいう名前だったかな。

 今日は受付にいるときの服装ではなく、冒険者のような軽装備を身にまとっている。


「彼女がスラムを案内することになった」


 そうギルド長は端的に俺に告げるが、受付嬢は俺を一目見て後悔するような表情を一瞬見せたことに俺は気付いていた。

 面倒なことに巻き込まれたって顔だな。これは。

 確かにその通りだが。


 「大丈夫か?」


 俺の問いかけには幾つかの意味が包含されていたが、そのニュアンスを感じ取ってギルド長は首を縦に振った。


「ミラはスラムの出身だから、案内には適任だろう。あと頭はさほど良くはないが、根っからのお人好しでそれなりに信頼できる」

「ギルマス、それ褒めてませんよね?」


 彼女は抗議の声をあげたが軽く無視された。


「ただミラは事務員で戦闘は不得手だから、そこのところ配慮してくれ」

「安心してくれ、今日は調査が主で戦闘の予定はない。それにいざとなっても一人くらい守れる」

「……よろしく頼む」


 彼が頼んだのは、この一件の調査か、それともミラのことか。若しくはそのどちらもかはわからないが、俺は一つ頷いて了承を示した。


「じゃあ早速行くか」


 俺はミラを伴ってギルドを出た。



 * * *



 スラムへと向かう道すがら、ミラが俺に話しかけてきた。


「スラムに何しに行くんですか?」

「……ギルマスから聞いてないのか?」


 俺の問いかけにミラは首を横に振った。


「聞いてません。でもなんか面倒事な上に、大っぴらにできな事だっていうことはわかります」

「なんでそう思う?」

「だっていくらアッシュさんが腕がたつとは言ってもはランク的には駆け出しですよ?それなのに指名依頼を受けてるってことは、この街の冒険者には依頼しづらい件って事です。その上、領軍の人員をある程度自由に使えるはずの司法官さんが領軍の兵士ではなく冒険者を使ってるってこともヤバさ倍増ですよ。さらに司法官さんとギルマスが朝っぱらからひそひそ話をしている案件です。どんなに察しの悪い人間でも気が付くってもんですよ」

「なかなか鋭いな」

「これでもギルドの敏腕受付嬢ですからね」


 そう言うと彼女は胸を張った。


「というわけで、アッシュさんがギルマス達に何を依頼されて、何を秘密裏に調査してるのかは聞きません。というか聞きたくないです」


 まあ、そうだろう。好奇心は猫も殺すってやつだ。

 ……尤も、ミラは猫の獣人だが。


「まあ、それが賢明だろうな。あまり好き好んで首を突っ込むことじゃない」


 俺だって知らぬ存ぜぬで徹することだできるのならそうしたかった。


「でも悲しいかな、私はギルマスの命令でアッシュさんに同行しているわけです。つまりこれはお仕事なわけなのです。というわけで、これからスラムでしようってことは知っておかないといけないんですよね。……で、私は何をすればいいんですか?」


 俺が思っていた以上に彼女は仕事に真面目なようだ。


「スラムの南西の細い路地にある逆三角形が描かれた扉の家、知ってるか?」


 俺の言葉にミラは歩みを止めた。


「……帰っていいですか?」

「知ってるみたいだな」

「知ってるも何も、それって”三つ首”関連の建物じゃないですか!?」

「大丈夫だ。あくまで”三つ首”の建物が使われているだけで、この一件に”三つ首”は関与してないらしい」


 俺の言葉を若干疑り深そうにミラは伺う。


「……本当ですか?」

「ああ、関与していた人間から聞き出したから間違いない」

「……誰に訊いたかとか、どうやって訊いたかとかはこれ以上あまり聞かないほうが私のためですね。……ええと、場所はたぶんわかると思います。でも危険になったら私は真っ先に逃げますよ?」

「ああ、それでいい。そっちのほうが俺としても好都合だ」


 誰かを守りながら戦うのは難しいもんだ。

 変に義理立てて逃げないでいるよりは、さっさと自力で逃げてもらって気兼ねなく戦うほうが気楽だ。



 ミラに案内されるままにスラムを練り歩くと、ミラの姿を見止めたスラムの住民から次々と声が掛かる。


「あ、ミラねーちゃんだ」

「あら、ミラちゃん、元気?」


 行きすがら通りがかるスラムの住民がミラに声をかけていき、彼女もそれに挨拶を返していた。

 明らかによそ者の雰囲気を醸し出す俺に対して訝しげな視線を向ける者も少なくはなかったが、ミラと一緒にいるためか取り立てて言動を起こす者は誰もいなかった。

 やはりスラムにゆかりのある人間を案内につけて正解だったな。


「スラムではいつもこんな感じなのか?」

「スラム育ちは街の人より互助精神が強いですからね、みんな家族みたいなものですよ。あっ、あそこですね。アッシュさんのお探しの物件は」


 ミラが指し示す建物は一見スラムのどこにでもある掘っ立て小屋だ。

 だがミラの言う通り、扉に逆三角形の模様が描かれているので間違いないだろう。


「さて、どうするか」


 このまま馬鹿正直に突っ込んでいってもいいのだが、あまりに考えなしという気がしなくもない。

 少し決めかねているとミラが俺の肩を叩いた。


「ちょっと聞き込みをしてみましょうか」

「そうだな、頼む」


 ミラはひとつ頷くと近くの道端で腰かけて煙草を燻らせていた知り合いらしき男性に声を掛ける。


「おじさん、元気?」

「おう、ミラか」


 知り合いだったようで男性は快くミラに応じた。


「ああ、あそこかい?なんだか怪しげな連中が出入りしていたな」

「怪しげな連中?」

「このあたりの人間じゃなかったな。”三つ首”の連中かとも思ったんだが、知らねぇ奴らだったな。……でもありゃあ堅気じゃないな。目つきとか、異様な雰囲気を醸し出してんだよ」


 おっさんはなんとも訳知り顔でしみじみと語った。

 スラムに住んでいるとそういった鼻が利くのだろうか。


「いつごろ来たの?」

「そうだなぁ、一週間ほど前だったかな。馬鹿にデカい荷物を運びこんでいたよ。あと食い物とか、こまごまとしたものも運び込んでたからここで何かすんのかと思ったんだが、数日おきに来るだけで、しかも長居はしねぇんだよな。変な連中だよ」


 馬鹿でかい荷物っていうのはおそらくトニーの言っていたものだろう。

 でもそれ以外にもあの建物に持ち込んでいるらしい。


「他に変わったことない?」

「いや、特にないが……ああ、そういや、最近鼠が出ねぇな」

「……えーと、他には?」

「特にねぇなぁ」


 もう他に有意義な情報を得られないと考えたミラは適当に話を切り上げ、他の住民にも聞き込みをすることした。

 だが世間話に花を咲かせるおばちゃんとか、飼い猫がいないと訴える幼女とか、あまり参考になる話は出てなかった。


「なんか時間を無駄にした感じがしますね」

「いや、それでも話を聞いた結果あそこが目的の建物は確実みたいだから、無駄というほどでもないさ。じゃあさくっと調べてくるか。念のためだ、少し下がってろ」


 ミラを建物から少し離れたところで待機させたまま、俺は建物の扉の前に立つ。

 建て付けが悪いのか扉はうすく開いている。


 言うなればテロの準備をしているアジトと言っても過言ではないのだから、見張りや警備を警戒したのだが、人の気配は全くしなかった。

 ちょっと拍子抜けしつつも中を探りながらゆっくりと扉を押すと、軋んだ音を立てて扉が開いた。


 殺風景な室内だった。


 粗末なテーブルと椅子、簡素な棚以外に調度品はなく、生活感はない。

 床があちこち抜けて穴が開いており、一見してこの小屋が長い間放置されていたことは想像に難くない。


 床に積もった埃にはいくつも足跡が見て取れるので、ここ最近に人の出入りがあったことは間違いないだろう。


 さらに古びた椅子の背もたれに掛けられた外套と机の上に置かれた鞄は、ここに誰かがいたことを暗に示している。

 だがその人物の姿はなく、念のために熱感知センサーで探るが室内に人の気配はない。


 俺は安全を確認し終えたので外で待つミラを手招きした。


「誰もいないようだ。入っていいぞ」


 恐る恐る入ってきたミラは周囲を見渡し、特に何もないのを確認してほっと息を吐いた。


「何もないですね」

「おかしいな、確か情報では荷物をここに運び入れたはずなんだが」

「本当にここなんですか?」

「そのはずだ。さっき裏付けも取っただろう」

「そうでしたね。おじさんはテキトーですけど嘘は言わないですよ」


 トニーの話ではここに四人がかりで運ぶようなデカい荷物が運び入れられたはずだし、近所のおっさんの話でもそれはウラが取れている。


 だがここにはガラクタしかない。

 運び入れられた木箱は勿論ないし、隠しておけるスペースもない。


 ミラはテーブルの上にあった鞄と外套を調べていたが、特にめぼしいものは何もなかったようだった。


「特に手掛かりになりそうなものはないですね。でもこの外套も鞄も真新しいものですから、誰かがここにいたのは間違いなさそうですね」

「だがそいつも忽然と消えてる。来た時に着ていた外套を置いては帰らないだろ」

「そういえば、そうですね」

「……ってことは帰ってないってことだ。こいつは、テンプレ通りか?」


 俺はひとつの可能性を思いつき、棚を調べていると、その足元の床に引きずったような跡が残っていることに気付いた。

 ここが”三つ首”という暗部の組織の建物だったということを踏まえて考えれば、不思議なことじゃない。


 俺は棚を掴んで強引に引っ張ると、案の定棚は動いてその背後から空間が現れた。


「お、やっぱり隠し部屋だ」


 薄暗い部屋の中を覗き込んで確認するが、やはり人はいなかった。

 部屋の中は前の部屋よりも物があるとはいえ、ごちゃごちゃとしたものが散乱しているだけで、見たところ碌な物はなさそうだった。


 ただ運び入れたと思わしき、大きな木箱が部屋の隅にあったのでそれを覗き込んだが、中身は緩衝材らしきワラばかりで品物はなかった。


「木箱の中身はどこにやった?」

「たぶん、これじゃないですかね」


 ミラのほうを見ると、彼女は部屋の中央にしゃがみこんで何かを調べていた。


 そこには何かの破片が意味ありげに散らばっているのが見える。

 何かの儀式だろうか?

 それにしては散らかっているだけにも見える。

 その周りにはどこかで見た覚えのある歪なゴルフボール大の球体がいくつも転がっていた。


「これはなんだ?」

「これは魔石ですね」


 ミラの指摘で思い出す。

 ああ、どこかで見たことあると思ったら、斑狼の解体の時に見たんだ。


「……空ですね。たぶんここにあるの全部」


 魔石の一つを調べていたミラがそう口にした。


 俺は詳しくないが、魔石は魔道具やなんかに使われるという。

 言うなれば乾電池みたいなものらしい。

 そしてその魔石を大量に使った痕跡がある。


 ……一体ここで何をしたんだ?


 何かの破片を囲むようにして魔石が配置されていることから察するに、この破片が重要な意味を持つのだろう。


 俺は破片のひとつを拾い上げて観察する。


 石のような材質で、厚さは五ミリほどの薄い板状、微妙に湾曲している。

 しいて言えば、陶器の破片みたいだ。


「たぶんこれ、卵ですよ」


 ミラの呟きに思わず俺は問い返す。


「卵?」

「正確に言えば、魔物の卵の殻です」


 確かに言われてみれば、卵の殻っぽい。

 殻の内側を調べれば、生物的痕跡も見つかるだろう。

 だがこの破片の量から察するにとてつもなく大きな卵だ。


「奴らが木箱に入れて持ち込んだのは卵ってことか?しかも馬鹿でかい卵。何の卵かは、あまり考えたくないが……卵が孵化するのに魔石って必要なのか?」

「えーと、そうですね。魔物の卵はマナが濃いと孵化が早まったはずです」



 何が目的化は知らないが、意図的にここで魔物を孵化させた奴がいる。

 恐らくトニーの雇い主で、行商人のケネスって奴だろう。

 そいつが領軍軍団長とつるんで企んでいるに違いない。


「そうなるとすでに孵った魔物がここにいるってことになる」


 今更思い至ったのかミラが周囲を見渡す。

 だがこの小屋の中にはさきほども確認したとおり、何もいない。


「いない、ですよね?」

「ああ、この卵の大きさだ。この狭い小屋の中に隠れられるほど大きくはないだろう」

「じゃあ運び出されたんですかね?」


 いや、待て。誰かが荷物を運び出していたなんて話はどこからも出なかった。

 確かに近隣住人はここを監視しているわけじゃないから、見落とすこともあるだろう。

 でもどこかに魔物を運び出したんなら、卵を運び入れるよりも大変に違いない。


 もしここが単に孵化させるだけの場所じゃないのなら、話は違ってくる。

 ここで孵化させ、成長させる気なら、魔物を運び出す必要はない。


「そういや、食品も運び込んでたって言っていたよな。でもこの小屋の中に見当たらない」


 てっきり俺は食品はここにきた連中の食事だと思っていたが、それが間違いだとしたら?


 あのおっさんが言っていたのが、ただの食品ではなく、魔物の餌だったとしたら。

 そしてその餌を食べつくした後だとしたら。


 俺は嫌なことに気付いた。


「そういや、さっきのおっさんが最近鼠が出ないって言ってたよな」

「もしかして、まさか」

「この卵から孵化したやつが成長して、この小屋に用意してあった餌を食いつくし、餌を求めて小屋から出て鼠を食ってたんじゃ」

「……そういえば猫がいなくなったとかいう話もありましたよね?」


 躊躇いがちにミラが言い、俺にさらに嫌なことを思い出させる。


 鼠から猫に確実にサイズアップしている。

 そこまで思案して、あることに気付いた。


「そこに誰かの外套があった。つまりここに誰か来てたってことだ。恐らく卵を運び入れた連中が途中経過を確認しに来たんだろう」

「でもどこにも誰もいないですよ?」

「そうだ。死体も、死体の一部もない。血痕もだ」


 そうなると死体どころか、血痕すら残さずに片付けたやつがいるってことだ。

 つまり、丸呑みってことだ。


「……拙いな。かなりデカくなってるぞ」

 

 その時、俺の強化外骨格のセンサーが何かの音を拾った。




 * * *



 

 どうしてこうなったという思いが私の頭の中で何度も繰り返された。

 朝、アッシュさんのいる部屋に入った瞬間から今日は碌でもない一日になるんじゃないかと嫌な予感があったのだ。


 獣人は他のヒト種に比べて直感が鋭い者が多く、私も獣人の端くれとして勘は鋭いほうだ。

 特に嫌な予感というものは的中することが多い。

 

「……拙いな。かなりデカくなってるぞ」


 などというアッシュさんの嫌な発言を聞いた瞬間、私の背筋に冷たいものが通り過ぎた。

 ああ、これはヤバイ。


 一刻も早くここから逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。

 私がその予感を感じていたのと同時に、アッシュさんも何かに気付いたようで、すぐに私を見た。


「早く逃げろ!!」


 言われなくても私は逃げたかった。

 でも私の脚は強張っていう事を利かず、震えるだけだった。


 そんな私を見てまどろっこしく思ったのか、アッシュさんは強引に私を抱きかかえて小屋から飛び出した。


 その時だ。

 私たちがいた所の床を弾き飛ばしながら、巨大ななにかが飛び出してくるのが見えた。


登場人物紹介

アッシュ ”正義の味方” 

リリー  ”悪の組織の女幹部”


ウォルト  冒険者ギルド支部長 ”ギルマス”

ミラ    冒険者ギルドの受付嬢 猫の獣人

ユディット 冒険者ギルドの受付嬢 ギルマスの右腕


ルイス   オジェク領の司法官 


トニー  暗部”三つ首”の下っ端のチンピラ 


ハロルド オジェク領領軍軍団長

ケネス  謎の行商人


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