第27話 正義の味方と悪の女幹部、密談する
異世界生活二十五日目
結局昨日は地下研究所から荷物を運ぶので潰れてしまった。
”正義の味方”使いが荒いぜ、あの悪の女幹部は。
今日は注文していた投擲器が出来上がる日だ。
投擲器を受け取りに武器屋に行くとリリーに話したら、自分も付いていくと言い出した。
別に構わないのだが、リリーも外出するとは少し意外だ。
てっきり家に設備が揃ったので研究に専念するかと思ったのだが。
リリーを連れて鍛冶屋街へと向かう。
比較的早い時間だというのに街は活気に溢れている。
こちらの世界では夜明けとともに活動を始めるのだから当然と言えば当然と言えるが。
”火神の大槌”に到着し、相変わらず商品なのかわからない物が乱雑に陳列された店内に入る。
リリーはと言うときょろきょろと物珍し気に店内を見渡していた。
前回の俺も似たようなものだったのだろうか?ちょっと恥ずかしい。
「今日は魔女を連れてんのか」
店主であるオズワルドが顔を見せ、リリーに視線を向けた。
どうやら灰色騎士だけじゃなく、魔女も有名らしい。
少し自重したほうがいいかもな。
「注文していたものを取りに来た。できてるか?」
「ああ、ちょっと待ってろ」
そう言うとオズワルドは店の奥へと引っ込んでいった。
「……随分と大きな人ね」
「なんでもドワーフのハーフらしい」
それにこのまえメリアとタリアから聞いたのだが、オズワルドはこのナリで鍛冶ギルドのギルド長をやっているらしい。
つまり見た目がデカいだけでなく、この街の鍛冶を取り仕切る大物だったらしい。
ってことはこの店も結構な有名店じゃないのだろうか?
「こっちの世界のドワーフって大きいのね。それにしても熊みたい。……なんだか熊井さんを思い出すわ」
「熊井?」
唐突に出てきた名前に俺は首をかしげる。
「ああ、あなたには怪人熊男と言ったほうがいいかもしれないわね」
怪人熊男なら知っている。
何度かやりあったことがあるし、”正義の味方”に勝るとも劣らない中々の強敵だったので覚えている。
っていうかあいつ、本名も熊なのか。
「熊井さんは父に古くから仕えてくれていた人で、私も小さい頃からお世話になったわ」
「そういや聞いてなかったが、ネクタルが分裂した後、怪人たちはどうなったんだ?」
「ジェネラル・ムトーに付いていって新生ネクタルに合流した人もいるし、彼らに組するのが嫌で研究所に残った人もいるわ。古参の熊井さんとかは残留組ね。でも最近は連絡を取っていなかったから残留組の人が何しているかわからないわね」
「残留組は何も活動してなかったのか?」
確かに報告ではジェネラル・ムトー率いる新生ネクタルの活動ばかり目立っていたが、残留組も何も活動していなかったと思わなかった。
「ネクタルの分裂と共にジェネラル・ムトーたち新生ネクタルに色々と持っていかれたから、私のもとに残ったのは私的な施設だったあの地下研究所と父の研究資料、そして父の側近だった数名の怪人たちだけよ。派手な活動なんてできるわけないじゃない」
ずいぶんと新生ネクタルに奪われて旧ネクタルは虫の息だったたらしい。
まあ、その新生ネクタルも”正義の味方”に壊滅させられたんだがな。
「そもそも父同様に私は好んで破壊活動をするわけじゃないわ。ネクタルの基本的な活動は研究開発よ。破壊活動はその主目的を成し遂げるための過程に過ぎないのよ」
マッドサイエンティスト、ここに極まれりだな。
リリーは根っからの悪党と言うわけじゃない。
ただ目的を果たすためなら、悪行も辞さないというだけだ。
リリーと会話をしていると、奥からオズワルドが戻ってきた。手には木箱があり、その中に俺が注文した品物があるのだろう。
「さて、こいつがお前さんが注文した品物だ。デザインは普通のものと大差ないが、張力が5倍くらいになっているからな、それに伴って握りの強度も上げている」
「ちょっと見ていいか?」
「ああ、手に取って問題ないか確かめてくれ」
投擲機を受け取って手に握りしめ、ゴムを引いてみる。
もともと強化外骨格を着て使うことを前提にしているので、強化外骨格なしではやっぱり張力が少し強くてちょっとキツイ。
引けないことはないんだが、引いたまま狙いを定める必要がある投擲機では無理があるだろう。
これを使うときは強化外骨格を着る必要があるな。
「お、流石だな。そいつを引けるなんて。どうだ?問題があるなら調整するが」
「いや、問題ない」
「それとな、ゴムの部分を減らせば張力を変えれるからな。状況によって外して使い分ければいい」
なるほど、そいつは便利そうだ。
もともとゴムは消耗品らしいので簡単に交換できるように作っているそうだ。
ついでに替えのゴムと、鉛玉、矢を一緒に購入する。
「まいどあり。それにしても久しぶりに面白い仕事だったぜ。最近のやつらは武器の質よりも作者の名ばかりを気にしやがるからな」
「命を預けることになるんだ。武器は信頼できるものを選びたいがな」
「それがわかってねぇんだよな。名の売れた作り手だからといって身の丈に合わない武器を買って、くたばっちまうんじゃしようがねぇんだ」
ブランドや流行りを追っかけて、自分に合っていないファッションをするようなもんか。
規格統一されたような流行りが悪いというわけじゃないが、自分に似合ってもいないのにわざわざ流行りに合わせる必要はないだろうとは思う。
横から俺の購入したものを眺めていたリリーに気付く。
先程まで店内をうろうろして武器などを眺めていたが、いつの間にか戻ってきていた。
「何か欲しいものあるのか?」
形式的に尋ねてみただけだったのだが、リリーは頷き返してバックラーらしき小さな盾を指さした。
「ねえ、その小盾を四つほど欲しいわ」
革や木製ではなく、金属でできたものだ。
小ぶりなのでリリーでも持てるとは思うが、四つとはどういうことか理解できない。
「お嬢さんが使うのか?」
明らかに前衛で戦闘しそうにないリリーが小盾を欲しがるのを見て、オズワルドが眉をひそめた。
「いえ、実験に使おうと思って」
実験と聞いて彼はさらに困惑するように顔をしかめた。
まあ、そうだろう。
自分の店の商品に自信があるだろうに、それを本来の用途以外に使おうっていうんだから。
「どう使おうと別にいいけどよ 安くないぞ」
「おい、小盾なんて何に使うんだよ」
小声で問いかけると、リリーは特に気にした様子もなく答えた。
「私の防御を高めるために使うのよ」
リリーが言う事はさっぱりだが、なんらかの意図があってのことらしい。
意味があるのなら俺としても拒否はできない。
金を払うのは俺なんだけど。
* * *
「おや、奇遇ですね」
俺たちが店を出ると白々しく声をかけてきた奴がいた。
司法官ルイス・ロイドだ。
さも偶然出会ったかのような顔をしているが、そうではないことを俺は知っている。
「嘘つけ、ずっと尾行てきてたじゃねーか」
尾行られていたと聞いてリリーは驚いたように俺を見た。
やっぱりこいつは気付いてなかったか。
「やはり、気付かれてましたか」
ルイスはというと俺に気付かれていたことに気付いていたようで、さして驚いたそぶりも見せない。
「それで何の用だ?」
俺がぶっきらぼうに問いかけると、彼は気にもせずに微笑んだ。
「立ち話もなんですから、場所を変えましょうか」
話とやらは十中八九厄介事絡みだろう。
リリーを伺うと彼女は頷き返した。
ルイスと連れ立ってやってきたのは地下墓地だった。
地面に掘られた穴に階段で降りていくと、頼りない松明に照らされた細い通路があり、その通路も迷路のように張り巡らされているようだ。
「お喋りのために誘う場所にしては色気がないな」
「ここはオジェクの街に幾つかある縁者のいない者が埋葬される公共の地下墓地でしてね、普段から人気がないのでここならば誰かが近づけばすぐに気づけます。お喋りに聞き耳を立てる者は死者ぐらいなものですよ」
周囲に耳がある外に比べれば、盗み聞きされるリスクは減るだろう。
地下に掘られた竪穴の中に遺体を入れて埋めていくのだそうだ。
無縁仏の場合は個別に埋めるのではなく、複数の遺体をまとめて埋めていくのでかなり乱雑な印象は受けるが効率的ではあるのだろう。
「では改めましてご挨拶を。お初にお目にかかります、黒き魔女。オジェクの司法官を務めますルイス・ロイドです」
黒き魔女と呼ばれ、リリーはなんともいえない顔をした。
さんざん俺が灰色騎士と呼ばれていることを笑っていたが、いざ自分が面と向かって厨二臭い二つ名で呼ばれる立場になると俺の気持ちが理解できたのだろう。
「……リリーよ。黒き魔女とやらは止めて頂戴」
リリーは訂正をいれるが、実際のところその通り名はかなり広まっているので焼け石に水だろう。
若干テンションの下がるリリーは置いておいて、俺はルイスに話を促した。
「それで、俺たちに何の用だ?」
「まず一つ目の件ですが、あなた方が捕縛した盗賊たちの聴取が終わりました」
そういえばそんなこともあったな。
正直なところ興味がなかったのですっかり忘れていた。
「どうやら彼らはよそから流れて来た者のようですね。この伯爵令嬢の襲撃のために集められた寄せ集めのようです」
「捨て駒か」
「ええ、”赤の剣戟”同様に使い終わったら処分される予定だったのでしょうね」
この世界の命は軽い。
悪党においてそれは顕著だ。
「それと”赤の剣戟”から糸を手繰って、彼らと通じていた裏社会の連中の見当が付きましたよ。そして芋づる式にこの一連の黒幕もね」
ルイスの意外な言葉に俺は驚く。
それはもう事件が解決したも同じゃないか?
「どこでその情報を?」
俺の問いにルイスは意味ありげな笑みを浮かべた。
「裏社会に通じている情報提供者がいるのですよ」
「司法官が悪党と付き合うのか?」
俺の指摘にルイスは肩をすくめた。
「悪党の程度によりますよ。私がどんなに頑張ろうと、悪は淘汰できません。人すべての心が変わらない限りね。ならば悪の一部を利用し、より大きな悪を取り締まる方が効率的ではありませんか。それならば取り締まる側が一部の悪を黙認して、許容される悪を作り出して悪を制御し、悪の中にも秩序をもたらすわけです。願わくば最悪を生み出さないようにね」
「だから一部の悪を容認することによって悪の中にも秩序をもたらすと?」
「まあ、そんなところです。ささやかな悪事に目をつむり、巨悪を阻止するのですよ」
人によってはルイスの正義観を聞いて、義憤に駆られる奴もいるのだろう。
”正義”を曲げず、どんな”悪”も許してはいけないという極論を語る奴もいる。
でも俺はそんなに熱くはなれない。
そりゃあ俺だって”正義の味方”をやっていたから、俺なりの”正義”ってもんがあるが、それだけに”正義”ってもんがどれだけ厄介で面倒なのか知っているからだ。
だから俺は杓子定規に正義を振りかざす気にはなれないし、大勢を見極めて些事に目を瞑るぐらいの度量はある。
そうでもなきゃ、異世界に来たからと言って悪の組織の人間だったリリーと手を組むわけない。
地球にいたころ、クソがつくほど真面目でどんなに小さな不正さえも許せないという”正義の味方”が同僚にもいたが、そういうやつは仲間内にも軋轢を生む。
そしてそういう奴は正義を成すためなら何をしてもいいと思っていることが多く、結局そいつは違法捜査と職権濫用で捕まった。
最期の最期までそいつは自分が正しいと叫んでいたが、そう叫ぶ奴はテロリストにもいる。
どんな正義だってやたらめったら振り回せば横暴でしかない。
もちろん犯罪を容認するわけじゃないし、正当化するつもりもない。
でも悪を許す寛容さも必要なんだ。
「”平和”が必ずしも”正義”による”裁き”によってもたらされるとは限らないわ。”寛容”もまた”平和”には不可欠よ」
リリーの言葉にルイスが頷く。
「理解していただけるようで話が早くて助かります。そういうわけで私は裏社会の人間と幾つかパイプを持っているわけです。そして裏社会とはいえ、一枚岩ではありません。複数の組織が存在していて利害関係から反目しあっているのですよ」
イメージとしてはギャング同士の抗争とかだろうか。
「その一部の組織からの情報がこちらに回らなくなっており、そして他の組織からその組織が何か大きなことを企んでいるらしい、という情報が入ってきています。――そしてその組織の人間がある人物と密会しているとの情報も得られました」
「なるほどあんたはそいつが一連の事件の黒幕と考えているわけか。それで、そいつは何者だ?」
「領軍軍団長ハロルド・チャニングですよ。彼も定例会にも出席していましたから”赤の剣戟”が手配されたのを聞いてすぐに彼らを始末させることも可能ですし、この街の主要人物であちこちに力を及ぼすことができる。”赤の剣戟”のような手練れを始末できる戦力を動かすことも容易でしょう」
領軍が関連しているかもと思ってはいたが、その組織のトップか……。
面倒な事この上ないな。
「誰が黒幕か分かった時点で、何が目的かも大体推測できました。おそらくハロルドは魔境の開放をするための領軍の増強が目的なのでしょう。魔境を解放することができれば、貴族社会で名を上げて昇爵し、領地を賜ることもできるかもしれません。伯爵令嬢が魔境に近い街道で魔物に襲われたことにすれば、伯爵様も領軍を動かさざるをえないでしょう。一度で効果がなければ他にもいくつかの商隊を襲撃して魔物の仕業に見せかけるつもりだったのかもしれません」
なるほど、そこで俺たちの関わった伯爵令嬢の襲撃がつながるわけか。
それにしても普通に領軍の増強を領主に陳情すればいいだけの話じゃないのか?
「なんで直接領主に領軍の増強を願わないんだ?」
「すでに嘆願しているんですが、何度にも渡って却下されているのですよ。なにせ領軍の増強には費用がかかりますし、魔境の解放など無理というのが常識ですから、そんなことにムダ金は使えませんよ」
そこで俺は違和感を覚える。
「解放が無理だっていうのが常識なら、なんでハロルドとやらは魔境の開放をそんなにやりたがっているんだ?」
「それが謎なんですよ、王国が長きに渡って解放できなかったから魔境なんです。そんなに簡単に解放できるのなら苦労はしませんよ」
「でもこんな陰謀を企ててまで魔境の解放をしたがっているのだから勝算はあるんじゃないの?」
「……もしかしたらハロルドになんらかの秘策があるのかもしれないですね」
リリーの発言にルイスはしばし考え込んだ。
彼にはなにか思い当たる節があるのかもしれない。
ハロルドの秘策とやらも気になるが、俺たちの問題は一連の事件の顛末だ。
「いずれにせよ黒幕がハロルドって奴だとわかっているなら話は早いだろ。そいつを捕まえて締め上げればいい」
俺の発言にルイスは首を横に振った。
「十中八九、彼でしょうが、証拠がないんですよ。そして証拠がないとなかなかに手を出しづらい人間でもある」
まあ、そうだろうな。
ハロルドは領軍のお偉方で、この街の有力者だ。
司法官といえど証拠もナシに締め上げることなど無理だろう。
だったら証拠を探せばいいということだが、そうなると俺たちにこんな話をする意味がない。
……なんか嫌な予感がしてきた。
いや、ルイスが話しかけてきた時点から嫌な予感はしているが。
「……で、俺たちにこんな話を聞かせてどうしろと?」
「私は司法官としての権限を持ってはいますが、実務はこの街の領軍に頼るところが多いんですよ。この領軍の上層部が黒幕だあることが濃厚な今の状況では私に使える手駒は少ないわけです」
「冒険者を使えば?」
「君たちも冒険者でしょう?それに”赤の剣戟”も冒険者だった。つまり領軍の息のかかった冒険者も少なからずいると予想される以上、信用できる冒険者を集めるのは難しいんですよ。その点、君たちは信用できる上に腕も立つ」
ずいぶんと俺たちは評価されているようだ。
実際はこの世界の人間ですらない得体のしれない不審者なのにな。
リリーと目配せし、彼女も意図を察したようにうなずき返した。
秘匿通信で彼女と相談することもできるが、無言で意思疎通しているように周囲に見えるので変に思われる。
「ちょっと相談させてくれ」
ルイスの了解を得てから少し離れた所へ行き、リリーに小声で問いかけた。
「お前はどう思う?」
「正直言って、面倒ね」
そう言うと思った。
リリーの優先順位はあくまで研究だ。
巻き添えを食うなんてまっぴら御免だろう。
「私よりもあなたでしょう。ねえ、あなたは”正義の味方”として働く気はあるの?」
リリーの指摘を受け、俺も考える。
正直なところ、面倒事は俺も御免だ。
だが悪事を見て見ぬふりをするのは、”正義の味方”だった者としての矜持が許さない。
なんだかんだ言っても俺の行動指針は”正義”であり、多くの人間に被害が及ぶことを黙って見過ごすことなんてできないだろう。
「巻き込まれれば”正義の味方”として働くもの吝かではない」
俺の答えにリリーは呆れたように溜息をついた。
「こう言っちゃなんだけど、あなたはすでにどっぷり巻き込まれてるわよ」
「そうか、なら仕方ないな」
だが俺はあくまで戦闘向きの”正義の味方”だ。できれば後方支援が欲しい。
「お前はどうするんだ?」
「そうね、家を買ってようやく研究に没頭できる環境が揃ってきたっていうのに、巻き添えを食らってろくに研究もできなくなるなんて嫌よ。私の研究環境を守るため手伝ってあげてもいいわよ」
”悪の組織の女幹部”が”正義の味方”の手伝いか。
感慨深く感じていると、リリーはなぜか頬を朱に染めて慌てて否定してきた。
「勘違いしないでよね、私はあくまで私の研究を邪魔されたくないだけなんだから」
これって一応ツンデレなのだろうか?
とりあえずルイスの元に戻り、要請を受けることを伝えると、彼は安堵したように胸をなでおろした。
やはりこれだけの一件、彼にも荷が重いのだろう。
受けることを伝えた後、俺は少しばかり条件を付け加えた。
「あんたの依頼を受けるにあたって幾つか決めておきたいことがある。まず協力は今回限りだ。そう何度もあんたの仕事に付き合うほど俺たちも暇じゃない」
「ええ、それで構いません」
ルイスが頷くのを確認してから俺は続ける。
「俺たちのやり方でやる。あんたの望む証拠とやらを見つけてくるから、それをうまく使ってくれればそれでいい」
「あまり事を大きくされると私は困るのだが」
「安心してくれ。派手に暴れるつもりはない。こう見えても静かに動くのは得意なんだ」
若干疑わしそうにルイスは俺を見る。
「あなた方のどこが目立たないのか疑問ですが……それで報酬は?幾ら払えばいいですか」
俺とリリーは顔を見合わせた。
報酬については全く考えてなかった。
俺は特にないがリリーがなにかありそうなので、彼女に譲ることにする。
「そうね、お金は要らないから、その代り転移門を使って王都に行ってみたい」
なるほど、実際に使ってみて転移門を調べる気だな。
転移門の使用にはかなり制限があるみたいだし、金よりも有意義な要求といえるだろう。
「……厄介な報酬だな。大金を要求されたほうがどれだけ気が楽か。保証はできませんが、どうにかできないかやってみます」
さて、前提条件の話を詰めたところで早速仕事の話だ。
「で、俺たちは何をすればいい」
「証拠集め、金の流れが分かるような書面があると助かります。もしくは連絡役や”赤の剣戟”を始末した実行犯の確保ですね。あと、彼らはまだ何かを計画しているようですので、それの把握と阻止もお願いしたいです」
ルイスの要求が意外と多い。
「俺たちに仕事を押し付けすぎじゃないか?」
「すみません、こちらに使える人材がいないんです」
本当にいないらしいな。
まあ、普段手足と使っている領軍が使えない状況なら仕方ないか。
「仕方ない働いてやるよ。ハロルドとその周辺、”赤の剣戟”の情報をまともめたものは貰えるか?」
「ええ、ハロルド周辺の調査結果の資料を後ほど家に送らせましょう。”赤の剣戟”については冒険者ギルドから出させます」
「了解した。何かあれば俺たちの家に来てくれ」
「くれぐれも宜しくお願いします」
ルイスに見送られ、俺たちは地下墓地を後にした。
* * *
その晩、闇の中で俺たちは家の中庭に立っていた。
「情報収集はこれに任せることにするわ」
そう言ってリリーは二リットルのペットボトルほどの大きさの金属製の円筒形の容器を掲げて見せる。
「なんだ、それ」
「まあ、見てなさいって」
そういうが早いが、リリーはその容器のふたを開け、中身を取り出した。
その中には小さな”なにか”がびっちりと詰まっているのが見える。
パチンコ玉ほどの大きさのその”なにか”を、リリーは地面にぶちまけるとそれは散らばり、しばらくしてひとつひとつがもぞもぞと動き始める。
その”なにか”に俺は見覚えがあった。
その小さな”なにか”はそれひとつひとつが虫のようにどこにでも入り込む小さな偵察用のロボットだ。
こいつのせいで正義の味方の基地の警備がクソ面倒になったんだよな。
そうこうしているうちにその小さな偵察ロボットは変形して小さな羽をはやして羽ばたき始める。
「さあて、行きなさい」
リリーの声掛けに応じるかのように、小さなロボットたちは一斉に飛び立って空へと散っていった。
「高性能ではないけれど、人間が入れない場所にも入り込んでありとあらゆる視覚的、聴覚的情報を収集して転送してくるわ。それをふるいにかけて、有用な情報を探し出すわけね」
「あの偵察ロボット、一体いくつあるんだ?」
闇夜へと消えていった小さな羽虫の群れを見送りながらリリーに問いかけると、彼女は自身の背後を見やった。
そこには今さっきリリーがぶちまけたのと同じ容器があと四つある。
「そうね、この容器ひとつで大体二千個かしら」
「これまた随分と用意したな」
つまり偵察ロボットが一万個である。
「この街全域をカバーするつもりよ」
「……お前、なんだかんだ言って全力だな」
この街全域に監視網を敷くとか、ありえない。
彼女はこの街を支配でもする気だろうか。
いや、それはないか。
リリーはあくまで研究ができればいいだけで、世界征服とかそんな面倒な事をするわけがない。
とはいえ、リリーは自重を知らない。
「とりあえず、ハロルドとその周辺の監視、”赤の剣戟”の生き残りの捜索は偵察ロボットがやるわ。あなたはそれで得た情報をもとに動いて頂戴」
「役割分担的にそうなるな」
「まあ、この程度のことなら私とあなたでやれば造作もない楽勝な仕事よ」
リリーがドヤ顔で言うが、その言葉に言い知れぬ不安を抱く。
「……フラグ立てんなよ」