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第26話 正義の味方と悪の女幹部、トンネルを行く

 異世界生活二十四日目


 早朝、俺は揺れを感じて飛び起きた。

 せいぜい震度一か二程度の揺れだが、俺は不測の事態に備えて強化外骨格を纏って部屋を出ると、そこにはいつも昼近くまで寝ているリリーが立っていた。

 しかも寝間着ではなく、きちんと防御用ボディースーツと外套という準備万端な装備だ。

 これはただ事ではない。


「……なんか失礼な事考えてない?」

「いや、そんなことはない。ところで地震か?」

「違うわよ」


 意図もあっさりとリリーは否定する。

 その否定の言葉には推測や憶測の入り込む隙間などない、はっきりとした断定だった。

 つまりリリーは先程の振動について何か知っているという事だ。


「さてはお前の仕業か?」

「まあ、そんなところね。さて、ちょっと一緒に来てもらえる?」


 リリーに言われるままに付いていくと、リリーは階下へ降り、さらにカンテラに火を灯して地下へと降りて行った。

 今は食料くらいしか置いていないはずなので訝しく思いつつも、リリーに続いて地下に降りると、そこには見覚えのない円柱型の機械と、壁にぽっかりと空いた大穴があった。


 直径二メートルはある巨大な穴だ。

 穴をのぞき込むと思った以上に遠くまで続いているのがわかる。

 手に持ったカンテラでは全然照らすことができないほど奥行きがある。


 そして今までなかった円柱状の機械は、丁度穴と同じ直径だとわかる。

 つまりこの機械が穴の原因であり、先程の振動の原因だろう。


「……なんだこれ」


 まったくもって理解しがたい。

 俺が説明を求めてリリーを振り返ると、彼女はどこかドヤ顔をしていた。


「地下研究所まで続くトンネルよ」

「…………は?」


 いつの間にか自宅の地下にトンネルが掘られていた。

 しかも地下研究所までとかどんな冗談だ?


「地下研究所までかなりの距離があるだろ」


 地下研究所から街道まで十五キロ、そこから盗賊のアジトまで約五キロ、盗賊のアジトからオジェクの町まで二十キロほどだった。

 つまり俺たちは約四十キロほどの道のりを経てこの街までやってきたわけだ。


「実は私たちの地下研究所からこの街まで、直線で二十六キロ程度しか離れてないのよ。ただその間に山が連なっていて街道がそれらを迂回しているから遠回りになっちゃうけど」


 確かに地下研究所とオジェクの街の間には連なった高い山があり、それが最短距離で行き来できなくしている要因だ。

 だから地下にトンネルを掘って、最短距離で結んだってわけか?

 そう簡単に言うが、二十六キロの距離の地下を堀り進めるのなんてかなりの時間がかかるはずだ。

 なにせ全長約五十四キロの青函トンネルは二十七年の工期が掛かっているんだぞ?


「確かに地下研究所に簡単にアクセスできるようになると便利だが、どうやって掘ったんだよ。ってかいつから掘り進めてたんだよ」

「私たちがオジェクに来てすぐね。この街の座標が分かったらとりあえず掘り進めておいたわけ。毎度あの森を抜けて街道を通ってくるなんで面倒でしょ?このボーリングマシンは毎秒二センチ掘り進めることができるから、今日ようやくここまで届いたってわけ」

「普通のシールドマシンの速度は普通毎分数センチだぞ?ありえないスピードだろ。実はこれ、凄いマシンじゃないか?」


 何に使うために開発したのかはあえて聞くまい。

 リリーは自慢げにふふんと鼻を鳴らす。


「私の開発したレーザーボーリングマシンよ。レーザーで掘り進めるからビットの交換不要。岩や土をレーザーの熱で溶かして圧縮して硬化させて外殻を形成させるから、シールド工法みたいにシールドで坑道を外殻で補強する必要はないし、残土の心配も不要なのよ」


 トンネルを観察すれば直径二メートルほどの円形で、トンネル外殻部は補強されている。

 外殻に触れてみれば、多孔質で焼肉に使われる溶岩プレートみたいになっている。

 岩が溶けたものが溶岩なのだから当然と言えば当然だが。


「水脈をぶち抜いて水没とかしないんだろうな?」

「大丈夫よ。ちゃんと各種センサーで掘削方向の地層は調べているから。見ての通り、何の問題なくここまでトンネルを開通で来たわよ」


 実際、ここまでトンネルが到達しているのだから問題ないのだろう。


「これで地下研究所まで直線距離で到達できるわ。ただし今のところ何の設備もないから真っ暗だけど」


 さっき覗き込んだ通り、延々と続く闇。それが二十六キロも続くわけだ。

 俺は別に大丈夫だが、閉所恐怖症だったりしたら発狂するレベルだな。


「これ、換気とか大丈夫か?」


 むしろ俺が心配するのは暗闇よりも空気だ。

 これだけ長く、狭いトンネルとなると空気がやばそうだ。


「それは大丈夫のはずよ。向こうとこちらに高低差があるから、気温差で自然と風が流れるの。今もちょっと風を感じるでしょ?」


 坑道内は年中気温が変化しない。

 坑道よりも外気のほうが温度が高ければ、空気が上のほうへ流れる。

 逆に坑道よりも外気が低ければ、空気が下へと流れるわけだ。

 気温差の少ない春と秋になると自然通気はされづらくなるが、そもそもこの坑道は常時使うようなものではないし、使うのは今のところ二人だけなので、坑道内の空気だけでも十分活動できるだろう。


「それでも直線で二十六キロか。結構あるな」


 平均的な歩く速さの時速五キロで歩いても五時間強である。

 こちらとむこうを往復するにはなんらかの乗り物が必要だろう。


「というわけで、向こうに行ってATVを取って来たいと思います」

「なにが『というわけで』だ」


 ATV、全地形対応車両、いうなればバギーと呼ばれるものを想像すればいいだろう。

 ATVがあれば、一時間で行き来することができるだろうし、荷物を運ぶことができる。


 ATVを取りに行くのは賛成だが、ひとつ懸念がある。

 何を隠そうリリーのことだ。


「まさかお前も行くのか?」


 ほぼ直線で起伏もないとはいえ、二十六キロの距離だ。

 森を抜ける際に何度も休憩を挟んだリリーにこの坑道を歩かせるのは不安しかない。

 俺たちは気遣う間柄じゃあないが、流石にリリーがこの坑道を歩いてむこうに行くのは無理があると判断する。


「というわけで、こんなものを作っておきました」


 そう言ってリリーは地下室の片隅からひとつのものを持ってきた。


 一言で言うなら、台車だ。または小さな荷車といったところか。

 座布団二枚程度の大きさの木の箱に小さな木製の車輪が四つついており、押すためのハンドルがある。


「つまりお前はこれに乗り、俺にこれを押せというわけか?」

「端的に言うと、そうね」


 さも当然と言わんばかりにリリーは頷いた。

 確かに合理的だが、釈然としない。

 相変わらず俺を遠慮せずに使うよな、こいつ。


「私が歩いていくとなると、何時間掛かるかわからないのだから仕方ないじゃない」

「まあ、そうだろうが」

「あなた一人で行くか、私の乗る台車を押していくか、という話よ」


 どのみち俺の労働ありきってことか。


「……こいつの耐久性は大丈夫だろうな?」

「行きくらいもつでしょ。帰りはATVを使うんだし」


 そう言ってリリーはトンネルの入り口に台車をセットし、颯爽と乗り込んだ。

 悪の女幹部が木製のお粗末な台車に乗り込む姿はまさしくシュールだ。

 それを俺が押すっていうんだから……世も末だな。


 俺は覚悟を決めて台車の後ろに立つ。


「仕方ない、あれを使うか」


 俺はてくてくと二十六キロも歩くつもりなど毛頭ない。

 俺は左腕のコンソールを操作し、強化外骨格の脚部にある装置を作動させると格納されていた小さなタイヤが出現する。


 高速移動用脚部装置(ダッシュユニット)だ。


 普段は逃走する車両の追跡などに使われているが、こちらの世界に舗装された平らな道路がないため使いどころがなかったのだ。

 でもこのトンネルなら地面は堅くてなだらかだし大丈夫だろう。


 この装置の問題点と言えば、慣れないとバランスをとることが難しい点だが、台車に掴まれば問題ないだろう。


「とりあえず、何かにしっかり掴まれよ」

「え?」


 俺はリリーの返事を待たずに高速移動用脚部装置(ダッシュユニット)を起動する。

 高速移動用脚部装置(ダッシュユニット)を使用した時の最高速度は時速六〇キロオーバー。

 最初からフルスロットルにするつもりはないが、こんなお粗末な台車で、しかもこんなトンネルを時速三〇キロで走ったとしても相当怖いと思う。




 * * *




 領軍軍団長ハロルド・チャニングの居室は陰鬱とした空気に満たされていた。


「冒険者ギルドに先を越されるとは……」

「ええ、まさかあれほどすぐに発見されるとは予想だにしておりませんでしたので」


 ハロルドは報告をした私を睨みつけるが、死体を発見する役割は自分の配下の息のかかった領軍の兵士だったはずだ。

 それにそもそも段取りを決めたのは自分だろうに。

 私が睨まれる筋合いなどない。


「例の冒険者の遺体は回収できたんだろうな?」


 彼は彼の息子であるアンガスに視線を向けた。


 アンガスはオジェク領軍部隊長の任を負っているが、ほとんど親の七光りだ。

 多少は剣の心得があるようだが到底三級冒険者には及ばない程度だ。

 父親同様に選民意識が強く、貴族出身の兵士で周囲を固め、権威を笠に着て偉ぶっている。


 よくいる貴族というやつだ。


「いや、遺体の引き渡しを要求しているが、冒険者ギルドと司法官が結託して妨害している」


 アンガスの返答にハロルドの顔が一層渋くなる。


「冒険者ギルドに司法官ルイス・ロイドか……鬱陶しい輩だ。我らに繋がるような証拠は隠滅したんだろうな?」

「ええ、それは抜かりなく。現場からも遺体からも何も得られないはずだ」


 自信ありげにアンガスは言うが、この男は本当に抜けている。


「ただ問題が」


 私が口を挟むと二人の視線がこちらに向いた。


「冒険者の遺体はすべてバラバラにされていたそうです」

「それのどこが問題だ?魔物がやったんだろ」


 アンガスは考えなしにそう言うが、一日も経たずに魔物がやってきてバラバラにするなど到底現実的ではないことくらい考えればわかるだろうに。


「その可能性もありますが、なにやら冒険者ギルドが嗅ぎまわっていたので調べたところ、不確定の情報ですが、”赤の剣戟”の一人が生き残っていると冒険者ギルドは見ているようでして」


 私の言葉にハロルドは顔を真っ赤に染めて自分の息子を見た。


「アンガス!」

「た、確かに毒矢を射かけて殺した。全員死んでいたはずだ」


 アンガスはハロルドの剣幕に狼狽える。

 そう、彼らを殺す役目は自ら買って出てアンガスとその手下がやったはずだ。

 だが間抜けなアンガス共々手下も間抜けだったようだ。


 だからこちらの手の者でやると言ったのに、功を焦る愚か者が。


「死んでいないからこんなことになっているんだろうが!確認を怠るとは、この愚か者が!」


 ハロルドは息を荒げて、机の上にあったグラスを投げつけたが、グラスはアンガスに当たらずに床に落ちて砕けた。

 グラスも、中に入っていた酒も上等なものだろうに勿体ない。


「くそっ、どうしてこうも毎度ケチがつく!!」


 ハロルドは苛立ちを隠そうともせずに荒らしく椅子を鳴らす。


「真っ先に件の冒険者を見つけ出して殺せ!奴はどうせ指名手配中だ。こちらで捕えられれば理由をつけて口を封じるなど造作もないはずだ!冒険者ギルドよりも先に奴を捕えろ!」


「事が落ち着くまで例の計画は中断しますか?」

「……いや、予定通り行え。計画が成功すれば、今回の件などすべて有耶無耶にできるだろう」


 この状況でも計画を推し進めるのか。

 私としては動かないほうが得策だと思うのだが。


「領主を始末できれば一番良いが、始末できなくても街にある程度の損害を出せればいい。そうなれば領軍の必要性を実感し、私の発言力は強まる。そこで私は増強された領軍を率いてあの魔境を解放し、名声を得るのだ。そして王都に返り咲いてやる」


 そんなにうまくいくとは思えないが、依頼主の意向には出来るだけ従わないといけないからな。

 適当に相槌を打って会話を合わせ、私は今後の計画の準備があると言って部屋を出た。


 全くもって、あの人たちの相手が一番面倒だ。

 野心だけは一丁前にある癖に、能力が足りていない。


 しかしハロルドに組したのは失敗だったかな。

 いくら間抜けでもこちらが手を貸せばそれなりに形はなると思ったんだが。


 どちらにせよこの街に変動が起きる。

 そこに生じる利益を浚うのが私たちの狙いだ。

 ハロルドがどうなろうと知ったことではない。

 

 だがその狙うべき利益も少々怪しくなってきたな。

 仕方ない。損失が軽微なうちに頃合いを見て引くとしよう。


登場人物紹介

アッシュ  ”正義の味方”

リリー   ”悪の女幹部”



ハロルド・チャニング   オジェク領軍 軍団長

アンガス・チャニング   オジェク領軍 第2部隊長 ハロルドの息子


謎の人物         ハロルド達と組し、陰謀を手伝う人物

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